笑わない魚[210]聞かれたくないこと/永吉克之

投稿:  著者:  読了時間:5分(本文:約2,200文字)


誰でも、人に聞かれたくない事柄というのはあるものだ。「体重は何キロか」とか「収入はいくらか」といった、特にプライベートなことばかりではない。知人に、空気枕の話をすると急に黙り込む男がいるが、きっと過去に空気枕で辛い経験があったのだろう。それは本人にしかわからない。

たとえば私は、どんな本を読んでいるのかと聞かれるのが嫌いなのだ。というのは、こうやって毎週コラムを寄稿しているくせに、本も雑誌もロクに読んでいないからである。趣味はと聞かれると「読書」と答えてはいるが、それはあくまでインテリジェントな体裁を保つための粉飾で、やむを得ないのだ。

本など、月に一冊程度しか読んでいないだろう。…申し訳ない、またウソをついてしまった。実のところ半年に一冊くらいしか読まない。しかし読書という趣味は高尚なイメージを醸し出すうえで重要なツールなので、これからも姑息なウソをつき続ける所存である。ぜひご理解をたまわりたい。


だから、相手が「東野圭吾の小説、どう思いま…」と言いおわる前にすかさず「ほんとうに雲ってやつは雄大ですよねえ。おうい雲よ、ゆうゆうと馬鹿にのんきさうぢやないか。どこまでゆくんだ、ずつと磐城平の方までゆくんか」と、雲に向かって語りかけて、相手の話をうやむやにすることにしている。

ついでを言えば、映画鑑賞も趣味のひとつと公言しているが、これもデタラメである。最後に劇場に映画を観に行ったのは、たしか去年か、もしくは一昨年のいつぞやかである。何を観たのかも忘れた。だいたい俳優の顔もほとんど知らないのだ。以前観た映画『ターミネーター2』で、ジョンの母親役をしていたのは加山雄三だとずっと思っていたほどである。

映画のビデオのレンタルすらしなかった。10年近く前からTSUTAYAがそばにできていたのに、先月閉店するまで、ただの一度も店に足を踏み入れたことがなかったのである。映画とは劇場で観るべきものだという哲学があったからだ。だから今公開中の『サッド・ムービー』はどうでしたか? と聞かれるのが恐くてしかたがない。もし聞かれたら「私はマゾなのでサド映画には興味がない」という恐ろしく陳腐なジョークで逃げようと密かに目論んでいる。

まあそんなわけで、自分の趣味を紹介する機会があると、ほかにも演劇鑑賞、美術館巡り、旅行といった高尚なアイテムを挙げることにしている。全部ウソだが、博識だと思わせて世間を欺くためにはしかたがないではないか。ほかにどうしろというのだ。だから、それらについては聞かれるのは好きではない。

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私は、中学時代のことを聞かれるのが嫌いだ。ほとんど楽しい想い出がない。父親の仕事の関係で転校が多く、中学校時代のわずか三年間に、二度学校を替わった。つまり三校に通ったことになる。そのせいか、どんな友人や教師がいたのかよく思い出せないが、はじめの二校(名古屋)では強烈な劣等生だったので、秀才連中からバカにされていたのはよく憶えている。

また三校目(大阪)は校内暴力で荒れていて、廊下の窓ガラスが割れていたり、ゴミ箱がへこんでいたり、授業中に他のクラスの極道が堂々と教室に入ってきて騒いだりして、転校初日から気が重くなったのを憶えている。

そしてそんななかに名古屋からひとり、聞き慣れないアクセントで話す生徒が入ってきたものだから、当然、ワル連中に目を付けられて、よく傘でつつかれたり、背後からいきなり蹴られたりしたものだ。だから中学時代は暗黒の日々であった。あまり話したくない。

高校時代のことも聞かれたくない。聞かれても話すべきことが何もないからだ。難民救済のボランティア活動に熱中したという美談もないし、勉強そっちのけで女漁りに血道を上げて124人をモノにしたという武勇談もない。

・友達とはどんなことをして遊びましたか?
「学校の帰りによくお好み焼きを食べました」
・部活は何をしていましたか?
「特には…。まあ三年生のときにオセロ同好会に入りましたけど」
・最も熱中していたことは何ですか?
「少年キングを読むのが好きでした」
・あこがれのアイドルは誰でしたか?
「浅田美代子がよかったですね」

こんな問答、よほど忍耐力がなければ聴いていられるものではない。

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しかし、私が今いちばん触れられたくないのは吉田のことである。かりに映画鑑賞や中学時代のことは聞いても、吉田のことだけは絶対聞かないでいただきたい。吉田のことを思い出すだけで、後悔と憤懣で叫び出したくなるのだ。

これまでも吉田のことに話が及びそうになったら、急用の連絡が携帯に入ったふりをする、発狂したふりをする、居眠り運転でハンドル操作を誤った車にはねられて意識不明の重体になったふりをする、相手に催涙スプレーを吹きかけて逃走するなどして、なんとか吉田の話にならないようにしてきたのである。

にもかかわらず無神経な連中が、平気で「お、永吉さん、このところ吉田どうですか?」とか「吉田、使えませんかね」などと聞いてくる。それは自分たちにとって、吉田は他人事でしかないからなのだ。これが世間というものか。

【ながよしかつゆき/がんばり屋さん】katz@mvc.biglobe.ne.jp
17日に西日暮里に行きます。なぜかは聞かないでください。

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