[2850] 真情あふるる罵詈雑言

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《コピペはできんとでごわす》
 
■映画と夜と音楽と...[463]
 真情あふるる罵詈雑言
 十河 進

■歌う田舎者[11]
 宇宙戦艦ヤマト ─薩摩島の戦士たち─
 もみのこゆきと

■ところのほんとのところ[38]
 上海万博彫刻プロジェクト、集団生活、雲南省料理、新疆料理...
 所幸則 Tokoro Yukinori



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■映画と夜と音楽と...[463]
真情あふるる罵詈雑言

十河 進
< https://bn.dgcr.com/archives/20100521140300.html
>
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   〈フォーエバー・フレンズ/殺したい女/女の子ものがたり/ぼくんち〉

●男たちの絆は冒険小説やハードボイルド小説で謳いあげられる

僕は恋愛ものの映画はよほどの出来でない限りは苦手なのだが、友情ものになると途端に涙腺がゆるくなる。特に男たちの絆が冒険小説やハードボイルド小説的に謳いあげられると、それだけでもう「いいなあ〜」としみじみと感動する。たとえば「さらば友よ」「仁義」「冒険者たち」などは男たちの友情譚である。男たちは、黙って相手のタバコに火をつけてやる。それだけで、相手に対する信頼や友情が確認されるのである。

もっとも、僕は男女を問わず友情話が大好きで、映画で言えばベット・ミドラーとバーバラ・ハーシーが主演した「フォーエバー・フレンズ」(1988年)は、女同士の友情が今も鮮明に記憶に残る映画になっている。その映画が日本で公開されたのは、1989年のことだった。もう20年以上も前のことだ。その年にヒットした洋画は「ダイ・ハード」「ニュー・シネマ・パラダイス」などだった。

「フォーエバー・フレンズ」では、最初にふたりの少女が出逢う。後にバーバラ・ハーシーになる少女はとても美しい。一方、縮れた赤毛で肥った少女は個性的ではあるが、あまり美人とは言えない。ところが、後にベット・ミドラーになるその少女がよくて、冒頭から物語に引き込まれるのだ。そして、生涯にわたるふたりの友情が綴られる。

ベット・ミドラーは、当時、絶頂期でこの映画のプロデュースもしているらしい。元々は歌手で、映画は「ローズ」(1979年)で初主演を果たした。これは「サマータイム」の絶唱で有名なジャニス・ジョプリンをモデルにした作品で、若くして死んだジャニスの生涯を物語ったものだった。その後、ベット・ミドラーは「殺したい女」(1986年)など歌とは関係のない役でも出演する。

「殺したい女」は僕が初めてダニー・デビートを見た映画で、これは大いに笑わせてくれた。貧しく気のいい若い夫婦が金持ち女(ベット・ミドラー)を誘拐し、夫(ダニー・デビート)に身代金を要求するが、妻が死んでほしいと願っていた夫は、身代金を払わず誘拐犯に妻を殺させようとする。金持ちのイヤミな女を演じたベット・ミドラーが凄まじく、誘拐犯の夫婦は辟易するという笑いっぱなしの映画だった。

「フォーエバー・フレンズ」のベット・ミドラーは自分の得意な世界に戻り、成長してロック歌手として成功する役を演じている。彼女は自立心の強い、ひとりで生きていける女である。一方、美人役のバーバラ・ハーシーは男たちにちやほやされるせいか、男に頼って生きる女になる。結婚して幸せを得ようとするのだ。ふたりは仲違いしたり、仲直りしたりしながら、それぞれの人生を生きていく。

いろいろあったふたりだが、ラストに至り、バーバラ・ハーシーの遺志をベッド・ミドラーが引き継ぐ決意をするシーンで、僕はグッときた。自立する生き方をしてきたベッド・ミドラーは、対照的な生き方をしてきたバーバラ・ハーシーの遺したものを引き継ぐことで、新しい女性の生き方を提示する。彼女が親友の遺したものを引き継いだのは、単なる感傷からではない。友の生きてきた証を受け継ごうとしたのだ。

