《まあ大丈夫、かな? みたいな》
■ショート・ストーリーのKUNI[269]
近づく近づく
ヤマシタクニコ
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■ショート・ストーリーのKUNI[269]
近づく近づく
ヤマシタクニコ
https://bn.dgcr.com/archives/20210409110100.html
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林原悠馬は一週間後に中間テストを控えていた。
「あー、勉強せんとなー。特に日本史や。今度の範囲は鎌倉時代までか…長いな…そろそろ本気モードにしないとやばいかな。いや、でも、まだええんちゃうかな、そうやんな…まだええよな…」
「悠馬!」
「あ、は、はい! いや、びっくりさせんなよ、おかん! 急に来るなよ」
「何やってんの、もうすぐ中間テストやろ!」
「そ、そやけど」
「ほな勉強せんかいな! なんでゲームやってんの!」
「いや、なんか、その、急に部屋の片付けしたなって…ほんで片付けてたらこの古いソフトが出てきたんで、つい」
「何が『つい』や! 片付けなんかせんでもええわ!」
「おかんかて、夜中に急に流しゴシゴシみがき出したりするやん」
「話が違うわ」
「普段、『忙しい忙しい、私にはゆっくり寝る時間もないわ』ゆうてんねんから、そんなことせんと早う寝たらええのに。流しなんか、みがかんでも誰も困れへんし」
「あんたこそ今ゲームせんでも誰も困れへんわ」
「うるさいなー。勉強はちゃんとするって。そのうち」
「ほんまかいな。ほな、私も流しみがいとこ」
「なんやそれ」
「なんか知らんけど、みがきたなってん!」
一週間後。
「あー、中間試験終わった終わった。さて、何しようかな。あ、押し入れに漫画雑誌を隠したままやった。おかんにばれたら『そんなもん、置いといたらきりがないやん、かさばるし! 廃品回収に出し!』言われるに決まってるから奥のほうに隠したやつ。あれをちゃんとせんと…」
「悠馬、何してるん!」
「うわ、おかん、急に来るなて言うてるやろ!」
「もー、そんなことやと思たわ。なんでどうでもええ片付けなんかするん! 勉強しい!」
「なんかわからんけど片付けしたなったんや」
「ふーん。そういえば私も急に冷蔵庫の野菜室の片付けしたなったわ。時々ニンジンがすくすく成長してるし」
「あかんやん、おかん!」
*
総理大臣、野々山伝助がぶら下がり会見を始めた。
「野々山総理、今国会で最重要課題は何とお考えですか」
「えー、どれも重要と考えておりますが、特に重要なのは、官邸の掃除ですね」
「えっ」
「えっ」
「…そうじ…ではなくて総理、もっと優先されるべき事柄があるのでは」
「官邸の掃除が最優先です。だいぶホコリが溜まってますので、前からやろう、やろうと思ってました。しっかり、丁寧にやっていきたい」
「そうですか。では、その…その次の優先課題は」
「国会のトイレの掃除です」
翌日の各紙朝刊。「最優先課題は官邸の掃除 総理、決意を表明」
*
今田浩三は二年ぶりに昏睡状態から目覚めた。
「おおっ」
「なんてことだ!」
「浩三ちゃん、わかる、わかる? お母さんよ!」
「奇跡だ! 奇跡が起こった!」
「ああ、ぼんやりしているわ。無理もないわ。浩三、あなたはあの交通事故に遭ってからずっと眠っていたのよ、二年間。もう一生目覚めないかもしれないと言われてきたの。でも、もう大丈夫。みんないるわ。私も、お父さんも。何も心配することないのよ」
「そうだ、浩三。ゆっくり、ゆっくり体力をつけるんだ」
頭が重い。いや、全身が重い。口を開くにも、まばたきするにも、どうやったらいいのか。俺は俺の体をどうやって使えばいいのか、動かせばいいのか。見当もつかない。
浩三。それが俺の名前か。そういえばそんな気もするし、違うような気もする。何がなんだかわからない。体が重い。眠い。ずっと眠っていたらしいけど。
それでも、少しずつ浩三は回復していった。口からものを食べられるようになり、体を起こすことができるようになり、自分の足で立つことができるようになった。
ある時、ベッドから窓の外の空をぼんやりと見ていた浩三は、ふと横を見て気づいた。
──なんだ。テレビがあるじゃないか。どうして今まで気づかなかったんだろう。
細いチェーンで固定されているリモコンを引き寄せ、スイッチを押した。画面ににぎやかなスタジオの様子が映し出された。
「ほんと、あの、私いつも思うんですけどっ」
見たこともない女性タレントが、大げさな表情でしゃべっている。二年間眠ってたんだから知らなくて当然か、と思う。
「こういうことって親のしつけが大事じゃないですか、そこのとこ、どうなってるのかなと」
「いやいや○○ちゃん、それを言っちゃいけない」
「そうかなあ? でも私の場合はね」
──ん? なんか文字が出てるな。画面の左上に、ニュース速報…でもなさそうだ。何て書いてあるんだろう…えっと…ええっ?
