Otaku ワールドへようこそ![296]統合情報理論─意識は、見た目の機能より、中身の仕組みに宿る(後編)/GrowHair

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後編です。前編はこちら。
http://bn.dgcr.com/archives/20190111110100.html

『シンギュラリティサロン #31』9月15日(土)聴講レポート

名称:シンギュラリティサロン #31
日時:2018年9月15日(土)1:30pm~4:00pm
場所:グランフロント大阪・ナレッジサロン・プレゼンラウンジ
主催:シンギュラリティサロン
共催:株式会社ブロードバンドタワー
   一般社団法人ナレッジキャピタル
講師:大泉匡史氏(株式会社アラヤ マネージャー)
演題:『意識の統合情報理論から意識の理論の創り方を考える』
https://ss31.peatix.com/

【ケバヤシが聴講する狙い】

意識の謎に意識を捉われている私であるからして、今回のを聴講しないという選択肢がありえないのはもちろんのこととして、今回のテーマである「意識の統合情報理論」をちゃんと理解したいという動機が大きい。





2017年10月21日(土)に開催されたシンギュラリティサロンでの、金井良太氏(株式会社アラヤ代表取締役)の講演によると、意識のメカニズムについて数理的に説明づけようとする仮説にはふたつある。

ひとつはカール・フリストン氏の「自由エネルギー原理」、もうひとつはジュリオ・トノーニ氏の「統合情報理論」(※)である。前者は意識を作る方法に関わり、後者は意識を確認する方法に関わる。どちらも、情報の量をエントロピーという尺度で測る、情報理論が下敷きにある。

※統合情報理論(Integrated Information Theory)はジュリオ・トノーニ(Giulio Tononi)氏が2004年に提唱した意識に関する仮説。以下、IITと略記する。

大泉氏は、ウィスコンシン大学で2年間、トノーニ氏と一緒に研究している。ギリシャ神話に登場するアトラスは、両腕と頭で天空を背負っているが、大泉氏は、あんな感じで、日本においてIITを一手に背負っている。

IITとは、うんと大雑把に言えば、意識は情報を統合する仕組みに宿るとする仮定の下で、情報処理ネットワークの構造からその統合性の度合いを評価するΦの算出のしかたを数式的に定義しようとするものである。

これがどういうわけか、意識を研究する学者の面々からすこぶる評判が悪い。IITが攻撃を受けると、それを支えるアトラスにもついでに矢が当たる。大泉氏は、全身に矢が刺さって、弁慶の立往生みたいなことになっている。アトラスが弁慶になっているの図。

茂木健一郎氏は、Twitterの固定ツイートで次のように言っている。「今流行りのIITを始めとする統計的手法では、意識の本質の解明ができないと論理的に確信しています」。

津田一郎氏(中部大学教授)は、著書『心はすべて数学である』の中でIITをけちょんけちょんにけなしている。「ジュリオ・トノーニは意識を数式で書くことができるといって、実際にその式を示している。しかし、内実はただの記号の羅列にも等しく、ほとんど「寿限無寿限無」と言っているのと変わらない印象だ」。
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0195YBIDE/dgcrcom-22/

しかし、2018年6月2日(土)に開催されたシンギュラリティサロンにおいて、津田氏は、大泉氏が理化学研究所所属時代に発表した、情報幾何学からIITを再解釈した数式を取り上げ、「ここまでやってくれればすばらしい!」とほめちぎっていた。多様体上の一点から部分多様体へ下した垂線の足までの距離をもってΦとする理論である。

渡辺正峰氏(東京大学准教授)は著書『脳の意識 機械の意識』の中で「意識の自然則の客観側の対象として情報を据えること自体に並々ならぬ疑問を感じている」と述べている。「情報を意識とすることの問題点は、情報がそれだけでは0と1の単なる羅列にすぎず、意味をもたないことだ。情報は、何かに解釈されてはじめて意味をもつ」。2018年7月21日(土)に開催されたシンギュラリティサロンにおいても、IITを「非常に問題だと思っている」と述べている。
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多数決をとったらIITに勝ち目はない。しかし、大泉氏は強気だ。「今まで、ちゃんと理解した上で批判してきた人は、私の知る限り、一人もいない」と自信をみせる。渡辺氏に伝えたら、「そんなことはないでしょう」。お互いに引きませんね。

