[2540] 「愛の喪失」という名のジャズ

投稿:  著者:  読了時間:26分(本文:約12,700文字)


<出るのはわかってたさ!>

■映画と夜と音楽と…[398]
 「愛の喪失」という名のジャズ
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![85]
 キヤノン"EOS 5D Mark II"はここがすごい
 GrowHair


■映画と夜と音楽と…[398]
「愛の喪失」という名のジャズ

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20081121140200.html >
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●マッコイ・タイナーのピアノで甦った黄色いひまわり畑

あることがきっかけで再びジャズアルバムをCDで集め始めたのが、15年近く前のことになる。それまでは手持ちのレコードだけを聴いていたのだが、それも仕事に追われてあまり時間が取れなくなっていた。ある日、突然、僕は最新の情報が知りたくなって久しぶりに「スウィング・ジャーナル」を購入し、新譜コーナーを読んでみた。

その月のゴールドディスクは、マッコイ・タイナー・スーパーグループの「プレリュードとソナタ」だった。マッコイ・タイナーは何枚もアルバムを持っているが、テナー・サックスがジョシュア・レッドマン、ベースがクリスチャン・マクブライド、アルト・サックスがアントニオ・ハートという売り出し中の若手が揃っていた。

演奏曲の中にミッシェル・ルグランの「I'LL WAIT FOR YOU」があったので僕は迷わず購入し、自宅へ戻りCDデータベースに登録すると、すぐにプレイヤーにかけた。一曲目はショパンの「プレリュード第四番・ホ短調」である。そして、二曲目にアントニオ・ハートの哀愁に充ちたアルト・サックスが流れたとき、僕はエッと思った。

CDの裏面には「LOSS OF LOVE」としか書かれていなかった。僕はライナーノーツを開いた。そこには「ひまわり ヘンリー・マンシーニ作曲」とある。「やっぱり」と僕は思った。その哀切な寂寥感に充ちたメロディは間違いなく映画「ひまわり」(1970年)のテーマ曲だった。

「ひまわり」のテーマ曲は公開当時、どこへいってもかかっていたような記憶がある。しかし、あのメロディがジャズになるとは思わなかった。ジャズ的なるものとは、最も遠いところに存在する音楽である。しかし、「愛の喪失」というタイトルを持つ曲は、確かにマッコイ・タイナーのピアノにのってジャズとして成立していた。

その曲を聴くとスクリーンいっぱいのひまわり畑を思い出す。黄色で埋めつくされたスクリーンが甦る。「ひまわり」という映画は、あのシーンだけで存在価値があると言ってもいい。マルチェロ・マストロヤンニを巡るふたりの妻…、ソフィア・ローレンとリュドミラ・サベーリエワ。彼と彼女たちの悲劇は、20歳にもならない当時の僕には、あまり強い印象を残さなかったのである。

ヴィットリオ・デ・シーカ監督とソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが組んだ作品群は、60年代に全盛期を迎えた。「昨日・今日・明日」が1964年の公開、「ああ結婚」が翌年の公開だった。中学生の僕は看板に描かれたソフィア・ローレンの下着姿に目を背けた。潔癖だった僕にとって彼女はイタリアのいやらしげーな女優だったし、マストロヤンニはにやけた女たらしにしか思えなかった。

「ひまわり」は、間違いなく悲劇である。デ・シーカの戦後の名作「自転車泥棒」(1948年)と同じように、みじめで情けなくなるような悲劇である。だが、それを演じるソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニを見ていると、僕には悲劇を見ているという感覚がなくなってくるのだった。

●ヴィットリオ・デ・シーカ監督は底辺の人間ばかりを描いた

ヴィットリオ・デ・シーカ監督作品には、情けない男が登場する。庶民たちが主人公である。「自転車泥棒」から変わっていない。その情けない男の役にマルチェロ・マストロヤンニはぴったりだった。男が情けないから、女が強くなる。「ひまわり」のソフィア・ローレンがそんな役だった。気丈で、めげることがない。

第二次大戦中のイタリア。愛し合う夫婦がいる。夫はロシア戦線に送られる。やがて戦死の知らせがくる。しかし、妻は信じない。戦後になっても、妻は待ち続ける。そして、遂に自ら夫を捜すためにロシアに赴くのだ。散々、探した挙げ句、疲れ果てて佇む妻は、ある家で夫が幸せそうに暮らしているのを目にする。

