[#5064] 酒井和歌子さんへのオマージュ◇開高健原作の映画化作品◇本格VRゴーグル/期待と挫折

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《名作は時間を超越する》

■日々の泡[038]
 酒井和歌子さんへのオマージュ
 【深川安楽亭/山本周五郎】
 十河 進
 
■日々の泡[039]
 開高健原作の映画化作品
 【巨人と玩具/開高健】
 十河 進

■グラフィック薄氷大魔王[666]
 本格VRゴーグル、期待と挫折 その1
 吉井 宏
 



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■日々の泡[038]
酒井和歌子さんへのオマージュ
【深川安楽亭/山本周五郎】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20200719110300.html
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講談社の「週刊現代」が夏の合併号で「酒井和歌子に夢中になった時代」という特集を組むというので、僕のところにもコメント依頼があり、電話取材を受けた。確かに僕は酒井和歌子ファンだけど、どこから知ったのだろう。

確かめたら、十五年近く前に「命棄ててもいいほどの清純さ」というコラムを書いていた。僕の「映画がなければ生きていけない2003-2006」に収められているが、「週刊現代」の編集者は「日刊デジタルクリエイターズ」のアーカイブで読んだという。

ネット社会だと思う。特集のテーマが決まった後、編集者はネット検索をしてみたのだろう。僕も試しに「酒井和歌子」などのキーワードで検索してみたが、なかなか僕のコラムは出てこない。結局、僕の名前を入れないとヒットしなかった。

さて、そのコラムで僕は「めぐりあい」(1968年)と「いのち・ぼうにふろう」を取り上げている。「めぐりあい」は酒井和歌子の初主演映画で、彼女は十八歳。ファンサービスで白い水着姿を見せてくれる。初めてのキスシーンもある。

「めぐりあい」は、一九六八年の春休みに公開になった。僕は高校二年から三年になるところだった。主題歌を荒木一郎が歌っていて、タイトルデザインを和田誠が担当していた。公開当時、僕は和田誠が何者なのか、まったく知らなかった。

電話取材では最も印象に残っているシーンとして、僕は「めぐりあい」の中の土砂降りの雨の中、斜めになったダンプの荷台でのキスシーンを挙げた。たぶん、酒井和歌子にとっても初めてのキスシーンだったはずだ。ミニスカートが濡れて肌にくっつき、白い太股が露わになっていたことも思い出す。

しかし、昔も今も酒井和歌子は「性的なもの」から最も遠い存在だと思う。「聖なる存在」であり「清純さ」を体現する存在として酒井和歌子はこの世に生まれたと、十六歳からずっと僕は思っている。そのことを「いのち・ぼうにふろう」に託して書いた。

「いのち・ぼうにふろう」は、山本周五郎の小説「深川安楽亭」を小林正樹監督が映画化したものだ。俳優座が制作し、仲代達矢、佐藤慶、近藤洋介、岸田森などが無法者たちを演じた。安楽亭の娘を人気絶頂の栗原小巻が演じている。

深川安楽亭は無法者たちが集まる店で、町方も手出しができない。亭主と無法者たちは密輸に手を染めている。ある夜、仏の与兵衛(佐藤慶)が岡場所で地まわりに半殺しになっていた手代(山本圭)を助けて連れ帰る。無法者たちは手代の話を訊く。

手代には、幼い頃から言い交わした娘(酒井和歌子)がいた。ある日、娘がやってきて、身売りされることになったと言われる。手代は矢も盾もたまらず、店の金に手をつけて娘の家へいくが、すでに娘は女衒に連れられていった後だった。手代は娘を捜して岡場所にいき、男たちに半殺しにあったのだ。

無法者たちは、若い恋人たちのために立ち上がる。娘を苦界から救おうとする。罠かもしれない密輸仕事に出かけ、身請けの金を作ろうとする。男たちが命を棄ててもいいと思うほどの「聖なる存在」として、酒井和歌子が演じた「おきわ」は登場しなければならない。

「いのち・ぼうにふろう」で、ずっと登場するのは栗原小巻だ。酒井和歌子が出てくるシーンは少ない。無法者たちは「おきわ」に会うこともなく、死んでいく。手代の話の中に出てくる娘の姿を胸に描いて、御用提灯の群の中に飛び込んでいく。

