[2761] あるADのつぶやき:伝えるべきことと伝える方法と

投稿:  著者:  読了時間:27分(本文:約13,400文字)


《そりゃないな》

■電網悠語:日々の想い[142]
 あるADのつぶやき:伝えるべきことと伝える方法と
 三井英樹

■ショート・ストーリーのKUNI[71]
 家族鍋
 ヤマシタクニコ

■?×?× CrossOver Talk[4]
 知り合いに「iPhoneが気になるんですけど...」と、いきなり聞かれたら
 どうします?──パソコンとiPhoneとの関係
 杏珠


■電網悠語:日々の想い[142]
あるADのつぶやき:伝えるべきことと伝える方法と

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20091210140300.html >
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「そりゃないな」、ボソッとアートディレクタ(AD)がつぶやく。リニューアルをしようとしているサイトや、その競合サイトを皆で見ながら、共通意識をもつための場で。

何を伝えようとしているのか、どんな機能を持たせようとしているのか、常日頃からそういった視点でいるからこその即断に聞こえる。「馬鹿じゃね」とか「意味わかんね」などのはき捨てる言葉より、重く響く。伝えるべきことと、伝える方法とのミスマッチを突いている。「表現」がすべきことを見極めているからこそ、か。

時代と技術は複雑化の一途を辿っている。でも、その受け手の人間の処理能力は、それほどのスピードでは多機能化はしていない。だからこそ「表現」の持つ力の大きさに期待が高まる。人間の処理能力と処理傾向に関してのノウハウと、今までの実績的経験値が、重なり合って高度な判断をしているのが伝わってくる。

しばらく操作をして、またつぶやく。「あぁなるほどね、これがしたかったのか」。触ってみて、操作してみて、設計思想を探ってる。そして続ける、「でも、そりゃないな」。見た目だけではない部分を評価している。

多くの人が誤解しているけれど、設計思想はキチンと伝播する。いい加減に作られたものは、いい加減さが滲み出る。そして、それはWeb屋にのみ分かるものでもない。Web屋は、ユーザの行動傾向を体系的にまとめて言葉にする能力に長けているのであって、感じる部分では差はないのだと思う。Web屋は自分が抱いた少しの不快感を、一般的にはどうかなど分析する能力が少し高い人のことなのだろう。

触ってみて、「こーいう使い方を想定していないのか」と失望することは稀ではない。その想定の狭さは、設計思想に依存しているし、万人にマッチするモノがそう多くないことを考えると、多分多くの人がそれなりに感じていることなのだろう。どんな人にどんな風に使って欲しいのかがミスマッチな製品は、触っていて可哀想にすらなる。不憫というか不幸というか、もっと考えてくれる人の下に生まれていたら、などと考えてしまう。


IT業界は、宿命的に技術寄りの判断が盛り込まれることが多い。でも、技術主導の結果、てんこ盛り状態で、何のための誰のためのものなのかが分からなくなってしまったものも多い。もはやWebは、万人受けを前面に打ち出すことから一歩引いている。製造業でさえ、多品種少量生産+カスタマイズという複雑な工程を経て消費者にモノを届けようとしているのに、一群の画面を用意すれば万人に伝わると考えること自体が甘えと見える。

適切な対象ユーザに適切な表現を。Webの軸足は確実に「絞る」方向に向いていると言えるだろう。誰に何を伝えたいのか、その問いかけの重みはプロジェクト初期の大きな課題であり、開発チームのぶれてはならない共通認識の要だ。自分達の語りかけるべき人の姿を、ペルソナなどを使って常に意識しようとしている。

けれど、4大メディアの広告費が減少していることからも、マイナーだったWebは今やメジャーである。少なくとも相対的にはそう言える。続きはWebで。多くの人が、言われなくても詳細情報や確認を求めてWebを活用している。その意味では万人のためのものでなければならない。メジャーであることの責任の重みを、ユーザビリティやアクセシビリティという視点でカヴァーしようと、バランスを取っている。特定の人に語りかけつつ、万人も無視しない。込み入ったテーマになればなるほど、微妙な配慮が必要とされる。