夫は雪原で倒れていたところをロシア娘に助けられ、その娘と夫婦になってロシアで暮らしていたのだ。このロシア娘をリュドミラ・サベーリエワが演じていた。肉感的グラマーであるソフィア・ローレンとは対照的な、純情可憐な美しい瞳を持つ女優だ。

僕が「ひまわり」にのめり込めない理由は、リュドミラ・サベーリエワにもある。どう考えても僕はソフィア・ローレンとリュドミラ・サベーリエワの間で男が迷う設定が納得できないのだ。比較にならないでしょう、という感じである。圧倒的にリュドミラ・サベーリエワの勝ちだと思う。

ソ連映画界が莫大な資金と物量をつぎ込んだ、9時間に及ぶ超大作「戦争と平和」(1965〜1967年)のヒロインを演じたリュドミラ・サベーリエワは、ややこしい名前を一度で僕に記憶させるほどの魅力があった。ハリウッド版「戦争と平和」(1956年)では、オードリー・ヘップバーンが演じたナターシャの役である。

つまり、僕が「ひまわり」にのめりこめない理由は単純なのだ。ソフィア・ローレンが嫌いだからなのである。確かに、大柄の女が黒い下着姿で脱いだストッキングを差し出している看板は、中学生の僕に嫌悪感しか感じさせなかったし、真っ赤な口紅を塗られた大きな唇は頬まで裂けているかのように見えた。

しかし、「ひまわり」を印象深く見た人は多いのだろう。ハードボイルド作家と言われる白川道さんもそのひとりらしい。短編集「十二月のひまわり」に収められた表題作は、ある男の回想で物語が展開するのだが、出てくる人物たちの意外な関係が徐々に明かされていくことで読者に頁をめくらせる小説だ。そのタイトルの由来が「ひまわり」だった。

今は銀座でクラブを経営する中年を過ぎた主人公には、少年時代から共に育った男がいる。貧しい生まれの主人公は、母の死後、母が勤めていた温泉旅館に引き取られて育つのだが、男はその旅館の息子だった。屈折した感情がふたりの男の間にはある。やがて、共に東京の大学に進学したふたりは、ある女性と親しくなる。

ある日、彼らは3人で「ひまわり」を見る。スクリーン一面に描かれた黄色いひまわり畑…、青春の思い出と共に主人公には「ひまわり」が甦るのだ。それが小説のコアになるイメージを作り出していた。おそらく、白川さんにとっても思い出の映画なのだろう。

●「魂萌え!」のヒロインはなぜか「ひまわり」を映写した

なるべく近づかないようにしている女性作家がいる。桐野夏生さんだ。ジェイムズ・クラムリーが作り出したアル中探偵ミロ・ミロドラゴヴィッチから名前をとった女性探偵が活躍するミステリで乱歩賞をとり、今や国際的にも活躍する作家。しかし、僕は、主婦4人が殺した夫をバラバラにする話やら、東電OL殺人事件を下敷きにしたような設定など、気にはなるけれどちょっとご遠慮したい気分なのである。

その桐野さんの小説に「魂萌え!」という作品がある。定年後すぐに夫に死なれてしまった女の話だ。桐野さんは世代的には僕と同じだから、たぶん50代後半の主婦であるヒロインは自分の世代を投影しているのだと思う。この「魂萌え!」は、阪本順治監督によって2007年に映画化された。主人公の主婦を演じたのは風吹ジュンである。

映画は、いきなりお葬式から始まる。ヒロインは、退職の日に夫に握手を求められ何かを言われたのだが、その言葉が思い出せないことを気にしている。勝手なことを言う息子や娘にうんざりしていたとき、夫の携帯電話に訳のありそうな女の声で電話がかかってくる。夫の死を知らせると、相手の女は絶句する。

ヒロインが予想したとおり、女は長い間、夫の愛人だったのだ。よくある設定だが、この後に予想外の展開があり、出てくる登場人物が魅力的なので面白く見られる映画になっている。特に印象的なのは、ヒロインが夜の街に出て初めてカプセルホテルに泊まるエピソードだ。

ヒロインは風呂を出たところでお婆さん(加藤治子)に出会い、その身の上話を聞く。地方都市でしっかりした商売をしていたその女は、甥の保証人になったために財産も家もなくし、今はカプセルホテルで暮らしているのだという。老人への功徳のつもりで身の上話を聞いていたヒロインは、最後に「では、五千円」と手を出される。

──あたしの身の上話、タダで聞くつもり?

