データ・デザインの地平[01]UXデザインは、どこへ向かうのか?
── 薬師寺 聖 ──

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デジクリ読者の皆さま、はじめまして。XML普及期に知りあった三井英樹さんからのお誘いで、執筆することになりました、薬師寺聖です。編集部からは技術をテーマに、ということですので、今回は、これからのUX(ユーザー・エクスペリエンス)デザインの現状と未来について執筆します。

●現在のMicrosoft系UXデザインの状況

この3年、Microsoft Silverlightは、いちじるしい進化を遂げています。これは、動画やアニメーションを用いた、リッチなWebアプリケーションを開発・配信するためのフレームワークです。

Silverlightアプリケーションは、ブラウザ内で実行させることもできますが、開発ツール(Microsoft Visual Studio 2010)の中で「アウト・オブ・ブラウザ」で実行するよう設定すれば、デスクトップ上で、ローカル・アプリケーションのように実行させることもできます。また、パソコンだけでなく、携帯端末(Windows Phone 7)対応となっています。

現在のSilverlightのバージョンは4ですが、短期間でバージョンアップし続けており、進化の加速度は増しています。

また、デスクトップ上での実行であれば、アウト・オブ・ブラウザ実行のSilverlightアプリケーション以外に、リッチなWindowsアプリケーションを開発できる、WPF(Windows Presentation Foundation)という選択肢もあります。

SilverlightアプリケーションもしくはWPFアプリケーションにおいて、ここ一年の間で追加された、UXにおける特筆すべき機能として、ビデオ・オーディオのサポート強化と、外部から入力されるデータへの対応があります。

Webカメラで撮影された映像と他の画像を重ねて簡易AR化したり、タッチ操作によって画面上のオブジェクトを拡大、縮小、移動させることができます(ただし、Windows 7、マルチタッチディスプレイが必要です)。



さらに、各種センサーからの情報をアプリケーション側で取得して、処理することができます。位置、照度、人感、脳波などの各種センサーに対応するAPIがMicrosoft社のWebサイトで公開されており、利用することができます。

SilverlightやWPFは、PCあるいは携帯端末での利用になりますが、機器一体型のUXも進化しつつあります。

テーブル型のタッチパネル・コンピュータMicrosoft Surfaceです。40代以上の人には馴染みがあるでしょうが、一見、昔のインベーダーゲームの台のような形で、タッチ操作に対して処理を返します。

さらには、Microsoft Kinectでは、画面にタッチせずとも、離れた場所からでも、ヒトの動作によって、画面上のオブジェクトを操作することができるようになっています。

●UXが開く、ブレーン・マシン・インターフェースの扉

このような技術進化が告げているのは、マウスやキーボードという入力デバイスが、過去のものとなりつつあるということです。

とりわけ今後のUXを占うのはセンサー、中でも、「脳波センサー」への対応です。なぜなら、動かなくても、声を発することがなくとも、ヒトが存在して、考えるだけだけで制御できる(ブレーン・マシン・インターフェース)アプリケーションに直結するからです。これは、「ヒトの存在のデバイス化」普及の第一歩です。

ここまでMicrosoft系技術について述べてきていますが、被験者がイメージした文字を、文字の形にして出力する研究の成功は、ニュースなどでご存知のことと思います。現段階では、簡単な文字の形を出力しているだけですが、研究は加速度がついて進み、我々は近い将来、自分の思考を簡単にデバイス化できるようになります。強く考えなくとも、ふと思ったことすら出力できるようになるのも時間の問題でしょう。

では、ブレーン・マシン・インターフェースが進化した先には、どのようなUXデザインが待っているのでしょうか。

まず、ユニバーサル・デザインへの適用です。心身にハンディキャップを持ち、一般的な方法で端末を操作することの困難な人々にとって、意志を伝えるための日常的な手段となります。もっとも、ブレーン・マシン・インターフェース自体は、そのような困難の克服を出発点としたものなのですが。

また、ユーザーの心身の状態、疲労の度合いや喜怒哀楽の感情とその強さなどを判別して処理するアプリケーションが考えられます。

たとえば、ユーザーの感情によってアプリケーションの画面の彩度や明度が変わったり、あるいは操作性すら変わる──ボタンなどのコントロールのレイアウトが変わる、といったものです。それが物品販売のアプリケーションであれば、ユーザーが落ち着いているときは寄り道を多くする手順で、いらいらしているときには、手順を省くような処理を実装すれば、より購入行動に結びつけやすくなります。

