Webサイトを閲覧していると、視界の端に、自身の行動に紐づいた広告が飛びこんでくることがあります。それは、皆さんにとって、歓迎すべきサービスでしょうか、それとも目ざわりなサービスでしょうか。
今回は、行動履歴に基づく、広告配信サービスの行く末について考えてみます。
今回は、行動履歴に基づく、広告配信サービスの行く末について考えてみます。
●広告配信サービスの課題
検索サービスは加速的に進化しており、いずれは、音、色、形、香りなど、さまざまな情報での検索が可能になることは想像に難くありません(※1)。舞踊やスポーツの動作をキーにして類似の動作を検索する「動作検索」や、整形外科の領域で役立つかもしれない骨格検索、類似の背格好の人の検索は、Kinectの登場で現実味を帯びてくるように思われます。
検索インタフェースが進化した暁には、個人を表す情報も飛躍的に増え、広告配信の精度が高まるでしょう。が、そうなったとしても、次の課題は残ります。
(1)本人かどうか
デバイスのユーザーが、広告配信の対象者かどうかという問題です。
デバイス対ヒトが1対1である関係が、永遠に続くとは限りません。たとえば、大人数のシェアハウスのリビングに、Surface(※2)のような端末が数台あるケースをイメージしてください。昭和30年代頃まで、地域コミュニティの中で共用される家電があったようにです。
また、ユーザーが存命かどうかは、住民情報とリンクでもしない限り、広告配信側では把握できないのではないでしょうか。
(2)仕事か趣味か
ユーザーの履歴が、仕事上のものなのか、プライベートのものなのかを、確実に判断できないという問題です。
仮にアクセス時間帯を判断材料にするとしても、目安にしかなりません。在宅勤務では、夜間だからプライベートとは限りません。
また、検索キーワードや閲覧したコンテンツの内容からも、分かるとは限りません。筆者のネットサーフィンは9割以上が仕事ですが、企画の都合上、プライベートには無縁なテーマのWebページを閲覧することがままあります。ビジネスとプライベートの区別はユーザー自身にしか分からないでしょう。
(3)期間
広告を表示する期間の問題です。
前回の記事で、報酬系の変化が短期サイクル化を招くと述べました。興味の対象が短期間で移り変わる人が増えると、同じテーマの広告を長期間提供し続けても、有効とはいえません。
逆に言えば、検索キーワードや閲覧のテーマがどの程度の期間で移り変わるかによって報酬系を予測し、それに応じて広告表示の頻度や期間を調整するということも考えられます。
また、ユーザーにとって関心のある期間が終了していると、広告は無効でしょう。たとえば、病気のときには、その病気に実績のある病院の広告をクリックするかもしれませんが、回復すれば無効だということです。
(4)プライオリティ
ユーザーにとっての情報の重要度を知りえないという問題です。
たとえばユーザーが自分の嫌いな食品について、それを好きな人がいる理由を知るために検索するとき、得たいのは情報でしかなく、食品そのものではありません。そのようなユーザーに食品の商品広告を提供すると、無効どころか嫌悪されます。
また、その逆も考えられます。ユーザーの人生において、プライオリティは高いけれども必要とされない情報があります。気にしているからこそ、見たくないというケースです。
たとえば通院中のユーザーが、検査結果待ちの仕事中に、気になる病名の広告を見たいでしょうか?
たとえば、子を切望するユーザーが、出産育児の情報を閲覧した後、子を持てなくなった時、ベビー用品の広告を歓迎するでしょうか?