TBSドラマ「七人の孫」以来、僕は加藤治子さんのファンであり、向田邦子ドラマの加藤治子さんもほとんど見ているが、このお婆さん役が一番記憶に残るかもしれない。翌日、お婆さんが倒れ、ヒロインは慌ててカプセルホテルのマネージャー(豊川悦司)を呼んでくる。マネージャーは病院のベンチでヒロインに「私が甥なんです」と告白する。

高校以来の3人の仲間たち(今陽子、由紀さおり、藤田弓子)との食事会、夫のそば打ち仲間だったダンディな紳士(林隆三)とのラブ・アフェア、夫の愛人だった女(三田佳子)との対決、遺産を要求する勝手な息子とのやりとりなど、いろいろなトラブルを乗り越えて、やがてヒロインは自立しなければならないと気付き、なぜか映写技師になろうと決意する。

老練な映写技師がいると聞いたヒロインは、ポルノ映画館のチケットを買って入っていく。首にタオルを巻いた怖そうな顔の男(麿赤児)がいる。「何だい」という男に「弟子にしてください」と60近いヒロインは頭を下げるのである。そして、ラストシーン。ヒロインは、映写室で慣れた手つきで35ミリの大きな映写機を操作している。

映写窓から、ヒロインがスクリーンを見る。そこに映っていたのは「ひまわり」だった。黄色一面のひまわり畑に、あのメロディが流れていた。こういう場合、シナリオ作家に特別な思い入れがない限り、具体的に何の映画と指定されていることはあまりない。とすると、阪本順治監督のこだわりなのだろうか。

原作はどうなっている? と気になり「魂萌え!」を図書館から借りてきてラストだけ斜め読みをした。まったく違うようだ。やはり、阪本順治監督が「ひまわり」を選んだのかもしれない。だが、「どついたるねん」(1989年)で監督デビューし、「闇の子どもたち」(2008年)「カメレオン」(2008年)が最新作である阪本順治監督と「ひまわり」は、僕の中ではうまく結びつかない。

「ひまわり」が公開された1970年、「イージーライダー」「明日に向かって撃て」「冬のライオン」「地獄に堕ちた勇者ども」「ひとりぼっちの青春」「いちご白書」「王女メディア」「Z」などが立て続けに封切りになった。それらの名作群は、世間知らずの僕に衝撃を与えた。だから、「ひまわり」は分が悪かったのかもしれない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
あと2回。今年で400回はクリアできそうです。凄いなあ。メルマガ連載記録としてギネスに申請しようかなあ。ダメだろうなあ。などと思いながら、先日のギネスの日に世界各地で行われたという珍記録のニュースを見ておりました。確か「男はつらいよ」の寅さんシリーズは認定されていたと思います。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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■Otaku ワールドへようこそ![85]
キヤノンキヤノン"EOS 5D Mark II"はここがすごい

GrowHair
< http://bn.dgcr.com/archives/20081121140100.html >
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キヤノンのデジタル一眼レフカメラ「EOS 5D」の後継機種にあたる「EOS 5D Mark II」が近日発売される。これに先立って、品川にあるキヤノンSタワーにて、プレミアム発表会が開催された。で、今回はそのレポートなど。

これ、いい! 今までISO 1600までしか上げられなかった感度がISO 6400まで上げられるようになって、しかも画像のガサガサが格段に抑えられている。画素数が1280万画素から2110万画素に増えて、画素サイズが小さくなったにもかかわらず、それを乗り越えて上回る高感度・高画質を実現した技術がすごい。

しかも、これって、めちゃめちゃ欲しかった機能のド真ん中。今まで、薄暗い場所での撮影では、ブレないようにじっと息を止めてシャッターを切っていた。その度ごとに、脳細胞が230個ぐらい酸欠死したんじゃないかと恐れつつ。即、買いだ。間に合ってよかった。

●曇天の 霹靂ほどの 後継機

レポートに入る前に、まずは負け惜しみなど。いや、レポート差し置いていきなり私的な話からというのもどーかと思うが、言っとかなきゃ気がすまんのだよ。

(ゴシック体の巨大文字で)出るのはわかってたさ!

