[2272] 夢見がちな人生の巻

投稿:  著者:  読了時間:16分(本文:約7,800文字)


<少年のハートと頭脳を兼ね備えた中年というわけだ>

■わが逃走[5]
 夢見がちな人生の巻
 齋藤 浩

■デジアナ逆十字固め…[58]
 七輪に活路を見いだす
 上原ゼンジ


■わが逃走[5]
夢見がちな人生の巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20070913140200.html >
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『わが逃走』第5回です。

こうして原稿を書いていて思うのです。これで私が死んでも、なにかしら自分が生きていた証拠のようなものを残すことができるのだと。

グラフィックデザイナーとしての仕事もどっかにうっかり残ったりするかもしれませんが、私が見て聞いて感じたことを文章として残せるということはなんとも有難いと申しましょうか、たとえ肉体がほろんでも私の意識が言葉という形でこうして皆様の前に提示できることを、この上なく幸せと思う次第にございます。

さて人はなぜ、なにかを残すのでしょうか。後世に残したがるのでしょうか。私はときどき、種の存続の本質は記憶に対する執着なのではなかろうか、なんて思ったりすることがあります。

自分が感じたことを少しでも長く記憶に留めておきたいという(自分本位の)想いが、子孫を増やしたいという欲望やものを作りたいという願望に通じているように思うのです。

いうなれば、煩悩こそクリエイティブの源なのではないか、と。

さて、日常において煩悩は理性の支配下にある訳ですが(中にはそうでない方もいらっしゃいますが)、夢の中ではどうでしょう。

夢占いなんてものが存在する以上、少なくともその人の深層心理が見え隠れするものであることは間違いないようです。

露骨に煩悩チックな夢を見る方もいらっしゃると聞きますが、私の場合はなかなかその真意をつきとめにくい、不思議な夢をよく見ます。そういう夢は、少なくとも目がさめた時点ではしっかり覚えているので、人生と同様、書き留めておきたくなってしまうのです。

そういった訳で、今回はその中でもとくに印象的だった二編をご紹介したいと思います。

【トクホン】(1985年)

ブザーが鳴り、照明が落ちると重たそうな緞帳が開き、映画が始まった。
フィルムにキズのある、古い白黒映像だ。
川越線、荒川橋りょう付近の情景が映し出される。
線路脇に看板が見える。それに向かい、カメラがズームアップする。
とともに画面いっぱいに『トクホン』の文字。右下に映倫マークも見える。
どうやらそういうタイトルの映画らしい。

朝、普通に目を覚ました私は、大きく伸びをした。肩をぐるぐると回す。
そういえば、昨日寝る前にトクホンを貼ったんだった。
肩に貼られていたそれをはがした私は、
おもむろに机の脇にあるくずかごに向けて投げた。

ところが入ったかと思った瞬間、不思議なことにトクホンは
風に舞うビニール袋のごとくゆらゆらと宙を飛び、
再び私の肩に貼り付いたのだ。

「?」

なにが起きたのかわからなかった。寝ぼけていたのかもしれない。
再び私はそれをはがし、くずかごへ投げ込んだ。
すると前回と同様、くずかごに入るや否や、
それはふらふらと宙をたゆたいながら、再び肩に貼り付いたのだ。
ぞっとした。
私は震える手で再び吸着したトクホンをはがし、
今いる部屋の中で自分から最も離れた窓際の壁に向けて思い切り投げてみた。
するとこんどはゴムまりが弾き返されるかのように向きを変え、
それは私に向かって突進してきたのだ。

「うわあああ!!」
叫びながら私は家を飛び出した。
いつの間に着替えたのか、すでに服を着ていた。
息を切らしながら走る。走る。走る。
振り返ると地上100センチくらいの高さをスーッと飛びながら向かってくる
トクホンが見えた。
いま自分が置かれている状況は実に不可解だ。
だが、考えてる余裕なんてない。
恐かった。だから走り続けた。走らなければ捕まる。
走り続けなければならない。

奴はなお、私との距離を少しずつ狭めながら追いかけてくる。
気がつくと昭和50年頃の大宮駅西口に来ていた。
いつ来ても夕方のような風景、錆びたトタン色の家々。
正面に東口との連絡地下道の入口が見える。
よし、あそこに逃げ込もう。
私はこの通路が嫌いだった。
何もない、じめじめとした暗くて長いトンネル。
どぶの匂いと傷痍軍人のアコーディオン。
だが、今はそんな感傷に浸っている暇はない。
トクホンはすぐそこまで来ているのだ。

