[2159] 話し合い(2)

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<あくまでケース・バイ・ケース>

■ショート・ストーリーのKUNI[26]
 話し合い(2)
 やましたくにこ

■デジクリトーク
 映画『墨攻』は墨侠精神に対する歪曲、改竄である
 前田年昭


■ショート・ストーリーのKUNI[26]
話し合い(2)

やましたくにこ
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※[24]話し合い(1/25 2127号)の続きのようです
< https://bn.dgcr.com/archives/20070125140300.html
>

神はとても不機嫌だ。スープ春雨を食べながら韓流ドラマを見ていて感涙にむせんでいた、まさにそのときに携帯が鳴って、出てみると悪魔からだったのだから。

「はい」
「いまいいです?」
「よくないけどいいわよ、もう出ちゃったし。何?」
「先日の話ですよ。初期設定を変えるという」
「初期設定。そんな話してたかしらね」
「いやだなあ。あなたの提案じゃないですか。人間は生まれたときにひとつだけ、過去の人間たちが学習したことの成果を、引き継ぐことができるというやつ」
「いいこと言うじゃない」
「ひとごとみたいに言わないでくださいよ、ったく。それで具体案を出そうということになったのに、あなたが先におおまかなスケジュールを立てようと言った。でしょ?」
「覚えてるわよ、もちろん」

本当はほぼ忘れていた。

「で、そのスケジュールですよ。この間のあの店では結局何も決まらなかったじゃないですか、店の内装がいまいちだとか箸袋の柄が悪いとかどうとか話がずれてしまって。いや、いいんですよ、別に。あなたが言い出したことだし」
「あーごめんなさい。そうだったそうだった。ここんとこ殺人的な忙しさでそれどこじゃなかったのよ。悪い。電話じゃなんだから、いまから会う?」

というわけで、ふたたび神と悪魔はドトールコーヒーで豆乳ラテを飲みながら話し合いをしている。

「でさ、そのスケジュールよね」
「ですね」
「うーん、と。あれからいろいろ考えたのよ、私。で、これは本来はあなたの仕事なんじゃないかな、と」
「はあ?」
「考えてみてよ。人間は生まれたときにひとつだけ、過去の人間たちが学習したことの成果を引き継ぐことができるってことは両刃の剣よ」
「つまり?」
「いい? 私は神なの。ややこしい議論は抜きにして、人間やそのほかの存在すべてに愛を注ぐのが私の仕事なわけ」
「愛、ねえ」
「過去の人間たちが学習したことの成果を引き継ぐことができるのは、その愛に沿った行為かどうか、よね。言ってることわかる?」
「人間にとって必ずしも幸福でないと。そうおっしゃりたいわけですか?」
「知らぬが仏ってこともあるし。神の私が言うのもなんだけど」
「ははーん。そうきましたか」
「そういう言い方はないと思うけど」
「解釈の問題というわけですね。なるほどね」
「誤解しないでほしいんだけど、これは私がやるよりあなたにとってやりがいのあるプロジェクトじゃないかと、そう思って提案してるの。私が逃げてるわけじゃないの。あくまでケース・バイ・ケース」
「あなたは全く関知しないと?」
「そうは言ってないわ。必要に応じて協力するつもり。コラボってやつ?」
「もう死語ですよ、それ」

神は若干むっとしたが顔には出さなかった。なんとなく雰囲気が悪い。

「ちょっと場所変えない?」
「いいですよ」
「考えたら私たち、どこでも行けるのにいつも東京ばかりじゃない。たまには大阪でミーティングとか」
「大阪?!」

ほどなく難波のロケット広場で二人は落ち合う。

「よりによってロケット広場はないでしょ。こんなベタな待ち合わせ場所」
「梅田の紀伊国屋前でもよかったんだけど」
「それもベタ」
「あそこは人が多すぎて。それに前、紀伊国屋のビッグマン前と言ったらいつの間にかビッグマンが二つに増えてて混乱したじゃない。あれ、あなたじゃなかったっけ?」
「他の人と間違えないでほしいなあ。私はあなたと大阪で会うのははじめてですから」
「そうだっけ。とりあえずなんばパークスでも行きましょか。こっちからが近いわ」