8月ごろから、そろそろ後継機種の出ごろだろうなー、と予感していた。だって、EOS 5Dにない機能が下位機種(EOSは数字が小さいほうが上位)のEOS 40Dに備わってたりするんだもん。ライブビュー機能(※)とか。

※ファインダー代わりに使えるよう、カメラの背の液晶画面にリアルタイムで像を映す機能。

にもかかわらず、8月に買わざるを得なかった事情は前にも書いたかもしれないが、かいつまんで言うと、こういうことである。金融危機に上書きされて、忘れかけてる人も多いかもしれないが、今年の夏はゲリラ豪雨の夏だった。

7月27日(日)、山へロケハンに行ったときのこと、頭上を厚く覆う雲の中でごろごろと低く雷鳴が轟いていたのだから、わざわざ避難小屋を出なければよかったものを、次の休憩地点ぐらいまではもつだろうと楽観して歩き始めたのが大きな判断ミスで、ものの5分もしないうちに、情けも容赦もない破壊的なゲリラにとっつかまった。

ほぼ瞬間的にジーンズを通してパンツまでびっちょびちょになるくらいの、バケツをひっくり返したようなものすごい雨で、しまう間もなくこれにさらしちゃったカメラは、そうとうヤバいことになってるかも、とは思っていた。屋根の下に駆け込んだところで動作チェックをしてみたが、ヤバいなんてもんじゃない。普通にシャッター切っても30秒くらい開きっぱなしだったり、同じ操作をしても、その度に動作が違ったり。

人にたとえるなら、気が狂ったという状態。あれあれ。そうこうするうちに、液晶画面が風呂場の鏡みたいに真っ白々。思わず手でふき取ろうとしたが、ふき取れないのは、内側から曇ってるから。これはどう見てもただならぬ状態で、人にたとえるなら、エクトプラズムを吐いたみたいな感じか。魂を吐き出してしまったカメラは、それからはもうウンともスンとも言わず。

人にたとえないで工学的に言うと、おそらく水でショートした回路が過熱してボディー内部が火事になり、その熱で蒸発した水分が液晶パネルを曇らせた、ということでしょうな、きっと。わっはっは。翌日修理に出したけど、数日後に工場から知らせが来て、当該カメラは破損著しく、修理不能、とのこと。ひぃーっ。

かくして、'07年3月10日(土)に買った、私にとって初めてのデジタル一眼レフカメラは、わずか1年と数ヶ月にして、天に召されていったのでありました。って、これ、私が不運に見舞われたって話じゃなくて、私のような粗忽者に使われたカメラが、って話か。

実は、直後に控えた「世界コスプレサミット」用に予備機のつもりでEOS 40Dを買っていたのだが、帰ってきてから、主要機を失ったことを知らされ、どうしたもんかと迷った。しかし、その後にもここ一番という大事な撮影が控えていて、下位機種に落として撮る気にはとてもとてもなれず、泣く泣く、EOS 5Dを買いなおしたという次第である。近々後継機種が出そうだという予感がしつつも買わざるを得なかったのは、以上のような事情によるものです。

さて、愚痴ったら、だいぶすっきりしました。本題に戻りましょう。って、愚痴を聞かされたほうは、すっきりしませんか。どうも失礼しました。これを「ストレス保存の法則」といいます。愚痴でも罵倒でもマッサージでも、ストレスは人から人へ移っていくだけで、総量は減らないみたいです。吸い出して集めて宇宙空間へ発散させる技術の確立が待たれるところです。

●実地以上の臨場感:すごいディテール表現

プレミアム発表会は11月の週末に4回催されているが、私は第3回、11月15日(土)に行ってきた。品川駅からキヤノンSタワーまでは徒歩5分ほどだが、2階の高さに設けられた屋根つきの歩行者用通路を通って行けるので、ほとんど駅の続きという感覚。要所要所にプラカードを掲げた案内のオニイサンが立っていて、分かりやすい。入場無料のイベントなんだから、メイドさんならなおよかったなんてぜいたく言いません。