大泉氏は、IITの中身についてきっちりと解説する本を著すべきだと私は思う。世にはびこる誤解を解き、不毛な議論をスパッと断ち切ってほしいと思う。

トノーニ氏は『意識はいつ生まれるのか』と題する本を出しているが、一般の人々向けに書かれており、「意識のハードプロブレム」の問いそのものについて理解したり、脳の不思議について啓発を受けたりするにはうってつけの良書だが、IITについては能書きばかりで、中身までじゅうぶんに踏み込んでいない。IIT の中身をちゃんと理解したいと思って読んでも、そこまで書いてくれていないのである。
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大泉氏は「人工知能学会誌 Vol.33 No.4(2018/7)」に『統合情報理論から考える人工知能の意識』と題する文章を寄稿しており、IITの中身についてよく解説している。しかし、難解な内容をきゅっとコンパクトにまとめているため、ちょっとやそっとでは解きほぐせない。
https://www.ai-gakkai.or.jp/vol33_no4/
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そこをもう少し湯戻しして、研究者でなくても理解できるよう、懇切丁寧に解説して一冊の本にまとめ上げてくれれば、大いに意義のあることだと思う。日本人でそれができるのは大泉氏を置いてほかにいない。ご本人に言ったら、話は来ているのだけれども、忙しすぎて書いている暇がないのだとか。

あー、やっぱりそうですか。私が大泉氏にインタビューして口述筆記したいくらいだ。しかし、私は私で、そこまでやっている時間は確保できないかもしれない。

今回の講演で大泉氏がIITの中身についてどこまで踏み込んで解説してくれるか分からないが、自分の理解が深まればうれしいという期待もあった。

【内容】

前編をご参照ください。
http://bn.dgcr.com/archives/20190111110100.html

【所感】

□バトる必要はない

3月に予定されているシンギュラリティサロンでは、渡辺氏と大泉氏が登壇して、ディスカッションを繰り広げることになっている。もともとのタイトルは『意識をめぐる大バトル』だったような気がするが、『意識をめぐる大冒険』に緩和されている。おそらく大泉氏の希望によってそうなったのであろう。

聴講する側にとっては「バトル」のほうがわくわくするけれど、実際に戦いにする必要はない。平和なのはいいことだ。

渡辺氏は、意識が情報に宿るとするIITの基本コンセプトに異議を唱え、情報それ自体は意味をもたない単なるビット列(0と1の連なり)にすぎず、それに意味を与えるのは解釈する側にあるのだから、意識はアルゴリズムに宿るはずだとしている。そこにひとつの対立軸が見える。

しかし、IITでも情報そのものに意識が宿るとは主張しておらず、それを処理する仕組みの構造に宿ると言っているように筆者には思える。大泉氏は、「よくよく話し合ってみれば、お互いにそんなにかけ離れたことを言ってはいないのではないかなぁ」と述べている。

現段階においてIITは、意識を数理モデルとして提示してみただけの仮説にすぎず、いちおう、今までに得られている分離脳などの知見とは矛盾しないように考えられてはいるけれど、実験による検証はまだまだこれからの話である。今後、動物を使った実験なども必要になってくるのではあるまいか。

渡辺氏は「僕、手術は得意ですよ」と言っていた。もっとがっちり手を組んで、協力しあって研究を進めていくという線はないのだろうか。大泉氏「それは大いにありうる話だと思います」。バトルよりはそっちがいいと私も思う。

□茂木氏より上、ってはずはない

1月11日(金)に配信した前編について、翌日、金井氏がTwitterでほめてくださっている。

Ryota Kanai @kanair_jp
セーラー服おじさん、意識研究相当詳しい。研究者でもIITの意味についてここまで理解している人少ないのではないか。
Otakuワールドへようこそ![295]統合情報理論―意識は、見た目の機能より、中身の仕組みに宿る(前編)/GrowHair - 日刊デジクリ
http://bn.dgcr.com/archives/20190111110100.html … @dgcrより
13:42 - 2019年1月12日