だからこそ、IT業界という技術一辺倒で突き進んでよい世界で、デザインが必要となり、研ぎ澄まされ続けてもいる。そして、デザインが研ぎ澄まされているからこそ、技術オタクの世界ではなく、多くの人のための情報のルツボとなりえて、メディアと呼ばれる一面も色濃くなっているのだろう。

デザインや表現の部分が担う領域は広くなっているかどうかは、技術の広がりも大きいのでそれこそ微妙だが、少なくとも深くなっている。表層的な部分ではないところでの、コミュニケーションの形態探しは年を追うごとに鋭さを求められている。

でも、それが育つ環境にあるかといえば、心もとないというのが正直なところだ。エンドユーザとのコミュニケーションを望みつつ、経済的状況から短絡的な結論に飛びつかざるを得なかったように見えるサイトも多い。見栄えの派手さで、エンドユーザの気持ちをつかんだと勘違いしているサイトも多い。「そりゃないな」とつぶやかざるを得ない場面は決して減ってはいない。


そのADは「そりゃないな」という言葉を発しながら、要件として与えられた事柄を、適切な表現に落とし込んでいく幾つものルート自体をも考えているようにも思う。逆算して、その表現に与えられた要件を考えているようにも見える。検討会議の様子まで見えているのかもしれない。

「そりゃないな」と言われるほど未熟な「表現」が、何故そこでとどまってしまったのかまでも推測する。プロセスへの視点は、言葉数が多くなくても、自分達のプロセスへの視線に影響する。反面教師的に、べからず集的な意味で刺激に満ちている。自分達の足元も見直さざるを得ない。

Webは、誰かに何かを伝える場を作るものでありつつ、その開発現場でも様々なコミュニケーションとディスコミュニケーションとが織り交ざる。そう考えると、どこからがロウンチ(公開)と考えるのかも面白いかもしれない。

設計思想が滲み出るのなら、プロジェクトのキックオフの時点からの裏側のドタバタが透かし絵のような状態で、シナリオを書き足しながら演じている即興劇。そして、公開してからもそのドタバタは決してなくなることはない。伝え伝わるという状況を作り出し続ける場に、沈静化した安定などあるはずもない。

そうした終わりのない劇を演じきれるだけの舞台設備を、デザインと呼んだり表現と呼ぶのだろう。だからこそ、演じる人たちの力量にマッチし、観客達の受容度にマッチした舞台でないと破綻が起こる。破綻が起こらないように、なんらかのルールや制限は設けるが、自然発生的に起こるポジティブな波自体は制限したくない。そこに舞台監督としての力量が現れる。

「そりゃないな」と言われる状況があるならば、「そうくるか」と唸る場面もあるはずだ。語るべき相手にそう思われる舞台作り。それがWeb屋の制作現場。リアルなツブヤキが、目指すべき方向性を示唆してくれている。

【みつい・ひでき】感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
・配信の日の未明まで原稿かいてます、そりゃないな......。
・mitmix< * http://www.mitmix.net/ >

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■ショート・ストーリーのKUNI[71]
家族鍋

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20091210140200.html >
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週末の夜、ここ六反田家ではいましも鍋を囲んで夕食が始まるところだ。主の宗一郎が眉根を寄せ、手には箸ととんすいを持って言った。

「私はうそとか秘密というものが大嫌いだ」
妻の清美が白菜のざく切りを鍋に入れながらうなずいた。
「私もですわ」
「今日の私は悩みを抱えている。どういう悩みかというと、私はあるものを探している。いや、探したいが、それが何なのかわからないのだ」
「おっしゃってることがよくわかりませんわ」
清美が言った。

