[2707] 二つのパートナーシップ:管理型と協走型

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,700文字)


《すべて想定内の平坦なプロジェクトなどない》

■電網悠語:日々の想い[130]
 二つのパートナーシップ:管理型と協走型
 三井英樹

■ショート・ストーリーのKUNI[65]
 キャベツ
 ヤマシタクニコ

■?×?× CrossOver Talk[1]
 自分が体験したことを別の次元で試してみる
 ──仕事と料理の美味しいカンケイ
 杏珠


■電網悠語:日々の想い[130]
二つのパートナーシップ:管理型と協走型

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20090917140300.html >
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コンペに呼ばれたとき、結果がどうであれ、その審査については細かく訊かせていただく。様々な審査情報提供は、コンペのお誘いをしてきた側としての説明責任だと思っている。評価の仕方、どこがどのようにマッチし、どこがミスマッチだったのか。担当者には、最高の説明プレゼンを期待する。作り手が全力で提案をするのだから、それは最低限の礼儀だろう。コンペに参加する側にとって、失注した場合の報酬はそれしかない。

その時に交わされる言葉は、実は後々の関係に大きく響いてくる。勝敗にかかわらず大きな教訓となる。最近勝ち取った案件で一番嬉しかったのは、「1の情報を出したときに、平均値として7から8の応答を期待できると感じたので」。提案に持っていった「案」だけに反応してもらえただけではない、今後長い道のりを歩んでいく際の「期待値」や「潜在能力」を評価していただけた、と素直に嬉しかった。

これから一緒に歩んでいきましょう、よろしくお願いします。そのように脳内翻訳機が働く。テーブルに並べられた少ない情報からも、高品質なコミュニケーションを構築しようとする意思と、恐らくはそれができるであろうスキルの見極め。更に情報が増えたなら、より高品質なものが出来上がるだろうという期待。いちいち細かな指図をしなくても、自律的に物事を進めていけて、それでいてクライアントの想いからそれていない。一緒にクライアントのビジネスを創って行けるパートナー。つまらない仕事を外出しするのではない、外部ブレインを設ける感覚に近い。

戦略的クライアントは、そうした機能を期待している。まだまだWebサイトを単なる「HTMLの塊」的に考えている方々も多いけれど、言われたとおりの作品を綺麗に作り上げるスキルに興味を失っているお客さんも増えてきた。ありきたりのサイトを作りたいのなら、徹底的に値段を叩ける環境でもある。オーダーメイドを狙うのであれば、クライアントが自分達にない発想を期待するのも道理である。


そんな風に考えると、サイトの創り方には、大きく分けて二つのタイプがある。指示をしてその通りに作って行くタイプ。ともにアイデアのキャッチボールをしながら、よりよいものを創り上げようとするタイプ。前者を「管理型」、後者を「協走型」と、私は心の中で呼んでいる。

どちらが幸せなプロジェクト、という話ではない。管理型にも、クライアントの担当者自体の発想と知識が大きい場合から、かなり勘違いの積み重ねをしている残念な状態のものまで、様々だ。前者は明確なディレクターが存在するようなもので、低スキルのWeb屋であっても良い結果が残せる場合もあるだろう。逆に後者の場合は、振り回される分だけ、どんなにスキルがあっても、いやかえってスキルがある方がプロジェクトチームとして破綻を起こしやすいとも言える。

協走型も、方向性がぶれない走り方もあれば、あっちに行ったりこっちに行ったりで行き先が定まらない場合もある。アイデアが四散するとかなり「狂走」に近くなる。けれど、こちらのタイプでは、基本的にアイデアが膨らんだら、その実現のために予算を新たに獲得してくる必要性が出る場合も多い。互いが共鳴しあって、更に上を目指す場合だ。発想力と予算獲得能力とのせめぎ合い。互いの専門分野での競い合い。

