[4835] 陶酔の時よ来い◇日本語IMの不便を克服◇平野甲賀「すべては文字の中」

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《何に引っかかっててどう克服したか》

■日々の泡[014]
 陶酔の時よ来い
 【美しい夏・女ともだち/チェーザレ・パヴェーゼ】
 十河 進

■グラフィック薄氷大魔王[619]
 日本語IMの不便を克服
 吉井 宏

■展覧会/イベント案内
 平野甲賀「すべては文字の中」
 松本タイポグラフィセミナー「書物と活字」シリーズ第5回



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■日々の泡[014]
陶酔の時よ来い
【美しい夏・女ともだち/チェーザレ・パヴェーゼ】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20190724110300.html

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60年代後半から70年代前半、要するに僕が高校大学の頃、晶文社の本は高かったけれど若者たちに人気があった。高校生のとき、僕は背伸びをして犀のマークの晶文社から出ていたロープシン(サヴィンコフ)の「蒼ざめた馬」を買ったものだ。ポール・ニザン著作集の第一巻「アデン・アラビア」を買ったのは大学一年生のときである。

「アデン・アラビア」は「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせない」という冒頭のフレーズが有名で、当時の若者たちはそのフレーズだけをノートに書き写したり、口ずさんだりした。といっても、結局、今まで「アデン・アラビア」を読み通したという人には会ったことがない。

その晶文社からチェーザレ・パヴェーゼ全集が出ていたのが、やはり1970年前後だった。これは15巻ほどで完結するはずだったが、半分ほど刊行された時点で中断した。現在は、岩波書店から「パヴェーゼ文学集成」が出ているし、岩波文庫では代表作のいくつかが読める。

僕は大学のフランス文学科に通っていたのだけれど、イタリアの作家であるパヴェーゼは人気があり、友人から「『月と篝火』を読んだか?」などと言われた。パヴェーゼは自殺した作家だから人気があるのかな、と僕は考えたが、そのまま読むこともなく、ずっとそのことが気にかかっていた。

卒業して何年か経った頃、書店で白水社の「世界の文学」シリーズでパヴェーゼの「美しい夏・女ともだち」が出ているのを見つけ、その頃には経済的余裕もあったので美しい白いハードカバーの単行本を買った。1979年のことで、定価は1300円。まだ消費税は導入されていない。僕は就職して4年、28歳だった。

白水社「世界の文学」シリーズには、映画化されたファウルズの「コレクター」やアップダイク「走れうさぎ」、サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」といった売れ筋と共に、当時はそれほど注目されていなかったアルゼンチンのボルヘスなども出ていた。イタリアの作家としては、パヴェーゼの他にイタロ・カルヴィーノ「木のぼり男爵」が出ているだけだった。

チェーザレ・パヴェーゼは1950年8月27日、北イタリアのトリノのホテルの一室で睡眠薬自殺を遂げた。生まれたのは1908年だから、42年間の人生だった。同じ頃に自殺した作家というと、日本では太宰治を思い浮かべるが、太宰は1909年に生まれ、1948年(昭和23年)に玉川上水に山崎富栄と共に入水した。太宰はパヴェーゼより1年遅く生まれ、2年早く死んだことになる。

白水社版「美しい夏・女ともだち」の解説によると、死の前日、パヴェーゼは「幾人かの女性につぎつぎに電話して夕食を誘ったが、はかばかしい返事はひとつも得られず、最後にいかがわしい場所の女を呼びだしたが、その女にさえ『行きたくないわ、あんたは嫌なひとだし、あんたに会ってもつまんないもの』と言われた」という。女の言葉は、ホテルの交換手が聞いたものだった。

人は誰かに拒絶されることによって、ひどく傷つく。僕は高校生のとき、同級のある男から「おまえ、好かんわ」と面と向かって言われたことがあり、しばらく落ち込んだ。その男とは、まったく住んでいる世界が違うと感じていたし、特に友達になりたいとは思っていなかったけれど、そのときからしばらく「人から拒絶されること」について考えたものだった。今も、そのときの相手の表情が浮かんでくる。

パヴェーゼも女たちに拒絶されたことで、傷つき落ち込んだのだろうか。それが絶望を呼び起こし、死に至ったのか。そんな作家の人生を知って「美しい夏・女ともだち」を読むと、ひどくやるせない気持ちになった。その2篇は死の前年、1949年に発表された小説だった。そして、僕は「美しい夏」の冒頭の数行が特別に好きになった。