●女同士の友情映画なら「女の子ものがたり」と答えるかも

今までは、「女同士の友情映画は?」と訊かれたら「フォーエバー・フレンズ」がすぐに頭に浮かんでいたが、昨年公開された「女の子ものがたり」(2009年)を見て、今後はこちらの映画が浮かぶかもしれないな、と思った。西原理恵子の原作を映画化したものだ。僕は西原さんのマンガを読んだことはほとんどないのだが、映画化された「ぼくんち」(2002年)を見て感心したことがあり、気になるマンガ家ではあった。

「ぼくんち」では、男の子が銭湯に駆け込んできて、「ぼくんち、貧乏!」と叫びながら番台を走り抜けるシーンが印象的だった。貧乏だから金を払えないということを、その言葉に込めているのである。そして、そんな子どもたちを許している周囲の世界にも、僕は共感できた。明るい貧乏...、「ぼくんち」を見ていると、そんな言葉が浮かんでくる。変な人ばかり登場する映画だが、ヒロイン(観月ありさ)のたくましさが希望を感じさせてくれた。

生きていくのは大変だ。しかし、うじうじと悩んでいても仕方がない。鬱々としていたら、暗くなるだけ。死にたくなるだけだ。どうせ生きていかなきゃならないのなら、金がなくても前向きに生きていこうというメッセージが伝わってきた。映画を見る効用のひとつは、映画によって力づけられ明日からも生きていこうと思わせてくれること、と僕は思っている人間だが「ぼくんち」はまさにそういう映画だった。

現実のきびしさを認識したうえで、「それでも生きていこう」と思う楽天的なニュアンスがそこにはあった。「毎日かあさん」などを少し読んだだけの印象だが、西原さんの原作の雰囲気が映画化された「ぼくんち」にも生かされているのだろう。そういう意味では、「ぼくんち」はマンガ的な部分を生かしたコメディタッチだった。一方、「女の子ものがたり」は笑える要素はあるものの、かなりシリアスな物語である。

若い男が、古い造りの一軒家を訪ねる。「誰もいませんか」と戸を叩いていると、「いないよ」と背後からぶっきらぼうな女の声が答える。小犬を連れた、その家の主だ。男が「編集の...」と自己紹介すると、「どこの会社?」と女(深津絵里)はひどくそっけない。若い男は女を「先生」と呼び、女がマンガ家であることがわかる。

女の部屋はひどく散らかっている。ビールの空き缶や食べ物の包装紙など、編集者が思わず片づけたくなるほどだ。そのマンガ家は昔は人を感動させる作品を描いたが、今はかなり荒れた状態にあるように見える。編集部からの売れるマンガを...という要望を言い訳にして、つまらない恋愛マンガばかりを描いているらしい。

編集者が「三角関係で、男が事故死...。よくある話ですよね」と言うと、「難病で死ぬことにしてもいいよ」と自作に対するこだわりもない。今はマンガを描く喜びもないのではないか、そんな風に見える。編集者が昼過ぎに訪ねると、酒臭い息で起きてきて「さっきまで飲んでた」と言い、仕事は少しも進んでいない。彼女は長い人生に倦んでいるのだろうか。

若い頃、彼女はマンガ家になる夢を抱いていたに違いない。力を込めた作品を描いていたはずだ。編集者が「15のときに初めて先生の作品を読んで感動しました。少女マンガで感動したのは初めてです」と言うと、その作品のタイトル「心の中の不思議なタンス」を「ココタンね」と省略してつぶやき、「全然、売れなかった。知ってて言ってるの」と、かなりひねくれている。彼女は何かを失ったのだろうか。大人になってしまったことで...

