[0495] ジャンヌ・エビュテルヌの黒い瞳

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0495   1999/12/18.Sat発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 14679部
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●デジクリトーク
 ジャンヌ・エビュテルヌの黒い瞳
 十河 進
 
●デジクリトーク 1999年、わたしにとって最大の危機とその対処
 変える事で自分を出してきた私にとっての今年
 飯田HAL

●ニュース
 アドビ、アクロバットのマック用プラグインのダウンロードサービス開始

●展覧会案内
 ディジタル・イメージ クリスマス展 今日から23日まで

 


■デジクリトーク
ジャンヌ・エビュテルヌの黒い瞳

十河 進
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1992年の12月、東武美術館の開館記念展覧会で、ようやくオリジナルの
「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」を見ることができた。もちろん彼女の肖像
だけでも30点ほどあるのは、知っている。

僕が見たかったのは、1917年に描かれた「青い眼」と名付けられた肖像で
ある。彼が描いた多くの人物と同じように、その絵では彼女の眼はブルーグレ
イに塗りつぶされているだけである。

その絵画展には「大きな帽子をかぶったジャンヌ・エビュテルヌ」や「白い襟
のジャンヌ・エビュテルヌ」も飾られていたが、どちらもジャンヌの眼はブル
ーグレイに塗られている。眼を単色で塗っただけの肖像画は、彼のスタイルで
もあった。

会場を回っていて驚いたのは、1918年に描かれた「ジャンヌ・エビュテル
ヌの肖像」を見たときである。僕は、初めてその絵を見た。

その肖像画では、ジャンヌの瞳は茶色がかった黒できちんと描かれ、白い眼の
部分と鮮やかな対比を見せる。さらに両方の瞳の真ん中にはキャッチライトの
ように白い点が描き込まれ、眼の表情だけで惹き付けられるようだった。

ジャンヌは、まっすぐにこちらを見つめ返してくる。顔を少し左に振った角度
で描かれているから、やや流し眼気味になり、彼女の視線にドキリとしない者
はいないだろう。

豊かに肩まで流れる栗色の髪、長く通った鼻筋、その下に描かれた赤い唇、彼
の絵画の特徴である長い顔と長い首筋、黒いドレスが絵画の下の部分のコント
ラストを強くし安定感を与え、絵から受ける印象をより深くしている。

当時、彼女は20歳か21歳のはずだが、落ち着いた大人の女の雰囲気を持ち、
理知的な感じに見える。額が広めに描かれ、細く長い眉は端が髪の毛に隠れる
ほどだ。

まっすぐに見つめる視線は意志的である。この絵が描かれたときには、その視
線の先に彼女が心から愛した男がいた。彼女が自らの命を絶つほど愛した男が
……。まるで今、生きているように、そこに描かれている彼女の気持ちが感じ
取れるようだった。

絵のサイズは小さかった。図録によれば、46×29センチしかない。少し離
れて見ていると、机の上に置く程度の大きさにしか見えない。しかし、その絵
画展で、僕に最も強い印象を残したのは、その肖像だった。身の程知らずにも、
僕はその絵が欲しくなってしまった。

今世紀においても様々な芸術家伝説が生まれたが、ジャンヌ・エビュテルヌが
愛した男はその中でも特別、伝説的な画家になった。ジャンヌ・エビュテルヌ
と彼の関係については「20世紀の愛の奇跡」と言う人々もいる。

彼は1884年にイタリアで生まれた。ユダヤ人だったという。1906年、
22歳で初めてパリにやってくる。それから14年間、彼はパリを中心に絵を
描き続けた。しかし、彼が残した300点ほどの油絵は、ほとんどが最後の5
年間のものであり、特に1917年~1918年の2年間に集中している。

彼が伝説として語られるのは、大衆がイメージする、いや、望むといった方が
より適切だと思うが、「不幸な天才画家の人生」をそのまま生きたように見え
るからだ。

大衆が望む不幸な天才画家の人生……

生きているうちには評価されず、死んでから有名になった貧乏画家。酒と麻薬
に溺れ、結核に冒され、貧乏のどん底にいながら多くの女たちに愛され、最期
は最愛の女性に見とられて死んでいった天才画家……。

