/20年前の「インフォーツの謎」プロジェクト 柴田忠男

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いまからちょうど20年前、フリーになってぶらぶらしていたわたしを見かねて、「スーパー・デザイニング」誌のクリエイティブ・ディレクターだった(わたしが勝手に任命した)京都の笠井享さんが、経営する会社「インフォーツ」の会社案内を制作する仕事を発注してくれた。

約三か月かけて作り上げたのが、岩波新書のデザインをパロった「インフォーツの謎」である。メンバーおよび周囲の人々に取材したり、原稿をかいてもらったりして、のんきに楽しく仕事を進めていたら、月刊オンラインマガジン創刊のプロジェクトが大阪で発生、たちまち怒濤の夏となった。

「インフォーツの謎を送って下さい」とあちこちに依頼しまくって、ほぼ全員から回答があったが、わたしが欲しかったホントかウソかわからないような怪しい情報が極めて少ない。みなさん、むちゃくちゃマジメだった。

そんな中でとくに怪しい情報を寄せてくれた、二人の人物を北山のしゃれた和食屋に呼んだ。思う存分しゃべってもらおうと思ったら、面と向かうとほとんどしゃべらない人と、しゃべるエネルギーが持続しない人だった。20年後のいま、どうしているか調べたら、一人(後者)は京都精華大学の教授だった。

わが家にはこの本が二冊残っていた。書棚にぎっしりの新書や文庫を処分しようとしたら、この本が出てきた。思わず読みふけってしまった。20年前のわたしの仕事は、いまと変わらない感覚であった。インフォーツは三周年記念にクライアントや関係各所に配布して、非常に好評だったと聞いている。



◎表1

岩波新書とよく似た体裁。infoArtsという白抜き文字が目立つ

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◎袖のテキスト

インフォーツの謎

インフォーツ株式会社は、マルチメディア時代の情報のデザインをメインビジネスにかかげる、新しいタイプのプランニングとマーケティングならびにデザインをおこなう会社である。しかし、総員五名の会社には謎がいっぱいだ。三年の月日を費やしてその実態を暴く衝撃のレポートがこれだ。ここに書かれた情報は極秘事項につき、読まれた後は厳重に保管をお願いしたい。(ホントは会社案内です)

◎扉のデザイン 岩波新書そっくり。ちょっと違う。

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◎はじめに──この小冊子は何なのかという謎

ここを読むとこの新書判の冊子(96ページ)の正体が明かされる。って、わたしが書いたんだけど。インフォーツ株式会社の笠井享さんのオーダーであった。創立三周年記念のユニークな会社案内を、常識的な会社案内ではないものを、というのが基本的合意だった。わたしが冗談半分で提案した、岩波新書のそっくりデザインと、とにかく真実よりも冗談、面白い内容で作ることになった。

◎本文

以下、5人のメンバーとインフォーツについて、やや大袈裟に冗談まじりに書かれているが、ここでは笠井享さんについての記述を拾い出す。

・カラオケのモニタキャリブレーション

「笠井さんがカラオケでモニタのキャリブレーションを始めたというのは印象的。一種の職業病でしょうか」と本気で言う人がいる。

昨年、笠井が京都中のカラオケのモニタをキャリブレーションして回っているという噂が、日本全国を駆けめぐった。

いつも10時にインフォーツを出るが、そのときはモニタフードにキャリブレーション用のツールを持っており、自分で調査作成した「京都カラオケマップ」にある店のモニタを一軒ずつ調整して歩いているというのだ。笠井ならさもありなんという話題で、ニフティの会議室でも大いに盛り上がった。

本当のことをいうと、もちろんこれは冗談。仲雷太さんがライブピクチャーのセミナーで、大阪で講演した晩に、笠井らと飲んでいるうちに出てきたヨタ話であった。

それを、海津宜則さんが自著のコラムで冗談に脚色して書いたものが一般に流布して、笠井=京都=カラオケ=キャリブレーションという図式が信じられるようになった。重ねて言うが、「笠井ならさもありなん」なのである。

・しんちゃん

笠井家の新吉くん(通称しんちゃん)は、笠井の執筆する本によくモデルとして登場するが、どうやらグレーカラーチャート代わりに使われているようだ。いわば標準反射猫である。

美しいグレーの毛並みはハイライト、シャドー、グラデーションを見るときにいい。また、非常に細かい毛はハイライト、シャドー、グラデーションを見るときにいい。これほど理想的な被写体はない。