いやぁ、意識研究の第一人者からお墨付きがいただけたようで、たいへん光栄なことです。

このツイートには、1月23日(水)の時点で、「いいね!」が148個つき、リツイートが55回されている。金井氏のフォロワーには、たぶん人工知能や脳科学方面の研究に携わる錚々たる面々がいらっしゃるに違いなく、そういう方々にも読んでいただけたのだとしたら、さらにうれしい。

しかし、金井氏ってば、その6分後とさらに6分後に、次のようにもツイートしている。

Ryota Kanai @kanair_jp
IITが出てきた頃、そして今もそうだけど、批判があまりに的外れで、本質的なところを理解しないで表面的に結論について議論している人が多かった。それで、わかっている人とわかってない人と分断が起きている。
13:48 - 2019年1月12日

Ryota Kanai @kanair_jp
例えば茂木さんがIITを統計的と評しているが、その時点でこの人はIITについて何も理解していないなと理論を知っている人には明らかで、IITは因果を扱おうとしているのにと反応するのが割と普通だと思う。茂木さんはともかくプロの意識研究者でも的外れな批判が多い。
13:54 - 2019年1月12日


これだとまるで、オレのほうが茂木さんより上、みたいなことになっちゃうけど。いくらなんでもさすがにそれはない。弁明というと逆みたいだけど、とにかく否定しておかなくてはなるまい。

まず、私はこの聴講レポートを書くにあたり、ある種の特権にあずかっている。書いたものは後ほど、シンギュラリティサロンの公式サイトに掲載していただける話になっており、大泉氏からスライド資料をもらっており、運営スタッフからは講演を録音した音声ファイルをもらっている。

それを忠実に文字起こしする作業は、内容を理解していなくてもできることである。その過程をブラックボックスにして、出力された結果だけを外から眺めれば、まるでよく理解しているようにみえちゃうという、まさに「中国人の部屋」である。もしかするとオレは哲学的ゾンビかもしれない。

それと、IITの本質は統計ではない、という点について、私はどれほど理解しているだろうか。

□IITは統計か

次のような問題を考えてみよう。

あなたは大腸ガンの検査を受けました。その結果は陽性でした。この検査について、以下の2点がわかってます。
1. 大腸ガンの人の98%は、この検査で陽性になる。
2. 大腸ガンじゃない人の2%は、この検査で陽性になる。
さて、あなたは大腸ガンでしょうか?

これはまあ確率・統計の問題であることに間違いはないでしょう。で、こんな精度の高い検査で陽性の結果が出たとしたら、もう間違いなく大腸ガンだ、と思うでしょうか。いやいや、悲観するのはまだ早い。実は、この問題を解くために必要な数値がひとつ、提示されていません。

そもそも大腸ガンに罹る確率って、いくらなんでしょう? それが効いてきます。私はよく知りませんが、仮に、10,000分の1としておきましょう。これを「事前確率」と呼びます。

すると、あなたが大腸ガンに罹患していて、なおかつ、検査で陽性が出る確率は、両者の確率(10,000分の1と100分の98)を掛け合わせて、1,000,000分の98と算出できます。一方、あなたが大腸ガンに罹患してなく、なおかつ、検査で陽性が出る確率は、両者の確率(10,000分の9,999と100分の2)とを掛け合わせて、1,000,000分の19,998と出ます。

つまり、陽性の検査結果を知った後では、あなたが大腸ガンに罹患している確率と罹患していない確率との比率は98対19,998であり、まだまだ罹患していない確率のほうが圧倒的に高いわけです。約200倍です。これを「事後確率」と呼びます。

じゃあ、この検査には意味がなかったのかと言えば、そういうことではありません。もともとは大腸ガンに罹患している確率が0.01%だったのが、陽性の結果を受けて約0.5%にまで跳ね上がったので、その分の情報は得られているわけです。