無法者たちが「いのち・ぼうにふってもいい」と思わせるだけの「清純さ」がなければ、観客たちを説得することはできない。二十歳を過ぎたばかりの酒井和歌子にはそれがあった。ラストシーンは、深川安楽亭に向かって祈りを捧げる酒井和歌子なのである。

「深川安楽亭」は山本周五郎の短編だが、一時期、彼の小説はずいぶん映画化されたものだ。黒澤明だって「椿三十郎」「赤ひげ」「どですかでん」を撮っている。テレビでの映像化作品も多い。僕は、中村吉右衛門が主人公を演じた「ながい坂」をよく憶えている。

僕が初めて読んだ山本周五郎作品は「赤ひげ診療譚」だった。一九六五年の春休みのことだ。僕は十三歳、中学一年から二年になるところだった。なぜよく憶えているかというと、春休みの宿題の作文を「春休みの読書」と題して提出し、それが校内誌に掲載されたからである。

初めて自分の文章が活字になったのだ。その中で僕は「赤ひげ診療譚」とロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」を読んだことを書いている。もっとも、「ジャン・クリストフ」は長大な小説のために第一部しか読めなかったので、それを正直に書いた。

僕が「赤ひげ診療譚」を読もうと思ったきっかけは、黒澤明監督が映画化しているというニュースを見たからである。その映画で期待の新人・内藤洋子が出演することも話題になっていた。人気絶頂だった「若大将」こと加山雄三の相手役ということだった。

そんなミーハーな動機で読み始めたのだが、「赤ひげ診療譚」を読んだために僕は山本周五郎の愛読者となった。以来、「さぶ」「ながい坂」「青べか物語」など、忘れられない作品に出合った。中年を過ぎて読み返したとき「説教臭い作家だなあ」とは思ったが、それでも感動の涙が落ちた。

数多い山本周五郎原作の映画化作品の中でも僕が好きなのは、川島雄三監督の「青べか物語」(1962年)と「いのち・ぼうにふろう」である。ちなみに、「週刊現代」の酒井和歌子特集は、きっとご本人も目を通すのだろうなあ。つまり、僕のコメントも読まれてしまうわけですね。

週刊現代 2020年8月8日・15日号
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■日々の泡[039]
開高健原作の映画化作品
【巨人と玩具/開高健】

十河 進
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一九六八年、高校二年生の時、新聞に大きな書籍広告が出た。新潮社純文学書き下ろしシリーズの一作で「輝ける闇/開高健」と、タイトルと筆者名が大きく印刷されていた。ベトナム戦争真っ盛りの頃で、そのベトナムへ従軍記者としていったときの作者の体験が元になっているらしいことがわかった。

「輝ける闇」は評判になり、僕も図書館で借りて読んだ。開高健という作家の作品を読んだのは、それが初めてのことだった。たぶん気に入ったのだろう、それから僕は開高健の旧作に遡って読み始めた。「パニック」「巨人と玩具」といった初期短編から、芥川賞を受賞した「裸の王様」を読んだ。

しかし、小松左京が書いた「日本アパッチ族」と同じ題材を扱っているという「日本三文オペラ」はおもしろく読んだが、「屋根裏の独白」や「ロビンソンの末裔」は読みにくくて放り出してしまった。徳島ラジオ商殺人事件を取材して書いたという「片隅の迷路」は手を出すこともしなかった。

そんなとき、「青い月曜日」という自伝的な作品が出た。これは僕も、僕の友人たちも気に入り、僕らの中で「ブルー・マンデー」という言い方が定着した。「憂鬱な月曜日」である。月曜の朝、僕らは登校拒否に近い気分に陥ることがあり、「ブルー・マンデー」というフレーズが気分に合ったのだ。

その後、やはり自伝的な作品「見た揺れた笑われた」を読み、その中の「肥った」という作品に共感した記憶がある。開高健は芥川賞受賞の頃はひどく痩せていたが、その頃はすっかり肥っていたし、テレビのドキュメンタリー番組などに頻繁に出るようになった頃は、小太り体型だった。

釣りと美食の作家。開高健がテレビに出るようになって、そのイメージが定着した。アマゾンの釣り紀行「オーパ」はベストセラーになった。僕は律儀に「夏の闇」「花終わる闇」を読み、開高健の神経症的な側面を作品の中に読みとっていたが、同時に「新しい天体」や「ロマネ・コンティ一九三五年」といった美食(グルメ)小説も楽しんでいた。

