CGの発展に貢献した"Addict"たちの物語──「コンピュータ・グラフィックス の歴史 3DCGというイマジネーション」に耽溺
── 柴田忠男 ──

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コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション大口孝之著「コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション」を熱中して読んだ。この本は「CGの発展に貢献した"Addict"たちの物語」でと帯にある。辞書によれば、"Addict"とは薬物常用、常用者、中毒者、動詞では「耽溺させる」ということらしい。

内容は以下のようになっている。5部立て、25章からなる。

第1部/CGの2つの源流 抽象アニメーションと軍事技術
モーション・グラフィックスの元祖:ウィットニー兄弟の活躍、軍事研究とCGの誕生、現代芸術とコンピュータ・アート
第2部/映画の特撮とCG ハリウッドVFXの源流
グラフィック・フィルムズ社の活躍、ハリウッドの特撮革命
第3部/実用化に向かうCG 表示技術の飛躍的発展
ユタ大学における3DCG研究、ゼロックス・パロアルト研究所
第4部/CG産業の苦悩 理想と現実のギャップ
トリプルアイ、ニューヨーク工科大学、ニューヨークのCGプロダクション、後期ロバート・エイブル&アソシエイツ、ルーカスフィルム、デジタル・プロダクション、オムニバス
第5部/安定と繁栄の時代 頂点に向かうCG技術
3DCGソフトウェアの市販、リズム&ヒューズ・スタジオ、ブルースカイ・スタジオ、ドリームワークス・アニメーション、デジタル・ドメイン、ハードウェア・メーカーとしてのピクサー、ルーカスフィルムとILM、2Dキャラクター・アニメーションのコンピュータ化、日本のCG、ディズニーとピクサー・アニメーション・スタジオ、これからのCG

それに加えて、9人のキーパーソンについての解説(アイヴァン・サザーランド、ピーター・フォルデス、チャールズ・スーリ、レスター・ノヴロス、ロバート・エイブル、ジェームズ・H・クラーク、ジェームズ・ブリン、ネルソン・マックス、ポール・デベヴェック)用語解説、参考文献一覧、索引、という構成で270ページ。


大口さんは1979年にNHKで、トリプルアイやニューヨーク工科大学の高度なCGを見せてもらったときに、「あまりの驚きにこれが同じ人間が作ったものに思えず、宇宙人のテクノロジーのような絶望的距離感を感じてしまった」。打ちのめされて帰る道すがら「でも、これらのCGを作った人々も、最初から高度な技術を持っていたわけではあるまい。ならばその歴史を辿っていけば、どうやってCGが作られていったかが、自分にも理解できるはずだ」と考えたという。それから30年経って、その思いはこの本に結実している。

コンピュータ・グラフィックスのすべて (1982年)わたしも、いままでCG関連の雑誌、書籍をかなりの数編集して来たが、一番思い出に残る本といったら、1982年12月に発行されたムック、吉成真由美責任編集「コンピュータ・グラフィックスのすべて」(玄光社)である。当時「月刊コマーシャル・フォト」に属し、編集部の藤井彰君とふたりだけでつくった。

「コマーシャル・フォト」では、おもにCMの分野を担当し、とりわけ「特撮」が好きで、たびたび特集記事をつくっていた。いや、好き放題に暴走していたといっていい。わたしは文科系の出身で、キカイやエレキにはむちゃくちゃ弱いくせに、なぜかSFXやCGが好きだった。藤井君はわたしに輪をかけた特撮マニアだった。

編集部は、ほとんどすべての広告代理店と制作プロダクションにルートを持っていたから、どこでどんな新しいCM映像が作られているのか、たぶん業界で一番早く情報を得られる立場にあった。アメリカのトリプル・アイやロバート・エイブルのCG映像も、広告代理店のディレクター経由でだいぶ早い時期から見ていたが、美しいと思ったもののよく理解できなかった。

そして、1982年、電通の佐久間弘さん(海外SFの翻訳家・黒丸尚さん)とF2の黒川文雄さん(当時「ぴあ」取締役)に伴われNHKに出向いた。NHKスペシャル番組プロデューサーで、CG研究開発にも携わっていた吉成真由美さんから、アメリカのCG作品集をレクチャー付きで見せてもらい、ものすごい衝撃を受けた。大口さんと同じような心境だったのかもしれない。