「だれかが私の何かを隠したような、そうではないかもしれない気がするのだ。清美、おまえじゃないだろうな」
「いったい何のことでしょう。ん〜ん〜んんんんんんんんん〜ん〜」
「なんで急に『川の流れのように』を歌うのだ」
「あら、歌ったかしら。たぶん無意識ですわ。そういえばさっき買い物のとき商店街のレコード屋の前を通ったときに『川の流れのように』がかかっていましたから、それがくっついたのですわ、私の耳に」

「おとうさんの話はいつもちんぷんかんぷんなんだよ。たららららららららららら、ら〜ら、らら〜ら」
「太郎、なんだ、そのメロディは」
「なんか言ったっけ? ああそうだ。サザエさんのテーマソングかな。無意識だよ」
「なんだ。みんな無意識だと言うのか。いいさ。それなら私も今後は無意識でいく」

「意味がわかりませんわ。あ、そこの鶏肉、まだですよ。いま入れたばかりですから」
「明日、私、友だちのところで泊まっていいかなあ。るるるるる〜」
「明美、なんでいきなり『あこがれのハワイ航路』を歌う」
「そんなもの歌ってないわよ。いま、無意識にコブクロの『桜』を歌ったのよ。さっきそのメロディが私の携帯で鳴ったから、耳に残ってたのね」
「ああ、そのエビもまだですわ。あなた、食べるならこっちのしらたきを。白菜も煮えてます」
「おかあさん、ぼく、ホタテ貝を食べたい」
「ああ、ホタテ貝は食べ頃よ、ほら」

「ところで私のあるものがどこにあるか、みんなは知っているのだろ。隠してもだめだ」
「そんなふうに聞かれたってわけわかんないわよ」
「お父さんはうそをつく人間は大嫌いなんだ」
「だから私も嫌いですって言ってますでしょ」

「お母さんはうそをついてるよ」
太郎が言った。
「え、なんですって。私が、いつうそをついたって言うの」
「商店街のレコード屋は今日は一日中『サンタがママにキスをした』と『ラスト・クリスマス』を交互にかけてたんだ。『川の流れのように』なんてかけてないよ」
清美はぎくりとした。
「そそ、そうだったかしら。じゃあお母さんの思い違いね。ほほ、ほほほほほ」

「おかあさんはさっき、電話のあとで急ににこにこしながら『川の流れのように』を歌い出したね。なぜだかしらないけど」
「なんだって」
宗一郎が険しい声を出した。
「なんでもありませんわ」
「なんでもないって、おまえ」
「なんでもないのよ」
「だれなんだ。はっきり言え」
清美は観念したように言った。
「美空ひばりですわ、『川の流れのように』は」
「ああ、そうだったな」

清美は安堵の表情を浮かべるや太郎に向き直って言った。
「そういう太郎ちゃんも、うそをついてるわね」
太郎はぎくりとした、ことを顔に出すまいとして言った。
「ぼくはうそなんかつかない」
「よく言うわね。さっきあなたが口ずさんだのはサザエさんのオープニングのテーマだったわね。今日はサザエさんは途中からかけたのに」
「え、そうだっけ? お母さんの勘違いじゃないのかな?」

「今日、あなたが外から帰ってきたとき、あなたは『宇宙戦艦ヤマト』のテーマを歌ってたわ。無意識のうちに耳についてたのね。そのことに自分で気づいてごまかそうと、わざとらしくサザエさんのテーマを歌ったのよ。子どものくせになかなか巧妙な手口ね。でも、お父さんならまだしも、私をごまかせると思ってるの」
「お母さん、考えすぎだよ。ふっ。どうしてぼくが。まるで何か後ろめたいことがあるみたいじゃないか」
「あら、ないとでもいうの」

「太郎もお母さんもやめてよ。みっともない」
「そうだとも。見なさい、鶏肉がこんなによく煮えている。ぼこぼこぼん、ぼこぼこぼんと歌うように」
「明美。私は知ってるのよ。あなたが外から帰ってきたとき、無意識に『さそり座の女』を歌ってたのを」
「そんな古い歌歌わないわよ」
「隠してもむだよ。あなた、まだ高校生だというのに中年の愛人がいるんでしょ。その人が歌ってた歌が耳について、無意識のうちに口ずさんでいたのよ。思わぬところでぼろが出たわね。この尻軽女」