----その頃はしじゅう楽しいお祭りさわぎがつづいた。家を出て、通りを横ぎればたちまち熱狂できたし、あらゆるものがほんとにすばらしかった。(菅野昭正・訳)

その文章を読んだとき、僕にもそんな時代があったのだという想いが湧き上がってきた。そのフレーズは、なぜか僕が好きだったアルチュール・ランボーの「いちばん高い塔の歌」を金子光晴が訳したフレーズを連想させた。昔からことある度に、僕は「いちばん高い塔の歌」の最初の詩句を口にする。

  束縛されて手も足も出ない うつろな青春
  こまかい気づかいゆえに 僕は自分の生涯をふいにした
  ああ 心がただ一すじに打ち込める
  そんな時代は ふたたび来ないものか?

ちなみに小林秀雄訳では後半は、『時よ来い ああ、陶酔の時よ来い』となっていて、そのフレーズの方が「美しい夏」の冒頭と通じ合うような気がした。要するに、「美しい夏」では「しじゅう楽しいお祭りさわぎがつづいた」時代は去り、語り手はその頃の回想に浸っている。過ぎ去った昔は、帰ってはこない。その寂寥感が冒頭から漂い、かつての陶酔の時を渇望する。

330ページほどある単行本の後半は「女ともだち」で、こちらの方が「美しい夏」より少し長かった。僕が「女ともだち」を読みたかったのは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督が映画化しているからだった。映画化作品の日本初公開は1964年だが、制作されたのは1956年である。

「女ともだち」はアントニオーニの監督三作めであり、彼の評価が高まった「さすらい」(1957年)「情事」(1960年)「太陽はひとりぼっち」(1962年)の日本公開後に初期作品として公開された。しかし、僕は「女ともだち」は「太陽はひとりぼっち」より好きだった。

僕がアントニオーニの「女ともだち」(1956年)を好きなのは、主演がエレオノラ・ロッシ=ドラゴだからだ。僕はエレオノラ・ロッシ=ドラゴの出演作品は、他には「激しい季節」(1959年)と「刑事」(1959年)しか見ていないが、気品ある大人の女性の魅力に若い頃からまいっている。日本の女優で言えば、亡くなった白川由美みたいなイメージである。

エレオノラ・ロッシ=ドラゴは僕の母と同じ歳だったから、2007年に82歳で亡くなっている。しかし、「女ともだち」を見ると、30歳の美しい彼女の姿が永遠に残っているのだ。パヴェーゼが自殺した6年後の映画だった。映画の舞台はトリノ。パヴェーゼが死んだ街だった。「女ともだち」は、ヒロインの仲良くなった若い女ともだちが自殺して終わる物語だった。


【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
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■グラフィック薄氷大魔王[619]
日本語IMの不便を克服

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20190724110200.html

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何度も書いてきた「日本語IMに移行するぞ! → ATOKに戻しちゃいましたw」のループを断ち切り、なんとか日本語IMへ移行に成功。何に引っかかってて、どう克服したか? について。

577回と重複するところもあるので、合わせてどうぞ。
https://bn.dgcr.com/archives/20180905110100.html


・普通に出てくる単語も登録しておく

なぜか何度変換しても、ちっとも上のほうに上がってこない、いつも使う単語。スペースキー連打が面倒。いつも使うならユーザー辞書に登録しちゃうほうが早い。

・別の読み方で変換

時刻を「10じ35ふん」と打ち込めばちゃんと「10時35分」と変換されるが、「分」だけ打とうとすると、やはりスペースキーの連打になってしまう。

この場合、「ぷん」なら一発で「分」が出る。「ぴき=匹」なども同様。複数の漢字で構成された単語ならすぐ出るけどね。

・ある程度長く打って変換する

どの日本語入力システムでも同じだろうけど、日本語IMも単語ごとではなく文章一本丸ごと変換するとけっこう正確に変換できる。

・ライブ変換をオンオフ

打ち込んでいる最中からどんどん変換してくれる「ライブ変換」は、長文を打つときに威力を発揮する。しかし、ファイル名など短い単語を打つ際は、逆にイライラさせられることが多い。ライブ変換は、こまめにオンオフする方が良さそう。