えてして、歴史と記憶に名を残すプロジェクトは、こうしたせめぎ合いをしているものが多いように感じる。裏話をあとで聞くと信じられない状況がそこにある。もしかしたら、全て想定内の平坦なプロジェクトなどないという偏見の目で見ているからかもしれないが、作り手内で何かしらの建設的緊張感があった方が、できあがりは良い傾向にあるように見える。

作り手が搾り出したアイデアに、クライアントが恐縮してしまう場合がある。それをここに使うのはもったいない、と言ってくれる。逆に、クライアントのガッツに、作り手が襟を正す場合もある。お互いが、もう一歩先を見据えて、踏み込みあっていったから創り得る「場」が存在する。単なる雇用関係を超えて、「戦友」という言葉が似合う場。


そういえば、Webプロジェクトでは、平時の友という感覚からは遠い。そういった平安のうちに始まり終わるプロジェクトを余り知らない。常に背伸びし、常に欲張って、自分の首を絞めるかのような歩みをしている。自分のスキルの限界なのかもしれない。もっとスーパーマンなら、余裕の笑みを浮かべて進めるのかなとも思う。そして、そうなろうともがいている。常にブラウザで情報収集しているのは、そんな焦りの現われでもある。

そうしたもがきの中で生まれてくるWebサイト。きっとそれが人を魅了するのだと思う。老舗のお店に行って、まったく落ち度のない接客を受けたとする。でも、その笑顔の額に汗が光るのを垣間見たとき、この「たたずまい」の裏に脈々と流れている努力を知る。同時に、あゝこの超人も単なるスーパーマンではなくて、努力するスーパーマンなんだとほっとする。嬉しくなる。そしてその店のファンになる。気落ちしたとき、挫折したとき、そんな時に、何故だかその笑顔を思い出す。その汗を思い出す。そして頑張ろうと思い返す。

ITという言葉の前に、情緒的なものは無力のように語られることは多い。でも、実は人々の心に伝播して行っているモノは、技術ではないように思う。情報でもないと思う。それを伝えている人たちの影、人の姿としては見えないけれど、存在感というか雰囲気というか、そのようなもの。サイトを訪れる人たちには、それを感じ取るセンサーがあると疑わない。だからこそ頑張れる。


今や自分の会社のサイトを持っていないところはないだろう。誰もが持っている。そして、それは無料GIFパーツを組合せば、信じられない値段で構成できる。作成する側としては、ファーストフードのバイトよりも単価は安い。法的最低賃金の意味からもかなり酷い状況もない訳ではない。発注者側にとっては良い環境なのかもしれない。

でも、世間が見忘れていることがある。今ほど、小さな会社ですら「見られている」時代はないという事実だ。10年前、自分の会社の「会社情報」を求める人がどれほどいただろうか。道順を探すためだけでも、人々はサイトに行き、「ついでに」様々な情報を見て、瞬時に何らかの判断をしてそこを去っている。

その重なりを、まだ分かっていない人がいる。時にそれは、莫大な予算をかけたTVコマーシャルよりも深く人々の心に残りうる。そのあたりが、Web屋の腕の見せ所であり、コミュニケーションの面白みでもある。

自社ビルを持ち、それなりに趣向を凝らして玄関を作るように、サイトは深化していく。社員以外で、玄関を通過する人数と、自社サイトを通過する人数とでは、今でさえ差がついているだろう。経営という側面から見て、それが何を意味しているのか、自分がITに疎いからといって放置して良い問題なのか、様々な手を打つ余地として、深く広く問題として横たわる。そこにどんな解を求めるのかで、お客様への想いが透けて見える時代が来る。

それは私企業だけではない。官公庁サイトは、更に強い関心をもって見守られている。今回の選挙でも、政治というお上の領域にあったものが、更に少し近くに寄ってきた。長い目で見ると、自分の年齢にも関係するのだろうけれど、随分と考えている時間が増えている。それは関連語を検索をしている時間となっても現れている。