階段を下り、暗い通路を走る。
しばらくすると通路が左に直角に曲がっているところに来た。
湿気にむせながら振り向くと、入口付近に白い影が見えた。
奴だ。まっすぐこっちに向かってくる。
ふと前を見ると係員詰所のドアが見えた。隙間から光が漏れている。
あそこなら奴からは死角になっていて見えないはずだ。
私は夢中でドアまで走り、ノブを回すとそれはあっさりと開いた。

慌てて中に入り、すぐに扉を閉めた。中には誰もいなかった。
ドクンドクンという心臓の鳴る音と、
キィーンという耳鳴りだけが聞こえていた。
静かだった。
私は呼吸を整えながらドアの隙間に顔を近づけ、そっと通路の様子を窺った。
奴がスーッと東口方面に飛んでいくのが見えた。
私はしばらくじっとしていたが、奴の気配はない。
どうやら撒いたようだ。

助かった。
胸をなでおろし、今走ってきた通路をゆっくりとした足取りで戻る。
しかし、あれは一体なんだったんだろう。
不思議なこともあるものだ。
まあいい。疲れをとってから考えよう。
そういえば朝から走り通しだ。
早く家に帰って風呂入って寝よう。
階段の踊り場から見える空が、いつになく青かった。

その時だった。視界の右端に小さな白い影が見えたのだ。
間違いない。奴だ。
トクホンは低空を燕のような速さで、まっすぐ私へと向かってきた。
私はあわてて階段を駆け上がった。
いつのまにかそこは上野駅の常磐線ホームに通じていた。
ちょうど列車が到着したとみえて、大勢の乗客が階段を下りてくる。
気づくと、その中に中学時代の友人、ユキオがいた。
とにかく彼に助けを求めよう。
私はユキオの肩にすがるように両手をかけ、半べそをかきながら訴えた。

「ユキオ、おい、大変なんだ、トクホンが俺を…」
そこまで言ったとき、もうすでに奴は目の前まで来ていた。
だめだ。間に合わない。
そう感じた私は階段に伏せるような形で防御姿勢をとった。
すると勢い余ったトクホンは私を通り越し、
なんとユキオの首に吸着してしまったのだ。
ユキオと目が合った。
視点が乱れ、表情が急激に変わっていくのがわかった。
と突然、ユキオは妙なことを口走りながら私の首を締めはじめたのだ。
「なぜ俺をはがした」
「ナゼオレヲハガシタ」
「ナゼオレヲハガシタァーッ」

「うわーっっっっ」と叫びながら上半身を起こし、目がさめた。
こんな経験は初めてだった。
ドラマで見たことはあったが、まさか本当に起こりうるとは。
体中汗だくだった。なんて夢だ。
でも、夢でよかった。
肩をぐるぐると回す。そこにちょっとした違和感を覚えた。

嗚呼、なんということだろう!
私の肩にはトクホンがぴったりと貼りついているではないか!!

(トクホン・完)


【めんたいこボクサー】(2005)

後楽園ホールにいた。
そこでは世界ナントカ級タイトルマッチの試合が行われており、具志堅用高みたいな屈強な男と明太子のかぶりものをしたボクサーが対決していた。

第7ラウンドあたりだったであろうか。それなりにいい試合をしていたのだが、やはり具志堅似の男の方がかぶりものをかぶってない分動きが早く、明太子に強烈なカウンターパンチを浴びせてKO勝ちを決めた。ああ、やっぱり。そんなため息と優勝者をたたえる拍手が入り交じる。

ふと倒れた明太子を見ると、かぶりものの裾から小さな明太子(身長15センチくらい)が出てきた。そして観客に向かってにっこり笑い「博多へようこそ」と深々と頭を下げた。辺りは水を打ったように静まり返った。いま何が起こったのかを理解しようと誰もが必死で状況を整理しているのだ。

するとなぜか皆一斉に(こんなに小さな明太子がボクサー型ロボを操り、チャンピオンと互角に戦い、そして惜しくも敗れた)と理解し、会場は割れんばかりの歓声につつまれて、そのまま画面はハイキーになり、真っ白になってゆく。歓声だけが続いている…という夢を見た。

もう、何がなんだかさっぱり分からん。あまりの意味なし具合というかばかばかしさに思わず笑ってしまい、自分自身の笑い声で目覚めた。明け方に寝ながらケタケタと笑っていた自分の姿を想像すると、また可笑しくなってしまい笑い出す。

さらに朦朧とする意識の中で再度今の夢のストーリーを思い出すと、どうにも面白すぎるような気がしてきてまたケタケタと笑う。御近所の方に聞こえてたら、私は明らかに変な人であっただろう。

(めんたいこボクサー・完)


夢というのは不思議なもので、見ている最中は真剣なのに、目覚めてから思い出すとストーリーに無理があったり矛盾してたり、なんてことだらけだ。とはいえ、知人にその日見た夢を語ったところ非常に喜ばれ、短編映画が撮れるとまで褒めていただいたことがあるのもまた事実。