・かな以外でも登録できる

ATOKで「@=メールアドレス」が出るようにしてたが、日本語IMでは「かな」でしか登録できないと警告が出る。と思ったら、「m」で登録できた。いろいろ使えそう。

・選択方法を確認しておく

単語の途中で変換されてどうにもならなくなり、「ムカーーーッ」。結局、全部消して打ち直してた。これが、衝動的にATOKに戻すことになる大きな原因だった。

ことえり時代から最も使いにくいと思ってたこの部分も、使い方を知った上でちゃんと使えば大丈夫だった。「Shiftキー+左右矢印で選択範囲を移動」できるとかそのあたり。

・きちんと打つ

どっちにしても、変換途中で修正作業が発生しないように慎重に打つ。ミスタッチしないこと。

・連絡先(アドレスブック)連携の問題

Mac標準の連絡先と日本語IMは連携してるらしく、人名を打ち始めると連絡先の名前が出てきてしまう。連絡先の書式は苗字と名前が別なのだが、面倒なので苗字の欄にフルネームで入れてるのがいけないのだ。全部修正した。

・Windows風のキー操作

ATOKの操作が染み付いてるので、「Windows風のキー操作」をオンにしてる。そのため、たぶんことえりや日本語IMの根本的なところまで使いこなすというか、慣れない可能性はあるけどね。

・タイプミスを修正

ローマ字入力の際に、ちょっとミスっても正しい変換候補が出てくる機能。ATOKなんかでは当たり前に使ってたけど、助かる。

・ユーザー辞書のバックアップ

ユーザー辞書のリストを全選択して、デスクトップにでもドラッグ&ドロップすると、「ユーザ辞書.plist」ファイルになる。何らかの原因でユーザ辞書が壊れた場合は、空にしたリストにこのファイルを放り込めばOK。

・変換学習のリセット

変換候補の順番や人名など、変に覚えられてしまって不便に感じたら、気軽に「変換学習のリセット」してスッキリ。

などなど。また思いついたら書きます。


【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com

http://yoshii-blog.blogspot.com/


いろんな事件が続き、有無を言わせぬ強い力で強引に「令和時代」に引きずり込まれた感……。

○吉井宏デザインのスワロフスキー、7月半ばに出た新製品4つ。

・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV


・HOOT HAPPY HALLOWEEN 2019年度限定生産品
https://bit.ly/2JZVVcm


・SCS ペンギンの赤ちゃん PICCO
https://bit.ly/2JStbC4


・SCS ペンギンのおばあちゃん
https://bit.ly/2YbmnJ7



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■展覧会/イベント案内
平野甲賀「すべては文字の中」
松本タイポグラフィセミナー「書物と活字」シリーズ第5回
https://bn.dgcr.com/archives/20190724110100.html

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講師:平野甲賀 / グラフィックデザイナー・装幀家
平野甲賀が自ら語る、様々な活動、そして描き文字の作法。自作を通して「装幀」とは何かを散策する。

主催:松本タイポグラフィ研究会
日時:2019年8月24日(土)14:00〜17:00 開場/13:00
会場:上土(あげつち)劇場 http://age-geki.jp/

松本市大手4-7-2 TEL.0263-32-0088
定員:200名 要事前申し込み 定員になり次第締切
参加費:一般2,700円・学生2,200円 事前支払い(銀行振込)
後援:松本市教育委員会・松本商工会議所
セミナー修了後、別会場にて懇親会を予定しています 18:00〜20:00
参加費:4000円 要事前申し込み・振り込み
ハッシュタグ: #mtypo05
※SNSでセミナーに関連した発信をする際には、ぜひハッシュタグをつけて投稿してください。
http://matsumototypography.jpn.org/seminar/5th/


同時開催:松本文字塾展 わらうかなにはふくきたる 第七期2018-2019
日時:8月11日(日)〜25日(日)13:00〜19:00(最終日15:00)
会場:恋する虜 長野県松本市城東1丁目5-18 入場無料
・トークイベント『わらうかなにはふくきたる(仮)』
文字塾塾長 鳥海修(字游工房・書体設計士)
日時:8月23日(金)18:45~20:15(開場・受付18:30)予定
参加費:1,000円 定員:20名 ※要事前申込・定員になり次第締切
http://matsumototypography.jpn.org/seminar/松本文字塾展2019/