が、真摯に語りかけているようには思えないサイトが多すぎる。PDFを置けばいいと思っているサイトが多すぎる。マージンもパッディングもないレイアウトにテキストだけが流し込まれているサイトが多すぎる。それで主権者である国民に見せるのかと呆れる。私が検索したくなる問題なのだから、他にも多くの目にそのページはさらされてる。にもかかわらず、酷い。情報提供側の神経を疑うレベルなのも多い。

「情報発信」。Web以前は、一般の人にとって手も届きにくい彼方にあった。それが、今や自宅で無線LANで5万円PCでアグラをかきながら見て回れる。ケータイで満員電車の中からでも見られる。すごい時代になったと思う。でも、もっとすごい時代が来るんだろうと期待しつつ、それを確信している。そんな中で、支持され、生き残るのは、やはり真剣な人の営みだと信じたい。


もがきながら、一手先に居たいと思う心。その積み重ねが、そうした「協走」に値するパートナーと認められる唯一の道だろう。Webに接し始めたときの感動と興奮、それは頑張ればすごいことになるという漠然とした希望を含んでいた。経済的にダウンしている現状とはいえ、その部分はなんら変わっていないことを思い出す。そう、クライアントの言葉で。

「信じてくれるなら、泥棒は空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだってできる」、名画「カリオストロの城」でのルパンの言葉だ。信頼を得て、全力以上の力を出せる自分達を想像する。そこから見える景色はひときわ美しいに違いない。

【みつい・ひでき】感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
9月25日(金)に名古屋でRIAセミナーを行います。ここまで暑苦しくない程度に語ります。お時間あればお越しください:
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■ショート・ストーリーのKUNI[65]
キャベツ

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20090917140200.html >
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おれはかっこいいキャベツだった。

これには二重の意味があって、ひとつは、おれはキャベツの中でも美しいフォルムと色つやを有する、祝福されたキャベツであったということ。そしてそもそもキャベツは野菜の中でもかっこいい、百菜の王とでもいうべき存在であるということだ。

なのに、スーパーの裏手でおれはすぱっと半切りにされ、ラップをぴちゃっと巻かれ、「特売 98円」のシールを貼られるという屈辱的な運命に見舞われた。おれは一瞬のうちにおれ自身が2つに分裂するというありえない事態に直面し、これをどう解釈すればいいのかと煩悶する時間も与えられず、同じように身の不運をかこっているやつら(とはいってもかっこよさが違う)といっしょにどさどさと野菜売り場の一角に積み上げられた。

「おい、もういっぽうのおれ、いるのか」
「ああ、いるよ。もういっぽうのおれ。ちょっと苦しいが、なんとか」
そう言い交わしている間にもたくさんの手がおれたちを取り上げてひっくり返したり眺めたりしてはまた戻し、また取り上げ、どんどんおれともう一方のおれは離ればなれになっていった。

ああめんどくさい。これからは「おれ」と「おれ2」と書く。おれが、おれだ。

おれはおれ2の存在を時々確認しつつ、客たちにもてあそばれるままになっていた。いや、かっこいいおれだから、あっというまにおれは選び取られ、プラスティックのかごに入れられ、レジへと向かうだろう。おれよりぶさいくで何の取り柄もないほかのキャベツらとはじきにおさらばするのだ。

「おい、いるのか」
「ああ、いるよ」
姿が見えなくなっても、おれはおれ2の声を感じることができた。だってもとはおれなんだから。おれとおれ2はひとつだったんだ。そのころの記憶はどんどん遠ざかるばかりなのが、なんだか不思議だけど。

おれは不意に持ち上げられ、かごに入れられた。眼下のキャベツの山がみるみる遠ざかる。

「おい、いよいよ離れてしまうようだ」
「なんてさびしいんだ。でも健闘を祈るよ」

かごに揺られながら、おれは店内を移動した。かごの中にはおれのほかに何も入っていなかった。かごの主であるきりん模様のシャツを着た女はまだ今晩の食事の展望を描き切れてないようで、そのことがおれに漠とした不安を与えた。

