Otaku ワールドへようこそ![65]初夢か メイド姿の 女流棋士
── GrowHair ──

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1月4日(金)、千駄ヶ谷にある将棋会館にて、女流棋士28名による「新春女流棋士フェスタ2008」が開催された。イベントの目玉(でいいのか?)は、若手女流棋士五人がメイド姿でウェイトレスを勤める喫茶「ヴィーナス」。これは、真剣師と派遣メイドというふたつの顔を持つ女性が登場する漫画「ハチワンダイバー」(柴田ヨクサル著)にちなんだもの。メイド二人が急遽、対局に駆り出され、漫画さながらのシュールな対局姿を見せてくれた。

また、お正月らしいあでやかな着物姿の女流棋士も多くいて、来場した約250人の将棋ファンたちの目を楽しませていた。他にも、タイトル保持者二人による席上対局、来場者との指導対局、ペア将棋、女流棋士クイズ、トークショウ、昨年の女流タイトル戦の棋譜解説など、地下一階から地上五階まで全部を使って盛りだくさんの催しが同時進行した。

将棋も少したしなみ、メイド依存症な私が、参加しない手はない。勢いで、指導対局まで受けてきた。イベントの模様は女流棋士会のホームページに50枚ほどの写真でレポートされているので、夢だったわけではないはずだ。


●どこまでも 潜っていける 将棋盤

ハチワンダイバー 1 (1) (ヤングジャンプコミックス)このイベントには、「ハチワンダイバー」を連載する「週刊ヤングジャンプ」の編集部が協力している。タイトルの意味は、将棋盤の9×9=81マスに深く潜れ、ということ。あと一歩のところでプロになり損ねた菅田健太郎は、賭け将棋を生業とする「真剣師」の世界に手を染めていく。プロ崩れとあればあたりまえのように勝ちまくるが、ちまちま儲けてビンに千円札を貯めこんでいく生活のセコさに嫌気がさしてくる。そんなとき、「アキバの受け師」の異名をもつ強い真剣師のうわさを聞き、挑みに行く。

その人は中静そよ。女だった。黒ぶちメガネの、無表情、無愛想な女。菅田はあっさり負かされて、五万円を持っていかれる。「背骨が折れる」ような屈辱感。将棋しかない人間が将棋に負けたら、存在がもたない。「なんとかお返ししなきゃ」。久しぶりに将棋熱が戻る。

中静そよには、もうひとつの顔があった。派遣メイドの「みるく」ちゃん。菅田が部屋を片付けるのに手伝いを呼んだら、たまたま来たのがみるくちゃん。首の鈴をカランカラン鳴らして、にっこりと愛想よく「ご主人さま(はぁと)」。巨体で巨乳のメイドさん。絶対領域がたくましい。

昨日の人だと見破った菅田は、片付けそっちのけで対局を挑む。そして、また負かされる。千円札ばっかりで五十万円ほど入ったビンをキュッと抱え、「ありがとうございました、ご主人さま(はぁと)」。怖いメイドだ。全財産を失って、大事な駒を泣きながら質に入れる菅田。先回りして流しちゃう、そよ。「戦った駒が好き」。ほんっとに怖いメイドだ。そよに操られるように菅田は次々と大勝負に巻き込まれ、変わっていく。

……いい漫画だ。深い。よく考えるとありそうもない設定なのに、登場人物に魂が入っていて、そこに人間がいると感じさせてくれるリアリティがある。将棋指しになる夢がついえて、血が真剣の血に入れ替わっていく悲哀の描写が、ものすごくいい。今、単行本が第五巻まで出ている。

作者の柴田ヨクサル氏も、一度はプロになることを考えた人だという。BIGLOBEがウェブ上で配信する番組「将棋ニュースプラス」で、渡辺明竜王と対談していて、棋歴のことを語っている。小学生のころはずっと指していたが、関根茂九段に二枚落ちで負けて、ぽっきり折れた、と。その後は、ネットや新宿の道場で対局してきたという。対談に引き続き、飛車落ちで対局している。実になんと、この将棋に勝つのである。ハンパな強さではない。渡辺竜王は「ハチワンダイバー」を、将棋をちゃんと知っている人が描いた漫画だからこそ面白い、と絶賛している。

