Otaku ワールドへようこそ![53]人形を生き生きと撮る
── GrowHair ──

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かつては待合茶屋だったという古い日本家屋で和装の少女人形を撮影してきた。
< http://growhair2.web.infoseek.co.jp/OldHouse070602/OldHouse070602.html
>

ぽってり顔にややくすんだ色を取り合わせた着物の子は美登利さんちの幸子(さちこ)。青緑色に輝く目、青い唇、黒い着物に赤い帯の、和風でありながらどこかゴシックな香りの漂う子は八裕沙(やひろ まさご)さんちのダイオード。どちらも意志が強そう。

●ドールショウで異彩を放っていた

美登利さんと出会ったのは、一昨年の4月29日(祝)、浜松町で開かれたドールショウに行ったときである。
< http://dollshow.hp.infoseek.co.jp/
>

ローゼンメイデンの作者であるPEACH-PITさん(女性二人のユニット)が、パンフレットのイラストを描いているというだけの理由で見に行った。女性的な感性が満開の世界。広い会場3フロアーを使って、端から端まで並べ尽くされた机の上で可愛らしくポーズをとるおびただしい数の人形たち。来場者も「自分がお人形になりきってるだろ」な感じのフリフリでヒラヒラのロリロリなコが多くいた。

私なんざ場違いという空気に圧倒されて、出展者に話しかける勇気もなく、遠巻きに見て歩いていた。そんな中、大きさと作りの精巧さでひときわ異彩を放っている子がいて、はっと息を呑み、目が釘付けになってしまった。


ほぼ等身大の3歳ぐらいの女の子。人形というよりは、子供そのもの。周囲のメルヘンチックな空気を吹っ飛ばし、別次元の空気が渦を巻いている。思わず出展者に話しかけていた。ひと頃の流行り言葉じゃないけど「すごいですねぇ」としか言いようがなかった。「ありがとうございます。うれしいです」と気さくに答えてくれた。その人が美登利さん。

気をよくして、「どうやって作ったんですか」なんてぶしつけなことを聞いてしまったが、いやな顔ひとつせず、ていねいに答えてくれた。サーニットという粘土のような材料をこねて形を作り、オーブンで焼いてカチカチに仕上げるのだそうだ。手足に触らせてもらったりと図々しさエスカレート。そして、今度ぜひ撮らせて下さいという話まで取り付けて、引き上げてきた。

それが意外に早く5月に実現し、千葉のバラ園での撮影と相成った。
< http://growhair2.web.infoseek.co.jp/Rose0505/Rose0505.html
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ちなみに、このときKotoiっちが人形とお揃いで着ているロリ服を後で譲ってもらい、私が着ているのだ。うっふん♪

●今年のドールショウでは隣にもすごいのが

今年の3月、美登利さんから新作の人形を撮りませんかというお誘いをいただいた。撮影に先立って、その子と会っておこうと、今年も4月29日(祝)に同じ場所で開かれたドールショウへ。今回は4フロアー全部使い切って、出展者数も約330から約470へと規模拡大している。

幸子と対面。相変わらず、美登利さんらしい力作だ。顔の肌のぽってり感はまさに幼い少女なんだけど、不思議とどこかなまめかしさが漂う。よいなぁ。今回はその隣にもすごい子が二人。作ったのは、美登利さんのお友達の八裕さん。私はこのとき初めてお目にかかった。美登利さんと八裕さんが知り合ったのは4年ほど前、人形作家吉田良氏の主宰する人形教室「ピグマリオン」の生徒だったつながりだそうである。八裕さんは今も通っていて、ピグマリオンのサイトには作品の写真も掲載されている。
< http://pygmalion.mda.or.jp/
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一体は、上目遣いに妖しく微笑んで、こっちへにじり寄ってくる感じ。まるで長年探し求めていた親の仇をついに見つけ、「ここでお会いできて嬉しゅうございますわ」ニッコリ、みたいなたくらみのある微笑み。可愛い?♪ 名をキュークルというそうだ。もう一体がダイオード。このときの衣装はゴシック風の洋装。そうでなくても、とかく怖いと言われがちな人形を、意図的にいっそう怖くしてみました、な感じ。よいぞぉ。その場で3人で雑談するうちに、八裕さんちの子も一緒に撮らせてもらえる話になった。

人形の出品者はディーラーと呼ばれるが、見たところふたつの両極端に分かれるようである。ひとつは、もっている感性を生活のすべてに行き渡らせて耽美を住処とし、本人もお人形さんとコーディネイトした格好をしているタイプ。ゴスロリ系や和装系に多いようである。和装系の場合、日本の伝統美が生活のベースにあり、本人も着物を美しく着こなしていたりする。もうひとつは、もっているエネルギーのすべてを人形に注ぎ込み、自分の格好にまで気を回してる余裕なんかありますかぃ、なタイプ。