はたして女は「やっぱりやめとこ。野菜炒めはおとといやったばかりだし」と言いながらあたりをきょろきょろと見回し、だれも見ていないのをいいことに、おれを近くの棚に置き、そのまま立ち去った。なんてやつだ。おれは憤った。でも、このおれに何ができるっていうんだ。おれは周囲に思いっきり違和感を醸し出しながら居続けるしかない。

「ふふ、かわいそうに」
「捨てられちゃったね」

そこは乾物のコーナーだった。焼き海苔や小袋入りのカツオ節がおもしろそうに言う。

「あんたって重そうだもんね」
「持ってるうちにいやんなるんだ。無理ないよ」
おれは黙ってはずかしめに耐えた。

しばらくすると、別の客がやってきて、おれの前で立ち止まった。ピンクのズボンをはいてひげを生やし、長い髪をポニーテールにした男だった。
「これはこれは。海苔やカツオ節のそばにキャベツが。まるで今夜はお好み焼きにしろといわんばかりじゃないか! 神の啓示としか思えない! よし、そうしよう。海苔やカツオ節、豚肉は家にあるから、ぼくはキャベツだけ買えばいいのだ!」

男は力強い手でおれを持ち上げ、かごに入れ、歩き出した。それからふと思いついて携帯を取りだし、歩きながら電話を始めた。

「...ああ、ぼくだよ。今晩、お好み焼きでいいかい? ...え? ...あ、そうか、外で食べてくるんだ。じゃあ...やめとくよ」

ぱちゃんと携帯をたたみ、男はきょろきょろとあたりを見回した。そして、近くに人がいないのを確かめ、カレーコーナーの棚におれを置いて立ち去った。おれはため息をついた。

「おい,聞こえるか」
「...ああ...聞こえる...まだいたのか」
かすかな声、というより気配でおれ2が答えた。
「また捨てられた。まだ同じ店内にいるってわけだ」
「うん...おれも疲れてきたよ。みんなの下敷きになって...」

おれ2の声を聞いているとなんだか切なくなってきた。あああ、かっこいいおれは何やってるんだ。こんなところで。カレーの王子様やちょい食べカレーに囲まれて。

すると、また別の客がやってきて、おれをまじまじと見た。客は中年の男で会社帰りらしく、グレーの背広に明太子模様のネクタイを締めていた。

「ううむ。カレーのコーナーにこんなものまで並べるとは。最近のスーパーはいろいろ考えるものだ。確かに理にかなっている。よし、これを買おう」
ぶつぶつとひとりで何か言いながら男は意を決した様子でおれをかごに入れた。
そして、レジに並んだ。今度こそ大丈夫なようだ。

ところが。

背広の中年男は何気なく自分の前の客のかごをのぞき込んだ。そこには、ハムやきゅうり、牛肉やじゃがいも、食パン、ヨーグルトなどに混じってみずみずしいレタスが入っていた。中年男はそれを見るやいなや、ネクタイの明太子が青ざめるほどびっくりした。

「間違えた! カレーといっしょにサラダを作ろうと思い、それにはレタスが必要だと思ったのだ! キャベツじゃない、レタスを買おうと思ったのに、間違えた! だって、キャベツとレタスは中途半端に似ているじゃないか!」

男はそこでくるりと引き返してレジを離れ、かごを持ってうろうろし始めた。結局、この男もあたりを見回し、ひと目を盗んでおれをハムやソーセージのコーナーの隅に、巧妙に隠すように放置していった。

おれはこれまでになく惨めな気分だった。レタスと間違うなんて。レタスと中途半端に似ているなんて。なんだよそれ。ひどいじゃないか。それに、寒かった。倉庫にいたときも寒かったが、ここはもっと寒い。おれはがたがたと震えだした。
「おい、聞こえるか。おい」
おれはおれ2に話しかけたが、答えはなかった。もう、店内にいないようだ。