ふたりは難波駅の3階中央改札口直行の大階段に向かい、エスカレーターに乗る。とたんに後ろから大声で罵声を浴びせられる。

「おおおおおおっ! 何やっとんねん! 人の前ふさいでからに。立つんやったら右側に立たんかいっ!」

振り返ると、労務者風の中年の男が呼気から猛烈なアルコール臭を放ちながら血相を変えて怒鳴っている。悪魔がエスカレーターの左側に半分はみ出た状態で神と並んでいたからだ。

「すまん、にいさん。こいつわしの連れやねんけど、今日東京の田舎から出てきたばっかりやねん。わしに免じて許したってくれるか」

労務者風の男は急に笑顔になった。

「ああ、そうかいな。東京の田舎からな。ほな…今日はまあええわ。あんたも後輩のしつけ、しっかりしとかな、どんならんで。そやろ、な?! ぐぁはははっ!」

神は無言でへらへらと笑いながらスペースをあけ、男に手をあげて先に行くよう促した。その笑いさえもどこか大阪弁であることに驚愕し、とりあえずこいつは侮れないなと感心した悪魔であった。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://www1.odn.ne.jp/%7Ecay94120/
>

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■デジクリトーク
映画『墨攻』は墨侠精神に対する歪曲、改竄である

前田年昭
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映画『墨攻』が公開された。私たちの前にいま、酒見賢一の小説(1991新潮社、1994新潮文庫)、森秀樹のコミック(1992-96,ビッグコミックス)、山本甲士のノベライズ(2007、小学館)、そして映画(2006)と四つの『墨攻』が存在する。いずれもフィクションだと公言しており、私の批判は史実に反するかどうかという批判ではない。

 - 酒見賢一『墨攻』 < http://www.bk1.co.jp/product/1065714
>
 - 森秀樹『墨攻』  < http://www.bk1.co.jp/product/1979383
>
 - 山本甲士『墨攻』 < http://www.bk1.co.jp/product/2739641
>
 - 映画『墨攻』公式サイト < http://www.bokkou.jp/
>

結論を先取りして言えば、前の三つはそれぞれに面白いが、映画はその面白さを殺してしまっているように私は思う。しかも、それは墨子と墨家集団の精神について、また、戦争について、相対立する二つの見方考え方の対立を反映しているように思えるのだ。

(1)映画が描き出した主題は「戦争と平和」である。主人公は人(敵兵)を殺すことについて悩み続ける。戦闘場面の描写では、侵略してきた趙の軍の行動より守る梁の側の軍民の行動がむしろ残虐であり、南門の攻防と死者への鎮魂に流れている気分は戦争反対、正確にいえば厭戦である。しかし,前の三つの主題は侵略(戦争)に対する抵抗(戦争)である。けっして戦争反対ではない。

(2)映画が描き出した民衆は、王や貴族の権力争いに巻き込まれ、ひどいめに遭いつづけ、無力であわれな、救済対象としての民衆である。
しかし、前の三つに出てくる民衆はちがう。抵抗と防衛の大義に目覚めるや、結束して大きな力を発揮する。歴史の主人公である。

(3)墨家の原点たる墨侠精神を体現する主人公・革離は、梁王と梁の防衛についての「契約」をかわすにあたって、指揮権のすべてを与えること、王の側の女性たちをも例外なく組織編制に組み入れることを絶対的条件として要求し、これを認めさせた。
しかし,ひとり映画のみが、王の側の女性たちは編成に組み入れられず、逸悦が率いる精驥馬隊は革離の指揮下に入らなかったことになっているのはなぜか。

(4)革離は梁の人々にとってみればよそものでしかない。彼が何ゆえ城主梁渓や貴族の嫉妬やねたみ(本質的には恐怖である)を招くまでに人心をつかみ、人々を団結させ得たのか。
革離が自らの刀で腕を切ってみせ、「私の血を吸った土地を私は全力で守る」「降伏すればたとえ肉体的生命が保ちえたとしても奴隷と陵辱しかない」と軍民を前に演説し、人々を決起させる場面があるが、この場面がひとり映画のみ欠落しているのはなぜか。