作品はまったく売れず、カフェで客の似顔絵を描いてはいくばくかの金を得た
りしたが、それもすぐにアルコールに変わった。彼を理解したのはモンパルナ
スにたむろする娼婦たちだった。金のない彼のために、彼女たちは喜んで裸婦
のモデルになった。

彼が精力的に作品を残した時期である晩年の3年間、彼のそばにはジャンヌ・
エビュテルヌがいた。画家志望の若い女子学生である。その3年間に、彼はジ
ャンヌをモデルに着衣あるいは裸体の作品を数多く描いた。

ふたりが知り合ったのは彼が33歳、ジャンヌが19歳の時である。彼は妊娠
した恋人と別れたばかりだった。3月に知り合ったふたりは、7月には同棲を
始める。1917年のことだ。

その年の暮れ、彼は初めての個展を開くが、ショーウィンドウに飾られた裸婦
の作品が猥褻だという騒ぎになり、一点も売れなかった。

その後、彼は転地療養のために南フランスに1年間滞在する。その時期に描か
れた作品は、南フランスの陽光を反映してか、あるいは死期を前にした最期の
輝きからか、妙に明るい印象を残す。

1919年の5月にパリに戻って以降、彼の健康状態はどんどん悪化する。も
っとも、その間にも、やることはやっていたらしく、長女が生まれて半年後、
ジャンヌは二人目の子を身ごもっていた。

破局は翌年に訪れる。1920年が明けてすぐ、彼の健康状態は急激に悪化。
それでも最後の作品「自画像」を描く。その絵は不思議なほど明るいトーンで
描かれ、彼自身の顔も実に穏やかな表情だ。

彼は椅子に横向きに腰掛けている。画面の真ん中は茶色のジャケットが占め、
背景の壁は明るい黄土色に塗られている。襟元にはマフラーだろうか、薄い青
が配置され、おそらく鏡像だからだろう、右手にパレットを持っている。パレ
ットには青や赤の絵の具が塗られ、この絵の唯一華やかなアクセントになって
いる。

だが、注目すべきはその表情だ。頬はやつれ気味だが、きちんと整えられた髪、
体は横向きだから、顔だけやや正面に振り返っている。例によって瞳は描かれ
ずダークブラウンで眼は塗りつぶされているが、伏し眼気味に下に向けた視線
が彼の諦念を表しているようだ。

長い鼻筋の下には片方だけ少し吊り上がった唇がある。苦笑い、とも見えるほ
ほえみが描かれているのだ。頬骨を描くために薄く入れられたシャドーが面や
つれをうかがわせる。穏やかな諦め、いや達観かもしれない、そんなことを思
わせる表情なのだ。

少なくとも、悟り、ではない。

痩男(やせおとこ)という能の面がある。あそこまで頬はこけていないが、少
し似ているだろうか。いや、眼が暗く塗りつぶされているから、どちらかと言
えば盲目の青年の悲哀感を漂わせる弱法師(よろぼし)の面の方が似ているか
もしれない。

諦め、悲しみと哀しみ、死期を悟った貧乏画家の、神秘ささえ感じさせる唯一
の肖像画である。

自画像を描いてすぐのことだったのだろうか、1月22日に彼は意識不明のま
ま慈善病院に運び込まれ、2日後に意識を回復しないまま死去する。36歳だ
った。

心配して付き添っていた父親につれられて両親の住んでいたアパートに帰った
ジャンヌ・エビュテルヌは、翌日、5階から身を投げる。妊娠8カ月だった。

ヨーロッパやキリスト教圏では自殺、ましてや後追い自殺など、信じられない
ことなのだろうか。当時のパリの人々は衝撃を受けた。やがて人々は、ふたり
のことを「20世紀の愛の奇跡」と呼び始める。

そんな二人だったが、どういう事情か、別々の墓地に埋葬された。数年経って
ようやく彼の墓の隣に彼女も埋葬されることになる。

おなかの子供と一緒に後追い自殺するほど彼女が愛した画家は、今ではジャン
ヌ・エビュテルヌと仲良く並んでペール・ラシェーズの墓地で眠っている。

ふたりの間には、ひとりの娘が残された。娘が2歳の時に父母は死に、弟か妹
になるはずだった生命も消えたが、立派に育った娘は美術評論家になり、父親
についての本をまとめた。