美の理想世界をこっち側に求めるか、あっち側に求めるかの違いだろうか。言っちゃ悪いけど、美登利さんも八裕さんも後者だね。あ、なりは私のほうが遥かにひどいから言えた義理じゃないけど。八裕さんは、自分の頭を「人形の髪を育てる畑」と称していた。

解体人形/Articulated Doll-----吉田良人形作品集なぜ人形を作るのか。これは、登山家になぜ登るのか聞くと「そこに山があるから」と返ってくるように、ディーラー本人にとっては、あらためて聞かれても困ることなのかもしれない。「ピグマリオン」の吉田良氏は、そこをあえて言葉にして、写真集「解体人形」の中で「気の遠くなるほど根気の要る作業の積み重ねの末に、命をもたないマテリアルが人間の姿をまとい、命を宿したと夢想させるときこそ、人形を生み出す喜びが頂点に達する瞬間」と語っている。

とは言え、あっちの世界の理想像をこっちの世界に具現化するのは苦難を極める道でもあるようで、30年にわたる人形作りを経ても、「出来上がったと思った瞬間、理想のイメージはさらに遠くへと逃げ去ってしまう」、「人形に宿る生命感と存在感こそが私がたえず求めてやまない人形創造の彼岸なのです」と述べている。

●日本家屋を下見、美少女論を交わす

遡って、4月14日(土)、美登利さんが見つけてくれた古い日本家屋へ下見に行った。このあたりは、昔、花街として栄えたそうである。芸妓置屋、待合茶屋、料亭を三業と称するそうで、置屋から芸者を呼んで、料亭から料理を運ばせて、待合茶屋で遊んだのだそうである。その待合茶屋が文化財として保存されつつ、撮影スタジオとしても営業している。当時の人々の様々な「思い」が染み付いたような、暗くて重苦しい空気。美登利さんの人形によく合う絶好のロケーションだ。

午前中が下見の時間にあてられていたが、午後からそこで歌会が開かれるとのことで、人が集まってきた。主宰するのは歌人の北夙川不可止(きたしゅくがわ ふかし)氏、美登利さんのお知り合いだそうで、アララギ系の系譜に連なりながらも現在は前衛の結社「玲瓏」に所属し、超結社誌「銀聲」と「甲麓庵歌会」を主宰している方である。ウェブサイトで北夙川氏の短歌作品が読めるが、「キーボード」、「メール」などを詩的な情緒を損なわずに詠み込んだ、曲芸のような歌が連なる。あ、2006年の作品ページのトップ絵は美登利さんちの人面魚だ。
< http://cvnweb.bai.ne.jp/%7Ecomte/tanka/2006/tanka2006-4.htm
>

10人ほど集まったところでやっと現れた北夙川氏は三つ揃えのベストに時計鎖を光らせた、若くてダンディーな人であった。丸顔に片眼鏡、人好きのする顔立ち。はんなりした話しぶりから京都の出身かと思ってしまったが、兵庫県の西宮市だそうで、谷崎潤一郎の「細雪」の舞台にもなったあのあたりを「阪神間モダニズム文化圏」というのだそうだ。

そのはんなりした調子で軽い冗談を連発して場を和ませてくれる。私は「同人誌」と言ったらコミケで売ってるやつを思い浮かべちゃうし、「結社」と聞いても悪の秘密結社のことかと思ってしまう。ああ恥ずかしい。ご挨拶して場を辞する。
< http://cvnweb.bai.ne.jp/%7Ecomte/
> (伯爵の部屋、短歌、写真など)
< http://kuan.egoism.jp/tanka/
> (甲麓庵歌会)
< http://chambre.jog.buttobi.net/
> (写真ギャラリー、ツーショットとか)

戦闘美少女の精神分析数日前、美登利さんがミクシィの日記に、近々ヘンリー・ダーガー展に行くと書いていたのを思い出し、「いつだっけ?」と聞いてみると、その日が初日で、これから行くのだそうで。ちゃっかり同行させてもらうことに。私がダーガーのことを知ったのは、斉藤環氏の「戦闘美少女の精神分析」によってである。この本は漫画やアニメに登場する戦う美少女を分析することによって、オタクと称される人たちの特徴を精神分析的な観点から捉えようとするものである。特に、オタクは同人誌に描かれたイラストのような二次元コンテンツを「夜のオカズ」にして「抜く」ことができるとした点が大いに論議を呼んでいる。

斉藤氏はこの本の中でダーガーの絵を深く掘り下げて分析している。ダーガーはヴィヴィアンガールズと称する7人の戦闘美少女を描いているが、それがアニメに出てくる戦闘美少女と言葉の上で一致しているというだけでなく、もっと深い、心の奥底の部分でつながっているとしている。こういう予備知識は、純粋な目で絵と対峙する上では妨げとして作用したかもしれない。だけど知らなかったら見にも行かなかったわけで。