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編集後記(07/24)

●偏屈読書案内:やましたひでこ「断捨離したいナンバーワン、それは夫です」

面妖なタイトルである。「断捨離したいナンバーワン、それは夫です」と「」がついているのは、わたし(筆者)が言っているんじゃありませんよ、第三者の言葉を用いているんですよ、というアリバイであろう。筆者はヨガの行法哲学「断行・捨行・離行」に着想を得た「断捨離」なる言葉を個人の登録商標としており、無断使用はできない。日用語になった言葉には権利者がいたのだ。

「断捨離したいナンバーワン、それは夫です」と言う妻が多いという。「誤解しないでください。断捨離とは、自分と、モノ・コト・ヒトの関係性を問い直すものであり、人を捨てようとすることではありません」と筆者は書くが、私だってすぐ、この新語は、必ず夫婦関係で使われると解釈していた。筆者ははじめから、結婚の制度と夫婦のかたちを続編にと、視野に入れていたはずだ。

「ところが残念なことに、私が世に問うた断捨離は、ひとり歩きを始め、私が伝えたいカタチでなく広まっていることがあります」って、よく言うよ。「さあ、不満を抱え、我慢を重ねる“妻と夫との関係”こそ、断捨離の対象です」と喜々として「はじめに」を結ぶ。また煽りたてるぞという。

夫婦という重い荷物に疲れていませんか? 制度に縛られない結婚のカタチ、自分の居場所を創る人・なくす人、断捨離で考えるこれからの夫婦のカタチ、今から始める夫婦関係の最適化、という章立て。なにを煽るのか、だいたい想像はつく。「断捨離」に共感を得た妻たちを、さらに理論武装させるだろう。

大事なところはゴシックで、というよくある安易さ。「お互いの価値観もピッタリ一致した夫婦であったとしても、それが将来に至るまで続くことはありえないでしょう」「繰り返しておきます。『結婚=同居=夫婦』という思い込みが、夫婦のあり方を窮屈に閉塞させていくのです」。キタ〜 予想通りだ。

筆者に持ち込まれる相談は、惨憺たる家のありようと、そこで展開する夫婦の問題がセットになっている。「モノとの関係が良好でないのは、その住空間に『良好でない妻と夫の関係が横たわっている』という事実があり」「『家の中が整う』という結果が表面上は出せたとしても、そのじつ、波乱含みの妻と夫の、相手への不満はヘドロとして退席していることには変わりがないのです」

筆者がつくづく思うことは「幸せな結婚はある けれど、幸せな結婚生活は少ない」だという。「断捨離とは関係性の問い直し 断捨離とはモノとの関係性の入れ替え」といわれてもなあ。「左脳で論理的に考えるのではなく、右脳で自分の心が欲しているかどうかを基準にするほうがいい」といわれてもなあ。

結婚40年、60代になった筆者と夫。夫ジュンちゃんが「もったいない派」であったら、間違いなく我慢も辛抱もできなかったはずだという。夫は石川県に、筆者は東京に住み、さいきん二人で那覇に引っ越し、3拠点を有するお金持ち。いまの生活、人生がいっぱいの「快」に満たされた幸せな人だと思う。ところで、わが家は常にすっきり片づいていて、モノの断捨離とやらは必要がない。(柴田)

やましたひでこ「断捨離したいナンバーワン、それは夫です」2019 悟空出版
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/490811756X/dgcrcom-22/



●「【SNSで話題】『トイレには行けるときに行っておけ』の理由が怖すぎ!」を読んだ。

「事故に遭ったとき、膀胱に尿が溜まっていると破裂しやすい」

「膀胱に尿が充満しているときに、外部から強い衝撃を受けると、膀胱に破裂が生じることがあります。充満した膀胱に外力が加わると膀胱内圧が急上昇し、膀胱壁が損傷、または断裂するのです。バイクや自転車を運転中に自動車と衝突、転倒することで、膀胱破裂は発生しています。」

知らなかった。ついつい我慢するほう。電車が止まることを考え、すぐに降りるからと我慢するのはやめることにしたが、打ち合わせなどでは行きたいとは言えないんだよなぁ。(hammer.mule)

【SNSで話題】「トイレには行けるときに行っておけ」の理由が怖すぎ!
http://mamastar.jp/bbs/comment.do?topicId=3370987