どのくらいたったか、おれが寒くて寒くて意識ももうろうとなってきたころ、ひとりの店員がおれを見つけた。
「あああ、こんなとこにキャベツが放置されて。しょうがねえなあ」
店員はおれを持ち上げ、せかせかと野菜売り場に向かった。

キャベツコーナーはほとんど空だった。おれが店内をあちこち移動しているうち、いつの間にか夕方になっていたようだ。たったひとつ、半切りのキャベツがあったが、一見するなり前日の売れ残りとわかる、芯の部分が微妙に盛り上がったやつだった。あんなふうにはなりたくないものだ。

店員はポケットから赤マジックを出すと、おれにつけられた値札シールにへたくそな字で大きく「50円」と書いた。

50円?!

おれが、百菜の王キャベツの中でもかっこいいおれが、半切りになっただけじゃなく、赤マジックで「50円」だって!? おれはほとんど店員に殺意を覚えたが、キャベツが人間に殺意を覚えてもどうなんだという気がしないでもない。店員はその後、芯の盛り上がったキャベツを「見切り品コーナー」に移動させ、それを見ていたおれをぞっとさせた。そうか、次はああなるのか。

やがて、もう閉店間際と思える頃、30代くらいの男があたふたと入り口から入ってきた。その男はがらんとしたコーナーにぽつんと置かれたおれを一瞥するなり喜びに声を震わせた。

「これはお買い得だ」
そして、次の瞬間にはもうおれをかごに入れ、てきぱきとそのほかの買い物を進めていった。おれはそのようにして、やっと店を脱出することができたのだ。

「ただいま! いいキャベツがあったので買ってきたよ」
「え、キャベツ?」
「うん、ほら、これだよ」
「え、なんでこんなの買ってきたの?!」

「だって、50円だよ。見ろ。この色つや。一点のしみもない。切り口の美しさはカットしてからあまり時間が経っていないことを示している。巻きも十分だ。これで50円は驚異的と言える」
「はいはい、わかったわよ。でもさ、私も買ったのよ、キャベツ。二人家族なのにキャベツ多すぎない?」

妻らしき女が冷蔵庫の野菜室を開けると、そこには、おれ2が恥ずかしそうにうずくまっていた。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://midtan.net/ >

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■?×?× CrossOver Talk[1]
自分が体験したことを別の次元で試してみる
──仕事と料理の美味しいカンケイ

杏珠
< http://bn.dgcr.com/archives/20090917140100.html >
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デジクリ読者の皆さん、こんにちは。studio H.M代表のディレクター/デザイナーの杏珠(あんじゅ)です。

もうすっかり秋の空気が流れていますが、いかがお過ごしでしょうか? 食べることが好きな私としては「食欲の秋」を満喫しようかと思っています(秋に限らず、食に対してはオールシーズン満喫するつもりなのですが...〈笑〉)。

今回は「自分が体験したことを別の次元で試してみる」ということをお話させていただきます。楽しんでやったこと、何気なくやったことが、自分の宝物になるとしたら、すごく楽しいことだと思いませんか?

突然ですが、皆さん「料理」してますか? 私の場合は、母親が料理屋をやっていたことがあって、その影響でしょうか、料理をすること、食べることにものすごく興味があります(漫画喫茶に行くと、たいてい料理漫画を読むほどです〈笑〉)。「料理」に関して興味があったからこそ、いま現在の仕事や考え方についても、すごく救われたと思うことが多かったんですね。色々エピソードはあるのですが、そのうちの一つをお話します。