娘は母親と同じ名を授けられ、父親の姓を名乗った。ジャンヌ・モジリアーニ、
という名を……。

【そごう・すすむ】DG@genkosha.co.jp http://www.genkosha.co.jp/dg/
玄光社勤務。現在は季刊DG(デジタルグラフィ)編集長。モジリアーニある
いはモディリアーニを主人公にした映画は、ジェラール・フィリップ主演「モ
ンパルナスの灯」が有名ですが、あの映画は見るのを避けています。ジャンヌ
・モジリアーニの本は昔、みすず書房から翻訳が出ていたようですが未読。

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■デジクリトーク 1999年、わたしにとって最大の危機とその対処
変える事で自分を出してきた私にとっての今年

飯田HAL
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一応危機ということを考えて見ようとは思ったのだが、この1年を振り返って
みて自分に危機があったのだろうか。辛かった事はすぐに忘れる方なので、結
局全然思いつかなかった。「常にあるがまま、今出来ることをやる、それ以上
のものは望んでも、身にそぐわない行動は身を滅ぼす」と考えているからかも
しれない。廻りの人から見ると相当な危機だと思える経済的な事も、私にとっ
てはさほどの危機感と感じることはない。実際は膨大な借金を抱えてはいるの
で、常に危機回避をしながら生きてはいるのだが。

毎年ゴールデンウィーク中に行われる「デジタルイメージ展」では毎回違う表
現方法のものを出すようにしていた。自分自身欲張りで作り出したいものが非
常に多くあり、まだまだ頭の中には構想が渦巻いている。構想だけで形にもな
らずゴミ同然のものもあり、形にしてみても完成度が低いものも多くある。表
現を変えるからといって、実際はバラバラに作り出しているわけではなく、一
貫したテーマは私の頭の中だけにある。それは単に一貫性のない事に対する自
分自身の言い訳かもしれない。

毎回発表する「今」の表現だけで飯が食えればそれで良いのかもしれないが、
飯の糧は「今」の作品だけではない。過去の表現の方が飯が食えたりする。も
ちろんそれ作品制作以外の仕事もしなければならない。固定した作品を作り出
すのは単なる職人だと言う考えもあるので、作家として生きるためには自分自
身の作り出す作品のイメージの固定化は防ぎたいと考える。

しかし、自分の中では「今」の表現も、作品となった時点でもうすでに過去の
ものとなってしまっている。にもかかわらず、その近過去が評価を得て来たり、
作り出した作品に妙なまとまりが出てしまってくると、その表現や技法に固執
してしまってそこから抜け出せなくなってくる。

今年はそんな自分が少しづつ大きくなってきて、この表現や技法をもう少し追
求してみよう等と勝手な良い訳を考える様になってきた。もちろん、ひとつの
表現を簡単に自分のものに出来る訳ではないのだが、変える事で自分を出して
きた私にとっては、それが今年最大の危機であるのかもしれない。

私の中でデジタルは、所詮目に見えない存在であると考えている。発表する為
には何らかのアナログ的な作業が必要になる。私の現在の作品を完結するには
現在のデジタル出力そのままでは不充分だ。別にインクの耐久性やカラーマッ
チングなんていうものを考えているわけではない、そんな物は面倒くさくて考
えるのもいやだ、犬にでも食わせてしまえ。それこそ職人の領域で作家の出る
領域ではない。別にDPE屋になる訳でもないので、出たら出たの色で良いと
ころがある。

だからと言って、プリントスタジオに好い加減な出力をしてもらっても良いの
か、と言うとそうでもない事がジレンマでもある。いっそのこと、プリントス
タジオが大きな間違いをして通常では考えられないような出力をしてくれたら、
それは自分にとってうれしい出来事になるかもしれない。出来れば、大判の出
力機を自分で扱い、通常では考えられないような出力をしてみたい。いつかは
それを再加工した物を原版として最終的にはシルクスクリーンやリトグラフと
して最終出力が出来たら、その年最大のうれしい出来事になるに違いない。