「知らないってそんな歌。私が外から帰って来たときに歌っていたのはたぶん、嵐の『Believe』よ。友だちのサオリが歌ってたからうつったんでしょ」
「いいえ『さそり座の女』にしか聞こえなかったわ」
「ああ、また今年も紅白歌合戦か」
「むちゃくちゃだわ、お父さんもお母さんも」

「それに、この前の日曜日はお友達と神戸に行ってきたと言ったけど、あれもうそね」
「うそじゃないわ」
「あなたが帰ってきたときに、無意識で口ずさんでいた曲が何だったと思ってるの」
「覚えてないわよ、そんなの」
「道頓堀のかに道楽のテーマ曲よ」
「えっ。♪とれとれぴちぴちカニ料理〜」

「♪同じのれんの〜...歌わせないでちょうだい。あなたの口からあの歌が出てくるなんて。何が神戸なの。ここはノース大阪、阪急沿線よ。神戸に行くのにわざわざ道頓堀を通る人はいないわ。さあ、白状なさい」
「わかったわよ。ばれたら仕方ないわ。ふん。私はね」

「おまえたちは何をくだらないことばかり言ってるんだ。みなさい、餅巾着がこんなに魅力的に煮えている。いま食べずしていつ食べるのだ」
「あなた、何か悩んでいらしたのでは」
「ああ、そうだった。私のあるものがなくなったと思うのだが、それが何か、実は思い出せない。ただ、なくなったというそこはかとない、しかしリアルな感触があるのだ。お魚くわえたどら猫、追っかけて〜。ああ、太郎の歌ってた歌がうつってしまった。とにかく私はうそはきらいだ」

「ひょっとしたら、探してるって免許証のこと。そこで煮えてるけど」
太郎が鍋の白菜のかげでぐつぐつ煮えている運転免許証を指さした。
「ああ、こんなところに! しかし、これではないようだ。これを見ても私はちっとも『探していたのはこれだ』という実感を持てない。だから、これではない。探していたものにめぐりあったときはもっと感動があるはずだ」

「じゃあそれは。お豆腐としめじの間に健康保険証が見えるけど」
明美が言った。
「ああ、こんなところに私の健康保険証が! しかしこれではない。健康保険証の発見も私に何の感動も与えないのだ」
「あら、餅巾着の中に印鑑登録証が入ってましたわ」
「いい加減にしなさい。そんなものが入ってるわけがないじゃないか」

「なんだかがまんできなくなってきましたわ。今夜は太郎や明美の秘密をあらいざらいぶちまけてもよろしいでしょうか、あなた」
「じゃあ私もぶちまけてもいいのね、お母さんの秘密」
「んんんんんん〜ん〜♪」
「あなた、どうしたんですの。いきなり歌い出して。それは小学校の校歌かなにかですか」
「なんでこれが小学校の校歌なんだ。私は音痴か。西田佐知子のコーヒールンバじゃないか」
「どうしてそんな歌を」

「たぶん、いま食べた鶏肉がブラジル産だったのだ。この鶏肉に、生まれ育ったブラジルの記憶がしみついていて、そこからうつったのだ。ブラジルといえばコーヒーだからな。こういうこともあるのだな。やがて心うきうき〜♪あつっ。やけどした」
「お父さんののことはほっておきましょう。明美、いつかあなたと対決する日がくると思っていたわ」
「もー、お母さん、何言ってるのよ」
「太郎も太郎よ。あなた、コンビニで万引きしたでしょ」
「してないよ」
「道路の向こうのほうのコンビニKではいま、宇宙戦艦ヤマトのタイアップキャンペーンをやってるのよ。あの店で曲がうつったのね。わざわざ遠くのコンビニに行って、そのことを隠そうとするなんて。万引きしか考えられないじゃないの」
「ほかにも考えられるだろ」
「いいえっ」