生まれて初めて九州旅行に行ったときに、ものすごくびっくりしたことがありました。それは、食卓に出ている醤油が「甘い」ことなんですね。普通のお宅にある醤油さしから、「甘い」醤油が出てきたら驚きませんか? 普通に醤油を小皿に入れ「しょっぱいもの」と思い込んでお刺身を食べたら...あわわわわわ...甘いんでやンス、醤油が。だし醤油(めんつゆに近い調味料)の存在は知っていたんですが、普通の食卓に出てくる醤油が「甘い」というカルチャーショックは、いまも鮮明に覚えています。

そんな出来事から月日が経った、ある日のことです。急に「卵かけご飯」が食べたくなって、生卵と醤油をご飯にかけてぐりぐり混ぜていたのですが、ふとそのとき「甘口醤油」のことを思い出したんです。で、そのときにどうしたかというと、みりんを小さじ1/2ほどご飯に入れてまぜて食べてみたら、あらら、美味しいじゃありませんか(気になる方はぜひお試しを)。「甘口醤油」を身近なもので代用できないか? という考えから生まれた出来事でした。

そこで今回の本題なのですが、自分の興味があることを実体験すると、その感覚や記憶は自分の中に強烈に残ると思うんですね。その感覚や考え方をその場だけで止めておくのではなく、別の次元や事例に置き換えて考えてみることをオススメします。

たとえば、仕事が頭打ちになって悩んでいるときに、自分なりの解決策をいろいろと考えている間は、あまり楽しいとは思えない状態だと思うんです。そんなとき、今回取り上げた「料理」に限らず、趣味や興味の度合いなども気にせず、仕事と全く関係ないことをやってみます。すると、違う考えや新しいアイデアが浮かんで来ることが多いものです。今まで気になっていた「やりたいこと」を、今度の休みの日や休憩時間に調べてみたり、実際にできることであればぜひやってみて下さい。

ポイントは「自分に興味があること」と「現在悩んでいたり、新しいアイデアが欲しいという状況」をセットで考えてみること、そしてできれば「体感」してみることです。気軽にできて、食べることで幸せにもなれる「料理」はすごくオススメです。ダンドリや片付けも勉強して体感できますし、プロセスを想像しながら組み合わせることで発想力がグンと強化されますので、ぜひお試し下さい。

今回のテーマを、私なりに考え経験した事例に、「Photoshopの「レイヤー効果」や「描写モード」をInDesignで使ってみる。そのまた逆も試してみる。」ということがあげられます。

InDesignとPhotoshopのどちらから使いはじめても、「レイヤー効果」や「描写モード」の仕組みが分かることで、InDesignで済むことならば「効率化」につながるし、Photoshopで「レイヤー効果」や「描写モード」の仕組みが分かったことがフックになり、さらに勉強することで、表現の幅が広がるという、いいスパイラルが生まれます。ぜひ体験してみたことを別の次元に置きかえて試して、色々組み合わせてみて下さい!

私の好きな料理を例にして、料理ネタ(?)をいくつかご紹介します(中には?というモノもありますが...〈笑〉)。

1)調理器具を使わない料理方法で「コンビニの焼きおむすび+あられせんべ
いを割ったもの」を丼に入れて、おにぎりを崩さないように昆布茶を注げば
「おむすび茶漬け」ができます。

2)ジャスミンティーとピーチジュースを1:1で混ぜてみる。お茶とジュースの組み合わせが、不思議なことにとてもさわやかな味になります。先にジュースを入れた方がいいようです。見た目もきれいですしね(ちなみにホットでなく、アイスで飲んで下さい)。

3)パスタの代わりに素麺を使って、冷製パスタを作る(少し固めにゆであげるのがGOODです)。

4)余った(湿気っててもOK)焼き海苔と、醤油とみりんと砂糖をすべて鍋に入れてクツクツ煮ると美味しい「ごはんですよ」ができます。

気軽に試して、気軽に考えてみて下さい。その小さな一歩が大事ですから。ぜひぜひ「自分が体験したことを、別の次元で試してみる」という発想、お試しあれ!