●悲惨な環境を積極的に受け入れ明るく笑い飛ばす生き方

マンガ家の回想が始まる。小学生のとき、少女ナツミは愛媛のある田舎町に引っ越しをする。母親が再婚した新しい父親と一緒だ。引っ越しの日、邪魔にされた彼女はひとりで近所をブラブラと歩き、原っぱで遊んでいるふたりの少女キミコとミサに出逢う。拾った子猫を仲介にして、三人は仲良くなる。

いつも汚れた服を着ているキミコと貧乏なミサは、クラスでも虐められている存在らしい。それでも、ふたりは明るい。キミコはシングルマザーの母親を面白おかしく話すし、暴力的な父母を持つミサはことさら明るく振る舞っているようだ。まだ子どもである彼女たちは、自分たちの環境を受け入れざるを得ないのだから、それを積極的に受け入れようとしている。

やがて彼女たちは高校生になり、卒業するかしないうちに大人の世界に放り出される。ナツミの父は事業に失敗して死に、ミサの両親は兄が起こしたひき逃げ事件を隠蔽しようとして逮捕される。ミサはまだ小さな妹と弟を抱えて、大人として生きていかなければならなくなる。しかし、自分の悲惨な境遇を笑い飛ばすことで生きてきたミサは、どんなひどい現実に対しても明るいのだ。

高校時代、ヤクザのような男に憧れる傾向のあったキミコは、卒業して早々に結婚するが、その相手もすぐに妻を殴るような男だ。キミコは、いつもアザを作っている結婚生活を送りながら、「私、不幸じゃないよ」とナツミに言う。それは、単なる強がりとも思えない。子どもの頃から不幸な環境に自分を慣れさせてきたキミコやミサは、男に殴られる生活も「そんなものだ」と受け入れているのだ。

キミコの新婚家庭にナツミとミサがお祝いにやってくる。キミコは顔にアザを作り、ミサは男に殴られ頭に怪我をしている。ミサはナツミに一万円を借り、「これで今日は殴られんですむわ」と笑う。ナツミは、そんなふたりが理解できない。部屋を飛び出したナツミをキミコが追う。そこは子どもの頃、遊んでいたキミコとミサに初めてナツミが出逢った場所だった。

──うちは不幸やなんておもてへんよ。夢があったら幸せで、なかったら不幸か。えーやん、そんなん。どーでも。...私はあんたらとは違うとおもてるやろ。

──おもてる。おもてる。私は、あんたらみたいな人生おくりとない。男に殴られて、言いなりになって、それでなんで幸せなんよ。

突然、キミコがナツミを突き飛ばす。ナツミは戸惑う。しかし、ナツミも売り言葉に買い言葉のように答え、ふたりは大喧嘩になる。殴り合い、水たまりに倒し、互いにやり場のない激情をぶつけ合う。ミサがやってきて仲に入ろうとするが、彼女も巻き込まれる。頭をおさえて「脳みそ、出そうや」とつぶやき、ナツミが笑みを漏らす。それをキミコは「なんもおかしない」と睨み付ける。

──あんたなんか、この町から出ていけ。あんたなんか友だちでも何でもない。顔も見たない。あんたは、うちらとは違うんや。こんな奴は友だちと違うんや。この町から出ていけ。もう帰ってくるな。

このシーンのキミコのまなざしの真剣さが、僕の心を震わせた。きつい言葉だ。ひどい罵りである。だが、その言葉を口にするキミコのまなざしが、ほんの少しの表情の変化が、目を伏せるようなわずかな仕草が...、キミコの真情を伝えてくる。どんな罵詈雑言でも、その言葉を相手がどんな気持ちで口にしているのか、で伝わってくるニュアンスは違う。僕は、こんなに友情にあふれた拒絶の言葉を聞いたことがない。

「女の子ものがたり」は、西原理恵子版「ニュー・シネマ・パラダイス」である。また、夢を抱いていた頃の自分を甦らせたヒロインがラストに見せる希望に充ちた表情は、「フォーエバー・フレンズ」に近いものがある。親友が遺したものを継ぐことを、彼女は誓ったのだろう。

男女を問わず、友情をテーマにした作品が僕の琴線に触れるのは、何の打算もなく相手のことだけを一心に思う真情が描かれるからである。かつて僕にもそんな友がいたのだ、自分はそんな友情にあたいする幸せな人間だったのだ、と回想できるとしたら本当にステキな人生だと思う。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951
>

初夏のスーツを買いにいった。昨年までのスーツがどれもぶかぶかになったからだ。昨秋、合い物を買いにいったときにA5体になっていて驚いたが、今回は、ウエスト79センチのスーツがぴったりだった。もっとも、僕の歳でこれだけ痩せると、周りから心配されてしまうのが、困りものだ。