同じ番組で、この漫画からピックアップした場面の実写化が実現した。菅田を演じるのは、戸辺誠四段。「将棋が強そうに見えない顔」が素でできてるところに、悪いけど笑っちゃった。菅田の師匠は鈴木大介八段がモデルだが、これを本人が演じている。この漫画の主題ともなる名ゼリフ「お前の将棋は浅いんだよ。浅瀬でパチャパチャやってる将棋だ。もっと潜るんだよ、ここに。この9×9=81マスに、潜るんだよ」を迫力満点でキメている。

なお、この「浅瀬でパチャパチャ」という表現は応用が効く。例えば「お前の萌えは浅瀬でパチャパチャやってる萌えだ。もっと潜るんだよ、二次元に」とやれば、オタクの道を説いている。目指そう、二次元ダイバー!

●公式戦 でも見たいぞな メイド棋士

10時の開場時間を少し過ぎて将棋会館に着き、二階の喫茶ヴィーナスに直行すると、まず目につくのが、入り口にどーんと貼り出されたポスター。メイドのみるくちゃんになっている中静そよが真ん中に大きく描かれ、見る者を「うゎっ」と言わせる大迫力。「人気女流棋士たちがみるくさんに大変身!」のコピーのもとに、五人の女流棋士の顔写真と名前が並ぶ。

入ると、すでにほぼ席が埋まっているほどの盛況で、メイドさんたちが忙しそうに立ち働いていた。んーん、メイドはやはり働いている姿が一番美しい。メイドさんになっているのは、藤田綾女流初段、貞升南女流ー級、野田澤彩乃女流一級、室田伊緒女流ー級、坂東香菜子女流二級。みんな驚くほど若くてきれい。将棋って顔で指すものではないはずなんだけど。あのバンカナさんに注文とっていただけるなんて、ご主人様冥利に尽きるってもんです。

対局などの催しは13時からで、それまでの間は喫茶店と売店だけが営業、のはずだったのだけど、早い時間に五十人以上集まっていたので、急遽、即興のイベントが催された。メイド姿の藤田初段と貞升一級が対局に引っ張り出される。チェスクロックを叩きあいながら15分切れ負けルールで。まさにハチワンだ。

お二人とも、現役の大学生。若いのである。若くて、かわいい顔してて、メイド姿で。どこからどう見ても、将棋が強そうには見えない。ところがどっこい、これがめっぽう強いんだ。そりゃ、プロだからねー。このギャップがとってもシュールで、これまたハチワンに通じるものがある。

貞升一級の対局姿勢は表情豊かで明るい。対する藤田初段はややうつむき加減で落ち着いてじっと読みに耽る。先手の貞升一級が藤田初段の得意の三間飛車に対して果敢に急戦を挑み、優位に展開する。だけど、持ち時間の切迫が響いてミスが出る。切れ負けルールは公式戦には採用されていないので、指し慣れてなく、ほとんどパニック。わー、きゃー、無理無理、と派手に叫ぶ。最後は運を天にまかせて、お互い一手一秒でバシバシ指すが、貞升一級が惜しくも時間切れ負け。お二人のがんばりに大拍手。

いつか、ヨクサル先生とメイド姿の女流棋士との平手対局、なんてのも見てみたい気がする。そのときは、ビンに千円札を五百枚ほど詰めて持参していただけるとなおよろしいかも。

●爪と牙 ないライオンの 猫パンチ

四階には普段ならプロの公式戦が行われる対局室がある。この日はそこで指導対局。四面指しの形で10セットほど盤が据えられている。まず来場者が好きな席につき、それからプロがくじを引いて、どこに座るかを決める。私に一局教えていただけるのは、上田初美初段に決まった。出で立ちや立ち居振る舞いに気品が感じられ、口調には優しさの感じられる、育ちのよいお嬢様という印象。身に余る光栄。

指導対局を受ける人たちは、駒の扱い方からして強そう。同じ場の他の三人は飛車落ちか角落ちの手合い割でお願いしていた。う、やっぱ強いんだ。私は飛車角二枚落ちでお願いする。ライオンも、爪と牙なきゃただの猫。これならきっと勝てるじゃろ。

