電子浮世絵版画家の東西見聞録[71]大音寺から浅草寺へ、油鶏飯
── HAL_ ──

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●「悋気の火の玉」に登場するお寺へ

我が家の菩提寺は、台東区竜泉、浅草と三ノ輪の中間地点に位置する大音寺です。大音寺は古典落語「悋気の火の玉」に登場するお寺ということもあり、かなり古い歴史を持っているのだと思います。しかし、本堂はコンクリート造りであることからモダンな感じもするのですが、戦時中焼けて新しく建てられたという風情でもありません。この本堂正面にある扉はもはや開かないのか、開いたのは子供の頃一度見たきりです。ぜんたいかなり老朽化しているように見えます。今ではあたり前のように、本堂横に付いた玄関ガラスのがらり戸から入っています。もしかすると、戦災の影響で開かなくなってしまっているのかも知れません。

建物同様に、ここの和尚はかなり古びています。身なりも質素な感じで、痩せた体つきからは貧相な感じさえしますが、笑顔を絶やさない話し好きな和尚です。すさまじい古さを感じさせる雰囲気ですが、「坊主丸儲け」の世界とは全く違う所にある、欲のない和尚とともに人間味を感じるお寺さんなのです。



ここでWeb検索すればすぐに出てくるのですが、落語「悋気の火の玉」をご存じない方のために、簡単に触れておきます。堅く商売熱心な花川戸の鼻緒問屋のご主人が、仲間の寄り合いから吉原へ誘われ、遊びを覚えてしまいます。毎晩のように吉原に通いますが、財産がいくらあっても足りない。そこで花魁を身請けして根岸に妾宅を作ります。本妻はこれに気が付き、呪い殺してやろうと妾の藁人形に五寸釘を打ちます。この噂が妾にも伝わり、それ以上にと6寸釘を……。すると本妻は7寸釘……。「人を呪えば穴二つ」両方が同じ日に亡くなってしまいます。

その後、葬儀が終わり一か月もしないうちに、根岸宅から花川戸を目指して火の玉があがり、花川戸からは根岸を目指して火の玉があがるという、不思議でややこしい評判が立ちます。その火の玉は毎晩大音寺の前で出会い、火花を散らせ喧嘩し合うということなのです。お話自体は、その火の玉で煙草を一服しようとするご主人の行動に落ちが付けられるのですが、知りたい人は調べてみて下さい。

さて、現在の地図を見て調べてみると、花川戸から大音寺を経て根岸まで直線で結ぶと、中間地点というのは千束のあたりなのです。大音寺はずっと根岸寄りにあります。このことは、本妻より妾の方が力が強かったので、火の玉の速度が速かったせいなのかも知れませんね。また、大恩寺周辺には正燈寺や長国寺など他のお寺さんもあります。また大音寺の面する国際通りには、大音寺のほぼ真横に西徳寺というきれいで立派なお寺さんもあります。そんな中で、何故「悋気の火の玉」では大音寺が舞台になったのでしょうか。不思議でなりません。

道を挟んで少し浅草よりに、「おとりさま」で有名な鷺神社があります。酉の市にお出かけの時は是非、大音寺まで足を運んでみて下さい。大音寺は通常、鉄扉が閉められていますが、右の潜り戸は鍵がかけられていませんので自由に入り、心ある人はすぐ右側にある地蔵様にでも沢山お賽銭を上げてください。煌びやかな鷺神社との大きな差を楽めますよ。

・大音寺の前の国際通りから浅草を望む。この時間火の玉は登場しません。


●浅草のうまいもの

菩提寺参りの後は、浅草寺にお参りして昼食を取り帰宅するというのがいつものコースです。車を市営駐車場に止め、雷門の真正面に出て雷門をくぐり、仲見世を通って浅草寺に行きます。雷門から浅草寺に向かう仲見世を通るのが、観光客の一般的なコースです。いつもは西側にあるロックスに止めるのですが、たまには一般的なコースも良いでしょう。仲見世は、年々外国人の観光客が増えています。仲見世には昔ながらの人形焼きや雷おこしの店、おもちゃ屋さんもありますが、最近では経営を若い人達に任せる所が多くなったようで、新しい揚げまんじゅうやカップに入ったファーストフード風のものが徐々に増えています。新旧交代の時代なのでしょうか。

仲見世を抜け、浅草寺目の前にある宝蔵門を右に折れると、右側に花月堂という茶店があり、焼きたてめろんぱんを求める人が列を作っています。ここも昔はなかったような気がします。春のお彼岸に行った時には、この「元祖ジャンボめろんぱん」は売り切れで買えなかったのですが、今回は時間が良かったようで買うことが出来ました。