今も鮮明に記憶しているのだが、「新しい天体」を読んで「明石焼き」と宍道湖の「白魚の踊り食い」を知った。タレで食べるたこ焼きが存在することを僕は知らなかったのだけれど、新宿二幸近くにあるという「明石焼き」の店にいつかいこうと思ったものだが、結局、一度もいけなかった。

ある時期から開高健は小説より、ノンフィクション作品が多くなった。たぶん小説が書けなくなったのではないか。一九八〇年の長編「渚から来るもの」はベトナム体験の焼き直しだったし、一九八六年に出た「破れた繭 耳の物語1」「夜と陽炎 耳の物語2」は、音の記憶を元に書いたといっても、結局は自伝的作品の焼き直しだった。

開高健は文芸同人誌で知り合った年上の女性詩人と同棲し、十九歳で父親になった。そのことは、初期作品から様々な作品に出てくる。壽屋(現サントリー)に入社するまでの物語は、繰り返し語られた。しかし、その後の宣伝部での仕事は自ら語ることはあまりなかったと思う。

その宣伝部での体験が生んだのが、「パニック」という初期短編集に収められた「巨人と玩具」だ。僕は読んでから半世紀経った今でも、「パニック」と「巨人と玩具」を読んだときの鮮やかな印象を憶えている。「巨人と玩具」を読んだ頃、僕は新人作家・五木寛之の小説によって広告業界の存在を知ったばかりで、その世界に強い興味を抱いていた。

開高健の小説はほとんど映画化されていないけれど、「巨人と玩具」は大映のエース監督である増村保造によって映画化され評判になった。映画化されるくらいだから、「巨人と玩具」は発表当時に評判になったのだろう。この短編の後、「裸の王様」という短編を書いて開高健は芥川賞を受賞する。

映画「巨人と玩具」の公開は1958年6月22日だった。開高健の「裸の王様」が芥川賞を受賞したのは第38回で1957年下半期の作品が対象だった。ということは、「最新の芥川賞作家の短編の映画化」ということで、大映は「巨人と玩具」を宣伝することができたわけだ。

ちなみに第38回芥川賞には大江健三郎の「死者の奢り」が候補になっていたが落選し、第39回(1958年上半期)に「飼育」で受賞した。僕は高校生のとき、開高健作品より大江健三郎作品を愛読していた。当時、ふたりは「大江・開高」と並び称せられるくらい純文学系の作家としてはよく売れる存在だった。

映画「巨人と玩具」では原作の「私」を川口浩が演じた。製菓会社の宣伝部員である。仕事中毒的なモーレツな仕事人間の上司を高松英郎が演じ、最後は勤め人の悲哀を感じさせた。高松英郎は、後に梶山季之のベストセラーを映画化した「黒の試走車(テストカー)」(1962年)でも、仕事のためにはどんな手段も厭わないモーレツ上司を演じ部下(田宮二郎)に愛想を尽かされる。

「巨人と玩具」は製菓会社三社(原作では、サムソンといった巨人の名がつけられていたと思う)の宣伝合戦を題材にし、ある少女をCMキャラクターとして採用し、その娘がスターになって変わってしまったり、上司が仕事に打ち込んだあげく体がボロボロになってしまったり、という物語の中にすでに消費社会への批判を潜ませていた。

名作が時間を超越するのは事実だと思う。「巨人と玩具」は、今見ても充分におもしろいし、60年前も現在も企業社会は何も変わっていないということがよくわかる。増村保造監督が最も勢いがあった頃に、デビュー作「くちづけ」と同じ川口浩と野添ひとみを起用して撮った名作である。


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■グラフィック薄氷大魔王[666]
本格VRゴーグル、期待と挫折 その1

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20200719110100.html
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そろそろ書いておかないと、このまま完全に興味を失ってしまうかもしれない。と、既にオチめいたことを書いてしまったが、VRゴーグル「Oculus Rift S」についてほぼランダムに書く。今回はほとんど前振りだけ。VRへの期待や夢は大きかった。

●Oculus Goのその後

2018年12月に購入したVRゴーグル「Oculus Go」については、この連載にも書いた。今でも、ときたまNetflixアプリで映画を見る程度には使ってる。「画面は多少粗いものの、大きなスクリーンでしか味わえない映像の圧力」があるのだ。