●306回〜446回のコラムをまとめた「映画がなければ生きていけない2007-20
09」が新発売になりました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1447ei2007.html
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■歌う田舎者[11]
宇宙戦艦ヤマト ─薩摩島の戦士たち─

もみのこゆきと
< https://bn.dgcr.com/archives/20100521140200.html
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無限に広がる大宇宙。生まれ来る星もあれば、死にゆく星もある。無数の星々の間で幾度も起こった戦いは、ヤマトの活躍により終結し、宇宙は平和な営みを取り戻したかに見えた。しかし、この戦いの中で時空は少しずつ歪み、その裂け目にいくつものパラレルワールドが生まれたことを誰も知らなかった。
(↑ナレーション・広川太一郎風※1)


波が打ち寄せる砂浜に生い茂る椰子の木々。ところどころに赤や黄色のハイビスカスの花が咲き乱れている。浜辺には男が二人。

「おい、大丈夫か。相原。目を覚ませ」
「う......うん......」
頬をぴたぴたと叩かれて目を覚ますと、焦げくさい臭いが鼻をついた。
「......真田さん! 僕ら、生きていたんですか!」
「幸運なことに、お互いかすり傷程度のようだな」
「ここは......ここはどこなんですか?」
「どうやらここはパラレルワールドにある地球のようだ」
「ええっ!? パラレルワールド?」

「ガミラスが瞬間物質移送器を使って、多数の戦闘機を出現させた時空の歪みに、俺たちははまり込んでしまったようだ。見ろ、あの太陽を。丸に十の字だ。間違いなく、ここは俺たちが生きていた地球じゃない」
「なんてことに......他のみんなは?」
「わからない」
「僕たちは......元の世界に戻ることができるんでしょうか」
真田の視線の先には、黒焦げになり、およそ使い物になるとも思えないコスモタイガーが、波打ち際で煙を上げていた。

すると突然、馬のいななきが砂浜に響き渡った。
「おぉぉぉい。おまんさぁたちは、そこで何をしちょっとか」
声がする方を振り向くと、馬に跨った男が近づいてくる。
「まこておかしな格好をしちょっが、どこから来たとか」
「どっ、どこからって......」
「あぁ、よかよか。今は誰でんよかで人手が必要じゃ。おまんさあたちは何者か?」
「ぼ、僕はヤマトの通信班長、相原。真田さんは技師長です」
「ヤマト? 聞いたこともなか藩じゃっどな。脱藩してきたとか。通信が専門とはますますよか。ぴったりの仕事があっとでごわす」
「あなたはいったい誰なんですか?」
「おいどんは、郡奉行書役をしちょる西郷じゃ」
「西郷さん、ここはどこなんですか」
「ここか? ここは薩摩島でごわす」

次の日から薩摩島で相原たちの仕事が始まった。西郷に案内され、鶴丸城二の丸にある作業所に入ると、生気のない顔をした多くの藩士たちが、PCに向かって黙々と作業をしている。
「PC......PCがあるのか」
「おまんさあたちの仕事は、幕府から来る公文書をWEBで公開するこっじゃ」
「ええっ。WEB? インターネットがこの時代にあるんですか」
「おかしなことを。インターネットは15年も前から始まっちょっが。ヤマトちゅう藩はまこておかしな藩じゃ。まぁ、よか。幕府からきた公文書はそこの土蔵に保管してあっとでごわす。2年前の分から溜まっちょっで、急いで処理をお願いしもす。真田どんの席はそこ。相原どんの席はその隣ごわんど」

相原の頭は混乱してきた。江戸時代と思われるこの時代に、なぜインターネットがあるのだ。
「相原、だいたいこの島の概要がつかめたぞ」
指定された席のPCでHTMLをいじり始めた真田が耳打ちしてきた。

