Otaku ワールドへようこそ![115]芝居の稽古はボロボロ
── GrowHair ──

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ここ2〜3回のこのコラムの内容が、一言に縮約すると「こんなに忙しい私」で片づいちゃいそうそうな、日記みたいなもんになってる傾向は否めない。たまには「こんなに暇な私」というテーマで書いてみたいもんである。

そうは天の神様が許してくれない。私、なんか悪いことしましたか? あ、天罰じゃないか。思えば、一昨年、銀座の「ヴァニラ画廊」で開催した「人形と写真4人展〜幻妖の棲む森〜」をなんとか乗り切ったときには、冗談だけど「俺の人生のクライマックスは越えた。あとは死ぬだけだ」なんて言ってたもんだが、人生の地形図を完全に読み誤ってた模様。

気がつくとまたひーひー言いながら登ってるやんけ! これを登り切ったら、前のクライマックスなんて、眺め下ろしてるんでねーの? 今は、冗談だけど「こんな生活続けてたら有名になっちゃうぞ」とか言っている。どこへ向かっているのか、たいへん不安な私である。



●廃墟っぽいところで人形撮影

3月20日(土)は、美登利さんの人形撮影。去年の12月のグループ展「臘月祭」の直前に川崎で一度撮ってる子なんだけど、すっかりイメチェンしているので、展示用に大阪に送る前にもう一度撮っとかなきゃ、というわけだ。

ロケ地は、港の見える丘公園内にある、フランス領事館跡。廃墟。そんなに広いわけじゃないんだけど、撮影セットとしてはかなりいい。川崎のときのロケ地も美登利さんに見つけてもらったのだったが、今回もまた。そんないいロケ地をどうやって見つけたのかは、聞いたような気もするんだけど、むにゃむにゃ......。他人の出がらしのお茶っ葉にもう一度お湯を足して飲む私のプライドのなさが、むにゃむにゃ......。
< http://picasaweb.google.com/Kebayashi/IHFss#
> 写真

●苦悩する神父役、できるのか俺

舞台に立った経験もなければ目指した覚えもない、と書こうとして記憶を遡ったらひとつ出てきた。あれは忘れもしない、幼稚園時代の学芸会みたいな催しで、父兄が見守る中、劇をやったんだった。高円寺にある「聖心幼稚園」はカトリック教会に付属していたので、たぶん出し物は「キリストの生誕」みたいな話だったんだと思う。

私は、ほんのチョイ役。横一列に並んだ兵隊だったかが、一人ずつ順番に一歩前へ出て、右手を斜め前に挙げて、一言ずつ台詞を言う。どれも物語の展開にはまったく寄与してなかったような。私のは「国民の数を数えるようにとのご命令」。うん、40余年を経ても、けっこう覚えてるもんだな。

うまく言えたと思う。会場からはどよめきが起きた。たぶん、幼稚園生にしては大人びた台詞をよどみなく言ったなぁ、と感心したんじゃないかと思う。いるんだよなぁ、そういうやつ。チョイ役のくせに、会場の注目をぜんぶさらってっちゃうやつ。

ちなみにあのときはまだヒゲは生えていなかった。本名の小林をもじってケバヤシと呼ばれるようになるのは、中学3年のときからだ。見かけにそれほどインパクトがなくても存在感をアピールできたということは、それなりに才能があったんじゃないかなぁ。なんであのとき役者を目指さなかったのだろう。

そんな私に「舞台に立ちませんか」とお誘いが来たのは、2月26日(金)のこと。前回書いたように、劇団MONT★SUCHTの主催イベントの内輪の打上げの席で、歌手の青炎(セイレーン)さんから持ちかけられた。4月18日(日)、池袋のロサ会館地下のライブハウス「LIVE INN ROSA」で開かれるゴスロリクラブイベント「クラシックアラモード」に出演するVANQUISHの演目は"Tale of Salamandra"。
< http://www.artism.jp/ae_ca03.html
>