わたしの場合、吉成真由美さんの才能を借りて本に仕立ててしまおう、いますぐ出版しようと思ったところが大口さんとは違っていた。そして数か月、藤井君に「苦労つづきでホントに死んだ方が楽だと度々考えた」と言わせるほどのハードスケジュールの末、年末の発行に漕ぎ着けたのであった。

「コンピュータ・グラフィックスのすべて」内容は、アメリカのCG作品集、日本のCGの現状レポート、吉成真由美さんがアメリカのCGのパイオニアたち18人を直撃インタビュー、CGの基礎、アメリカのCG制作地図などで、いま考えても、よくもまあこんな当時最先端の情報を発信できたものだと思う。それはひとえに吉成真由美さんのお力によるものである。巻頭の、CG作品集「ディジタル・イメージ・トリップ」は、鈴木一誌さんの設計でその展開はいま見ても圧巻である。

ちなみに、吉成さんはNHKを退社してアメリカに留学、マサチューセッツ工科大学の脳および認知科学学部を卒業、ハーバード大学大学院で心理学部脳科学の修士課程を修了している。サイエンスライターとして著書は多数。夫はノーベル生理学・医学賞の利根川進氏である。

また、この本では、日本のCGの現状を取材するチームに若手研究者3人を起用したが、彼らはいまは東京芸術大学大学院映像研究科メディア映像専攻教授、クラスタ型スーパーコンピュータの開発会社の代表取締役社長、東京工業大学大学院情報理工学研究科講師になっている。吉成さんといい、彼らといい、とんでもない才能たちとの奇跡的な出会いがあったのである。

当時、大口さんは日本最初のCGプロダクションであるJCGLに勤めておられたので、お会いしたことがある。そして10年後に、わたしが編集していた「SUPERDESINING」の第5号で、まるまる一冊CGを特集したとき、大口さんには「CGの歴史」と「CG人物相関図」「CG関連技術相関図」「CG用語解説」などを書いていただいた。24ページにわたり細かい文字でびっしり組んで、普通の本ならゆうに60ページ以上の充実した内容だった。

さて「コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション」に戻るが、大口さんがCGのパイオニアたちに直接会って聞き出した苦労話はじつに興味深い。CGは「人間の苦労」の積み重ねによって発達して来たことがよくわかる。また、「それまでまったく存在していなかった技術」を巨大産業にまで育て上げた先人の生き方には深い感銘を受ける。そのへんはビジネス書的な読み方もできるだろう。

そして、映画やCMに用いられるCGやVFXのファンにとってうれしいのは、筆者が映像クリエイター、映像ジャーナリストとして活動してきた30年間に集めた「○○秘話」「○○の真相」の類いである。「2001年宇宙の旅」におけるダグラス・トランブルの業績一人占めの顛末、「スター・ウォーズ」「未知との遭遇」などのVFXの秘密、いわゆる「スター・トレック」事件、「トロン」制作の裏舞台、ロバート・エイブルが経営破綻した理由、「ジュラシック・パーク」におけるクリエイターたちの葛藤など、おもしろ過ぎる。

惜しむらくは、日本のCGに関する記述が少ない。日本のCGプロダクションの興亡や、アートの分野で活躍する人の紹介、博覧会映像、日本の映画や産業におけるCGなど書いてほしいことはまだたくさんある。ぜひ日本編をつくってもらいたいものである。本書はモノクロであるが、やはりCGビジュアルはカラーで見たいと思う。

CG、映像技術、VFX、IT技術、グラフィック・デザイン、モーション・グラフィックス、アニメーション、立体3D映像に興味のある学生、ファン、プロフェッショナルにおすすめの本である。

■「コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション」
< http://www.filmart.co.jp/
>
ISBN:978-4-8459-0930-8
定価:2,730円(本体2,600円+税)
仕様:A5判並製272ページ
発売:2009年6月2日
著者:大口孝之
発行:フィルムアート社

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コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション
大口 孝之
フィルムアート社 2009-06-02

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by G-Tools , 2009/06/16