歪曲と改竄はまだまだあるが、ここにある対立は、四つの物語の四つの個性ではけっしてない。ひとり映画版『墨攻』のみが、偽善的でふやけた「戦争と平和」の、ハリウッド流の、欧米「人道主義」の軍門にくだった立場に立っていることを示している。ひとり映画版『墨攻』のみが、墨家思想と墨侠精神を裏切り、ふみにじっている。私はそう思う。

現代中国に毛沢東と中国共産党は墨家思想と墨侠精神を復興し、中国革命と文化大革命をはじめた。その毛沢東と中国共産党の軍隊であった人民解放軍のふたつの軍区がこの映画版『墨攻』に協力している事実は、中国の「党」と「軍」もまた、毛沢東死後、墨侠精神を裏切り毛沢東思想を否定してしまったことを事実で証明している。

参考:滴水洞 021◆墨家と毛沢東思想
< http://www.linelabo.com/cr021.htm
>

【まえだとしあき】編集者
< http://www.linelabo.com/
>

ライン・ラボのWebページから転載させていただきました。ありがとうございます。  (柴田)

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■編集後記(3/13)

・歯石って、ある日フト気がついたらあるじゃないってかんじで、下の前歯の裏側に見つけてからずいぶん日が経つ。見えるのはそこだけだから、きっと上の歯や奥歯にもついているんだろうなあ。ついちゃったら最後、歯磨きではとれないし困ったもんだ、そのうち歯科医で取ってもらわなくてはと思いながら、痛いもんじゃないからつい放置していたのだった。虫歯の治療があっさり終わってホッとしていたら、口の中のお掃除しますよと宣告されて、まずは下の歯の歯石を除去された。これがたまらなく痛かった。なんとか凌いだが、次回は上をやりますと言われた。そんなわけで昨日は朝から憂鬱だったが、逃げるわけにもいかず(虫歯治療が終わったら、口の中の掃除はしらばっくれちゃう人も少なくないようだ)いやいや歯科医に行く。終わったと思っていた下の歯は、前回と同じいやそれ以上時間をかけてふたたび丹念にやってくださる。器械と人力で、ほんとうにしつっこく。ときどきとっても痛い。泣きたくなるくらい痛い。ヘッドレストに押しつけた頭が上に上にと行ってしまう(逃げている)。続いて上の歯、続いて全体、続いてピンポイント的にあちこち、いったいいつになったら終わるんだ、永遠につづく責め苦みたい。拷問で歯をいじられたら絶対口を割る自信があると思いながら、ひたすら耐える。この音、この痛みは歯や歯茎を削っているのじゃないだろうか、もしかしたら格別ヘタな人がやっているのではないだろうか、そんな不安もむくむくわきあがる。だが、ここは矯正歯科で評判のいいところだ。なかなか取れない歯石をためこんだわたしが悪い。半年後にまたいらっしゃい、そのときはきっと痛くないでしょうとのこと。はい、絶対来ますと半泣きのわたしは答えたのだった。みなさん、歯石を甘く見ちゃいけません。歯科医へゴー!(柴田)

・まだ確定申告が終っていない2。昨日は熱が下がってほっとしていたが、夕方から頭痛がひどくなり寝込む。今朝は熱はあるわ、吐き気はするわ、頭痛はあるわでぐったり。仕事二本は納期までまだ日があるのだが、それでも毎日のように報告することがある。泣き言を書くのは、と思いつつ現状報告をしたら、クライアントも寝込んでいるらしい。ま、だからといって納期がずれたりはしないんだが。甥一号が病気になった時に、マスクを着用すべきであった。あ、どこかの新聞投稿欄に、電車の中で病気の人がマスクをしないなんてけしからん! という投稿があったけど、マスクは予防のために、うつりたくない人自身がつけるべき。検索したらその手の情報はうようよあったよ。一歳にもならない甥三号にはマスクはつけられぬ。うちの家はいま病院の待合室並みの危険度だ。/大日本印刷による個人情報流出事件。幸い18社には該当しなかったが、残りの25社がどこなのか気になる。なぜ発表しないのだ?(hammer.mule)
< http://allabout.co.jp/health/medicine/closeup/CU20041029A/
>  マスク
< http://www.dnp.co.jp/
>  お詫び