3月20日(土)に第1回の打合せがあった。美登利さんの撮影の後、下北沢のヴァロワ・ヴォイスに向かう。

総合プロデュースの奥井氏と、由良瓏砂さん、青炎(セイレーン)さん、私。奥井氏の作成したストーリーと音楽が渡される。16世紀のヨーロッパを舞台にしたファンタジー。第1、2章はすでに演じられ、次回は第3章。瓏砂さん演じるOthelloは、トカゲ。実はフランス国王の生まれ変わり。黒い霧の怪物との戦いでは、天使Mの魔法によりSalamandraに変身していたが、今度は人の姿になっている。青炎さん演じるセイレーンは、ネーデルランドの国王の姫。

第3章では、戦いを終えたセイレーンがOthelloを連れて方舟で国に帰るところから始まる。帰ってみると、街の様子がおかしい。道端には死体や不具の老人たち。城は荒れている。二人の帰国を知ったグスタフ神父が城を訪ね、事情を説明する。苦悩する神父。それが私の役だ。「どうです、できそうですか?」と奥井氏に聞かれるも「知りません」としか言いようがない。いや、がんばりますけど。どうかご指導よろしくお願いします。......という打合せだった。できるのか俺。苦悩する俺。

●ナイショの打合せは、映像の話

3月21日(日)のことは、まだ書けない。書けないんだけど、ちょっとだけ書いちゃう。なので、読んでもナイショにしといていただけると。映像の寺嶋真里さんが、中野区の私の住んでるアパートの最寄駅まで来てくれる。なんか、話があるらしい。

私の「いつもの」お店へご案内する。喫茶店なんだけど、私にとっては定食屋。休みの日、撮影などで遠くへ出かける用事がなければ、きまってここで朝昼兼用の食事をする。また、私にとっては「いつもの」と注文するといつものが出てくる唯一のお店。15年来の行きつけなんだけど、今まで一人でしか行ったことがない。初めて人をお連れする。

午後3時だというのに、まだ朝メシも食ってなかった俺。「いつもの」を注文する。豚肉の料理とご飯とみそ汁とコーヒーがつくAセットとオニオントマトサラダ。寺嶋さんは飲み物だけ注文。で、話って何ですか? 話とは、映像に出演しませんか、というお誘いだった。え?

えーっと、今、別口でも舞台で演じる話が来てて、かなりビビッてたとこなんですが。毒を食したら皿もいただきましょう、みたいなことわざがありましたっけ、あ、それはたとえが違いますかそうですか。まあ、もったいないくらいいい話で、引き受けるかお断りするかの選択の問題ではなく、できそうか無理そうかの見当の問題ですな。

考えたこともなかった方面で立て続けに話が来るって、どういうことなんでしょ、自分にはまったく見えていなかった可能性が、見る人には見えるということなんでしょうか。ところで、寺嶋さんの映像の出演者たちって、人格的にどこか壊れちゃってる感じの人が多いように思うのですが。私のような普通の人にも勤まるんでしょうか。

そういうわけなんで、この話の続きは、時期が来たらまたポカッと再浮上するかもしれません。しなかったら立ち消えになったということなので、どうか忘れていただけると。実は、何を隠そう(いや、隠してるんだけど)、もうひとつ、水面下で進行している話がある。こっちのほうは、4月3日(土)に第一回の打合せがあり、「やりましょう」って話になれば一気に進むはずなので、次回あたり水の上に姿を現すかも。

●二度煎じた茶は三度煎じよ

なんてことわざ、あるわきゃないけど。3月22日(月・祝)は、櫻井紅子さんの人形の撮影。2日前と同じ場所で。三番煎じ。今ちょっとプライドの蓄えを切らしてるもんで、あなたのをヤフオクにでも出してもらえれば買いますよん。

さて、紅子さんには、去年の暮あたりから、いい感じの上昇気流が吹いている。初めて人形に値札をつけた「臘月祭」では、12月22日(火)初日のオープニングと同時に3体の出品作品が完売した(これをギョーカイ用語で「瞬殺」という。オタクギョーカイだけど)。

作品が全部売れちゃって、何もない状態のとき、人形専門店「横浜浪漫館」から紅子さんに声がかかった。3月27日(土)〜4月11日(日)に予定している企画展「春爛漫」に出品しませんか、と。そうとう内なる葛藤はあったらしいけど。申し出を受諾した紅子さん、強いっ!

