[3993] ガラス瓶の中の世界「アンダー・ザ・ドーム」を見る

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《自分自身でうっとりするような出来だ》

■装飾山イバラ道[164]
 ガラス瓶の中の世界「アンダー・ザ・ドーム」を見る
 武田瑛夢

■ところのほんとのところ[125]
 オンリーワンの表現
 所 幸則 Tokoro Yukinori




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■装飾山イバラ道[164]
ガラス瓶の中の世界「アンダー・ザ・ドーム」を見る

武田瑛夢
https://bn.dgcr.com/archives/20151013140200.html

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ガラス瓶に土を入れて、アリの巣ができるのを観察したことはあるだろうか。アリたちの生活を瓶の外からのぞき見る楽しみ。一生懸命エサを運んでいたり、ケンカしていたり。

私は大の虫嫌いなので自分ではやらなかったけれど、小さな者の世界を観察するのは子供たちには興味津々なことだと思う。しかし、大人になった今でも同じことをやっているのかもしれない。

私たちはけっこう「閉じ込められている人たちを見る」のが好きかもしれないのだ。このキーワードは海外ドラマ市場の鉄板なのだと言えば気づくかもしれない。

孤島に閉じ込められる「LOST」、巨大ドームに閉じ込められる「アンダー・ザ・ドーム」、街に閉じ込められる「ウェイワード・パインズ」などヒットしてもしなくても、何かと閉じ込められているネタなのがわかる。

そんなの、私がよく見てるだけだからそう思うのだ! と言われるかもしれないけれど、やたら目に付くテーマであることは間違いない。

それこそ、私は見ていないけれど牢獄の「プリズン・ブレイク」や、先日レビューに書いた「アメリカン・ホラー・ストーリー」の屋敷と病院など、舞台は違うけれど「閉じ込められ系」と言っていいと思う。どれも人間がどこかから出られない時に見せる抵抗や協力を見せる内容だ。※以下は各ドラマのネタバレがあります。

今回はhuluで見られる「アンダー・ザ・ドーム」の感想を中心に書いてみたい。これは2013年からCBSで放送されている海外ドラマだけれど、原作はスティーブン・キングの同名の小説だそうだ。現在はシーズン3まで進んでいて、huluでもシーズン3を公開中だ。

・アンダー・ザ・ドーム
http://www.hulu.jp/under-the-dome


ある時、突然、ストンと透明で巨大なドームに囲まれてしまう街の人々のドラマで、ドームはガラスのように透明なので最初は皆それに気づかない。

たまたまドームの境界の端っこに居合わせた人々は、縦にまっぷたつに切られる牛を目撃したり、ぶつかる車に驚いたりして、何かが起こっていることに気づいていく。

ドームは反射がないようなので何も映り込まず、普通に歩いているとガン! とぶつかってしまう。とっても危ないので、次第に軍が外側から周辺を警備&管理しだす。

立ち入り禁止のテープやコーン、スプレー文字などけっこうチープな感じの境界目印をつけていて、そんなに複雑なCGじゃなくても可能な表現であるのがわかる。

空気はとりあえずは確保されている。中と外では音が聞こえないので、紙に書いた文字でコミュニケーションしたり、地中まであらゆる線が分断されているので電話もダメ、電波もインターネットもダメだけれどストーリー上ちょっとだけ通じる時があるといった具合だ。

ドームの端から端までの距離は最初は明らかではないけれど、地面から上空まで数千メートルという軍の無線が一瞬聞こえるシーンがある(Wikipediaによると上空まで6000m)。

閉じ込められている中では、街の権力者が実権を強めて都合の悪い者を排除したり、限りある食料や資源を独り占めしだす。このような状況だと悪い者はさらに悪く、良い者はさらに良くなっていくのが通例みたいだ。閉じ込められちゃうと燃えちゃう男女の愛情や駆け引きもある。