途中、一眼レフでそこいらへんの都会都会した景色を撮影しているオジサンをちらほら見かけたので、あ、貸し出して試し撮りさせてくれるんだ、と思ったのだがどうやら勘違いだったようで、発表会に来たついでに、持参したカメラで趣味の撮影を楽しんでるだけだったみたい。敬意をこめて「撮りバカ」の称号を差し上げたい。

3階に上がって、受付を通ると、まずMark IIの特長について、短い言葉でズバッ、ズバッと記してある。来場者が一番知りたいところに、まず、端的に答える形で、そうか、なるほどすげぇんだ、と思わせてくれる。

続いて、プロによる作品の展示。多分、ディテール表現のすごさを訴えかけるような被写体をわざわざ選んで撮っているのだろう。紅葉した樹の一本一本まではっきりと判別できる山の遠景とか、城の築石と砂利とか、森に密集して生える木々のうねって重なり合う枝とか。

実地にそういう場所に立ったときって、目に入ってきた景色全体からひとつの印象を受け取ったら、それ以上詳細に観察したりはなかなかしないものである。ところが、写真になると、葉っぱの一枚一枚まで、砂の一粒一粒まで写ってるんだから、見ろ、見ろ、と迫ってくる。森って、こんなだったっけ、という発見すらあり、実地以上の臨場感があると感じたゆえんである。

次は、実写コーナー。明るくまろやかなライティングの下、人工的な感じの自然を背景に、洋風な感じの和服を着た女性的な感じの女性モデルが2人、ゆったりとポーズを変えていく。手前のテーブルにはMark IIが20台ほど並べられているが、全部使用されて数人の待ち行列ができている。貸与されたコンパクトフラッシュメモリに入る限り撮ることができ、隣りのプリントコーナーで1枚だけ選んで2Lサイズにプリントできる。プリントは持ち帰れるが、画像は持ち帰れない。

1枚だけとなると、迷う。石橋を叩いて渡るか、宙に渡した綱を逆立ちで渡るか。ついつい石橋を渡ってしまう。ISO感度100で、絞り優先、解放絞り、露出補正なし、という面白くもなんともない設定。確かに驚くほどディテールの再現性のよいプリントが持ち帰れたけど、なんかメーカーの意図に素直にはまりすぎた感じ。

見ておくべきだったのは、感度をISO 1600〜3200ぐらいに上げ、絞りをF16ぐらいに絞り込むことによって収差を抑えて先鋭度のさらに高い絵を狙い、しかもシャッター速度は1/200秒以下を確保して手ぶれを防止し、これで高感度による粒状性が十分に抑えられているかどうか、そこではなかったかと後悔。エンジニアとして、テクニカルな観点から厳しくクオリティチェックする機会を見送ってしまった。甘いな、俺。

続いて、ハンズオンのコーナー。四角く囲ったテーブルの内側にキヤノンの説明員が5〜6人いて、来場者はテーブル上に置かれたMark IIをいじりながら話を聞くことができる。私は、従来機との相違点をひととおり聞いたのと、感度向上を実現するのにどのような工夫がなされているのかを聞くことができた。

キヤノンはCMOSセンサーを独自の技術で開発している。EOS 5Dのときも、他のデジタル一眼レフのメーカーに先駆けて35mmフルサイズを実現し、他社はしばらく追従できなかった。この辺の技術力は一頭抜きんでたものがあり、技術者の執念に近いがんばりが感じられて好ましい。本体の重量が約810グラムと、従来機と変わらないところにもがんばりが見える。

発売時期は今月末ごろで、値段はオープンなのでメーカー側からは何も言えないが、予想としては30万円程度、とのこと。その他もろもろのコーナーがあり、9階ではプロの写真家を講師に招いてのスペシャルセミナーが開かれる。1コマ45分。私は諏訪光二氏の「EOS 5D Mark IIの魅力」と題する講座を聴講できた。そのときの聴講者は約80人。

●実は動画がすごい

諏訪氏は、従来機からの向上点のうち主だったところとして、
(1)画素数が約1280万画素から約2110万画素に
(2)高感度設定と画像のざらつきの低減
(3)白トビを抑えるオートライティングオプティマイザ機能
(4)周辺光量低下の補正機能
(5)ライブビュー機能
(6)液晶画面が約23万ドットから約92万ドットに
(7)光量センサがつき、まわりの明るさに合わせて液晶表示
(8)EOSシリーズ初の動画撮影機能、フルハイビジョン
を挙げていた。