企画展というのは、出展者側が場所代を持つ個展やグループ展とはわけが違う。場所のオーナー側が展示を企画し、コンセプトに沿った作家に出品を依頼する形をとる。なので、出展者は通常、場所代タダ。それに、企画側が作家の実力と作品の価値を認めたというお墨付きの栄誉に浴することができる。

さらに、横浜浪漫館は、人形を作る者ならたいてい知っていて、そこで展示できたらいいだろうなぁ、とあこがれる場所である。去年の3月1日(日)にべちおさんと一緒に中川多理さんの人形展「Down Below 〜ダウン・ビロウ〜」を見に行って、べちおさんが多理さんの少女の人形にメロメロにやられてしまった、その場所である。

まあ、断る手はないとはいえ、会期までに店の期待を裏切らない新作を作らなくてはならないというプレッシャーはいかばかりであっただろう。それが出来上がったというので、ありがたくも撮らせていただくというわけだ。私は人形をちゃんと論評できる目を持ち合わせてはいない。けど、紅子さんの人形をファインダー越しに見ると、何かが違うのだ。感覚が勝手にピーンと張り詰めてくる。「あ、今、俺、ものすごい被写体と向き合っている」というゾクゾク、ワクワク感。どこがどうだから、そういう感覚が引き起こされる、という因果関係にまで立ち入って分析する力はないのだが。今度のもたぶん瞬殺なんじゃない?

ロケ地は横浜の観光コースにあり、ひっきりなしに人が通る。紅子さんによれば、裸にブーツとコルセットというのが、思いのほかエロくなっちゃったそうで、それを撮っている私が通行人にどう映るかを心配してくれた。あ、だいじょぶ、だいじょぶ、ぜ〜んぜん気にしないから。わが変態性に殉ずるに迷いはないです。

しかし、撮ってる私の耳に入ってきた通行人の言葉は「エロい」ではなかった。「怖い」だった。あー、そうだった。創作人形に慣れ親しんでない人の目にはそう映ることがけっこう多いんだった、と思い出させられて、新鮮に響く。

さて、展示が始まってから横浜浪漫館に見に行った美登利さんの報告によると、すでに売約済を示す赤丸シールが貼ってあったそうである。おおお、おめでとう、紅子さん。今度は6月だからね。新作、よろしく。あ、いけね、言っちゃった。ナイショでよろしく。

< http://picasaweb.google.com/Kebayashi/eyWwHB#
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●「いとちいさやか」ドルスバラード最後の展示

東京駅八重洲口から徒歩10分ほどのところにある人形専門店「ドルスバラード」は板橋に移転し、店名も「ぼらん・どぉる」と改め、4月10日(土)から営業を再開する。旧店舗最後の企画展「いとちいさやか」を最終日の3月28日(日)に見てきた。美登利さんが、いと小さき人形を3体、出品している。

美登利さんのいつものパターンだと、新作ができると私に撮影を頼んでくる。時間があれば自然豊かな屋外で、なければ展示している状態で。とにかく撮っておかないと、もし最初の展示で売れちゃえば、写真一枚すら残らないことになる。こっちも撮る者として被写体に恵まれて嬉しいし、誰よりも先に見れるし、写真は後で展示に使えたりするので、お互いに持ちつ持たれつだ。

今回は何も言ってこなかった。私が最近割と忙しいことを知ってて遠慮したのだろうか。なんか予感がしたので、カメラを持って行った。正解。3体出品している新作のうち、2体の値札に売約済みの赤い丸ポチシールが貼ってあった。