「この薩摩島は南海の孤島だ。一島で藩を成しているらしい。時代としては我々の知識の範囲では江戸時代後期から末期に近い。薩摩島は他の外様大名を戴く地域と同じく、幕府への忠誠を示すため参勤交代を課されてきた。しかし、南海の孤島からの出仕は財政上の負担が大きすぎるということで、薩摩島家老の調所笑左衛門の尽力によって参勤交代を免除され、代わりに幕府のための広報事業を請け負うようになったらしい」
「でも、どうしてこの時代にインターネットなんかあるんですか」
「相原、俺たちは単純に過去に遡ったわけじゃない。これがパラレルワールドというものなのだ」

西郷に示された土蔵の扉を開くと、内部には公文書の紙束がぎっしりと詰め込まれていた。
「あの、西郷さん。この公文書の元データはどこに? ワードか何かなんですよね?」
「そげなものはなか」
「え。ということは、この紙の文書見ながら、ぜんぶ、ぜーんぶ打ち直すってことですか」
「その通りでごわす。ひとつのキャビネットには一万枚の文書が保管されちょっで、一か月以内で処理をお願いしもす」

......目眩がした。来る日も来る日も土蔵とPCを往復し、一枚ずつ文書を打ち込む日々が続く。作業所で働く藩士たちの疲労は日一日と濃くなり、弱ったものは療養所に送られていく。

「真田さん、気が滅入ってきました。もう一か月ですよ。くそっ、いつまでこんなことを続ければいいんだ。PCで写経やってるようなもんですよ。御利益はなさそうですけど」
「じゃ、雑誌でも読んでみるか。写経PC」
「日経PCの間違いでしょう!」
「冗談だ」
「真田さんっっっ! あ、そういえば僕、おかしなことに気付いたんですよ。この島には女性はいないんでしょうか。僕はここに来てから一度も女性を見たことがないんです」

「おまえも気付いたか。そう、この島に女性はいない。この島の最後の女性は将軍家の正室に差し出されてしまったのだ。篤姫という名だったらしい」
「えっ。......男だけの島に女がひとりって、東京島(※2)みたいですね。しかし、それじゃこの島に未来はないじゃないですか。男たちは年老いていくばかりで、いずれは人口がゼロになる」
「いや、そんな心配はなかとでごわす」
「あ、西郷さん」
「成人男子は幕府に精子をメール添付で送れば、3日後には受精卵が返信されて来っとです。そいを藩校にある西洋科学技術研究所で培養して子供にすっとです」
「えっ? 精子をメール添付? そんなことができるなんて......」
「相原どんもおかしな人じゃっどなぁ。こげなことは常識ごわんど」
「なんでもっと普通に子供を作らないんですか」

「幕府が、子供一人に対して毎年五百両を支給するっちゅう方針を出したとでごわす。じゃっどん、こん財政状況が厳しか折、庶民がぼこぼこ子供を作るようになっと、予算が足りんちゅうこっで、出生は幕府が管理するようになったとでごわす。勝手に子供を増やしてもらっても困っちゅうことで、各藩に支給される受精卵の性別は必ず男と決まっちょっとでごわす」
「そんなバカな......。あ、じゃっ、じゃあですよ、メールができて添付ファイルもできるってことは、幕府からの公文書も添付して送信してもらえばいいじゃないですか。そしたら紙に印刷された文書を、手で打ち直すなんてバカバカしい作業もなくなる。コピペして整形だけで終わりますよ」
「コピペはできんとでごわす」
「なんでですか!」

「テキストデータは添付できんとです。メールに添付できるデータは、バイナリデータだけっちゅうことに武家諸法度で決められておるとでごわす」
「ぶっ......武家諸法度......」
「精子もバイナリデータでごわす」
「そ、それは確かにテキストデータではないような気もしますが......西郷さん、なぜこんなバカバカしいことになっているんですか」
「相原どん。おいどんにも、どげんもできんとじゃ。藩校で朱子学を学び、薩摩示現流の鍛錬も重ねた若い藩士たちの仕事が、幕府の公文書打ちちゅうとは......。おいどんも、臍を噛む思いじゃ」