グラフィック薄氷大魔王[596]VRゴーグル「Oculus Go」体験
https://bn.dgcr.com/archives/20190130110100.html

また、コロナ外出自粛の影響か、世界の多くの美術館が「3Dギャラリー」をサイト上に用意、居ながらにしてすごい展覧会がVRで見れてしまう(無料で!)。ただ、同じMatterportを採用してる3Dギャラリーでも、VRゴーグル対応と非対応があったりする。まだ僕的にも試行錯誤中。

VRで見れたギャラリーのひとつ
https://www.ngv.vic.gov.au/virtual-tours/

●本格VRゴーグルがほしい

Oculus Goは安価なスタンドアローンタイプで、視点の移動に対応していない。立ったり座ったり歩いたりのけぞったりに応じて視点が移動しないため、そこに自分がいるように感じる体験はできない(先日、販売終了が発表された。このタイプの簡易VRゴーグルはもう作らないのかも)。

たいていのVRアクションゲームはもちろん、VR空間で3Dモデリングをしたり、空間に絵を描いたりできないのだ。やはり、本格的なVRゴーグルがほしいなあ。

以前書いてたように、VR空間に明るく快適でゴージャスな制作スタジオを作って一日中そこで仕事すれば、現実の狭くてゴチャゴチャな仕事部屋は関係なくなる、ってのが夢w

●VR空間にもう一つの世界ができるらしい!

Facebookは「Horizon」というSecond Lifeのような、というより「レディ・プレイヤー1」に出てくる「オアシス」のようなVRワールドを構築中だそう(オキュラス社はFacebookの子会社)。

紹介ムービーを見てほしい。めちゃワクワクする!
https://www.oculus.com/facebookhorizon/?locale=ja_JP
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1909/26/news068.html

ユーザーたち自身で創ることがテーマだそうで、VR空間に部屋や家のみならず、自分の島や町が作れたりするらしい。美術館を作って全作品を展示したりできそう。巨大キャラ彫刻とかもねw

ソーシャルVRというらしい。今だってFacebook内だけで生活したり、人に会ってる感がなくもないわけでw 物理的な場所や距離から自由な生存圏になっていったら面白い。

すでに誰でも申し込めるベータテストが始まってるのだが、後に書く理由もあってまだ登録してない。っていうか、間もなく始まるすごいサービスなのに、ネット的にはあまり情報が出てない?


【吉井 宏/イラストレーター】
HP  http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/

コロナのせいで散髪に行けず、首や耳に伸びた髪の毛がカサカサ触れて、もう限界。耐えきれず、ついに床屋に行ってきた。2月27日以来だから約半年ぶり。ジャキジャキ切られて、ドサッドサッと落ちる髪の毛に重量感があったよw さっぱりした〜! 切る前と違いすぎて、鏡を見るたびに「え?」ってなる。

◯所属してるパリのエージェントCostume3piecesの毎年恒例の展覧会、今年は新型コロナの影響で、バーチャルで開催(9月末まで)。仮想ギャラリーで33名のアーティストの作品が見れます。今回のテーマは「小屋(cabanes)」。僕は回して見れる3D作品を出してます。
https://www.costume3pieces.com/cabanes/

◯ウォーキングアプリ「STEP ISLAND」

ミクシィのゲーム感覚のウォーキングアプリ「STEP ISLAND」(現時点iPhoneのみ対応)。歩き回るキャラクターを数十匹提供してます。6月初旬にアップデートされ、キャラも増えてます。

App Store https://apps.apple.com/jp/app/id1456350500
公式サイト https://stepisland.jp

○吉井宏デザインのスワロフスキー

・三猿 Three Wise Monkeys
https://bit.ly/2LYOX8X

・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV
 
 
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編集後記(08/19)

●榎本博明「かかわると面倒くさい人」日経プレミアシリーズ 2018

なぜあの人は他人を疲れさせるのか? 職場からご近所、親戚関係まで、社会に蔓延する「面倒くさい人」のメカニズムを、心理学博士が徹底的に解剖する、と謳った新書。タイトルに興味を持ったので読んだが、もはや隠居の私は他人とリアルで関わることが殆どなくなったので、この本に出てくる「あー、ホント面倒くさい」と思う相手は存在しない。妻は別だが、そこはおいといて。