前回、ちょうど物価の変動期で何もかもが高くなっていった時期で「ひとつ150円だったのが小麦の高騰で170円になりました」と、お断り書きがありました。今回その書き物はなくなりましたが、三個買うと450円になるという看板を見つけ三つ購入することにしました。看板通り「外はサクサク、中はふんわり」は確かでした。さらに「一度食べれば・絶対やみつき!」の文言は、まあどうかなという感はありますが、一度は食べてみて損はない食感です。

・浅草へおいでの際は是非どうぞ。


今回の昼食は、雷門右手にある「三定」の天丼でした。浅草の天麩羅は有名なのか、あちこちの通りに様々な天麩羅の店があります。私が良く行く店は伝法院通りにある「大黒屋」です。ここは田舎風のぽってりした胡麻油の薫り高い天麩羅で、つけだれは甘辛濃厚で超のつく有名店でいつも行列しています。天麩羅は、胡麻油で揚げたわりにはサックリとした洗練された感じの揚げ具合です。たれは浅草風の甘辛ですが、少し薄味系でさっぱりしています。三定のお昼は今回初めてだったのですが、天麩羅はとても美味しくいただけました。でも、ご飯が軟らかすぎて私の口には合いませんでした。私が浅草で食べた天麩羅で、総体的に一番と感じたのは「川松」です。

・雷門三定ではお土産のおまんじゅうを買う人が列を成す。


川松の天麩羅は薄衣が立っているサックリ系で、つけだれも上品です。ここは浅草通りに面したウナギが看板料理の店なのですが、天麩羅がとても良いのです。一昔前の話になりますが、本館の向かい側、裏通りにある川松別館で天麩羅のコース料理を頂き、いざ帰ろうとしたら財布にお金が入っていなかったという事件がありました。事情を話したところ、後で支払ってくれれば良いと私の名前と住所を控えただけで帰して下さいました。そこで嘘を書いても分からないのに。もちろん、翌日には現金書留で送ったのですが、その丁寧な対応に感銘した覚えがあります。大音寺の和尚といい、川松の対応といい、浅草は人に優しい良い所です。

◇本日のお薦めYouTube Music──Bob Dylan(ボブ・ディラン)

1941年生まれ。フォークシンガーとしてデビューし、プロテストソングとして評されているが、彼自身は政治活動には全く興味がなく、運動の象徴とされることに辟易しているという話はよく聞くところです。彼は20世紀半ばに世代をリードしてきた音楽性を持つことは間違いなく、若者世代に影響を与え続けてきました。作品の中でも私が大好きで、今も傍に置いている曲が「The Times They Are A-Changin」で、現在でも全く古びる事はありません。Bohemian.jpではそれを自分の胸に置き活動していきます。その訳詞の一部を最後に置いておきます。ディランは、最近ギターを持たずキーボードに専念しているそうですが、歌詞は常に評価され、彼こそシンガーソングライターの名前にふさわしいミュージシャンといえるのではないでしょうか。2008年、彼の卓越した歌詞が評価され、ピューリッツァー賞特別賞が贈られています。

The Times They Are A-Changin
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The Times They Are A Changin'(Unreleased 1976)
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Blowin' In the Wind
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Like A Rolling Stone 1966
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《The Times They Are A-Changin》
ここに集いし多くの方々よ
時代は洪水のようにあなたの周りに押し寄せている
あなたの築いて来た価値観も
その水に呑み込まれようとしている
あなたは泳ぎ始めなければ石のように沈んでいくだろう
時代は変わっているのだ
by Bob Dylan

●油鶏飯(ヤウカイファン)

今回は、春の菜の花を添えたカレー風味の鶏肉料理です。軽いカレー風味が、オリエンタルな風を食卓に運びます。これをご飯に載せて丼にして食べるようですが、我が家では一皿料理にしてみました。

《料理法》鶏もも肉は厚い部分を開いて観音開きにし、余分な油を取り除いて筋切りして塩、コショーで下味をつけておきます。油を熱したフライパンに鶏肉を皮目から入れ、余分な油を丁寧にキッチンペーパーなどで取り除き、皮をカリッと焼きあげます。そこに下記の煮汁を加え、照り煮にします。煮あげた鶏肉には彩りにパプリカも焼いて添えました。菜の花は、鍋に塩とサラダオイルを加えた熱湯でさっと湯がき、添えてあります。最後に白髪ネギをあしらって食卓に。焼いてから煮る、手間がかかるように見えますが、作ってみると簡単です。

鶏の照り焼き《材料》鶏もも肉2枚、菜の花、長ネギ半本、塩、胡椒適宜、サラダオイル適宜

煮汁《材料》砂糖大さじ3、醤油おおさじ4、日本酒大さじ3、水大さじ6・カレーパウダー小さじ半分・五香粉少々・無くても大丈夫です

【HAL_】横浜在住アーティスト hal_i@mac.com
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