で、いつも思うことは、このストーリーはいったい誰が作ったものなのだろう、ということなのです。脚本は誰なのか。監督は誰なのか。また、夢に出て来る美術品や美しい小物類は誰がデザインしているのか。

実は私の潜在意識にはあっちの世界の人が住んでいて、いままで作ったポスターや広告もその人が私を操り、作らせたものだったのではないか。なんて考えると夜も眠れません。ぐう。


【齋藤浩】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。
1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
< http://www.c-channel.com/c00563/ >

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■デジアナ逆十字固め…[58]
七輪に活路を見いだす

上原ゼンジ
< http://bn.dgcr.com/archives/20070913140100.html >
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【前回までのあらすじ】板ガラスの上に砕いたガラス片を乗せ、火で焙って溶かすことにより歪みフィルタを作ろうとしていたオレだったが、板ガラスは溶けることなく、ただ割れてしまうという運命の悪戯に翻弄される。傷心のまま帰国したオレを待ち受けていたのは……。

●ガラスを一体化させるには

そう。ガラスっていうのは、半端に焙ってみても溶けずに、「ビチッ!」と音を立てて割れちゃうんですよ。まあ、そうかもしれないねえ……。何でこういうアイディアを思いついたのかと言えば、米村でんじろう先生の「けんび鏡キット」というのがヒントになっている。でんじろう先生はテレビでいろんな科学実験をしているが、実験のキットなども商っている。「けんび鏡キット」はその中のひとつだ。

内容はと言えば、直径1mmもなさそうな細いガラス棒が入っていて、それを焙って溶かすことによりレンズを作り、その手作りレンズを使って小さなものを観察してみよう、というものだ。それが頭にあったもんで、小さなガラス片なら溶けるんじゃないかと思っちゃったわけだ。

ただよく考えてみたら、ちょっと焙ったぐらいでガラスが溶けちゃったら問題だよな。オレの考えが足りなかったよ。いつものことだけど……。柴田編集長はこういう失敗した話が好きみたいだけど、わざとやってるわけじゃないんだよ……。この間だって小さなガラス片が足の裏に刺さっちゃって、大変な思いをしたんだよ……。

ガラスの話を書くと必ずメールをくれる読者の方がいて、その人に相談してみたところ、たぶんその細いガラスというのは、低い温度でも溶ける低融点ガラスだろうとのこと。また、たとえ溶けたガラスを板ガラスの上に落としてみたところで、下の板ガラスの温度が上がっていないと、一体化しないだろうとのこと。ハンダ付けと同じ要領で、ただハンダを溶かすだけでなく、対象物を温めておく必要があるらしい。

そう言えば、ハンダというのは、そういうもんだったかもしれない。ただハンダを溶かしてボテッと落としただけではポロリと外れてしまうから、対象物の方を温めておいて、ハンダをツツっと滑らせるように溶かすというのがコツだった気がする。

小学校の頃は「子供の科学」を定期購読していて、トランジスタラジオとか、「ぴよぴよブザー」なんかを作っていた。あのまま半田ごてを握りしめていれば、今頃は高名な科学者になっていたことは想像に難くない。しかしその後すぐにドロップアウトしてしまったので、頭の中はぴよぴよレベルで止まってしまっている。まあ、少年のハートと頭脳を兼ね備えた中年というわけだ。

●地鶏は焼けるわ、ガラスは溶けるわ

板ガラスのほうも温めておけばいいということが分かったが、板ガラスをあっためたら割れちゃうんだよ。ということは、局所的に温めるライターのたぐいではなく、溶解炉のようなもので全体に溶かせばいいということか? しかしそれではいくら何でも大げさすぎはしないか? だいたい私はなんのためにガラスを溶かそうとしているのか?

なんかグニャグニャのガラスフィルターを使って撮影をしたら、世の中も歪んで見えて面白いのではなかろうか、という話だった。もともとこの連載のコンセプトとしても、なるべくお金をかけずに写真で遊ぶ、ということだった。それが、「もののけ姫」の「たたら製鉄」みたいな感じでガラスを溶かすとなると、ちょっと違う気がする。

でも、ガラス工芸とかやってるオバさんているじゃん。あんな感じでもう少し簡単にガラスの細工はできないものかね? と思っていろいろネットで検索をしていたら、電子レンジを使うキルン(炉)というのを発見した。キルンは円柱のケーキのような形をした箱で、電子レンジの中に入れると、箱の中が高温になり、炉の役割を果たすのだという。