「ううむ、そうだ。私が探していたのはこのような家庭の『盛り上がり』かも知れぬ。それがないから毎日、なにか物足りなくてもんもんとしていたのか。そうか。今夜はなかなかよい感じである」
「お母さんこそお父さんに隠れて何やってるか、私知ってるんだからね」
「なんですって、この」
「親だからって許さないし」
「もういやだよ、こんな家」
「鍋ひっくり返すぞ」

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://midtan.net/ >
< http://yamashitakuniko.posterous.com/ >

今年もお世話になりました。来年の目標を2つたてました。
1.あわてない
2.落ち着く
ついでにもうひとつ立てました。
3.新しいデジカメをたぶん、買う
ついでにもうひとつ
4.InDesignを使ってみようか
以上です。

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■?×?× CrossOver Talk[4]
知り合いに『iPhoneが気になるんですけど...』と、いきなり聞かれたら
どうします? ──パソコンとiPhoneとの関係

杏珠
< http://bn.dgcr.com/archives/20091210140100.html >
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デジクリ読者の皆さん、こんにちは。studio H.M代表のディレクター/デザイナーの杏珠です。今回は、ガジェットが大好きな自分らしく「iPhone」のお話をさせていただきます。

先日、行きつけ美容院で、順番待ちのあいだにiPhoneでメールチェックをしていたところ、担当のお兄さんが私のiPhoneを見て「杏珠さん、iPhoneですね。自分も欲しいとおもっているんですけど...実際のところ、使ってみてどうですか? 便利なんですか?」と、色々質問を受けました。

さて、いつものごとく皆さんに質問です。iPhoneを周りで使っている人、どのぐらいいらっしゃいますか? 私の知り合いの中では、3割ぐらいがiPhoneユーザーです。普通の一般職の友人の中では、まだ一人も持っている人を見ていません。最近では電車内などでも、iPhoneやiPod Touchを使っている人を多く見かけるようになりました。

私の携帯電話の歴史はというと、PHSからはじまって、携帯電話との両刀使いを12年ほど。キャリア(通信事業会社)ではアステル以外のPHS、携帯電話は3キャリアをまんべんなく使っていました(途中、ケータイは2キャリア同時持ちの時もありました)。複数台の携帯電話を持っている時に「なんかいかがわしい...」と何人からも言われたこともありました(笑)。

でも、こんな携帯電話という小さな機械で、電話も、メールも、インターネットもできるなんて、なんて素晴らしいんだ! とにんまりしながら使っていただけなんです。iモード、写メール、ウォークマン携帯、タッチパネル式ケータイ、モバイルフォン...書き始めたらキリがないのですが、その小さな機械にすごく「未来」を感じながら使っていたんです。

そんな中、まだiPhoneが存在しない頃、ふとあることに気がついたんです。『色々なことができるけど、携帯電話って、やはり電話なんだよね』って。当たり前のように聞こえますが、これが自分にとっては実に深いんですよ(笑)ここに携帯電話からiPhoneに切り替えた理由の大きな流れがありました。

ちょっと話が外れますが、今回の話に関係している事なので、今まで所有してきたパソコンの話をします。仕事用にMacはこの15年ぐらいは、ずーっとデスクトップ型を使っていまして、平行してウィンドウズマシンもデスクトップとノートパソコンを引き継ぎながら使っていました。

デザイン事務所にいた頃は併用して富士通のINTER Top*とかPanasonicのピノキオ**といったミニノートやモバイル端末も同時に使っており、その流れでデータ通信はPHS、電話は携帯電話という使い方をしていたのです。
*< http://www.fmworld.net/intertop/ >
**< http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/961219/pino.htm >