「気付いていないけれども、気付いた方が、ユーザーにとってメリットのある情報」は歓迎されるでしょうが、「気にしていることを、さらに気にさせる情報」はユーザーを傷つけるでしょう。
(5)直接か間接か
検索キーワードが、得たい情報そのものなのか、それとも、得たい情報に紐づいた言葉なのかを区別できないという問題です。
たとえば、「POMジュース」を検索するユーザーは、「かんきつ類」の広告と「清涼飲料」の広告のどちらを望むでしょうか。
「うどん」を検索するユーザーは、「うどん」店の広告と、「うどん県」全般の広告のどちらを望むでしょうか。
●ヒト対ヒトも、ヒト対サービスも関係性は同じ
前述のような5つの課題が、技術進化によりクリアされると、今度はその細やかさを受容できないユーザーが現れるに違いありません。
これが対人関係の場合、相手からのアプローチを「関心を持ってくれている」と感じるか「過干渉」と感じるかは、アプローチの方法に依ります。
考え方や生き方というプロパティを深く知ろうと努めてくれる相手に対しては、「関心を持ってくれている」と感じるのではないでしょうか。一方、プロパティを知ろうとする姿勢を持たずに、表面的な関わりをもとめてくる相手に対しては、「過干渉」と感じるのではないでしょうか。
また、相手が設定している境界線を超えて踏みこむ行為は、「かくれた次元(※3)」による個体差の抵抗にあうでしょう。
アプローチに対して責任を持てるかどうかも重要です。自分の責任で真摯に人生を歩んでいる人が、関わりの薄い他者から、他者の信じるそうあるべき人生設計を延々と講義されたら、げんなりするはずです。それは、結果に対して責任をとれない立場からの発言だからです。
このように、ヒト対ヒトの場合、アプローチが歓迎されるには、次の3点が必要であると考えられます。
・相手のゴールデンルールを知ろうと努める姿勢があるり、一方通行ではない。・そのゴールデンルールに含まれる「なわばり」を尊重する。・相手の人生に対する責任を持てないアプローチは控える。
これは、ヒト対サービスであっても、同じではないでしょうか。
●レジスタンスより、具体的な改善提案
もっとも、広告配信サービスの精度を問う以前に、自分のプロパティを利用されたくないという向きもあるでしょう。
が、我々は既に、脳内オープン化社会へと舵をきっています(※4)。だから諦めよと言うわけではありませんし、逆に、抵抗せよと言うわけでもありません。
ひとつ、私事を書きましょう。YouTubeが広まり始めた時、ネット友が、筆者の好きなミュージシャンの動画のURIをしばしば知らせてくるようになりました。
YouTubeの普及は明らかでしたが、筆者は、著作権問題への対応が確立されるまでは見たくても見るまいと思い、そのようにしていました。それは「後ろ向きで無駄な抵抗」でしかありません。
建設的で、有効なのは、「前向きで具体的な改善提案」です。脳内オープン化を前提として、インターネットをより良いものに変えていこうとする提案を個々が発信することだと思われます。
●受容の後に残る、「意志」の問題
ユーザーフレンドリーで高精度の広告提供サービスが提供されるようになった後、さらに進化したサービスが登場するかもしれません。
それは、「現在」ではなく「現在より先の時点」のユーザーに対する配信です。
まず、脳内思考予報の発令です。つまり、現在の関心事に対しての広告ではなく、今より先の関心事に対する広告を表示するのです。
「次にあなたの意識にのぼってくる商品はコレです」といった具合に。それは、まだユーザーには意識されていないものです。
それは、さらに遠い未来へのアプローチへと変わっていきます。「あなたは明日これを望むようになるでしょう」「あなたは1週間先に、こう考えるようになるでしょう」
出産を控える母に対して、広告は呼びかけます。「あなたの子供は数十年後に結婚しますよ、さあ、今から、そのときのためのウェディングプランを予約しておきませんか!」
そしてついには、思考にとどまらず「明日の言動予報」が発令されるやもしれません。ユーザーが床につき、うとうとし始めるや、ユーザーの脳とリンクしたデバイスは告げるのです。
「あなたの明日の言動予報を発表します。あなたは、○○に関心を持ち、購入します。」
ユーザーは言動予報のとおりに行動するでしょうか。それとも「意識的に」逆の言動をとるでしょうか。どちらの行動をとったとしても、既に情報の影響を受けてしまっています。
生まれてからこのかた、我々の言動は、周りに浮遊する情報に影響されています。とはいえ、完全に無視するか操作されるかのいずれかではなく、そう、オール・オア・ナッシングではなく、境界線を設ける余地は残されています。
サービスの進化は、すべてのユーザーに、自由意志と自他境界についての問いを発することになるでしょう。
※1 考えられうる非言語検索処理については、筆者執筆の日経IT Proの記事を参照してください。
「Silverlight実用プログラミング 第1回:非言語検索処理(1)〜色を検索キーとするUIを考える〜」
< http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090817/335642/?ST=develop
>
※2 MSのテーブル型PC「Surface」のニュース
< http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1203/01/news117.html
>
※3 「かくれた次元」エドワード・ホール(著)、日高敏隆(翻訳)、佐藤信行(翻訳)みすず書房
※4 ネット社会のプライバシーについては、2006年刊行の書籍に収録したコラムの一部抜粋を、ブログに転載しています。
< http://blogs.itmedia.co.jp/seindesign/2011/09/web-eabe.html
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