オバさん達がこのキルンを使って何をしているのかといえば、フュージングという工芸らしい。板ガラスの上に砕いた色ガラスや棒状のガラスを乗せて溶かし、アクセサリーなんかを作るのだという。私がやりたいこととピッタリ合うではないか。これさえあれば、何でも溶かすことができる。

値段は小さいもので7000円ぐらい。ちょっと微妙な値段だな。というか、ただ歪んだガラスフィルターを作るためだけに買うのだとしたら高い。人にも勧められない。いろんなものを溶かしてオリジナルのフィルターを作ってみたいという欲求もあるが、すぐには飛びつけないという感じだ。

しかも説明を読んでいたら「電子レンジは食品調理用のものと兼用しないようにしてください」とある。わざわざこのために電子レンジまで買うことはできないよな。かといって、うちの電子レンジを使って壊したりしたら、愛妻が激怒することは想像に難くない。

さて、どうしてくれようかと思い、ガラスフェチ、じゃなくてガラス通の読者の方に相談してみた。そしたら七輪を使ってはどうかという返事がきた。七輪、いいじゃないか。炭火焼きのフィルターなんて、夢があるよね。

なにより私は七輪が欲しかったんだよ。宮崎地鶏を真っ黒にしながら焼いてみたかったんだよ。これからはサンマもうまいよな。ガラスは溶かせるわ、地鶏は焼けるわ、こんな素晴らしい道具はほかにあるまい。

「またそんな物買ってきて、どこに置く気っ!」と声を荒げる愛妻を想像し、今まで憧れの七輪を買えずにいたが、「仕事でどうしても必要なんだ」という、いい名目もできた。七輪で炭火焼き地鶏を焼く自分の姿を想像し、動悸が激しくなってきた私は、日本一の七輪を求め、また新たなる旅へと赴いたのだった。

【うえはらぜんじ】zenstudio@maminka.com
◇上原ゼンジ写真研究所
< http://www.maminka.com/zenlab/top.html >
「カメラプラス トイカメラ風味の写真が簡単に」(雷鳥社刊)
< http://www.maminka.com/toycamera/plus.html >

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■編集後記(9/13)

・安倍首相の突然の退陣には驚きあきれた。なぜこのタイミングで。誰もが想定できなかった最高のサプライズ。いろんな人がいろんなことを言っている。それぞれもっともだと思う。安倍さんには気の毒だが、今日の朝刊はなかなかおもしろい。ネット上では「BPnet」で田原総一朗が「なぜ国会を投げ出したのか、安倍首相辞任の舞台裏」を書いていた。この人はときどき与太を飛ばすから話半分で読んでいるが、今日は「この辞任は、大きく言うと、『自分の運の悪さに愛想が尽きた』のだと思う」と、うまいことを言っていた。まさしくその通りだと思う。ここであらためて思い出すのは、立花隆がだいぶ前に「安倍首相の健康問題」を指摘していたことだ。今年にはいってからの、安倍さんの顔色の悪さや容貌(とくに首筋)の変化に気がつき、健康が政権の命取りになると書いていた。「安倍政権の行方に最も大きな影響を与える要素は、安倍首相の健康問題ではないかということは前にも書いたが、それが本当に形をなしてあらわれてくる時期がそんなに遠いものではないような気がする」「国民にとっていちばんの問題は、安倍首相の異常な“老化現象”が、顔面の皮膚にとどまらず、精神面にまでおよんでいるのではないかと心配されることだ」立花隆もときどきヘンなことを言うから要注意だったが、今から思えば慧眼か。やはり、自身の健康問題が「前代未聞の異様な政権投げ出し」の要因だとわたしは思う。加えて「運の悪さ」だ。いままでよくやってきたと評価してもいい。それにしても、昔の自民党みたいでありながら昔の社会党みたいな、鵺のような民主党に任せるのも危険度満点。日本の前途は多難。でもわたしにとっては、いま抱えている仕事のほうが現実的に多難で「投げ出したい!」(柴田)
< http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070221_kenkou/ >
立花隆:政権の命取りになるか安倍首相の健康問題 nikkei BPnet
< http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070912_27th/ >
田原総一朗:なぜ国会を投げ出したのか、安倍首相辞任の舞台裏

・何度か後記を書こうとは思うのだが、どうしても書けず。どんな改革をしていたのか、どんな法案が出て通ったのかは、積極的に情報を得ようとしないと得られず、ぼーっとしていたら不祥事だけが耳に残る。結構いろんなことしてらしたと思うのだが。改革や辞任方法の是非は別として、同情してしまうな。精神的に大丈夫なのかな。で、今とても気になるのは「次の選挙」という言葉。選挙に勝てないとしたいことができないんだろうけど、なんだかなぁ。(hammer.mule)