夏が過ぎ、秋の風が吹いても、相原たちの仕事は相変わらずだ。
「まいにちまいにちぼくらは鉄板の〜〜〜♪(※3)。真田さん。毎日毎日キーボードに文字を打ち込むばかりで、だんだん脳みそが退化してきましたよ。目はクラクラするし、手は腱鞘炎になるし。ノルマをこなすのに毎晩残業で、これじゃ女工哀史(※4)ですよ。女いないけど」
「まぁ、そう言うな、相原。実はいいニュースがある。おまえに見せたいものがあるんだが、ちょっとこっちに来てくれないか」

真田が相原を連れていったのは、土蔵の奥にある物置である。
「真田さん、なんですか? ......あっ、これは!」
「そうだ。OCRできるスキャナだ」
「どうやって作ったんですか」
「コスモタイガーの残骸だよ。焼け残った部品を使ったんだ。データでもらえないなら、アナログ文書をこちらでテキスト化するしかない。細かい部品の調達は、西郷さんにも協力をお願いして、城下で探してもらったんだ」
「真田さん! さすが技師長!。これでやっと苦行のようなルーチンワークから解放されますね。すぐに西郷さんにも知らせましょう。藩士のみなさんも喜んでくれますよ」

「おまえたち、待てぃっ!」
「なっ、なんですか。誰だ、あなたは!」
目の前に立ちはだかった男。薩摩島の財政改革を一手に引き受けている調所笑左衛門である。
「残念ながら、その機械を使うことはできぬ」
「な、なぜです?」
「仕事がなくなるからだ」
「仕事がなくなるって......こんなバカバカしい仕事は機械にまかせて、もっと島のために働くべきことがたくさんあるじゃないですか。藩士のみんなだって、こんなやりきれない人生、イヤだって思ってるはずですよ!」
「何を言うか。我々には深い事情があるのだ。あそこを見よ」

調所笑左衛門が指さす先には、藩士たちの作業を監視するお目付役が大勢鎮座していた。
「業務の効率化など図っては、お目付役の仕事もなくなってしまう。彼らは、元はと言えば幕府から遣わされた旗本衆なのじゃ。薩摩島は、肥大化した幕府が抱えきれなくなった旗本衆に給金を払って養う代わりに、参勤交代を免除するという密約を結んだのだ。だからOCRなどという機械で仕事の量を減らしてはならんのだ。世が世なら、画期的な機械の発明ということで一躍時代の寵児となったであろうに......。わしも残念じゃ。そして、このような藩の命運を左右する構造物を設計・開発した人間は、その秘密が漏れぬように、死ぬまで幽閉せねばならん掟なのだ。許せ、真田どの。さぁ、ものども、ひったてい!」
「真田さんっ!」
「あっ、相原っ!」

「さぁ、皆の者。公文書のWEB公開を急ぐのじゃ。ひとときも手を休めるな。打て。打って打って打ちまくれっ!!!」

薩摩島。それは迷い込んだ者にとって、永遠にキーボードに縛り付けられる運命を背負った無間地獄であった。


えー、わしの仕事のひとつに、幕府(中央省庁などのお役所系)からの情報をWEBで広報するという仕事があるのだが、その情報の98%は紙媒体で来る。仕方がないのでOCRをかけるのだが、誤読チェックも結構面倒だ。場合によってはFAXを何回通って来たのかわからないほどノイズが入り、OCRかけても読めないものまであったりする。よって日がな一日、アナログ文書を見ながらWEB用に打ち直すのだが、全くどーにかならんもんか。

いや、ひょっとすると、わしのような窓際事務員の雇用維持のために、わざと仕事を増やしているのか?? そうだ、きっとそうに違いない。さすが、お上の考えることは奥が深い。日本の未来も安泰だ。
...............キーーーーーーーーッ!!!。

※1「宇宙戦艦ヤマト」
<
>
無限に広がる大宇宙・・・のナレーションが入った部分がどーしても見つからなかったので、これで。
※2「およげ たいやきくん」子門真人
<
>
※2「東京島」桐野夏生
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101306362/dgcrcom-22/
>
※4「女工哀史」細井和喜蔵
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003313518/dgcrcom-22/
>

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。
ついたー。< http://twitter.com/otokonotfound
>
みくし。< http://mixi.jp/show_friend.pl?id=3402746
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■ところのほんとのところ[38]
上海万博彫刻プロジェクト、集団生活、雲南省料理、新疆料理...