なにしろわたしは過去何10年も「面倒くさい人」といわれてきた。理由はわからない(ウソ)。筆者も、ある種の人たちにとっては、「ものすごーく面倒くさいヤツ」のようだ。心理学を専門にしていると、単に人を観察するだけでなく、人の反応を参考にしながら自分自身を振り返ることが多いため、そうした自己認識もちゃんとあるというが、自分なりのこだわりはもちたいという。

悪い人じゃないんだけど「面倒な人」は確かに存在する。何年も関わっている市の委員会では、主流派にとってわたしはそういう存在だ。それはおいといて、周囲の人がとても面倒くさがっているのに、本人は平然としていて、そもそも自分が面倒くさい人物になっているという自覚がない。周囲を苛つかせているということに気づかない。だから困る。いるんだな、今も昔も、そういう人が。

そんな人物のために生活をかき乱されてはたまらん。何とかうまくかわす術を身につければ、心のエネルギーを吸い取られずにすむ。そのためには、身近によくいる面倒くさい人の行動パターンや、その背後で作動している心理メカニズムを知ることが必要だ。って、素人には無理な話だから、MP人間科学研究所の代表が、10タイプある「あの人」の正体をわかりやすく説明してくれる。

さらに、その面倒な人の背後に潜む心理メカニズムを解説する。手がつけられないくらい「話をややこしくする天才」とどうつきあうかをアドバイスし、最後は「面倒な人と思われないために」はどうすべかを示唆する。現役向けの本だから、わたしが読んでもあっそーなの、で終わってしまいそうだが、実はわたしも「面倒くさい人」を卒業した好々爺ではないことを実感するのだった。

能力の低い人ほど自分の能力を著しく過大評価しており、逆に能力の高い人は自分の能力を過小評価する傾向があることを実証したのが「ダニング=クルーガー効果」である。能力の低い人は、ただ何かをする能力が低いというだけでなく、自分の能力がまだまだ低いことに気づく能力さえ低いということだ。

まさに、このことが、なぜか仕事のできない人ほど不釣り合いな自信をもっている理由といえる。そうだったのか。できないくせに「できるアピール」をする妙な自信を持つ部下に手を焼いている人よ。本人は自覚していない、できるつもりでいる。だからこそ面倒なのである。バカは死ななきゃ治らない。

「本書を読むことで、面倒くさいと感じる身近な人の心理に理解が深まり、イライラが軽減し、寛容になれた。自分がどんな人を面倒くさいと感じるかをはっきりさせることで、自分の弱点や偏りに気づくことができた。そんな反応を期待したい」と後書きにある。働き盛りの人にお奨めしたい。(柴田)

榎本博明「かかわると面倒くさい人」日経プレミアシリーズ 2018
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532263735/dgcrcom-22/


●「ブルー・マンデー」といえば、New Order。

/マイナポイント予約。Macからの手続きはできないとのことで、iPhoneから。「マイナポイント」アプリをダウンロードし、起動。マイナポイント予約(マイキーIDの発行)のボタンをタップし、利用者証明用電子証明書パスワード(4桁)を入力。

次にマイナンバーカードをiPhoneで読み取るのだが、なかなか読み取れない。普段、iDやQUICPay、モバイルSuicaを使っているので、iPhoneのどの部分をかざせば良いのかはわかっている。

諦めて、「iPhone マイナンバーカードの読み取り方法」にある動画を見る。顔写真の上部にiPhoneの上部を合わせ、横位置は真ん中。で、しばらく動かすなとのことで、レジでの認証時間より数秒長く待っていたら、読み取り完了。

こんなことでも、やったことがないことをするのは楽しい。どこのサービスを利用するかは、スタートしてから考えることにした。

マイナンバーカードは役所で、透明の袋に入れて渡される。性別と臓器提供意思、個人番号欄が隠れるようにグレーにプリントされていて、配慮されているようなされていないような……。

裏面にあるQRコードを読み取ると、個人番号が出てくるから、ここもグレーにすべきだったのではと思ったり思わなかったり。利便性のためかなぁ。(hammer.mule)

iPhone マイナンバーカードの読み取り方法
https://mynumbercard.point.soumu.go.jp/howtoread/iphonefaq.html