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国でダーガーが60年間にわたって人知れず書いた「非現実の王国で」という15,000ページにもおよぶ創作物語と300枚の挿絵が死後、部屋の管理人によって発見されている。挿絵を描くに際して自分には画才がないと思ったようで、雑誌から気に入った写真を選び出してトレースしている。それをもとに、服を脱がし、なぜかおちんちんを描き加えている。こうして生成した二次元の少女たちを夜のオカズにしていた可能性は濃厚と言わざるを得ない。

けど、実際に見ると拍子抜けする。大してエロくないのだ。ドロドロした暗い欲望の渦、みたいなものが少しも感じられない。少女たちは、いわゆる「萌えキャラ」に通じる可愛らしさにあふれ、戦闘のさなかにあって、ごっこ遊びのような屈託なさを発揮して明るい。

美術手帖 2007年 05月号 [雑誌]「これじゃあ抜けないな」と感想を述べると、美登利さんは「いやいや、首を絞められて、目玉が飛び出して、舌が突き出ちゃってるやつはぜったい抜けると思う」と反論を唱えてきた。ややっ、そう言われてみると、そんな趣味もありうるか、と思えてきた。後で入手した「美術手帖」5月号では斉藤氏も「可能性90%」と述べていた。さすがは美登利さん、そういう心理をよく見抜いていらっしゃる。他人のズリネタを品川の美術館に掲げて大勢で鑑賞するというのも変な感じだが、描き手の使い道うんぬんで美術的価値が減ずるというものでもないのだろう。

夢想空間の理想像を、みずからの手でこっちの世界へ引っ張り出して愛するギリシア神話のピグマリオン。「芸術とは伝達可能な狂気である」と言った人がいる。誰の言葉かご存知だろうか。バーナード・ショウ? いやいや、私が今、言ってみたってだけなんですがね。

●撮影、やっぱりちょっと怖かったかな

芸術的な(電波の?)波長がやけにシンクロした3人が日本家屋に集まって撮影をおこなったのが、6月2日(土)のこと。棺のような箱から出てきた2体の人形は、まるで自分たちのためにあつらえたような和室の風景に、心地よい居場所を得たりとばかりに生き生きとして見えた。

雰囲気が暗いのはいいのだが、現実に光量が少ないのには難儀した。いつもの癖で「動かないで下さーい」と声をかけてしまい、仕方なく、自分で「はいはい動きません」と返事する。ファインダー越しに見ている間は「怖くする」作画を意図しているので、自分が怯えるということはないのだが、ふと気を抜いた瞬間にたまたま目が合っちゃったりしたときなどは、ぞくっとくる。「今、ぜったい何か言おうとして飲み込んだだろ」みたいな。

人を撮るときは、撮られた本人が写真を見たときイメージ通りだと満足してもらえるかを第一に考えている。人形の場合はどうだろう。生みの親の妄想ワールドからはるばるこっちの世界へやってきて今ここに存在していることの意味をしっかり捉えられただろうか。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
フューチャリスト宣言カメコ。前回触れた「フューチャリスト宣言」の茂木健一郎氏と今回の斉藤環氏の公開往復書簡が面白くなりそう。対談形式だと共通点ばかり強調する仲良しごっこに流れがちなのを嫌い、あえて往復書簡形式で。5往復の予定で、すでに斉藤氏からの第1信が公開されている。ユーモアを交えたやわらかな物腰ながら、はっきりと考え方の相違を示し、クオリアとはナルシシズムが生んだ幻想にすぎないのではと疑問符を投げかけ、対決姿勢をみせている。精神分析vs.脳科学もいいけど、私は斉藤氏vs.茂木氏として読みたいかな。
< http://sofusha.moe-nifty.com/series_02/
>
燕趙園での次回コスプレイベントは11月23日(祝)、24日(土)に決定!
全国のレイヤーのみなさん、鳥取でお会いしましょう!
< http://www002.upp.so-net.ne.jp/camel-st/Chai-Cos.html
>

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解体人形/Articulated Doll-----吉田良人形作品集
吉田 良
河出書房新社 2007-02-16

吉田式球体関節人形制作技法書 Ecole(エコール)―Les poup´ees d’Hizuki dans l’Ecole 人形月 月の神殿―恋月姫人形写真集 ドールズ―堀佳子人形写真集



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戦闘美少女の精神分析
斎藤 環
筑摩書房 2006-05
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starオタク学に登場した革新的名著

生き延びるためのラカン 動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 「性愛」格差論―萌えとモテの間で 「負けた」教の信者たち - ニート・ひきこもり社会論

by G-Tools , 2007/06/22