所幸則 Tokoro Yukinori
< https://bn.dgcr.com/archives/20100521140100.html
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[ところ]は5月のゴールデンウィークの前後10日間程上海にいた。上海万博のあるプロジェクトに参加して、学生時代以来の集団生活を送ったのだ。

話を東京から出発すところまで戻そう。まずは成田で殆ど会った事のないメンバーと顔合わせ。全体で15人くらいいるようだが、この日はその一部の4人が同じ飛行機で上海に向かう。空港ではギャラリストの増田さんと最初に会った。デルタ航空のイーチケットもないシステムがよくわからなかったので、ちょっとほっとする[ところ]でした。

パスポートを機械にかざすだけでいいと言われたけど、なぜかエラーが出る。ここは日本の成田だからどうにかなったけれど、外国だったらどうなるのかちょっと不安になる。しかし、一緒のはずのアーティスト2人が現れない。搭乗時刻になったので、心配しながらも2人で先に乗り込む。あまり遅くなると、手荷物を自分の席の近くに入れられなくなるからね。ギリギリで2人が乗って来て一安心。

集団の行動や生活は慣れていないけれど、いつも飛行機に一人で乗って退屈だった[ところ]としては、話し相手がいて楽しかった。ただ、飛行機が遅れて離陸したため、上海に着いたときはかなり遅い時間。もちろんリニアも動いてない。空港で先行していた4人と合流し、タクシー3台で万博会場近くのウィークリーマンションタイプのホテルに向かう。最近できたものらしく、タクシーの運転手も悩んだらしく、ずいぶん時間がかかった。着いたらもう0時前。

次の日は、まず知り合いの魯さんに同行してもらい、中国用の携帯を買いに行った。北京や上海の知り合いにかけたりするにしても、日本の携帯だと国際電話になってしまう。今回も上海のソニーや、北京のエプサイトともアクセスするし、上海のギャラリーの人とも連絡を取る事になっている。込み入った話もあるので、確実に4〜6万円はかかってしまうのだ。

こちらのプリペイド式の携帯は、多めにチャージしてそれもコミで5,000円位から簡単に買える。一応持った感触とかも気にしたので16,000円位はかかったけれど、[ところ]は6月にも中国に2週間は滞在するし、7月にも一週間程度来る事になっているので買った方が絶対に安い。すでに今回の10日間で元は取れてるんだけどね。

携帯を買ったあとは、ソニーに行っていろいろ相談した。話はスムーズに和やかにすすんでよかった。まずはほっとした[ところ]です。11月に個展をするM50(莫幹山路50号)の王さんとも直接会って相談をしたし、王さんの上司の北京にいる川島女史とは電話で打ち合わせをしたので、11月の個展「上海1se-cond」も順調にいきそうだ。

M50の後は、5月5日から作品を展示する予定のオフィス339に行ったのだけど、ここまでずっと魯さんが車で連れてってくれて大感謝! 親切な人だ。東京の個展に上海人の知り合いの潘さんと一緒に来てくれて知り合っただけで、会うのは今回2回目なんだけどうれしいですよね。その日の夕食も、魯さんが友人達と雲南省の料理を食べる約束してるから[ところ]も来ないか、と誘ってくれた。ギャラリーの人と約束してるので、連れて行ってもいいか? と聞いたらもちろんいいですよ! とのこと。初めて食べた雲南料理はとても口にあって美味しかったです。山の幸中心で、様々なキノコや山菜、もちろん猪なども使う。味付けが凄く日本人好みだと思う。

まあ、いろいろな事件があったんだけど、なんとか無事にイベントも終わって、ホテルで一緒に生活していた現代美術家の新野圭二朗君とその仲間達と部屋で乾杯して、アートのこと、自分達の立ち位置のことなど話して飲んだ。最高に楽しかったなあ。他分野の芸術家達と、これだけフランクに話したのは初めてかもしれないなあ。上海万博彫刻プロジェクトの関連展示の設営が終われば、今回の上海行きの目的は全て完了する。
< http://tokoroyukinori.seesaa.net/article/150093954.html
>