この検査にとって、原因にあたる情報は、被験者が大腸ガンであるかないかであり、結果にあたる情報は、陽性か陰性かです。

問題文に示されている98%という確率は、原因が大腸ガンであった場合に限定した上での、結果が陽性になる確率です。これを「条件つき確率」と呼びます。

今、知りたいのは、陽性という結果を見た上での、原因が大腸ガンである確率であり、これは逆向きの条件つき確率です。順方向の条件つき確率から逆方向の条件つき確率を求めるための数式を示しているのが「ベイズの定理」です。

この問題は、ベイズ統計の問題だったと言えるでしょう。

さて、IITは、ベイズ統計そのものってわけではないのですが。ネットワークの上を情報が流れることによって、どれほどの情報が得られたか、あるいは、情報の流通経路を恣意的に遮断することにより、得られる情報がどれほど減ったか、というようなことを量的に扱います。

情報量は、確率pに対して、- p log(p)の形をしており、これをエントロピーと呼びます。

情報をこういうふうに量として取り扱っているという点において、IITは統計の手法を利用していると言ったとしても、まったく間違っているとは言い切れないような気がします。

しかし、意識があるかないかを確率として求めようという話ではありません。怪しげなおじさんが変な箱を抱えてきて「こいつには意識が宿っているんですぜ」と言ったとしたら、信じてよいでしょうか。

IITは、こいつに意識が宿っている確率がいかほどかを統計的に算出しよう、と言っているわけでは、断じて、ありません。この意味において、IITは、統計ではありません。

細部の議論抜きにIITは統計か、と言ったら、そうだとも言えるし、そうでないとも言えるような気がします。

そこよりも、ツッコみたい点は……。「IITを始めとする統計的手法では、意識の本質の解明ができないと論理的に確信しています」とおっしゃるなら、その論理の道筋を知りたいです。今のところそれを具体的に書いたものは発見できてませんが。

とりあえず動画11本は見てきましたが、今後に期待ですかね?

□意識の第一人称性の壁をどう突破するか?

すべてのネットワークは、入力と出力との対応関係を同じくし、なおかつ、Φ = 0になるような別のネットワークに置き換えることが可能か?

入力の組み合わせが有限通りしかなければ、辞書を用意しておけば済む話なので、もちろん可能である。

しかし、有限でなかったらどうか。たとえば、アッカーマン関数の値を計算する仕組みは、Φ = 0 のネットワークで実現しうるか。

あるいは、コラッツの問題を、実際に数値計算するプログラムとか。

コラッツの問題とは、「任意の正の整数nをとり、(1) nが偶数の場合、nを2で割る、(2) nが奇数の場合、nに3をかけて1を足す、という操作を繰り返すと、どうなるか」というもの。

たとえば、9から始めると、9 → 28 → 14 → 7 → 22 → 11 → 34 → 17 → 52 → 26 → 13 → 40 → 20 → 10 → 5 → 16 → 8 → 4 → 2 →1という道をたどって、1に至る。その後は、1 → 4 → 2 → 1とループする。

いろいろ試してみると、いつも結局は1に至る。では、どんな自然数から始めても必ず1に至るのか、という問題。未解決である。

もし、どんなネットワークも、それと(入出力関係が)同値な Φ = 0 のネットワークに置き換え可能だとすると、ゲーデルの不完全性定理と矛盾するような気がする。

そうだとすると、どうしても Φ = 0 のネットワークに置き換えることのできない機能が存在することになる。ブラックボックスのふたを開けて中身を見てみるまでもなく、その機能を提供することをもって、Φが正の値をもつことが保証されている機能が存在するのではないか。

たとえば、それがアッカーマン関数を数値計算する機能だったとすると、そんなものに意識が宿ってたまるか、という気がする。言い換えれば、IITの逆方向の仮説(Φの値が大きなネットワークには、おのずから意識が宿る)が否定されたことになりはしないか。

大泉氏に聞いてみると、それに類することを言っている論文が出ているという。ある機械的な作業によってネットワークをどんどん建て増ししていけば、Φの値を限りなく大きくしていけるというもの。そんな単調なネットワークに意識なんか宿ってたまるか、というわけである。

それに対するトノーニ氏の答えは「いやいや、宿っているかもしれないよ」だったという。

この議論に決着をつけようとするならば、IITの外から審判を連れてこないとならない気がする。他人の意識は分からない「意識の第一人称性」という限界は依然としてそこにある。