「棋は対話なり」という言葉がある。以下に、上田初段と盤上で交わした対話を再現してみよう。

ケ: 駒落ちにも定跡があるらしいけど、知らないので、平手のつもりで。
上: どうぞご自由に。
ケ: そちらの駒組みは、ほぼ飽和しましたね。
上: そちらはまだ王様が矢倉囲いに入城していないし、指したい手がまだまだ
  ありますね。
ケ: なのでまだ攻めません。陣容整備でポイントを稼げる手がたくさんありま
  す。そちらはどんな手を指してもマイナスになるのでは?
上: ゆっくりしているとジリ貧なので、攻めの姿勢を見せます。
ケ: 右金が単騎で進出してきましたね。棒金のような格好ですね。
上: 攻めてこないなら、こちらから戦端を開きますよ。
ケ: まだ本格的な戦いにしたくないので、歩を打って収めます。
上: それだとこちらだけ歩を手持ちにできるので、得しました。
ケ: そこは妥協です。……って、うかうかしてたら歩を三枚も手持ちに
  されてしまいました。いくらなんでも気合いが悪かったですか。

ケ: さて、ようやく十分な態勢が整ったので、今度はこちらから攻めますよ。
  まずは銀で歩を交換しにいきます。
上: 歩を打って、銀の進退を問いましょう。
ケ: 今度は本格的な戦いも辞さない覚悟です。銀は進出して、そちらの銀とぶ
  つけます。取れば角で取り返して、成り込みの先手になります。
上: すぐには取らず、必要になるまで置いておいます。
ケ: ならばこちらもぶつかり合ったまま放置しときましょう。... おや?
  そちらの桂頭がガラ開きですね。歩をずんずん突いていったらどうなるの
  でしょう?
上: ひらりと身をかわして受けます。歩の合わせから跳ね出して、そちらの桂
  との交換を迫ります。
ケ: 交換を拒否してタダ取りを狙うのは、さすがに危険ですね。交換に応じる
  代償に、こちらはと金を作りにいきます。
上: そのと金を自陣に引きつけて守備に活用されると完封負けを喫します。攻
  めを催促された格好ですね。じゃ、がんがん行きますよ。
ケ: 堂々と受けて立ちましょう、と盤上では言ってるけど、内心は恐いです。
  主砲二枚がいないので、攻めが細いだろうというのが頼みです。
上: 無理攻めは承知の上です。でも、歩が三枚あるので、いろいろできます。
  受けそこなったら、ひとつぶしですよ。
ケ: ひえ???。……自陣が多少不恰好になるけど、変化球で受けてみます。
上: あのですねぇ、プロの指し手には狙いが二つあるのですよ。ひとつの筋を
  かわしても、ちゃんと別の攻め筋が用意してあるのです。
ケ: うわぁっ。……でも、まだつぶされてはいませんね。全力で防戦です。

上: 不本意な手ですが……。
ケ: ほーう、角の頭に銀を打つ攻めですか。本丸から遥か遠いところを攻めて
  きますね。
上: もはやこんな攻めしか残っていないということです。きれいに受けきられ
  てしまったので。
ケ: ということは、ほぼ勝勢ですね。
上: そのとおりです。
ケ: この将棋は何が何でも勝たなくては。もし落としたら、一生、どんなチャ
  ンスがめぐってきても、ものにできないような気がします。
上: がんばってください。
ケ: ひー。ここへ来て、急に緊張してきましたー。

ケ: まずは攻め駒をお掃除して、自玉の安全を図ります。……さて、ついにそ
  ちらの本丸に火を放つときがきました。
上: 全力で防戦です。
ケ: こちらは飛車角があるので、攻めが息切れすることはないはずですが。
上: そのとおりですが、ミスをしたら容赦しませんからね。
ケ: ひー。攻めてるのに恐い。突進していけば、突破できるはずだという局面
  なのに。えーっと、こうかな?
上: 攻めに使いたかった持ち駒の金ですが、自陣に埋めざるを得ませんね。
ケ: あれ? なぜそんなところに?
上: なぜって……。あなたの攻めを受けるためでしょう?
ケ: その攻め筋が見えてませんでしたけど……。
上: んもう! まったく……。