「そんなこと言うからSNSも炎上するんですよ」
「あれはね、あれは誤解なんですよ、どうして私が悪者に、だいたい私は足でご飯よそったりしませんよ」
「コマーシャルいきましょ、コマーシャル!」
CMタイムになっても、その文字はそのままあった。ずっと、24時間、どの局でも、どの番組でも。
*
苗村真由子は××科学研究センターの一室で上司に詰め寄っていた。
「私は三年前に報告してましたよね。どうしてそのままにしておいたんですか。直ちに国の機関に上げるべきじゃなかったんですか」
「いや、そのままにしてたわけではないが…まあもうちょっと先の話かと」
「あの時点ではそんなに大きなものだとは思ってなかったじゃないですか、苗村さんも」
先輩研究員の東が横から言った。
「まだ心配するほどでもないのでは、と。みんなそう思ったとしても無理ないじゃないですか、ね」
「そうだとも。うちだけでなく、海外の研究所でも同じような反応だったよ。まあ大丈夫、かな? みたいな」
「でも、その後、二年前にはちょっとこれはやばい、大丈夫じゃないということがわかっていたはずです。あの時点で何らかの方策を取っていれば」
「うーん、どうだかなあ」
「どうせ無理だったんじゃないですか」
「でも、何もしないなんて、ひどい」
「いや、何もしないなんて、そんなことは」
「そうですよ! われわれも何もしなかったわけではないじゃないですか」
「われわれが働きかけたからこそ、テレビ画面に」
*
今田浩三はベッドから上半身を起こし、画面の左上、青いバックに白い文字の部分に顔を近づけた。
小惑星情報:割と大きな小惑星が地球に接近しています。
え、小惑星? マジ? それに、これだけ?!
マジな話で、しかも、情報これだけ?!
おれ、二年ぶりに目覚めたばかりなんだけど?!
*
「テレビ画面に、って、あれだけで…」
「それ以上に何ができるんですか」
「でも…いや、何やってるんですか、東さん。急にロッカーの片付けなんか始めて! 所長も、なんでファイルいっぱい広げて分類しながら、間から出てきた古新聞読みふけってるんですか!」
「うーん。君もやってみたら?」
東も苗村真由子を見て言った。
「まあ片付けでなくてもいいような気もするんですがね、今すべきことが。でもやっぱりこれでしょ。適度に体を動かすことができて、成果が目に見えて、周囲の理解も得られやすい。誰でもどこでもそれなりにできる。だからみんな、結局これに落ち着くんですね、片付け。分類・整理。あ、そこの段ボール、使っていいですよ。仮分類用に」
「それにね、苗村くん。これは科学者の態度としておかしいわけでも何でもないんだよ。片付けは人類がこの世に出現した時から始まってると言われており、われわれのこの行為は種の歴史を辿る行為なのかもしれないのだ。何せアルタミラの洞窟から石をごくごく薄く削ったものが発見されていて、最新の研究によると、おそらくクリアファイルの祖先だろうと」
「嘘でしょ!」
*
「なんでやろな。最近、掃除や片付けばっかりしてるような気ぃするわ」
「おかんもか。僕もや」
「これって何かからの無意識の逃避行動というやつちゃうやろか」
「おかん、難しい言葉知ってるやん」
「あたりまえやん。私を誰やと思てんねん。人間はな、難しい問題に直面した時、無意識のうちにそこから目をそらして、どうでもいいことをやってしまうもんなんや。忘れるために」
「へー。なるほどなー。しやけど、いま片付けがブームみたいやで。テレビでもようやってるやん。あ、ほら」
テレビではワイドショーが「片付け特集」をやっていた。
「えー、皆さん、今日は最近ますます人気、国民全員がいま、まさにはまっているといっても過言ではない『片付け』特集です」
「楽しみですねー。私はもう、最近はクローゼットの整理や写真の整理に夢中なんですよー」
「僕は床磨きですかね。夜中に急に始めたり」
「それそれ、あるんですよねー」
「片付けとか整理とかは奥が深いもんな。やればやるほど欲が出てくるねん。『片付けグッズ』もいろいろあるから試してみたいし」
「そやな。僕もフィギュアとか漫画の整理してたら、時間いくらあっても足りんわ。途中で整理してること忘れて読みふけったりするし」
「そやろ」
「しやけど、逃避行動ゆうても、何かあったっけ。逃避したり忘れたりしたくなるようなこと」
「冗談やがな。そんなもんあるわけないやろ」
*
総理大臣、野々山伝助がぶら下がり会見を…始める予定だったのに、いつまでも現れなかった。
*
小惑星情報:割と大きな小惑星が地球に接近しています。
小惑星情報:割と大きな小惑星がどんどん地球に接近しています。
小惑星情報:割と大きな小惑星がますます地球に接近しています。
そして、ぴかぴかに磨き上げた流し、ほれぼれとするほどよく整理された押入れやロッカーや机の引き出し、整然とファイルが並ぶ棚と見事にラベリングされたグッズでいっぱいのこの惑星に、小惑星が
ドッカーン!