IITは、もし実験による検証が済んで、理論的仮説から実証済みの定説へと昇格した後でなら、この壁を突破するツールとして用いることができる。しかし、現段階では、IITそれ自体が、壁を突破する方法を提示するものではない。

IITの正しさを実験によって検証しようとするならば、意識の第一人称性の壁を突破する方法を、外から持ち込んで来ないことには、手をつけ始められないのではあるまいか。

渡辺氏は、外科手術を伴う方法により、突破が可能だとしている。そこに協力の可能性がありそうな気がするが、どうなのだろう。

□余剰次元説はどうか

1月22日(火)配信号で、武盾一郎氏は意識の余剰次元説を唱える種市孝氏の講演動画を紹介していた。
http://bn.dgcr.com/archives/20190122110200.html

種市氏のことは武氏から聞いて初めて知り、その動画を見てきた。スーパーおもしろい。こういうのを待ってた。


意識の謎に対して科学的にアプローチする現行の研究において、ほとんどが次の仮定に依って立っている。原子や分子の一個一個に意識は宿っておらず、それが集まってできた脳神経細胞の一個一個にもおそらくまだ意識は宿っておらず、脳神経細胞の間で情報をやりとりするネットワークの階層構造において、上位の階層に意識が宿るという仮定。

私はこの大きなくくりを「意識の創発仮説」と呼んでいる。当分の間は創発仮説の仮定の下で研究を進めていけるけど、いずれは行き詰るんじゃないかと予感している。

そのあとで出てくるのは、ロジャー・ペンローズ氏の量子脳説みたいなやつである。種市氏の唱える余剰次元説も、創発説の部類には属さない。案外、正鵠を射ているかもなぁ、と思う。

しかし、余剰次元は、量子論と相対論とをがっちゃんこするために考え出された数理上の仮説にすぎず、そっち方向のものを実際に見てきた人はいないわけで、余剰次元仮説は現段階では検証する手段がないかもしれない。

そうだとすると、当分の間は、スピリチュアル方面でよく見かける、言いっぱなしの不毛な妄想と区別がつきづらいかもなぁ。

ただ、幽霊やテレパシーや前世記憶や未来予言のような、いわゆる超常現象をひとくくりに「科学的でない」と決めつけて、ばかばかしいことだと切り捨てようとする態度は、実は俗な科学信仰に属するもので、かえって科学的ではないと思っている。科学がそういうもの全般を、ちゃんと否定できたという話は聞かない。

ただ、雷が電気現象だと解明したことで、神々の怒りとする説が否定された例にみるように、科学は適用範囲を徐々に拡大していき、もろもろの自然現象を、物理原理に基づいて説明づけられるようになっていくという流れはある。青虫が葉っぱを食っていくように、科学は神秘を食っていく。

今現在、不思議な超常現象と言われているようなことも、いずれは科学の進歩の流れと合流して、合理的に説明づけられるようになっていくんだろうなぁ、とは思っていて。そこは、講演者の言っていることに、大いに共感する。

ただ、私自身は、まだ超常現象の方面には触りたくないという気持ちがある。議論がややこしくなるから、というのがひとつ。

それともうひとつ、われわれにふつうに意識があること、それ自体が超常現象にもまさる不思議なことで、もうそれだけで不思議はゲップが出るほどだ、という気持ちがある。分離脳だってそうとうおかしい。

ただ、生前記憶や気で動物を眠らせることなどが、事実としてちゃんと裏付けが取れるのであれば、意識の理論を構築する上で、参考情報として取り込んでいくという線はプラスになりうるかもしれないとは考えている。

意識の謎について、人類はまだ正解を知らない。じゃあ、誰がいちばん正解に近いところにいるのだろうか。種市氏だという可能性を否定しないし、むしろ、期待すらしている。


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/

≪やらかした≫

1月22日(火)の夜、渋谷のアップリンクで映像上映のイベントがあり、見に行った。

朝、スーツケースに変身セットを入れて会社に出勤し、夕方、仕事を上がってからいつものカラオケ屋で変身。着てきた普段着とスーツケースの中身とが入れ替わる。

イベント会場の受付で、スーツケースを預けた。終了後、受け取り忘れた。実は、近くで飲んでおり、そこで気づいて戻ったのだが、真夜中てっぺんくらいの時間になっており、さすがにシャッターが閉まっていた。

