[3869] 3Dプリンター「Bellulo」レビュー(やっとかよ!?)

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《(今日は何してるの?)》

■ショート・ストーリーのKUNI[170]
 女友達
 ヤマシタクニコ

■3Dプリンター奮闘記[55]
 3Dプリンター「Bellulo」レビュー(やっとかよ!?)
 織田隆治




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■ショート・ストーリーのKUNI[170]
女友達

ヤマシタクニコ
< https://bn.dgcr.com/archives/20150312140200.html
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その頃私は、いっぱいいっぱいだった。

自分がどこを向いているのかわからないとでもいうか。目の前の仕事は山積みだったが、何もかも、もうどうなってもかまわないという気がした。

駅のホームでコートのポケットに手をつっこみ、今日の面接に来る人はどんな人だっけ、どんな質問をしようか、などとぼんやりと考えていると、不意にポケットの中で何かにふれた。私は、きゃっと声をあげた。

ポケットの中の私の右手にふれたのは、誰かの「手」だった。

まるでホラー小説みたいな状況にそのとき私がすぐに慣れることができたのは、不思議といえば不思議だ。私はよほどどうでもいいと思っていたのか。私をとりまく日常に関して。いや、それだけではない。その手はとてもやさしかったのだ。

(だれ?)

私は声に出さず話しかけてみた。すぐに、やはり声ではなく、直に感じられるやり方で、返事があった。

──さあ?

相手はそう言い、私の右手にふれる手に少し力が加わった。あたたかかった。だれかとそんなふうに手をつなぐなんてこと、長い間忘れていた。

職場ではいつもの時間が過ぎていった。面接は可もなく不可もなくといった感じで終わり、結論は保留ということになった。私の右手はボールペンで走り書きをしたり、キーボードをたたいたり、コンビニで小銭を出したりした。

5時を過ぎると、私は待ちきれないように仕事を終え、コートを羽織って外に出た。ポケットの中で私の右手はふたたび「手」に出会えた。私はほっとした。

その日、私は一人暮らしのアパートの一室で、寝る間際までコートを着ていた。ポケットの中の手にふれていたかった。

(あなたはどこにいるの?)

問いかけてすぐに、自分で笑った。はたしてポケットの中の手も笑いながら

──そうよ。あなたのコートのポケットの中よ。

と言った。それから、ちょっと考えなおす様子があり、

──ここはね...。南アメリカ。

(南アメリカですって?)

──つまり、あなたのいるところの、裏側。私は、地球の裏側からあなたにコンタクトしてるの。おもしろくない? 私の手はものすごく長いのよ。

(おもしろい!)

私は笑った。楽しくなった。

(オーラ!  あらためて、はじめまして!)

──はじめまして。はは。

(そちらはどんな感じ? こちらはまだ冬で、寒いわ。そっちは夏?)

──夏の終わりよ。私は海の上にいるの。空がとても広いわ。

(海の上? 航海中?)

──まあそんなところよ。

私は南半球の紺碧にかがやく海を思い浮かべた。潮風が強くて眉をひそめる、会ったことのない人を想像した。なんだか愉快だった。

──嘘だと思ってる?

そう言われて、嘘だと思う選択肢もあったと、はじめて気づく。

(まさか! 信じるわ)


気がつくと私は声に出して笑っていたらしい。電車の乗客たちが不審気な目で私を見ていた。

私は会社を辞めて、ひとりで仕事をすることにした。ずいぶん前から漠然と考えてはいたが、思い切ってポケットの中の彼女──手の持ち主──に打ち明けてみたところ、一も二もなく賛成してくれたのだ。

──それ、いいわ、絶対。やるべきよ。

(ほんとは、少し不安なんだけど)

──ちょっとくらいスリルがあったほうが楽しいじゃない?

(そうね、そうかも)

──新しい生活っていいものよ。応援するわ。南半球の片隅からね。

知らず知らずのうちに涙がにじんでくる。

私は彼女にいくら感謝してもし足りない。彼女がいなかったら、私は永遠に会社を辞められなかったろう。

私の毎日はすべて、日々のスケジュールから人間関係まで会社に関わることで占められていたから、会社を辞めたらすべてなくなるような気がしていた。

でも、いまは彼女がいる。そして、会社を辞めたことは好都合でもあった。一日中コートを着ていたりポケットに手を入れていても変な目で見られないから。

(今日は何してるの?)

