Otaku ワールドへようこそ![5]壊れた王子様:少女首輪監禁事件
── GrowHair ──

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この事件のことにはコメントしないわけにはいかない。コスプレ会場で女の子に声をかけてたとか、ゲームに萌えてたらしいとか、苗字が小林だとか、共通点が多々あるもんだから、黙っていると同じラベルを貼られかねない。

俺はあんなイケメンじゃないから、コスプレ会場でナンパしてもほいほいついて来るやつはおらん! 奴は家宅捜索でエロゲー(Hなゲーム)を1,000本(一千万円相当?)押収されたそうだが、俺んとこはあってもせいぜい3本だ! 奴のもともとの名前は木村だ! などと吠えてみても、かえって虚しくなるので、もうちょっとまっとうな議論を試みたい。「識者の見解」っぽく知的で重厚なコメントができたらいいニャ~、と。


●事件の概要

インターネットのチャットで知り合った当時18歳の兵庫県の少女(19)を、東京都内のホテルや自宅で3か月以上にわたって監禁したとして、5月11日、札幌市の無職小林泰剛(やすよし)容疑者(24)が監禁容疑で逮捕された。

調べによると、小林容疑者は昨年2月ごろ、チャットで知り合った兵庫県の少女と親しくなり、メールをやり取りをしていた。3月ごろになって突然、「実家にヤクザを送り込まれたくなかったら、東京まで出てこい」と少女を脅し、同3月8日、渋谷区のホテルに呼び出した。顔を殴るなどして脅迫、同日から同6月19日までの104日間、都内の複数のホテルや、小林容疑者が当時住んでいた足立区のマンションに監禁した。監禁中は、少女の首に首輪を付けて鎖でつなぎ、殴るけるの暴行や性的な乱暴を加え、「ご主人様」などと呼ばせていた。少女は6月、すきを見てマンションから逃げ出し、近くの弁当店に駆け込んで助けを求めたという。

小林容疑者は'01年に女性2人に対して傷害を加えたかどで、'03年に有罪判決を受けており、執行猶予期間中の犯行だった。

札幌市の自宅マンションから、アダルトゲームソフトのCD-ROM 1,000点やセーラー服などのコスプレ衣装が押収された。ゲームの中には女性を監禁し、暴行して服従させる「調教もの」と呼ばれるものも多数含まれていた。少女が逃げた後も、コスプレイベントで知り合った女性を一時監禁していた余罪があるとみられている。

●メイドバーでそのニュースを見る

5月13日(金)の夜、私は新大久保のメイドバー"Sister Eden"にいた。メイドさんがバーテンダーという夢のようなコンセプトのお店である。特に昼間仕事でばたばたした日など、慌ただしさから開放されて、ふわっとした薔薇色の気分で一日を終えようと思ったらここに限る。何しろ、猫耳メイドさんとカウンター越しにお話ししながらカクテルを飲めるのである。この引力には抗いがたく、足が勝手に私を運んできた。

社交的な性格のオタクたちが寄り集い、わいわいがやがやと明るく賑やかに盛り上がる光景に最初は戸惑ったが、3晩続けて通ったら、慣れた。

壁には大きな液晶テレビが掛かっていて、ニュースをやっていた。護送される小林容疑者の姿が映し出される。鮮やかな青の地に赤と白が入った派手なジャージを着て、車の後部座席中央に座っているのを正面から捉えている。左手の甲をこちらに向けて気障ったらしく顔を覆い、長い人差し指と中指を両目の目頭あたりに向けている。髪は長く伸ばし、けっこうイケメンじゃん。

3人いたメイドさんの一人がぽんと手を打ち、「あれ、手塚ー」と言った。一瞬の間を置いて、その場にいた人たちがみな口々に反応して、どよめきが起きた。「それだ」、「見たような気がしてたんだ」、「テニプリじゃん」。そういうことが分かっちゃう人たちが集まっているのだ、ここは。