【ヤマシタクニコ】
koo@midtan.net
http://koo-yamashita.main.jp/wp/
最近、トイレットペーパーで「1.5倍」とか「3倍」とか、同じ1ロールでも長いやつが流行ってますよね。私も1.5倍のやつは時々買うし、まあいいかもねと思ってるのですが、この間スーパーでふと見たら「5倍巻」が! 4ロールパックだったのですが、試しに持ってみたら重い! 岩かと思いました。
それも当然ですよね。1ロールでも250m、4ロールといっても普通のやつの20ロール分ですから…って、実際は芯がないし、重さが単純に5倍、ではないんですが、とにかく重い。
確かに備蓄用にはコンパクトでいいと思いますが、私にはこんな重いのは絶対無理、1ロールずつ売ってくれたらいいのにと思いましたが、あ、そうか。ネットで買えばいいのか。そうですよね。
さらに、ネットで調べたら「6倍巻き」もあるみたい。そして楽天のそのページは「トイレットペーパー 倍巻き」というページ。トイレットペーパー 倍巻き。そんな専門用語が。
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編集後記(04/09)
●わたしが数学と英語に弱いのは、マンガばっかり読んでいて、ちゃんと勉強しない怠け者だったから自業自得だ。ところが、「日本人が英語と数学に弱いのは医者天国だからだ」と、意外なことをいうのは八幡和郎さん。元官僚、評論家、歴史作家、徳島文理大学教授。
「日本人の語学能力の低さを嘆く人が多いが、これを解決する即効薬がある。医者を憬れの仕事でなくすことだ」とズバリ。
国際的なビジネスマンやIT技術者、観光業者など日本に富をもたらす職業が一番尊敬され、儲かる仕事になれば、みんな外国語を真剣に学ぶだろう。ところが、いまの日本では医者のほうがずっと偉い、ずっと儲かることになっている。
「医者はあらゆる知的な職業のなかで、もっとも語学力を必要としない職業のひとつだろう。もちろん、国際的な学会で成功しようというなら別だが、少なくともほとんどの医者は語学など必要としていない」
たまに論文を読むとか、たまに外国人の患者を診るとか、それも定型的な文章と専門用語だから、AI翻訳とかポケトークで十分だ。そんな仕事なのに、医学部入学が高校生の最大の目標であるようでは、語学力など入試を突破するためだけのものにしかならない。
「医者を美味しい職業ではなくして、医学部の偏差値が下がるようにしたら、日本の苦悩はほとんど解決する」という八幡さんの主張は斬新である。
この頃は、一年生(一回生)から医者としての教育の一部が始まるそうだ。医学部はほかの学部と離れたところにあることも多く、一般教養の勉強はほかの学部より疎かになる。英語や数学を一生懸命やらなくても済んできた。
「これも日本の医学部の先生などが数学や統計に弱い理由のひとつで、だから『8割おじさん』などのいい加減な議論に騙されるし、ワクチン開発などもうまくいかない理由だ。デオバンで問題になったデータ捏造も、審査するほうも含めてデータ解析に弱い日本ならではの事件だろう」
小中高の同窓で、なぜか東北で開業医をしている友人がいる。もう一人の友人は広告代理店の偉いさんだった。年に一回、われらが地元で飲む楽しみがあったが、コロナ禍で会うことももままならない。高校の友人で、かつてはわが家に入り浸りだった男(デザイナー)が消息を絶ったまま……。(柴田)
●トイレットペーパー5倍巻きは最近検索したばかりだ(笑)。無印良品で扱うニュースを読んで気になっていたのだが、家庭用ホルダーに収まるのかと。Amazonの他社製品のレビューには紙が薄いと書かれてあったので、2倍でいいやと思っていた。そういや公衆トイレの何百メートルあるのかわからないようなペーパーは引っ張るのに力いるわ。重いわ。
/お医者さんはドイツ語ができるものだと……今は日本語なんですね。論文は英語のはず。
/初ハーバリウム。ガラス瓶の中に、お花と液体が入っているインテリア小物。透明感があってきれい。ペンの軸に使っているのもある。
仕事関係で招待されたイベント後、休憩していたら、参加チケットをもらった。プログラムを見た際に、やってみたいなぁと思っていたので喜んで参加。
各回六人程度の参加者に先生が二人。体験時間は20〜30分というところ。作り方自体は簡単で、花を入れてオイルを満たすだけ。でもね、やっぱり難しいのよ。
形の違う瓶に入った見本を三種類見せてもらう。これは瓶を選ぶためでもあった。円柱、直方体、円錐の中から円錐型のものを選択。先に書くけど、これは難易度が高かった。
お花はプリザーブドフラワー。あとはキラキラするラメ繊維やラメワイヤーなども置いてあった。続く。(hammer.mule)
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