──港に立ち寄った。陸に上がるのは久しぶりよ。新しい靴を買いたいわ。あと、お鍋を買うの。深目の両手鍋。

(お鍋か。いいわね。私も買おうかな)

──いい調理器具があるとうきうきするわね。このフライパンなら失敗しなさそう、とか。自分の腕のことは棚に上げて。

(私も時間ができたから、今までつくったことのない料理をつくってみるわ)

──あなたの見たことのない野菜や果物が、こちらにはあるのよ。見たらきっとびっくりするわ。ものすごく大きなピーマンとかね。

ポケットの中の彼女との、とりとめないおしゃべりが楽しい。不思議なポケット。地球の裏側とつながっているなんて。

取り返しのつかないことを私はしてしまう。

ある日、新しい仕事を通じて知り合った男友達と飲んでいた私は、軽い気持ちで男を部屋に入れた。酔っていたのだ。

「はは、一人暮らしはこれだからなあ。春になってもコートを吊るしっぱなしとは。だけど、これ、男でも着られそうなコートだな」

あっと思ったときはもう遅かった。男がおもしろがってコートをハンガーからはずし、袖に手を通した。ポケットに手を入れようとした。きゃあっ、という彼女の悲鳴が聞こえた気がした。

「やめて!」

私は走り寄り、あっけにとられている男からコートを奪い取る。

「どうしたんだよ」

私の顔はひきつっていただろう。コートを、しわくちゃになりそうなくらいぎゅっと抱きしめて。

「ごめん。そんなつもりはなかったけど、君を傷つけたようだね。謝るよ」

この人は悪くない。悪いのは軽率な私だ。

やはりというべきか、翌日もその翌日も、私は彼女の手にふれることができない。何か月も経ったころ、短い再会があった。ほとんどあきらめながらポケットにそっと手を入れると彼女がいた。私は飛び上がるほどうれしかったが、努めて平静を装って言った。

(オーラ! 元気?)

──元気よ。

(ひさしぶりよね)

──うん。実はね...

(実は?)

──実は、実家でいろいろあってね。それでまあ、忙しくて。

(そうなんだ?)

──悪いけど、今日もあまり時間がなくて。そのうち、ゆっくり話せると思う。それだけ言いたくて。

(そうなの?)

──誤解しないでね。私は何も気を悪くしてないから。またね。

手は以前と同じようにあたたかだった。またね、と言うとき、彼女は私の手にとんとん、とふれた。彼女が私を気づかっていることは感じ取れた。そのときも、私のそばにはあのときの男友達がいた。彼はとてもいい人だ。彼女のことは秘密にしていたけど。

地球の裏側。南半球の広々とした海。海を渡る風。まぶしい太陽。私には雑誌のグラビアか絵本の中の世界でしかない、遠い世界。でも私の右手は、確かにつながっていた。

それから何年も経った。私はあの男友達と少しの間いっしよに暮らしたが、またひとりに戻った。

ある日私はFacebookで「知り合いかも」に見知らぬ女性の名前を見つける。

アルゼンチン在住、「航海が趣味」となっている。プロフ画像はないし「基本データ」を見ても、ほとんど何もわからない。

単なる偶然か。いや、アルゼンチンに住んでいて航海が趣味の女性はいくらでもいるだろうから、偶然の一致にもならないかも。

でももしや、と私は思う。

そして、まるでそれが手がかりになるとでもいうように、私の手にとんとん、とふれてきたあのあたたかさを思い浮かべる。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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先日のこと。ショッピングセンターに向かって歩いていたら、少し前を歩いていた男性が突然Uターンした。そして私とすれちがうとき、ひとりごとなのだろうがかなりはっきりと「トイレ行っとこ」。笑いをこらえるのに苦労した。


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■3Dプリンター奮闘記[55]
3Dプリンター「Bellulo」レビュー(やっとかよ!?)