ズボンとか靴とか、ないぞ。会社、休むか? なんとか予備のを引っ張り出してごまかした。翌日、再び行って、取り戻すことができた。

脳内で古いCOBOLのプログラムが走っているせいです。

写真:
https://photos.app.goo.gl/SmukX9PujCSFCS6Q9

≪的外れなことを言うコメンテーターになる≫

AbemaTVの番組にちょこっと出演させてもらえたことは、以前に書いた。『Abema的ニュースショー』という番組。世間を騒がせ、話題となっているニュースを取り上げ、一癖も二癖もあるコメンテーター陣が、あえて的外れなことを言う。

渋谷でハロウィーンに乗じて騒動が起きたことに対して「コミケを見習え!」と怒りのコメントをしたのが11月4日(日)に放送された。

そのズレっぷりがよかったのかどうかは知らないが、今度はスタジオに呼んでいただけた。12月16日(日)、六本木にあるテレビ朝日へ。2時間生放送、出ずっぱり。元AV女優の妊娠発表とか、あおり運転とか、プラスチックごみによる海洋汚染とか、いろいろな話題についてコメントする。いつからコメンテーターになったよ、オレ。

さらに、1月13日(日)放送回も、2時間出ずっぱり。この回では、NGT48のメンバーが暴行を受けた話題が取り上げられ、元アイドルという立場で新田恵利さんがスタジオに呼ばれていた。

デビュー曲『セーラー服を脱がさないで』が話題を呼んだ、アイドルグループ「おニャン子クラブ」のメンバーだ。新田さんのソロパート:
♪ デートに誘われてヴァージンじゃつまらない。
♪ パパやママは知らないの、明日の外泊~。

石の上にも三年っていうけど(←たとえがぜんぜんちがう)、セーラー服を着て往来を闊歩すること7年半、『セーラー服を脱がさないで』のアイドルとお会いできるとは。始めた時点ではまったく予測しえなかったことで、運命とは不思議なものだ。

放送終了後、新田さんのほうから一緒に写真を撮らせてくださいと言ってきた。そして、後で送ってくださった。
貴重な2ショ写真:
https://photos.app.goo.gl/jN44XAS2oFauZuip8

≪キューバよいとこ≫

スペイン語での機内アナウンスに拍手が起きた。何かと思ったら、機長が定年退職を目前にして、今回のが最後のフライトになるという。メキシコシティに到着すると、入国審査の先の通路脇に立って、笑顔でみんなを見送ってくれた。

キューバよいとこ。歴史的に苦労してきた国は人々が優しい、の法則(ケバヤシ仮説)。なんか大事なことをよーく分かってらっしゃる。

旧市街地を覆う騒々しさにかき消されないよう、地上と地上、地上とベランダ、ベランダとベランダで、大声が飛び交う。人が人によく声を掛ける。野球の練習を眺めていたら、中から鉄扉を開けて、招き入れようとしてくれる。

ざっと黒人7割、白人3割、アジア人はめったに見ない。中華街があり、中央広場側に「華人街」の立派な門がある。「Pekin Bar」や貧相な「中国城」もある。なのに、中国人をほとんど見かけない。

アジア人がめずらしければ、セーラー服を着た日本人のおっさんはさらにめずらしいに違いない。「チーノ(中国人)!」としょっちゅう声を掛けられる。「ハポネ(日本人)!」と返すと大きくうなずかれる。

「エスコセーサ(スコットランド人)!」というのもよく飛んできたが、スコットランド人が着てるのはセーラー服にミニスカではないと思うぞ。

バスの運転手がけっこうな音量で音楽をかけている。その歌、知ってるぞとばかりに誰かが歌い出すと、みんなが歌い出して、大合唱になった。遠足かよ? 赤の他人がみんな仲間内みたい。

キューバのオタクたちが誰でもすらすら言える日本語がある。「この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りします」。