なんだか「LOST」の記事でも同じようなことを書いた気がするので、まぁそういう流れはできているみたいだ。

●シーンの見せ場

「アンダー・ザ・ドーム」がこの閉じ込められ系ドラマの中で画期的なのは、「設定が壮大で絵が派手」な点ではないだろうか。

牛まっぷたつのグロい断面や、空中で飛行機がドームにぶつかって爆発するシーン、トラックが正面衝突して潰れて行く様が目の前で見えるなど。ドームが透明なので遮るものがなく、中で見ている者にはまったく衝撃がないのだ。

音も衝撃もないのに、見たこともないような壊れ方をする物がクリアに見えるのはとても不思議だ。物理的に見てどうなのー?と いう疑問もあるけれど、有り得ないようなことなので検証もできないし、なるほどと思ってしまう。

とにかく、ものすごく丈夫な素材でできている謎のドームなのだ。しかし、閉じ込められていると家族が離ればなれになったりいろいろと困るので、人間たちはあらゆる手段でドームの破壊を試みる。

ネタバレですが、途中で核爆弾もぶつけるけれどちっとも壊れないくらい丈夫なので、皆絶望する。人間の考える最終手段の安易さにも絶望。破壊できたとしても何が残ると思っているんだろう。

物語はシーズンを進んで徐々に謎が解けていく。解けていくかのように見えて、もっと謎が深まると言った方がいいのかもしれない。こんなの作れるの絶対人間じゃないし、だったらどうしていいのかもわからないよね。

テレビドラマとしては1シーズンで10数回分あるので、毎回何らかの目を引くシーンが必要だ。この点ではかなり設定の奇抜さを使えていると思う。

ただ最初のシーズンでそれも使い果たしてしまうので、後半は中にいなかった人間が現れたり、あり得ないことが起こってすごくSFっぽくなっていく。

夫婦で毎週ドラマを見ていて、けっこう夫も気に入っているようだ。後半からお互い困っていたのが、登場人物の名前をなかなか覚えられないことだ。今でこそジム、バービー、ジュリア、ジュニアの主要メンバーは覚えた。

しかし、途中だけ出て来た人たちの名前はなかなか入らない。セリフで突然人名が出て来ても「これって誰だっけ?」ということがよくあった。

たぶん私たちは見始めが遅かったので、前半のシーズンはまとめて見る「イッキ見」をしたけれど、シーズン3は毎週追加公開されるものを一話づつ見るしかなかったのが原因だ。続けて見ないと流れを忘れてしまうのだ。

だから、これからこのドラマを見る人には「イッキ見」の特権があるとお伝えしたい。

●逃げ出せる可能性という「希望」

閉じ込められ系のドラマで、見ている人が持つのが「希望」だと思うけれど、「アンダー・ザ・ドーム」では外の世界は最初普通に存在している。その時は外に出られさえすれば生きる希望がある。

しかし、途中のシーズンで星もしくは隕石の落下により外の世界が地獄絵図になっているのを見る。外の人々がドームの中に避難するために入ってこようとするのだ。安全地帯が逆転するようなシーンだ。

そうなると中の人には希望がなくなる。中が最悪だから外に出たかったのに、外はもっと最悪なのだ。

しかしこのドームを誰が作ったかということを考えると、結局どうにでもなることがわかる。人間の心をもて遊ぶような設定で、ドラマの起伏を作っているのだと思う。

今年の夏に見ていた海外ドラマの「ウェイワード・パインズ」でも、壁で囲まれた外がどうなっているかの興味が、前半の見せ所だった。

中盤で、外に戻りたいという希望を打ち砕くような事実を告げられるのが山場になっていて、この事実はあまりに重たくて、本当なら放心状態になってしまうだろう。私は見てるだけでも途方に暮れてしまった。これはぜひ見て欲しいのでここでは書かないことにする。