織田隆治
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前回書いた3Dプリンター「Bellulo」の報告!

あれから色々と設定をいじったり、メーカーさんに直接指導してもらったりして、なんとかやっと良さげな設定を見つけることが出来ました!

多分、もっと追い込んでいけば、もっと良いプリントが出来るはずだと思うけどね。

ちゃんとしたプリントが(って言い方は語弊があるかな)出来るようになって、やはり最近のプリンターの精度に驚かされました。

「Bellulo」が良いのかもしれないけど、そりゃあ三年も前のプリンターをガシガシ使っている僕にとては、この精密なプリントは、すごいな〜の一言。

まず、前回にも書いた通り、造形スピードは格段にアップされています。これは、ソフトウェアの進化もかなり影響しているんですね。

次に、造形時のブレによって起こる、積層痕の乱れが、格段に少なくなっています。

僕が三年前から使っているBFB 3D TOUCHでは、エクストルーダーと呼ばれる素材を送り出す装置が、溶かした素材が出て来るヘッド部分と一体化になっていて、そのヘッドが前後左右に動いているわけです。

昔からある、カッティングプロッターとかと同じような駆動です。それに造形テーブルが上下する、といった機能が付加されていると思って大丈夫だと思います。

「Bellulo」では、エクストルーダーがプリンター本体に取り付けられており、ヘッド部分には、材料を溶かすヒーターのみとなっています。

そういう工夫で、実際に動いているヘッド部分が軽くなっており、ヘッドが動く際に「慣性の法則」って言うのかな、軽くなったことで、静止、駆動の際のヘッドのブレがかなり少なくなっているように思います。

エクストルーダー以外にも、ヘッドを軽くする工夫がされているようですね。これによって、高速でヘッドが動いても、ブレが少なく済むように設計されています。

駆動部に使っている部品も、ほとんどがメイドインジャパンの部品を使っているところも好感が持てます。不具合なんかが起こっても、日本製の部品なら迅速に対応できるでしょうね。

プリンターの良し悪しって、一概には言えないかとは思うんですけど、本体の剛性ってとても重要で、フレームはもちろんのこと、駆動部のシャフトやタイミングベルトなんかも、剛性を上げることで、このブレを抑え、その結果造形スピードを上げる事ができるわけでしょう。

さらに不思議なのが、この「Bellulo」では、PCに繋いでプリントする方法と、SDカードからプリントする方法が選べます。

PCから出力すると、稀に不具合が起こってしまうんですけど、SDカードからだとスムーズにプリントできるようです。

まあ、基本PC付けっぱなしは嫌なので、SDカードからの出力にしてしまうんで、そんなには問題ないんですけど、そのへんはメーカーさんに投げておきました。

初期なんで、これからどんどん改善されていって、国産の3Dプリンターもグッと良くなってほしいものですね。

最近では、三本の支柱から突き出たロッドで、造形ヘッドを制御するタワー型のプリンターも出て来ています。

これは、ヘッドを3軸で制御することで、このブレを抑えることに繋がっているんだと思われます。当然、造形スピードも早いんだろうなぁ...なんて妄想しています。

まあ、僕みたいな技術屋さんでない素人考えに過ぎませんけど(笑)

テーブルが円形なので、造形サイズはちょっと小さめになるんでしょうけど、使ってみたいですね。展示会なんかで公開されていたら、見に行こっと!

どんどん3Dプリンターも進化していて、よく「3Dプリンター欲しいんだけど、いつ買ったらいいのかな〜?」なんて相談を受けます。

もはや、古いですけど「今でしょ!?」って言うしかないんですよね。

こんなの日進月歩ですし、次に出るものを待っているようでは、いつまで経っても買えないですよね...。

そんなことだったら、今買って色々試してみて、使いこなせるようになったら新しいのを導入する方が、自分のスキルアップにもなりますし、色々と勉強にもなります。

昔から、こういう事ってありますよね(笑)