しかし、その出来事が現実に終わってしまえば、それは私にとって「その年の
最大の危機」になってしまうだろう。

【いいだ・はる】 hal_@yk.rim.or.jp
http://www.kobanzame.co.jp/HAL/main.htm
デジタル絵本「ウニベルソ」(ISBN4-09-727045-1)小学館
CD-ROM作品集[3D STEREOGRAM WORLD]宏和印刷06-716-2975
Painter Super ArtWorks[翔泳社](ISBN4-88135-624-0)
Digital Image 会員

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■ニュース
アドビ、アクロバットのマック用プラグインのダウンロードサービス開始
http://www.adobe.co.jp/support/custsupport/library/new.html
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アドビシステムズでは、昨日から、Adobe Acrobat 4.0 日本語版 Macintosh用
プラグインのダウンロードサービスを開始した。このプラグインはいずれ商品
版CD-ROMになる予定で、いまなら無料でダウンロードできる。

このプラグインをダウンロードしてインストールすることにより、Acrobat4.0
日本語版のMactintosh版で、ウェブキャプチャー、電子署名、ページ比較、自
動メール添付の四つの機能を利用できるようになる。これらはWindows 版では
実現済みである。

ウェブキャプチャー:この機能を使えば、インターネット上の任意のWebぺ
ージを紙に印刷するかのようにPDFに変換できる。このときWebページ上
のリンク情報はPDFの中でも保持され、設定により複数階層のページを一度
に取り込むことも可能。

電子署名:セキュリティ機能として、従来のパスワード機能に加えて電子署名
機能を利用できる。紙ベースの書類に肉筆でサインをするのと同様な機能を電
子的に行なえる。稟議書や契約書のワークフローで利用できる。

ページ比較:修正前と後の2つのPDFファイルを開いて、どこに修正が加え
られたのかをページ毎に自動的に比較して、その結果をビジュアルにマークさ
せて見ることができる。

自動メール添付:現在開いているPDFファイルを自動的に電子メールに添付
できる。メーラーを起動して手作業でPDFファイルを添付する手間が省ける。

・この情報を得てからダウンロードの場所に至るまでかなりの時間を要した。
もっとわかりやすい誘導方法はないものか? 初心者には不親切である。

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■展覧会案内
ディジタル・イメージ クリスマス展 今日から23日まで
http://www.digitalimage.org/
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DIGITALIMAGE X'mas Exhibition
ディジタル・イメージ クリスマス展

会期 12月18日(土)~23日(木・祝)
   午前10時~午後7時(入場無料)
会場 アクシスギャラリー
   東京都港区六本木5-17-1 アクシスビル4階
   Phone:03-3584-4306(会期中のみ)
   地下鉄日比谷線六本木駅 六本木交差点方面出口(出口3)
   六本木交差点から外苑東通りを東京タワー方面へ徒歩7分
主催 ディジタル・イメージ
特別協賛 株式会社アクシス
後援 財団法人日本ユニセフ協会
   CG-ARTS協会(財団法人画像情報教育振興協会)
   財団法人新映像産業推進センター
   財団法人マルチメディアコンテンツ振興協会

会期中はギャラリーにおいて、出品作品のポストカードを販売。その収益は財
団法人日本ユニセフ協会に全額寄付。

iMACとワコムタブレット、キヤノンとエプソンのカラープリンタ使い放題!

クリスマスパーティー 12月18日(土)午後3時~ (参加無料)

問い合わせ先: 101-0032 東京都千代田区岩本町2-15-8 MAS-MITA6F シフカ内
ディジタル・イメージ事務局 03-5823-7650 E-mail:info@digitalimage.org

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■編集後記(12/18)
・今日からアクシスでクリスマス展だ。依然として本調子に至らず、昨日の搬
入設営も休んでしまった。ダルイ。今日のパーティ行けるかな~。(柴田)
・いっそがしいぞ。今年ってもうすぐ終わっちゃうのね。マックライフの表紙
が変わったぞ。あっ!年賀状作ってないっ!! 20日までに投函したらスタ
ンプ押してくれるのに。紅白見ながら作るかな。とほほ。(hammer.mule)

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http://www.shohyo.co.jp/nagesen/ <投げ銭システムをすべてのhomepageに>
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発行   デジタルクリエイターズ
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編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
        森川眞行 

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