テニプリとは「テニスの王子様」というコミックである。テレビアニメでも放送された。ひところ、中高生の女子の間で、これのコスプレが大流行りした。

「絶対意識してやってる」、「逮捕されて護送されるのにコスプレかよー」と大笑いになった(実際はアディダスのジャージであって、コスプレ用の衣装ではなかったようだが、それでも意識してなかったとは言い切れない)。

ひとしきり笑った後、しかしなー、という話になった。「俺たち、また叩かれるんだろうなー」、「犯罪者予備軍とか言われるわけだ」、「ゲームとか、規制がかかったりしてな」、「俺たちがいったい何したっていうんだよなー」、「ああいうやつが一人いると、俺たちみんなが迷惑するんだよなー」。最近よく聞く嘆きである。マスコミによるオタク叩き。

●社会は病んでいるか

一般論として、事件というものは、ふたつの観点から見ることができる。ひとつは個別の扱い。犯人は個人的な動機から事件を起こしたのであり、悪いのはひとえに犯人である。犯した罪の重さに応じて、それ相応の償いをして、事が片付く。もうひとつは、社会現象としての扱い。事件は社会全体の抱える病理を反映して必然的に起きるものであり、悪いのは社会である。社会を直さない限り、同じような事件は次々に起きる。どちらの見方が正しいか、という問題ではなく、両方の見方が必要なんだと思う。

前者に関しては、しかるべき機関がしかるべき手続きを踏んで事件を片付けてくれるであろうから、ここでは深く掘り下げない。気になるのは後者である。社会は病んでいるのか。そうだとしたら、社会の病巣はどこにあるのか。どんな手当てが有効なのか。

とかく、オタクに対しては世間からの風当たりが冷たい気がする。オタクはみんな犯罪予備軍だ、とか、アニメやゲームにのめり込みすぎると現実とフィクションの区別がつかなくなって善悪の規範意識が薄れていく、といった議論をしばしば耳にする。私自身に限って言えば、そんなふうになりそうな感じが全然しないので、この議論にはものすごく違和感がある。

まあ、ゴミ捨て場に美少女型パソコンが落ちているのを拾ってきたけれど、スイッチがどこにあるのかなかなか見つからなかった、というようなアニメを見た後では、「落ちてないかなあ」なんてついつい目がゴミ捨て場を泳いでしまうようなこともなくはないが。だからといって、その日を心待ちにして生きている、というわけではないので、その程度の分別はついているつもりである。

かといって、オタクの世界全体を把握しているわけでもないので、中にはそういう人がいるのではないか、という議論に対しては私が保証することはできない。オタク全体をひっくるめて弁護したいわけではない。

言いたいのは、議論は慎重に進めよう、ということである。犯罪を憎むこと自体は良心の現れだとしても、その怒りをぶつける方向性を誤れば、それ自体が問題思想になってしまう。

●そもそもオタクとは

現在、「オタク」という言葉は3つの意味で使われているようである。

第一には、「漫画、アニメ、ゲームの熱狂的なファン」。必ずしも、それだけに熱中して他のことには一切興味を示さない、ということではない。価値判断を抜きにした、ニュートラルな意味合いである。この意味の下でなら、例えば、性格は社交的で騒がしく、仕事はばりばり有能、ときにはアウトドアスポーツにも興じるが、実はオタク、という人がいてもよい。

第二には、「興味の範囲が極端に狭く、コミュニケーション能力に劣り、社会性に欠ける人」。ひ弱な感じで、表情に乏しく、会話が下手。何を考えてるのか分からない。精神的に幼い。偏執的。友達少ない。気持ち悪い。否定的な意味合いが強い。

第三には、「(分野を限定せず、何かの)専門知識が豊富な人」。肯定的な意味合いなのはいいけれど、この意味で使うならわざわざ「オタク」という言葉を持ち出さなくても専門家とか情報通とか、既存の言葉で間に合っているし、そのほうが誤解が少なくていいと思う。接尾語として、車ヲタ(自動車マニア)、鉄ヲタ(鉄道マニア)、軍事ヲタ、のように使えば短くて便利だが、侮蔑的な含みがあるととられがちなので、やはり誤解の危険性が伴う。