画素数に関しては「もういいよ」という人もいて、確かに画素数が多いだけではダメで、トータルバランスが重要なのだが、それが一巡するとやはり画素数の向上へと議論が帰ってくる。大サイズのプリントで高品質を得るには、画素数は多ければ多いほどよい、とのこと。

高感度において画質が向上したことが、従来機と撮り比べた画像で歴然と示される。同じISO 3200(従来機では拡張設定)で撮った夜景の写真では、ざらざら感が格段に低減されている。また、従来機のISO 3200(拡張設定)とMark II の ISO 12800(拡張設定)で、粒状性がほぼ同等に見える。輪郭線の先鋭度だと後者のほうが良いくらい。

従来機では画質を考えると、ISO 800がぎりぎり使える上限ぐらいという感覚を持っていたとのことだが、これは、私も同様に感じていた。それが、Mark IIだと安心して高感度が使えるようになったそうだ。私にとっては、そこが一番の注目ポイント。薄暗い場所でも苦労なく撮れて、もはや脳細胞の死滅を心配しなくて済むのなら、革命的と言っていい。

しかし、諏訪氏が特に強調していたのは、動画撮影機能だ。最初、「動画に期待している人」の問いかけにわずか3人しか手が挙がらず、「動画なんかどうでもいい」に、私も含め、約20人の手が挙がった。ところが、実際にMark II で撮ったという動画が映し出されると、これがかっちょいいのなんのって、逆光きらめく夕景の波打ち際なんて、映画のようにドラマチックだ。

諏訪氏は、今まで静止画を撮りなれた人のために、その延長線上的な動画の撮影を推奨していた。例えば、水槽の底のほうでじっとしている2匹の熱帯魚。よくよく見ればエラがはたはた動いている。あるいは、川の流れを背景にした花。ピントのはずれた背景はまったく形をなさず、抽象的なキラキラ、チラチラが踊る。こういうのは、レンズが自由自在に交換できて、しかも高解像度の絵が撮れる、一眼レフならではの映像。「動画に興味がわいた人」に、約40人の手が挙がった。

このカメラ、すごく人気出そうな予感。買うなら早いほうがいい。暗い環境で、みんながブレブレの写真しか撮れていない中で、一人、しゃっきりした写真を見せつけて、「すっごいクオリティ! さすが、プロは違いますねぇ」なんて褒められてニマニマしてられるのも今のうちだ。知れ渡ってからだと、「そのカメラだったら当然ね」で終わってしまう。

いい写真を撮る上で、カメラの側が引き受けてくれる領域がますます拡大していくと、撮る人の側に一体何が残されるのか。「いい写真を撮る腕とは何か」、「撮る人の個性をどうやって写真に反映させればよいか」、「何が表現されていると、作品と呼ぶに値する写真になるのか」という問いが、いっそう尖鋭化された厳しいものとして、撮る側に突きつけられるのではなかろうか。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

カメコ。ヴァニラ画廊での展示を通じて、クリエイティブな方面で活躍している方々とお知り合いになれて、うれしい。このところ、返礼訪問も兼ねて、展示やパフォーマンスを見る機会がどっと増えた。11月8日(土)はデザインフェスタへ。森馨さんと埜亞さんの人形とたまさんの少女のイラストを見る。我々の展示を紹介してくれた「トーキングヘッズ」の、同じ号に作品が掲載されたつながりがある。たまさんのイラストは色彩がとってもきれい。イノセントな感じの少女が、まるで日常の何でもないことのように人形の首をハサミでちょっきんしてたりする残虐性もまた、少女のかわいさの一側面なのであろう。初めてお会いするが、手術痕を自慢しあったりして、何とも言えぬ親近感。膝から摘出したという骨のかけらを見せてもらったが、松の実みたいでかわいい。
< http://tamaxxx.egoism.jp/ >

1月9日(日)は、「国内最大級の少女のためのティーパーティー」と銘打った、クラブ的なイベント「アラモード・ナイト」へ。我々の展示のパーティーで演奏と朗読を披露してくれた、永井幽蘭さんと由良瓏砂さんのユニット「電氣猫フレーメン」が出演。他に、清水真理さんの人形の展示、少女テイストな服飾のブランド「ペイ*デ*フェ」によるファッションショー、"Rose de Reficul et Guiggles" によるゴシックで前衛的なパフォーマンスなど。みんな芸のレベルが高くて、美しく、見ごたえあった。特に最後の "e;Rose ..."e;。超絶美しき狂気の世界、絶叫と痙攣と悶絶と、って感じで。
< http://victorian.cocotte.jp/ >
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Live081109/ >