「アンダー・ザ・ドーム」では、まだ最後どうなるのかわからないけれど、敵と味方がこれからどうなるのか楽しみだ。

設定というガラス瓶の種類を変えて、まだまだこれからもこの手のドラマは作られるだろう。

ただこれを楽しめるのも、自分たちのいる世界が自由だと思えているからかもしれない。案外いろいろなものに縛られて自由がない人もいるかもしれないし、実は既に外側から、何らかの存在にのぞかれているのかもしれない。

ガラス瓶の中の世界からは外の世界の実体は捉えられない、というのがこの世界の仕組みなんじゃないかと思うのだ。

地球人たちはまたこんなドラマを作っているよ、そろそろ自分たちのことにも気づくかな、まだまだだね、というように。自分で気づけない世界はあったとしてもないのと同じだろうか、誰かに教えてもらいたいのである。


【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/


アメリカからの通販の小包がやっと届いたので良かった。これからは保険付きにするかどうかは、やはりトータルの値段との相談かな。いつのまにか日本の代理店ができているお店だったのに、まだ日本に送ってくれるだけでも有り難いのだ。普通は日本の代理店ができるとストップをかけて、安く買えなくされてしまうので残念な思いも多かったのだ。


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■ところのほんとのところ[125]
オンリーワンの表現

所 幸則 Tokoro Yukinori
https://bn.dgcr.com/archives/20151013140100.html

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写真を本気で志す人の多くはいつかは写真集を出したいと思っている、[ところ]はそう考える。とりあえずいつかは一冊は出したいなーとか、そういうレベルでいうと、ほとんどの人が目標の一つにしていると思う。

しかし、どんどん印刷技術は上がり、とんでもないところにまで行っているにもかかわらず、いま紙の本はどんどん売れなくなってきている。その中でも、写真集は目立って売れていないようである。

すばらしい用紙に製版技術の粋を尽くした写真集、この十年ぐらいでもう限界ではないかというレベルにまで来て、昔の写真集よりずっとプリントに近づいているようにみえるものもある。

[ところ]のアインシュタインロマンも、そんな一冊を目指した。とにかく最高のものを反射原稿で、それも手作りし、一冊とか数十冊レベルではない、ちゃんと世界に流通する数で実現したかったのである。

どうも昨今のブックフェアブームにのって、希少価値だから凄いとか、写真作品が凄いのではなく変わった本、数冊しかないから凄いというのには、おおいに違和感がある。

それはただの趣味のレベルにしか感じられない。まあそういうコレクターを開拓して、売れて嬉しいとかいう程度の話だろう。挙句に一冊の手作り本だけを集めた図書館ができたりする。じっさい立体手作りアート作品で、一冊限定で素晴らしいものも見たことはあるけれど、それは当然非売品だったりする。

そんな話を書いていたら、お笑いの若林正恭が、バブル世代のノリが大嫌いであると発言したという記事をネットで読んだ。[ところ]はバブル時代に20代であった。

しかし、写真家として認められたのはバブル絶頂期から終焉を迎える頃だったので、有名になってギャラが評価と釣り合うようになったのは、バブル崩壊後四〜五年だった。バブルは蚊帳の外で眺めていたような記憶しかない。

この記事で若林くんが、バブル世代の押しつけがましい態度が面倒くさいのだと指摘する。「『一流のものを持て』とか『一流のものを食べろ』とか『一流の場所に行け』とか普通に言ってくんだろ?」「バカなんじゃねーの? バカじゃん! 意味分かんなくない?」という。

クリエイター的に、とは意味が違うんだろうなとは思う。[ところ]も本物を見た方がいいとは思っている。本物の作り手が作った料理は芸術だと思うとか、一流の場所とは意味がよくわからないけれど、ディズニーシーに何度も泊まりに行くなら、一回でいいからヴェネチアに行ってきた方がいいとか、人によくすすめる。京都の大市のスッポンだけは一度は食べた方がいいとか。