その後もなんだかトラブルだらけで大変だったけれど、最後の夜に魯さんが新疆料理を食べに連れてってくれた。ウイグル自治区の料理で、かなりトルコ料理に近い。羊料理こそが新疆の真骨頂らしく羊を中心に食べた。驚いたのが、働いてる人達もウイグルの人たちなんだけれど、まったく東洋人にはみえない。中国って広いんだなあっていうか、ウイグルって中国ではないんじゃないかと真剣に思うよ。まあ確かに西のエリアは少数民族がとても多いみたいだけど、多民族国家だからそれでも普通なのかな? デカイ国の人間ではない[ところ]にとってはよくわからないのでした。

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/
>
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/
>

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■編集後記(5/21)

・東京ガスのCMシリーズが好きで(きらいなのもあったが)よくこの欄で書いて来た。最近の「エネファーム・人と環境」編というのがきらいな部類に入る。大自然の中、倒木に微妙な位置関係で坐っているふたりの男。細野晴臣が即興でスリットドラム(という楽器だって)で演奏する。なにしに来ているふたりなんだ? 細野の「気持ちいいですね」(そうとは見えない表情だ)に、妻夫木あいまいな笑いを返す。微妙な違和感。妻夫木の「人間って環境で変わりますよね」に、細野は分別くさい顔で「環境も人間で変わっちゃうけどね」。ああ、なんちゅう意味のない空虚な会話だ。間が悪い、居心地が悪い、いや〜な後味である。なんのためのCMかわからないし。続く「エネファーム・1+1」編は、自然の中を歩きながらの、数学者の秋山仁と妻夫木の会話。商品コンセプトが軽妙なやりとりで理解できるまともなつくり。こっちはわりと自然な流れで、きらいなCMではない。だいたい、環境とかエコとかを前面に押し出す広告って偽善っぽい。それこそ「自然に対する冒涜」ですよ。あれ? 最近どこかで聞いた言葉だな。(柴田)
< http://home.tokyo-gas.co.jp/pa-cho/tvcm/
> 東京ガスCM

・iPhone版Pocket Informantがアップデート。サブタスクやテンプレート機能搭載。どちらも欲しい機能だったので嬉しい。ToodledoはPro版にすることに決めた。メモ欄も同期されてるよ!(もしかして前から同期されてた...?汗) Windows Mobileの時に重宝したのが「Offisnail Mail2PIM」。届いたメールを元に、予定やタスクを登録できるもの。今はMail.appに「Mail Act-On」入れて、ショートカットでToodledo用アドレスに転送して登録してるのだが、ほとんどiPhoneでのチェックなので、メモ欄が欠落しているとメールを探すか、Web版にアクセス(iPhone版Safari)する必要があって面倒だった。このメールでの登録は件名にフォーマットに沿って記入しておけば、フォルダや重要度も自動的に入力されるが、私の場合はとにかくその場で転送することが大事で、し忘れるとたくさんのメールに埋もれてやり忘れが出てくる。/Pocket MoneyのDesktop版(現在ベータ)が公開されるのを待っている。パブリックベータ(1.0.0)では同期機能は未搭載だった。日本語だと文字が切れてしまったり。/「Mail Act-On」でGmailのアーカイブ化(受信トレイからの移動)もやってるよ〜。iPhone版Mailでも自動的にToodledoに送信する仕組み作れたらいいのになぁ。(hammer.mule)
< http://www.pocketinformant.com/products_info.php?p_id=pocketinformant_iphone
>
フォーラムでもサブタスクの必要性が話題になっていたりしたよ
< http://www.toodledo.com/pro.php
>
Toodledoのプロ版
< http://www.offisnail.info/factory/mail2pim/index.html
>
Offisnail Mail2PIM
< http://www.indev.ca/MailActOn.html
>
Mail Act-On
< http://www.toodledo.com/connect_email.php
>
メールで登録するための設定
< http://www.toodledo.com/info/help_email.php
>
覚えられなくて使っていない......
< http://www.catamount.com/blog/?p=1268
>
お、アップデートそろそろ?
< http://www.catamount.com/blog/?p=1220
>
同期機能が搭載