11月16日(日)は「夜想 ヴィクトリアン展 パート1」へ。我々の展示にお越しいただいた、イラストレータの七戸優さんの少女の絵が3点。七戸さんの描く少女は、観念化されすぎない現実的な存在感を多分にたたえていながら、宙に浮いたうさぎが描き込まれたりしている絵全体は「不思議の国のアリス」を髣髴させる、ファンタジーに満ち満ちている。
< http://www.yaso-peyotl.com/archives/2008/10/post_663.html >
いろいろ回った展示のすべてに共通するテーマは「少女」。心はすっかり少女
に染まってしまったのだわ。

訂正。前回、来廊してくれたシルヴィアさんは、ローゼンメイデンの桜田ジュンよろしく中学時代引きこもっていた、と書いたが、どうやら妄想が暴走してたようで、ご本人からちゃんと学校には行っていた、と訂正が入りました。どうも失礼しました。お詫びして訂正します。

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■編集後記(11/21)

・黒沢明監督「隠し砦の三悪人」をDVDで見た。50年前の映画だ。敗軍の侍大将(三船敏郎)が美姫(上原美佐)と黄金を守り敵中突破を敢行、お供は強欲で狡猾で臆病な二人の農民(藤原釜足、千秋実)、途中で助けた娘が加わる一行5人、ピンチに次ぐピンチをどう切り抜けるか、見ていて手に汗にぎる(実際そんなことはないって)勇壮なアクションと予想を超える展開、たしかによくできた映画だ。画面はリアルで、まるでその時代に行って撮影してきたかのようだ。みごとなロケだなあと思う。これが映画初出演の上原美佐の存在感は強烈だ。演技以前という感じもするが、まさしく戦国のお姫様役にピッタリだ(でもあんな衣装ありか)。139分を飽きずに見られたかというとそうでもなく、あまり意味のないようなシーン、冗長なシーンも少なくない(なにしろ砦からなかなか出発してくれない)。だから多くの黒沢ファンのような大絶賛はできない。松本潤、長澤まさみ、阿部寛主演のリメイク版映画のDVDが近く出るから見比べてみよう考えたが、映画予告編を見ただけでこりゃだめだ、見ていてきっと恥ずかしくて居心地が悪くなるだろう。やめだやめだ。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000UH4TT6/dgcrcom-22/ >
アマゾンで「隠し砦の三悪人」を見る(レビュー22件)

・前垣和義氏の「大阪のお勉強」出版記念パーティーに行って来た。お客さんとして行ったのだが、なぜか急遽受付に。お客さんのほとんどは男性。高齢の方が多い。立食かもと思っていたが着席であった。あちこちで「先生」「社長」という声が聞こえる。そんな人ばっかり? お祝いだし、と時間作って行ったのだが、ちょっと場違いかもしれぬ。大正琴の演奏、大喜利、露の団四郎さんの珍芸百面相などとともに、前垣氏の大阪話。ふんふん、と聞いていたが、面白くてついメモまで取ってしまう。森の石松の寿司食いねぇ、は淀川での話で、そのお寿司は諸説あるが大阪ずし(押しずし)のことだとか。あ、トーク内容は来週書こう。大阪クイズで、二位相当の「黒毛和牛ステーキ肉」ゲット。参加費より高いらしい。ラッキー。答えたのは、大阪しゃれ言葉での「えべっさん(えびす神)のとんど(歳徳)」。同じしゃれ言葉の「冬眠のかえる」は、「考える(寒蛙)」。先の答えは「ささやく」。えべっさん=笹もってこい、とんど=焼く、だから。/明日はジュンク堂大阪本店でトークショー。前垣さんのお話、面白いよ。(hammer.mule)
< http://www.h3.dion.ne.jp/%7Emydo/ >  前垣さん
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901908359/dgcrcom-22 >
「大阪のお勉強」を試し読みできる
< http://danshirou.seesaa.net/ >  露の団四郎さん