【あんじゅ】ask@happy-montblanc.com
Design × Lifehack × CrossOver Lab
< http://happy-montblanc.com/wordpress/ >

東京都出身。デザイン事務所「studio H.M」代表。愛車のSKYWAVE250にPSPのマップラスナビをつけて、いろんな所に出没しております。大手コンビニエンスストアと某家電量販店でAV機器(カーナビ、衛星放送機器、テレコ)の販売経験を持つ、妙な経歴の持ち主のディレクター/デザイナー。
『みんなが幸せになることはないか?』をモットーに、日々自分が気になることを追求し、仕事にとどまらず多方面で物事を追求し、答えを求めている天国思考な人物です。機械モノ(PCとかガジェットとか)やゲーム、料理(食べ物)が大好きなので、そういった関係であれば、仕事でなくともいつでもコンタクトいただければ嬉しい限りです。

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■編集後記(9/17)

・父の一周忌、菩提寺は実家のすぐそば、歩いて数分だから行くのは楽だが、なにごとがあっても檀家はものすごくお金がかかる。次男でよかった。そのときにつくられた卒塔婆だが、字がヘタなのにあきれた。とてもプロ僧侶の手になるものと思えなかった。心がこもってさえいれば文字の巧拙は問題ではないという意見もあるが、わたしは全然そうは思わない。卒塔婆もいちおう商品(?)だし。技術屋の甥は「卒塔婆プリンタ使えばいいのに」言う。正解だろう。メーカーのサイトでプリンタの駆動する動画や印字サンプルを見たが、なかなかみごとな出来だ。フォントもいろいろ使えるようだ。わたしのときはヒラギノ行書でお願いしたい。そういえば、葬儀のときに見られた大きな文字は、すべて手書きではなく、インクジェットプリント出力だった。エプソンの大型インクジェットプリンタの開発は、あらゆるビジュアルに革命的変化をもたらしたと思う。字がヘタといえば、3党連立合意書の署名で、福島瑞穂の字があまりに「子ども文字」なのに驚いた。ネットでも話題になっていて、個性的だ、カワイイという声も少なくないのはナンダカナー。読売新聞夕刊のマンガ「POPくん」で、小学生ポップ君が「この合意書は僕の将来にとって意味あるものだよ!」と熱い。「つまり僕みたいなこんな字を書く子どもでも、頑張れば将来政権の中心に入れるかもってことだもん!」福島サン、勇気をありがとう、って皮肉った話だが、いい大人が、しかも自分の名前でこんなバカ文字を書いているとは情けない。文字の巧拙はぜったい頭の程度に対称すると思う。やっぱりこの人は……。いい人だとは思うが。(柴田)
< http://www.oterasan.jp/index.html > 卒塔婆プリンタ屋さん

・先日、ベルばらの万歩計が出るというニュースをキャッチ。ベルばら好きの友人にメールしたら、「気になる〜(笑)最後死んじゃうの?」と返事が来た。わはは。リリースには「薔薇のように気高い歩数計…! 真実の愛を求めてベルばらウォーキング『遊歩計(ゆうほけい) ベルサイユのばら〜歩いて自・分・革・命 生まれてきてよかった!!〜』11月28日発売」「オスカル編/アンドレ編では、二人がお互いの愛に気づくまでを、アントワネット編では、彼女にとって初恋の相手であるフェルゼンとの切ない恋を追うストーリー展開」とある。専用無料サイトで歩数データ管理ができたり、原作の名シーンを見ることができるらしい。個人的にはエリザベート万歩計が面白そうな気が。さぼるとトート閣下に「死ねばいい!」と言われてしまい、エリザベートみたいにムキになって歩くの。見た人しかわからないネタですみませんっ。(hammer.mule)
< http://www.bandai.co.jp/releases/J2009090803.html > 遊歩計
< http://www.mayutuba.net/stage/eljen/hikaku-zuka.htm >
浮気写真を見せられて「どうすればいいの?」に対する台詞