彼が否定しているものとは、すこし違う気がしてきたかな? 要はオンリーワンのものは食べてみたり、行ってみたりした方がいいよ、死ぬまでに一度ぐらいは、という意味だけど。

自分達の作品についてもそうでしょう。[ところ]は所幸則だけのオンリーワンの表現をしたいと思ってるし、そうしてるつもりだ。それは彼が言ってる「欲望とか野心とかって衝動だから、湧き上がってくるもんであって、持とうと思って持つもんじゃないじゃん」「勧めてくんなよって思う。お前がそうやって生きてろよ」と同じなんじゃないのかな?

彼が春日くんと作り上げたオードリーというコンビは、オンリーワンだったと思うし、衝動があったから貧乏に耐えながら必死に登りつめていったんだろうから。多少表現は違っても同じじゃないかな? 

たぶん彼が嫌ってるのは、いわゆるテレビ・マスコミ業界のバブル世代で、大したことをしなくてもお金があって、偉そうなこと言ってる人のことなんだろうなと想像している。

話はもどるが、いつの世もメディアは移り変わって行く。特に写真芸術は、技術の先端を行くメカニックを使ってる訳なんだから、当然発表するメディアも印刷だけじゃなく、液晶の8kディスプレイなんかも頭にはちゃんと入れておかないといけないし、Kindleのような電子ペーパーのことなんかも考えなきゃいけない。

ただ、いつの世もなにかが円熟期を迎え最高のものができる頃、次のなにかが始まり、それはまだ開発と発展の余地が残っているということ。

フィルムからプリントをしていた技術が円熟期を迎えた時、センサーとインクジェットプリンターはまだ発展途上にあったけれども、今や凌駕しつつある。

いろんな要素が[ところ]の頭の中で絡み合って、まず写真集印刷として最高峰の印刷屋さんで、そこの最高のプリンティングディレクターに特色でもなんでも使ってもらって、印刷にうるさい写真集専門の出版社の社長と[ところ]の立会いで刷り出ししてもらった。

なおかつ横位置B4変形で手製本にこだわったし、デザインもADCの審査員やってるベテランの原耕一さんに頼んだ。自分自身でうっとりするような出来だ。

今時の本屋さんにはほとんどいい写真集がないし、置く場所もない。A4変形までが置いてくれる本のサイズと言っていい。特別な本は置いてくれるだろうが、本屋が考える特別な本に[ところ]の写真集はまず入らないだろう。

その存在を知ってもらえれば、本屋になくてもアマゾンでなら買える。これから、いろんなエリアで個展をしようと考えている。それは写真集のための個展といってもいい。

まずは渋谷、広島、神戸でやろうと思う。本当に写真芸術に興味がある人なら、関東、関西、中国地方でひとまずやれば、ある程度は存在を知ってくれると思う。あとは何回か続けることだと思うけど。

そして、大学の学生たちに聞いて見た。いつかは写真集を出してみたいか、と。九割の子が出したいと言ったのは少し嬉しかったかな。一割程度の子は特に出したくないようだったけど、その子たちは写真史の研究者志望だったり、なにかしらの研究者になりたい人だった。

・所幸則写真集『アインシュタインロマン』蒼穹舍、2015年8月16日発行
http://blog.livedoor.jp/sokyusha/archives/2015-08.html



【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則  http://tokoroyukinori.seesaa.net/

所幸則公式サイト   http://tokoroyukinori.com/



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編集後記(10/13)

●津野海太郎「100歳までの読書術」にあった「老人演技がへたになった」がとても興味深かった。そこでは、戦後(敗戦から1950年代の終わり頃まで)の映画の中から「なぜ昔の映画俳優はあんなに老人の演技がうまかったのだろう」と彼が思った代表例を男優に限って挙げる。笠智衆「東京物語」(1953)、三船敏郎「生きものの記録」(1955)、三國連太郎「異母兄弟」(1957)の三本である。彼らにくらべたら、その後の男優達の老人演技はどことなく迫力を欠く、という指摘だ。どんなにうまかったのか、それではわたしも実物で確認しようと、未見の「生きものの記録」「異母兄弟」DVDを図書館で借りてきた。