普段から、しんちゃんの毛並みは手入れ手順が明確に定義されている。「ここで新吉を洗うシャンプーは資生堂93年もののチャン・リン・シャンを用いる。水は六甲のおいしい水を〜」なんて。

・計測魔

なんでも計測するのが趣味というか使命の笠井。腕時計はもちろん高度計、温度計、気圧計はデフォルト装備である。いま腕時計に付ける色温度計を開発しようとしている。

また、伝説になった「カラオケのモニタのキャリブレーションのための計測器」も必需であろう。ただし、完璧に行うためには別途アタッシュケース(たぶん小型トラック一台分)に色評価色見台、基準となる色構成刷り、写真用ライトボックス、モニタフードなどをセットし、組み合わせて使用する必要がある。

また、ダジャレ面白度測定器も絶対必要であろう。笠井は酒が入らなくてもダジャレ1000連発は可能なので、その面白度を計測し、本当にウケるネタだけを披露してもらいたいものである。ただし、その設定では笠井本人の評価ポイントは考慮しない方がいい。

・猫ミニケーション

ある日、瀕死の子猫を発見してしまった笠井夫妻。こういう事態を放置できない性格のふたりは、連れ帰って動物病院に入院させた。ちびちゃんと名前までつけた。普通、ここまでやるか。

次に、ちびちゃんの里親探しで、あらゆる知り合いに「かわいい子猫の里親になってください」とメールやファックスでお願いした。その間も、子猫の寝床を作ってインフォーツ一階に仮の住まいを設けた。普通、ここまでやるか。

殺人的に忙しい合間を縫って、子猫一匹のためにこんなことやるか。

ちびちゃんは一週間も入院してやっと帰ってきたが、翌朝また危ない状態に陥り再入院。

そうこうしているうちに、東京でグラフィックデザイナーの向井裕一さん夫妻が里親を引き受けてくれることになり、関係者一同(いつのまにかサポーターが結成されていた)大喜びで、名前も正式に「たんぽぽちゃん」とつけた。

が、彼らの祈りもむなしく帰らぬ仔猫となってしまった。こんなに忙しいのに、あたたかな人たちである。

その後日談。代わって別の子猫(カメラマンの藤原夫妻が拾ってきた)が向井さん宅の里子になった。京都から来た子猫のぴーちゃんは、ものすごく人見り猫で、向井夫妻以外にまったくなつかず、人が傍らに寄ると体をカチカチに固まって、口をあけて威嚇する。

誰に対してもそうであるらしい。とくに気に入らない人が来ると、ぴーちゃんはナナメ歩きとしっぽ倍増おったての大不興である。(※柴田もやられた)

京都から藤原夫妻がわざわざ見に来たことがあるという。嫁入りした娘が心配でたまらなかったのだろうか。猫ミニケーションの世界はディープだ。しかし、まるで他人のごとくあしらわれて、拾い主の落胆ぶりが気の毒だったそうだ。

だが、今の親に義理立てして、元の親に冷たくしたのではないか、向井夫妻の見ていないときにスリスリしたのではないかと想像できる(が、それほどリコウそうな三毛雑種にはみえない)。

ぴーちゃんは笠井さん夫妻の仲人で、向井さん宅に来ることになったとき、海津宜則さんがバスケットに入れて新幹線で運んだという。その証拠写真がパウチされて笠井から向井さんに郵送されてきた。笑っちゃう愛猫家の世界である。

・笠井に関する未確認情報

1.笠井が銭湯の電気風呂にLEDライトをくわえて入湯すると、点灯する。
2.土門拳の写真のひとコマに笠井青年が写っている。
3.「青春の門」の作者・五木寛之は、かつて笠井青年とあっている。

◎表4

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バーコードをぐにゃっとさせた。マークは全然違う。

というわけで、ひさしぶりに読んでみたが、20年前と現在の感覚はほとんど同じであることがわかった。それがいいことか、悪いことか、どうでもいいが、加齢で頭脳がたいへんに劣化したというわけではないようだ。


【柴田忠男】

ただいま19年目を進行中のデジクリ偏執長。趣味は読書(図書館の本か、所有する未読の本:けっこう多数・費用はO円)、古い映画DVD鑑賞(ほとんど図書館のライブラリーかレンタルショップの旧作棚)。したがってほとんどお金のかからない、ほとんど老人の生活をほぼ豊かに送っているようなかんじ。いい天気の時は、20インチのドッペルギャンガーで荒川土手をポタリングする。