「パソコン欲しいんだけど、いつ買ったらいいのかな〜?」

「テレビ欲しいんだけど、いつ買ったらいいのかな〜?」とかね。

「3Dプリンター欲しいんだけど、どのタイプ買ったらいいのかな〜?」

という質問には、色々答えられるんですけどね。使う用途によって、どのタイプの3Dプリンターが適しているのかが分からない、ということでしたらね。

せっかく高いのを買ったけど、用途が合わないから使えない...って話も、いまだによく聞きますし。逆に、安いのでいいや〜って買っても、用途が全然合わなくて使ってないってのもありますね。

もったいない......、僕に使わせて〜〜(笑)

ということで、今日もプリンターは文句一つ言わずフルに働いてくれています。ありがたや、ありがたや...(ー人ー)

後は仕上げを頑張らないと。

この、熱融解式のプリンターの表面仕上げとか、また時間かけて書いていこうと思います。この仕上げが出来ないと、せっかくの出力品も段々がついたままですからね〜。

ということで、話はコロっと変わるんですけど、先月バッタバタでなんとか終った「ワンフェス」ですが、また次回の受付が始まり、版権を要するものの申請が始まります。

う〜。これ、毎回悩むんですよねぇ...。楽しい苦しみ(笑)

【___FULL_DIMENSIONS_STUDIO_____ 織田隆治】
oda@f-d-studio.jp
< http://www.f-d-studio.jp
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編集後記(03/12)

●麻耶雄嵩「さよなら神様」を読んだ(文藝春秋、2014)。ミステリーはめんどうくさいからあまり読まないほうだが、やたら評判がいい作品なので挑戦してみた。全6編の連作短編集で、構成はほとんど同じ。まず「神様」こと鈴木が主人公に向かって「犯人は〇〇だよ」と宣う。彼を含めた探偵団が、その人物が犯人である可能性を推理する。主にアリバイ崩しが中心だが、それを進めてゆくと......という話だ。犯人は主人公の周りの人物ばかりである。ちょっと強引過ぎる展開だが辻褄は合っている。そして、第4編「バレンタイン昔語り」で、わたしはそれまですっかり騙されていたことに愕然とする。

自称「神様」は男前で成績がよくていつも女たちの取り巻きの中にいる。「僕には時空はあってないようなものだ。この世で一番不便なのは全知全能ということで、こんな退屈なものはない」という神様を主人公は信じてはいないが、ある種の超能力者であるのは間違いないと思う。神様は犯人の名前を言うが、ほかに積極的な関わりはしてこない。主人公らが結成した探偵団は小学校五年生の五人組で、いわゆる霊感少女もいる。顧問の教師も、名探偵の指導者もいない。この物語で交わされる会話は小五のものだ。そんなあほな。高校生いや大学生いや大人の探偵マニアだって、ここまでレベルは高くない。

神様(いちおう小五)が言う「実証なんて立場が弱い者がする諂諛(てんゆ)行為だよ」って何だ。初めて見る熟語だ。へつらい、の意味らしい。「あなたは愛を知らないようね。だから絶対的な神にも近づけるのよ」「そんな突飛な戯れ言、誰も信じてくれないわよ。みんな私を罠に填めるための讒言と思うでしょうね」って小五のセリフか。ドグマとか、論理の信奉者とかいう言葉もある。なぜ小五の設定なのだろうか。各編はそれなりに面白い。例えば、事故死のはずの生徒が実は殺されていた。それも今日転校してきた生徒の母親が犯人。そんな無理筋の設定でも、とにかく理屈は合うのだから驚きだ。

神様から犯人と特定された人物の動機やアリバイを、小五探偵団が推理するというストーリー展開は、編が進む毎に主人公を含む周囲の空気が変わり、人間関係が崩壊し、最後には想像もしなかった結末に至る。それにしても、身近な人物が殺されても(殺しても)平静を装って推理ゲームを続ける小五たちは恐ろしい。神様という設定はあっさり受け入れたのだが、小五の行動がどうしても腑に落ちない。そして最後にわかるのが、彼らがじつに思慮深く悪意を秘めていたところだ。作者の綿密な設計のすごさは、ミステリーが苦手なわたしには正直よくわからないが、これは究極の恋愛小説だったようだ。(柴田)

●hammer.mule の編集後記はしばらくお休みします