老人の演技、というのは老人による演技ではなく、若い役者が老人になりきって演技するということである。「東京物語」の老夫婦は笠智衆と東山千栄子が演じたが、二人はどこにも不自然さのない本物の老人であり、後期高齢者のいい味を出していた。ところが、資料にあたるうちに当時の笠智衆は49歳、東山千栄子は63歳だったと知る。ちなみに監督の小津安二郎は50歳、津野はうーんとうなる。この映画の笠智衆の老人像は完璧なつくりものだったのだ。わたしはおじいさんの笠智衆しか知らなかったが、「二十四の瞳」(木下惠介・1954)に男先生の役で出ていたのをみた。このときはおじいさんではなかった。

「生きものの記録」という、まったく内容の想像がつかないタイトルの黒澤明作品に主演したのが三船敏郎。「第五福竜丸」事件を背景にした時世、間近に迫る核戦争に怯えて、自分の鋳物工場を売却してブラジルに移住しようとする老人(70代前半か)をめぐる家族の騒動をシリアスに描いている。本人は異常に正気(ってのも変な表現)だが、困惑する家族は家裁に老人を準禁治産者の宣告を下すよう申し入れる。水爆の恐怖に駆られて暴走する老人は、35歳の三船。前年に「七人の侍」の菊千代を演じたばかりだ。この老人ぶりもみごとなものだ。最初に登場したときは、この男が三船だとはわからなかった。

「異母兄弟」は家代己代治監督。三國連太郎が演じる鬼頭範太郎は傲岸な職業軍人で、家庭でも桁外れの暴君。粗暴で陰険でけだもののような男である。耐える妻・利江は一回り上の大女優・田中絹代。34歳の三國が40代後半の田中(16歳を演じた)を手ごめにする場面もある。25年にわたる一家の歴史が描かれ、70歳を過ぎた範太郎は酒に溺れて老醜をさらす。映画の中では三國が、ずっと年上の田中より年上に見えなければならない。三國は老人の立ち居振る舞いを見て、動きを作った。最後は前歯を六〜八本まとめて抜いたというのは実話だ。昔の俳優はすごかった。この黒澤、家代作品は見ていてつらい。(柴田)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004PKO92G/dgcrcom-22/

「東京物語」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00CYT82XW/dgcrcom-22/

「生きものの記録」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000BD886Y/dgcrcom-22/

「異母兄弟」


●「アンダー・ザ・ドーム」ってそういう話だったのか。Dlifeでやたらと宣伝していたのだが、気にとめていなかった。そのうちシーズン1からまたやるだろう。あ、ナンバーズのシーズン3がはじまってる〜。

Ingress続き。家人が参加するようになってからは、近所の戦況を話せて楽しい。また誰々さんたちが、朝から見事な多重を作ってた。フェイクを外側に作っていたよ。こことこことここが頂点だった。自分らでいったん頂点を壊して、別の頂点からまた多重作ってたよ。

そして誰さんが、いつもの通勤ルートでそれを速攻壊してた。またあそこはレベル8のポータルが立ったよ。凄いなぁ。最近新人さんが現れたよ。飽きずに続けてくれたらいいなぁ。戦力になって欲しいなぁ。

いつもはどこどこで活躍している人が、ここらに加勢してくれてるよ。ありがたいなぁ。こちらの活動量が多ければいいんだけど、仕事があるとなかなか難しいよね。

……これって近所の噂話をする人みたいな? いや、近所の人には興味ないんだけれど。 (hammer.mule)

http://www.dlife.jp/lineup/drama/

Dlifeのドラマラインナップ