音喰らう脳髄[59]環境と人間/モモヨ

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いま上映中のドキュメント映画『ロッカーズ』に関する評言を読んでいると、どぎもをぬかれたりすることがある。で、よく読んでみると、どうやら、映画というもの、フィルムというものをよくわかっていなかったりする。映像記録の媒体は、みなビデオのようなものと考えているようなのだ。

「素材の選択は、まちがっていないのですよ。しかし、映像がねぇ、もう少しなんとかならないもんか、そう思いましてね」

わかってないくせに、そんな言葉をさらりと言ってのける。



たしかに、現在は、誰でも簡単に映像のノンリニア編集が楽しめる。しかし、ビデオが普及するまでは、編集どころか映像を記録することには大変な手間隙かかったものである。金もかかった。それがわかっていない。

三十路を過ぎ、かつクリエイティブと思わしき職業についている人物が、かつての映画青年達、映画愛好家達が生活上の辛苦をいかほどになめ、フィルムを買い現像していたものか、それがわかっていなかったりする。

『ロッカーズ』は、テレビ系の会社に勤めていた津島監督が会社を辞め、おりから勃興したムーブメント、東京ロッカーズとの出会いにより、仲間達とその記録をフィルムに焼き付けようとした作品、16ミリである。その後、80年代の知られたミュージシャンのPVなどを数多く手がけ、時代を代表する音楽系映像監督の第一人者にまで成長した監督の、自立にむけた一歩である。助走にあたる作品だ。

自主映画の悲しさというか、完成したプリントの代金を支払えなかったせいで、完全版は長い間現像した会社の倉庫に眠っていた。『ロッカーズ』(完全版)は、そういう作品である。

写真で言うならば、かつて現像を業者に託していた時代の作品である。業者に幾千枚ものポジ現像をたのみ、その後に取捨選択して繋いでいく。これが基本的なフィルムのありようだ。思えば、写真を動かそうとして、あれこれ工夫を重ね、それを実現したのが映画の端緒なのだから当然のことだが、映画の基本は写真なのである。

先人の仕事にあれこれ批判的でいるのは、悪いことではない。だが、そのような時には、先人達が苦闘してきた環境や時代をも視野に入れて作品をながめるべきだろう。機材の進歩によって当然ながら表現の幅が変ってくるのは音楽の世界も同じだ。いや、どんな世界でも同じだ。

人は時代、環境の外で生きられやしないのだから。

Momoyo The LIZARD 管原保雄
< http://www.babylonic.com/ >

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