そもそもこの用語の発端はどうだったか。大塚英志氏の「おたくの精神史」によれば、ある種の人たちを指す用語としての「おたく」は、'83年に中森明夫氏によって提唱された。大塚氏の編集する雑誌「漫画ブリッコ」で中森氏が「おたくの研究」を連載した。その中で、コミケに同人誌を買いにくるような人たちを「異様な人たち」とこきおろし、彼らが互いに「おたく」と呼び合っているのを揶揄して「おたく」と名付けている。

いわく、「ほら、どこのクラスにもいるでしょ、運動がまったくだめで、休み時間なんかも教室の中に閉じこもって、日陰でうじうじと将棋なんかに打ち興じたりなんかしてる奴らが。モロあれなんだよね。髪型は七三の長髪でボサボサか、キョーフの刈り上げ坊ちゃん刈り。イトーヨーカドーや西友でママに買ってきて貰った980 円、1,980円均一のシャツやスラックスを小粋に着こなし、数年前にはやったRのマークのリーガルのニセ物スニーカーはいて、ショルダーバッグをパンパンにふくらませてヨタヨタやってくるんだよ、これが」。

コミケに集まる人たちの見た目の姿を上手く描写しているとも言えるが、決して好意的な目では見ていませんね。この時点では意味は未分化で、「現在の第一の意味のオタクは第二の意味でもオタクである」と言っているわけである。これが本当にそうかは、冷静によーく検証してみる必要があると感じる。

なお、この調子の「オタク叩き」はマスコミの常套手段である。特に宮崎勤による幼女連続誘拐殺人事件が世を震撼させた1989年には、8月のコミケでテレビ中継の女性レポーターが「ここに10万人の宮崎勤がいます」とやっている。凶悪犯罪に対する怒りをぶつける矛先はこれでよかったのか。この事件により「オタク」イコール「犯罪予備軍」のイメージが世に広まったように思う。

これは「オタク」という言葉のもつ二義性 --- 「アニメ好き」と「非社会性」--- による混乱なのではないかと私はみている。(余談だが、そういうわけで、前者のニュートラルな意味をこめて、この連載タイトルでは"Otaku"としているのである)

●こういうことこそ調査してほしい

実際のところどうなのだろう。漫画やアニメやゲームが好きであることと、社会性に欠ける性格との間には関連があるのか、ないのか。社会心理学などの方面から、真面目にアプローチがなされてもよいような気がする。両者の関連性を調べるなら、ちょっとしたアンケートでもある程度のことは明らかになるだろう。

なお、統計学ではよく知られた留意点なのだが、関連性があるからといって必ずしも因果関係があるとは限らない。事象Aと事象Bとの間に高い相関関係が見出されたとしても、それはAが原因でBが起きたのかもしれないし、逆かもしれないし、あるいは別な事象Cが原因でAとBが起きたのかもしれない。それを判別するにはさらなる調査を要する。

つまり、仮に相関性があったとしても、アニメを見すぎた結果として社会から疎遠になったのかもしれないし、社会性を欠いた性格の人がアニメに走るのかもしれないし、過去のトラウマが原因で両方が起きるのかもしれない。もし最後のが正解だったとしたら、漫画やアニメやゲームに規制をかけたとしても、犯罪の抑止としては何の効果もないことになる。

そう言えば、今回の事件の小林容疑者は、高校時代に母親が自殺している。このあたりのことは、まだどれもこれも仮説であり、しっかりとした検証がなされていない。凶悪犯罪が今後も起こり続けるのを抑止したいと考えるなら、中世の魔女狩り的なアプローチよりも、心理的なメカニズムの解明を目指した学術的なアプローチのほうが効果が高いように思う。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
昔は学者になりたかった頃もあったような気がするが、今はただの萌えるおっさん。断じて奴とは同類じゃありませんからー。ペンネームの由来は小林 →ケバヤシ → GrowHair。この前床屋に行ったのは2月だから、もうけっこう伸びてきた、ヒゲ。秋の収穫が楽しみだ。さて、全国の小林に告ぐ。世間を騒がすような破廉恥な事件、もう起こしてくれるなよー。(← オマエガナー)
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