Otaku ワールドへようこそ![17]一心不乱にパズル:スリザーリンク
── GrowHair ──

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しょせん私の人生なんて一言で総括すれば「暇つぶし」で片がつく程度のものだが、最近は暇つぶしの種がやけに増えてきて、忙しい。またひとつ扉を開けてしまった。パズルである。巷では、9×9マスを1~9の数字で埋めていく「数独」が人気のようだが、私がハマったのは「スリザーリンク(Slither Link)」という、線をつないでいくパズルである。きっかけは同僚の結婚。

●「ニコリ」と出会う

10月29日(土)、同僚のK山K樹君の結婚披露宴に招かれた。彼は学生時代からパズルを解くのが趣味、新婦と知り合ったのもパズルを通じて、という筋金入りのパズラーである。共にパズルを解くうちに、その情熱がいつしか愛情に変わっていったとは、なかなかいい話である。そのつながりで「ニコリ」の編集と読者の人たちが招かれ、ひとつのテーブルを囲んでいた。「ニコリ」とは、1980年に日本で初めてパズル誌を創刊した出版社である。雑誌などに提供されたパズルを見ていたので、学生の頃から存在は知っていた。

そんな面白い方々とはぜひちょこっとでもお話ししてみたいと思っていたところ、お開きの後に、編集のI氏と立ち話をする機会を得た。より客観的な視点からは、酔った勢いでからんだという見方をされているようだが。何を話したのか覚えていないところをみると、やはりそうだったか。

後に、ハワイから帰ってきたK山君を通じて「ニコリ」の出版するパズルの本をいただいた。その本はいろいろな種類のパズルがてんこ盛りであったが、中でも特にスリザーリンクが面白かったと言ったら、今度は一冊丸ごとスリザーリンクの本をくれた。


●線をつないでいく

スリザーリンクというのは、線をつないでいくパズルである。「ニコリ」の読者である日本人が考案したそうだ。碁盤目状に並べられたマスの、線の交点に相当するところに点がぽちぽちと打ってある。この点と点を縦横の線で結んでいく。線は途切れたり分岐したり交差したりしてはいけない。最終的には一本の輪っかを完成させる。輪っかが分離して2本以上になったり、輪っかの中にまた輪っかがあったりしてはいけない。

いくつかのマスの中には、0から3までのうちのどれかの数字が記されている。その数字は、そのマス目を囲む上下左右の辺のうちの何本に線が引かれるかを表している。1と書いてあれば、上下左右の辺のうちのどれか1本に線が引かれることになるが、それだけではどの辺に線が引かれるのかまでは決定できない。

しかし、例えば0のマスと3のマスが隣り合わせになっていたとしよう。すると、0のマスを構成する4辺にはどこにも線が引かれない。ということは、3のマスを構成する4辺のうち、0のマスとの境界線には線が引かれないことが分かっているわけで、残りの3辺に線が引かれることが決定する。さらに、コの字型の両端点から0のマスの側に線を延ばすことはできないので、それぞれ外側に開く方向にしか延びていけない。というわけで、これだけで5本の線が決定する。

このようにして決定した断片的な線を、必然必然の推論によって次々につないでいく。数字の入っていないマスもあり、そこには何本の線が引かれるか、分からない。しかし、解き進むにつれて、そういうところも必然的に決まってくる。最終的にはすべての辻褄が合うように、輪っかが完成する。答えが必ず一意に決まるように、問題が作ってある。サイズは10×10マスから20×36マスに至るまでいろいろある。

図もなしに言葉だけで説明すると分かりづらいが、「ニコリ」のページに行くととても分かりやすく説明してある。またお試し問題が10題、用意されている。
< http://www.nikoli.co.jp/puzzles/3/
>

しかし、お試しにしては少々難しいところもあったりするので、ニフティの提供する「はじめて問題」の方がとっつきやすい。こちらは気分よくすいすい解ける。
< http://www.nifty.com/puzzlejapan/letsplay/play_slitherlink_starter-j.html
>

●たっぷり遊べる

もらった本は「ニコリ」の「スリザーリンク15」だが、これに載っている96題を全部解くのに89時間55分45秒かかった。1題平均56分12秒である。一番てこずったやつには5時間16分30秒かかっている。651円の本でこれだけ遊べれば、超お得である。全部解き終わると世界征服したくらいの達成感と疲労感が得られる。しかしまだ1~14巻もあるし、すでに第16巻も発売されている。それを全部解いたらきっと宇宙を征服したくらいの気分になれるだろう。

各問題には、初級者、中級者、上級者それぞれの標準時間が書いてある。これらの数字は例えば301分、74分、16分のように大きな開きがある。チャンピオンクラスになると、上級者タイムのさらに3分の1程度で解くそうである。道を極めるというのは、すごいことだ。

ちなみに中級の標準タイムの合計が57時間29分であるから、私は大体その約6割増しの時間で解いていることになる。初めてにしては割といい方らしい。

●技巧を鑑賞する面白さ

さて、ここまで読まれて、それのいったいどこが面白いんだ、と思われたかもしれない。その疑問はもっともである。カクカクと直角に折れて延びゆく縦と横の線の世界であって、なまめかしい曲線美があるわけではない。リボンもフリルもない。小学校の計算ドリルみたいなもんで、「何でこんなもん、自分から好んでやるかいな」ってなもんである。