当然のことながら、ユーザーの思考のパターンから、好みの商品を紹介することも考えられます。バーチャルアイドルが好みの声で、浪費パターンの認められるユーザーにはクレジットカードの使いすぎを警告してくれたり、迷いすぎるユーザーには商品選びに付き合ってくれるかもしれません。

脳機能の傾向を判断し、互いがWin-Winの関係になれるような相手を紹介する、就職や結婚のマッチングサイトも出現するでしょう。

さらには、3D技術も用いたアプリケーションでは、亡き連れ合いやペットなどとのバーチャルな面談を可能とする延長線上で、被虐待児の育てなおし、災害や事故からのPTSDの回復に利用されるようになります。

こういった脳機能直結の処理が発展すると、かなり遠い未来の話にはなりますが、言葉による理解伝達そのものがなくなり、ダイレクトな意識共有、感情共有の時代になります。そのときには、いま話題になっている書籍の電子化も過去のものとなるでしょう。

現在のUXの状況を見たり体験し、あるいは実際にアプリケーション開発にたずさわり、マルチタッチやセンサー対応などそれぞれの機能を単体で評価した後は、総合的に、それらの機能が告げる未来のUXの形を思い描いてみるのも意義あることではないでしょうか。

●「ヒトの存在のデバイス化」が、最終的にもたらすもの

ヒトそのものをデバイスとする技術、それはアプリケーションの形態を変え、生活を便利にし、業務を効率化し、娯楽を豊富にしてくれます。もちろん、どのような技術もユーザーの心がけ次第でデメリットを生むものですから、決してノーリスクではありません。良いことばかりではありえません。

ただ、確実に言えるのは、存在のデバイス化の与える影響は、それがヒトの思考──脳の活動に関わるものであるだけに、生活や業務や娯楽といった、我々が実際に生きていく「方法」に変化をもたらすだけに止まらない、ということです。

たとえば、3DCGで再現された実体なき人々に対して、どこまで生身の人間と同じ価値と権限を与えるのか。

ニューロエシックスの発展や適用如何によりますが、脳機能に明らかな変化があった場合、変化する前のヒトと変化後のヒトを、どこまで同じ存在、一意のIDを駆使する権限を持つ者として扱うのか。

最終的には、存在のデバイス化は、社会的なヒトの存在とはいかに定義されるべきか、存在の認識とは何であるか、社会的存在と物理的存在と各個体の認識する存在に差異はあるのか? その認識方法に個体差はあるのか、あるとすればその差異をどう定義付け、どう判断するのか、といった問題を突き付けるものとなります。

こういったテーマに対する考えは、それぞれの立場によって異なるでしょうし、個々人の意見が、社会を維持していくうえでの正解と、必ずしも一致するとは限りません。技術進化につれ、ますます必要となる議論からは、あげればキリのない問題が噴出することになります。

しかし、その混乱の果てに、我々は、技術進化がなかったならば獲得できなかった、新しい概念、新しい気付きに、たどりつくでしょう。それがいったい何であるのか、思いめぐらしてみるのも一興かもしれません。



年末に、何やら重い締めくくりになってしまいましたが、なにしろ、もうすこしでお正月です。考え過ぎて気分が重くなったところで(筆者がこの世で最も「かわいい」お菓子だと信じている)お餅がありますから、問題ないでしょう。では、読者の皆さま、良いお年を!

※本稿の趣旨はプログラミング解説ではありませんので、開発について関心のある方は、次のURIに執筆しましたから参考にしてください。
< http://thinkit.co.jp/book/2010/10/08/1794
>

※WebCamをお持ちの場合は、次のURIで公開しているビデオキャプチャのサンプルを試すことができます(必ず上記記事を一読したうえで試してください)。
< http://2008r2.projectkyss.net/SL4/SL4_WebCam_1/SL4_WebCam_1.Web/SL4_WebCam_1TestPage.aspx
>
※記事中の、Microsoft Surface、Microsoft Kinectについては、筆者はまだテストできておらず、Web上に公開されている情報に基づいて書いています。
※本稿の内容は、Microsoft社の公式見解やイベントでの発表内容を代弁するものではありません。また、それらに基づくものでもありません。あくまで筆者の私見です。

【薬師寺聖/個人事業所セイザインデザイン】
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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨っている、四国の個人事業主。科学技術や医療・福祉分野のXML案件の企画デザインに実績があり、コラボレーションユニットPROJECT KySS名義で、XML、RIA、.NETに関する書籍や記事、多数。
Microsoft MVP for Development Platforms - Client App Dev (Oct 2003-Sep2011)