食べ物の味付けが甘くも辛くもしょっぱくもなく、独特のハーブの香りがついているだけで、きわめて淡泊だ。ご近所のメキシコと大違いだ。あれだけ暑くて汗をかくのに、これで塩分補給、足りてるんだろうか。

だとしたら、日本人、塩分摂りすぎかもしれない。日本の都道府県で最も短命なのは青森県だが、食べ物がしょっぱすぎるのが原因として疑わしいようだ。円錐状に細く巻いた紙に入っているピーナッツを街角で買ったら、それはしょっぱかったけど。

宿泊した一人一泊836円のホテルから、サービスだと甘いお菓子をもらった。包んであるサトウキビの葉っぱをほどくと、薄茶色の円柱のバーが輪切りになっている。黒糖100%。美味い!「ラスパドゥーラ(raspadura)」だと言うが、ググってもチーズしか出て来ない。キューバ独特の呼び名で、一般的には「パネラ(panela)」と呼ぶものだと判明。しかしどこにも売ってないな。

中央広場から南側へ坂を下りた港湾沿いにキューバ最大の鉄道駅がある。ハバナ・セントラル駅。全面的に営業停止して改装工事中。プラットホームが砕かれて瓦礫状態になっていた。何か月にも及びそう。どこかに代替駅が作ってあるのだろうか。東京駅でそれをやったらたいへんなことになりそう。

キューバ人、歩く呪いにかかってないか? イベントスタッフが旧市街地を観光案内してくれると言うので、行きたい場所を言うと、それ、全部歩いて回れるよ、と軽く言う。丸一日、まったく乗り物に乗らず、ひたすら歩いた。もうさ、オレが金出すからさ、みんなでタクシーに乗ろうよ。「そういう問題ではない」と却下されてしまった。どういう問題だ?

あのさ、日本には帰りの通勤電車で、特急用の車両を使った特別なやつが走っててだね、みんな立って帰るのが嫌なもんだから300円余計に払って座って帰るわけなんだけども、発車時間までにたいてい満席になっているのだよ。「オレなら立って寝る」。

革命広場で内務省の建物の前に張っている兵隊さんたちは、みんなスリムで美しい体型だ。あんなんで兵隊さんが務まるのだろうか。あれは飾りみたいなもんで、本物の戦闘要員は別にいて、プロレスラーよりも強いんだとか。

キューバリブレは、ラム酒とコーラのカクテル。キューバで注文すると、コーラの色が非常に薄く、ほぼラム酒だ。気前いいこと。

犯罪に対して用心するとか怯えるとか、そういう心がけがまったくなくて、みんな開放的だ。そんなに治安がいいのか。危険なエリアはみんな知っていて、そこさえ行かなければ問題ないという。

危険なエリアにはマフィアの巣窟でもあるのか。そういうのはとっくに駆逐されているけど、変な妄想に駆られた怪しい宗教団体があるのだとか。そこには怯えてる。

海と港湾とをつなぐ運河のほとりに、支倉常長の像が建っている。日本人のおじさんとして初めてセーラー服を着てキューバの地を踏んだ。

前の年にはまったく見かけなかった黄色いタクシーをよく見る。車体がみんな新しい。キューバにも急速に変化しつつある部分がある。Wi-Fiポイントが増えて、通信の利便性が向上している。なのに、1時間約100円のWi-Fiカードを買おうと並ぶ人の列が1時間待ちなのは相変わらずだ。

ネット環境向上はいいけれど、情報がどっと流れ込むことで文化が西側先進国と同化していき、やがてニューヨークみたくなっていってほしくはないなぁ。

今年はキューバ革命60周年だ。

岩切氏から送られてきた写真は2,222枚。これだけあると、写真を眺めているだけで、もう行ってきたような気分になれるのではないでしょうか。

写真(撮影:岩切 等)
181224-190102_Anime Shuriken Tour@Havana Cuba_01(1,738枚)
https://photos.app.goo.gl/RunNRPVqZLTqY9Hv5
181224-190102_Anime Shuriken Tour@Havana Cuba_02(484枚)
https://photos.app.goo.gl/NevAVCZYdDKMvwzE9