ケ: 桂を打って攻めます。
上: その桂を逆に攻めます。
ケ: あれ? あれ? あれれ……。取られちゃうよー。やばい、やばい。いや
  いや、こんなところは放置して、王様を寄せる場面だろ、ここは。ぜーっ
  たいに、決めどころななずだ。え? っと、え? っと。うう、盤が固く
  て潜れんっ! いやいや、固いのは俺の頭だっ!
  (思わず声に出して。しかも大声で)うんがー、寄らねぇっ!!!
上: (やさしい、落ち着いた声で)あともうちょっとなんですけどねぇ。
ケ: (再び沈黙して)しかたがない、桂の下に歩を打って守ります。
上: んもぅ!! スパッと斬ってくれって、人が首を差し出してるのに、じわ
  じわ絞めてくる気?
ケ: ひー、すいませんすいませんすいません。そんなつもりでは……。ヘボな
  だけなんです。だけど、これで形勢を損ねなかったのは幸いでした。ここ
  からはがんがん攻めます。端歩を突いて、香車を奪って、それを打って退
  路封鎖。ここまで来たら角もぶった切って、……ようやく詰み筋が見えて
  きました。
上: もう受けはありませんが、もらった角を打って、ひとつの詰み筋を消して
  おきます。
ケ: 別の詰み筋も、ちゃんと見えていました。これで詰んでますよね?
上: (声に出して)負けました。
ケ: (声に出して)あ、ありがとうございましたっ。

いやぁ、なんとか勝てはしたものの、盤上の会話のかっちょ悪いこと。棋力のなさが如実に現れた。将棋は、強くなくても対話を楽しむことはできるが、強くなればなったなりに、より深く楽しい会話になるものらしい。

●書ききれん その他もろもろ ここ見てね

─女流棋士会のサイトには、写真レポートが。
< http://lppg.shogi.or.jp/report/shinshun_fa.html
>

─将棋ニュースプラスでは、「ご主人様、王手です」のコーナーでおなじみのメイドの一之瀬まゆちゃんが、動画でレポート。うっかり横をすり抜けて、顔モザイクで画面を汚しているおっさんは私。ごめん。ドラマ・ハチワンダイバーや、ヨクサル先生の対談・対局も見どころ。
< http://broadband.biglobe.ne.jp/sitemap/index_shougi.html
>

─私の同僚の直江雨続君も、ブログにレポートしている。ブロガー棋士の片上五段と遠山四段からコメントをもらっている。う、うらやましいぞっ!
< http://ametsugu.no-blog.jp/open/2008/01/post_9643.html
>

─先崎学八段の「山手線内回りのゲリラ」のサイン本を本人から直接購入。週刊文春のコラム「浮いたり沈んだり」をまとめたもの。私は文春を買うと、真っ先にこのコラムを読むので、面白いのは分かっていた。

─4月26日(土)に大井町で女流棋士会のイベントがある模様。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。この翌日には、宝塚星組の東京公演を見てきた。人生初のことが二日続いて、頭の中はカオス状態。演目は「エル・アルコン-鷹-」。いやぁ、よかった、すばらしかった。内緒だけど、ちょっと泣いちゃった。次の週末に和歌山のポルト・ヨーロッパでコスプレイベントがあり、この作品のキャラのコスをする人が、予習にと連れていってくれたのであった。

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エル・アルコン-鷹- (秋田文庫)
青池 保子
秋田書店 2000-03
おすすめ平均 star
starぜひコミック版で。
starすごい存在感と魅力
starおばさんになっても読めるマンガ

七つの海七つの空 (秋田文庫) サラディンの日 トラファルガー ドラッヘンの騎士 イブの息子たち (1) (白泉社文庫)



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「エル・アルコン-鷹-」「レビュー・オルキス-蘭の星-」星組大劇場公演主題歌CD
宝塚歌劇団 安蘭けい 柚希礼音
宝塚クリエイティブアーツ 2008-01-30

by G-Tools , 2008/01/18