当然、美登利さんからお店に話を通してくれているわけではないので、私からおずおずと「撮影していいですか」と切り出す。普通なら、「作家本人に断ってありますか」と聞かれそうなところだが、聞かれることもなく、即、OKがいただけた。ここへ来るのは去年の9月以来だけど、どうやら覚えていて下さったようだ。俺、意外と顔で得してるかも。

このお店がなくなっちゃうのは、ちょっと名残惜しい気持ちがある。由良瓏砂さんと最初に出会った場所でもある。'08年3月8日(土)のことだ。まだ2年しか経ってないような気がしない。

●苦悩する神父役、読み合わせはボロボロ

東京駅から新宿乗換えで下北沢へ。ヴァロワ・ヴォイスは3回目になるけど、いつもカメラバッグを提げて行くなぁ。前回と同じ顔ぶれで、練習。今回は、台詞ができている。前日深夜にメールで送られてきたのを自分の関係するとこだけ手帳に書き留めておいた。電車の中や歩きながらぶつぶつ唱えていちおう記憶して臨む。

10歳で国を出たセイレーンが10年ぶりに帰国する。その噂を聞いた神父グスタフは、自分の行為がもし教会に知れたら裏切り者としてどんな目にあわされるか知れないという危険を犯して、セイレーンに国の状況を知らせるために登城する。

S: あなたは?
G: この街で神父をしております、グスタフと申します。10年ぶりに姫が戻られたとの噂を耳にし、こうして参じた次第です。
S: この国で何が起きているのですか?
これに答えて、この国で進行している恐ろしい事実を告げるのである。

台詞というのは、記憶していることと、言えることとは全然別のことだと思い知らされる。つっかえずに言えれば立派、という学芸会レベルではない。私は最後のほうでちょこっとだけ出るのだが、それまで築き上げてきた緊迫感を弛緩させるような大根芝居を打ってはいけない。要求水準が高く、意識しなくてはならないことが、たくさんあるのだ。

低いトーンで、不吉さを強調するように、芝居っ気たっぷりに大げさな抑揚をつける。抑揚に感情をこめる。浅いのど声にならないよう、腹の底から声を出す。しかし、感情が込められるあまり上体や首が動きすぎるとかえって軽くなってしまうので、動作は落ち着いて、威厳をもってゆっくりしゃべる。

どういうふうに演じればいいか、感じはなんとなく分かった。けど、まるっきりできない。どうしよう。いろいろ意識すると、肝心の台詞が蒸発してしまう。「神父」を「牧師」と言い間違えたり。「迫害」という言葉がどうしても出てこなくて2〜3秒間凍りついたり。

記憶した台詞を再現する芸を見せるというのではなく、個々の言葉が持っている魂が、言葉の連なりの中で互いに呼応しあい、その共鳴によってとてつもなく増幅する感情の波紋を送り出すような芸ができれば。うん、ふもとから富士山を見上げるような話だ。

けど、この練習で、退路が断たれた感じ。うまく出来ていないのに、逃げ道は、もはやない。本番までに、出来るようになるしかない。こういう状態に耐えられる精神の持ち主って、けっこう強い人だと思う。え〜っと、逃げちゃだめだ。
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似非聖職者。多少なりとも神父のメンタリティに近づこうと、自主的に禁酒続行中。4月11日(日)〜30日(金)、月川ひとみさんが、再び浅草ロック座の興行に出演するという。誰それ? って、赤色メトロさんのお薦めってんで、1月17日(日)に櫻井紅子さんと3人で見に行ったら、なるほどすばらしかった踊り子さん。群を抜いて動きになめらかさとキレがあり、場の空気がピシッと引き締まる。ロック座のウェブサイトに顔写真を載せてない謎っぷりも、いい。また見に行こうかっていう話をしているのだが、聖職者の私にはご法度なのだ。18日過ぎたら、いいかな? もみのこさん、東京に出てくる?