それが、意外にもけっこう楽しめるのである。作業がサクサク進む楽しみと、立ち止まって考える楽しみが並存している。途中で手がかりが見つからなくて停滞するとちと苦しいが、ああでもない、こうでもないと頭をフル回転させて突破口が見つかったときにはスカッとする。そして、最後の一本をつなげてすべての辻褄が合ったときの爽快感は、富士山登頂に匹敵する。登ったことないけど。

解くこと自体にクリエイティブな要素は全然ないものの、技巧を鑑賞するという面白みがある。例えば、こんなのがあった。盤面の周辺部には数字が一切置かれていないために、そこへはどうにも手がつかない。薄皮一枚を残した状態で、内陸部に線が埋まっていく。最後に、あっちとこっちへ突き出した2つの端点を、ぐるぐるぐるっと半周回ってつなぐと完成する。ほぼ最終段階に至るまで、線のどちら側が外側になるのが分からないところに意外性があった。

●複雑系の香り

その種の技巧が、まだ発見されずにどれほど埋もれているかは未知の世界である。そのあたりに複雑系の香りがする。

複雑系とは、ひとつひとつの個体は割と単純なルールに則った働きしかしないのに、そういう個体がたくさん集まって相互作用することにより、全体として複雑で豊かな世界が自然発生的に生じるようなシステムである。

例として、よくライフゲームが引き合いに出される。碁盤目の各コマを住処とする仮想の個体は、自分を取り巻く環境が過密でも過疎でも死んでしまうが、ほどよい人口密度では誕生し、生存する。

初期状態として、適当に個体をばらまいておくと、後の世界の変遷は必然的に決まるのだが、これがそう簡単に定常状態に陥ることがなく、個体全体の描き出した模様が次々に変化していく活発な社会が展開し、眺めていて飽きない。

人間の脳も複雑系の一種だとする見方もある。現在知られている限りにおいては、一個一個の脳細胞は、近隣から受け取った信号に重みをつけて合計し、近隣に配信する、という簡単な計算機のような働きしかしていないらしい。しかし、それが150億個も集まると、感情やら思想やらが生じるとのことである。

ということは、一個一個の脳細胞と同じ働きをする素子を大量につなぎ合わせれば、脳と同じ働きをするものができ、感情や個性を備えたロボットみたいなものが作れるのではないかと考えられる。この構想のもとに進められているのが、「人工生命」と呼ばれる研究テーマである。まだ成功したという話は聞かないが。

このように、ひとつひとつの個体は割と単純な働きしかしないのに、それらが相互作用することによって、全体として予想もつかないような豊かな世界が「出現」する現象を英語で "emergence" と呼び、日本語では「創発」という造語があてられている。相互作用が多すぎても少なすぎても創発は生じない。ほどよいさじ加減が大事なのである。

創発は応用範囲が広い。企業のトップにこの概念を吹き込んでメシの種とする経営コンサルタントもいるくらいである。「現代社会は創発的である」と言うが、それは誤解。真相は「社会はいつでもどこでも創発的であったが、現代になってそれが認識されるようになった」というだけのことである。

現代社会はインターネットやケータイの普及で情報の流れが活性化されたようにみられがちだが、実は相互作用の過密と過疎が両極化し、創発のかえって起きにくい状態になっている。むしろ逆に、情報のセグメンテーション化(区画化)が進んでいる。活発な情報の流れは、各セグメンテーション内でしか起こらず、セグメンテーション間は接点が薄れていっている。

え~っと、何の話だっけ? そうだ、だからスリザーリンクにおいても、この複雑系のにおいがぷんぷんと漂う。ルールは単純なのに、どれほどの面白さをもった技巧が、まだどれだけ埋もれているか、測り知れないものがある。作り手にとって、技巧を編み出すという創意工夫の余地があるところが、このパズルの奥深いところである。問題を制作することには、天地創造の喜びが伴うに違いない。

●パズラーはオタクか

それはオタクの定義による。まあ、パズラーの側からしてみれば、メイド喫茶に入り浸って「萌え~」とか言っている連中と同じ範疇にくくられたくはないだろうけど。でも、オタクとはつまるところ趣味人であって、とりわけのめり込み度の激しいやつ、というふうに見れば、ほーら、仲間である。

メイド喫茶で脇目もふらず、時計を傍らに、一心不乱にスリザーリンクを解いている客、というのもシュールな光景かもしれない。あ、今度やってみよ。「ニコリ」さん、次のを出版するときは、表紙を萌えキャラにして、タイトルを「萌えるスリザーリンク」にしてみてはいかがでしょ。で、アニメイトあたりにも置きましょう、ぜひ。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。前々週のくうさんに引き続き、先週末は永吉さんを迎撃。個性派ぞろいで、なんかすご~く楽しかった。私は平凡すぎて埋もれてたかも。買物王子さんと3人で行った二次会では、激しいディベートの末、芸術論に関する驚くべき啓示を得たような気がするのだが、ノートの余白が足りなかったため(←分かる人には分かるフェルマーネタ)、アルコールとともに揮発した。/前回ここに書いたことに事実と相違があったらしい。くうさん、ごめん。/先日書いたテレビ番組制作の件、順調に収録が進行中。デジクリを読んでメールをくれた風之宮そのえさん(ゲーム「アニマムンディ」のプロデューサ)とともに私もちょこっと出演。秋葉原のメイド喫茶で。次回にでも書きます。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/
>