このようにマニア的にパソコンやガジェットを用いていたので、それら機械を関連づけて使うというよりも、機械ごとの個別の機能やテクノロジーを味わうという感じでした。当時は『モバイルするぜ!』といっても、いかんせん通信回線速度が遅いので、せいぜいメールやテキストベースのサイトを見るぐらいでしたから、そのためにノートパソコンを持ち歩くのはちょっと...というのが正直なところでした。

その当時のモバイル環境に大きく変化をもたらしたのが、PHSや携帯電話で送受信できるEメールの登場です。実際にメールをする相手のほとんどはプライベートだったので、長文のメールというよりも、フランクな短いメールで済みました。仕事のメールも、閲覧するだけなら携帯電話でも問題ないというのが分かってからは、モバイルマシンを持ち歩くことが少なくなりました。

その後は皆さんもご存じの通り、携帯電話でウェブサイトも見られるようになり、写真も撮れるし、音楽も聴ける、ワンセグでTVも見られて、機種によってはパソコンから送られてきたワードやエクセル、PDF等の添付書類も見られるようになりました。そのため、よほどのことでない限りは、携帯電話ひとつでモバイル生活は事足りるようになりました。

そんな便利に使っているのにも関わらず、自分ってやっぱり欲張りなんですよね(笑)。ここで携帯電話に対して不満がありました。

1)機種変更をするたびに、操作方法が変わってしまう(キャリア独自の仕様によって、できないことも出てくる)。
2)各携帯電話の電話帳データの互換性が完全でなく、機種変更するときに今まで登録していたデータが完全に移行できないこともあった。
3)パソコンで携帯電話内のデータ管理ができないことや、データ管理ソフトによっては使えない機能もあった。

とはいっても根っからのガジェット好きなので、上記の3つの不満があっても機種変更するたびにワクワクしながら新しい機械を触るのはものすごい嬉しいですし『できない』や『トラブル』を解決するのが大好きな自分としては、もはや不満ではなかったりしますが...(笑)

そういった携帯電話との生活の中で、すばらしく魅惑的なガジェットを入手しました。それが2008年1月に入手した「iPod Touch(初代8Gモデル)」です。元々MP3プレーヤーが欲しいと思っていたのですが、どうにもしっくりくるモノがなく、そんなときにiPod Touchの存在を知りまして『これだ!』と思い、速攻で入手しました。

iPod Touchを入手してから、自分の中で携帯電話に対してモヤモヤしていたものが何かということがハッキリしてきました。それは『Mac内の自分に必要なデータをそのまま同期できる利便性と安心感が欲しい』ということでした。以前、Visor Deluxe*というPalmOS搭載ガジェットを使っていました。Mac内でデータの同期ができるというのがものすごく新鮮で、本体以外でもデータが保存ができることに安心感が持てたのです。
*< http://www.ad-visor.net/guide/guide_chapter1-1.html >

MP3プレーヤーとして、動画やデータのビュアー、ウェブ閲覧、メール、ゲームに...そして、仕事でもプライベートでも活躍しているMacとの親和性、Appleらしいそぎ落とされたデザインや操作性の魅力にクラクラしました。

それほどゾッコンのiPod Touchでしたが、使えば使うほど悩ましいことも出てきました。それが『Wi-Fi環境でしかネットワークに繋がらない』ということです。家の中では、意識せずにいつでもWi-Fiを快適に使っていましたが、一歩外に出ると、フリースポット以外では、ネットワーク機能は一切使えないのです。ある意味、生殺しに近い状態で...。iPod Touchで思わずメールチェックしようとしたことも2回や3回ではありません。もちろん、チェックできるはずもなく(笑)。当時は所有していた携帯電話も大好きでしたが、『小さなMac』というべきガジェットの魅力には勝てませんでした。そんな日々を過ごしている中、ついにその日はやってきたのです。

2008年8月30日、iPhone3G(16Gモデル)購入。7年間使っていた携帯電話からiPhoneに変えて、心底良かったと思っています。そして今年、iPhone3GS(32Gモデル)に機種変更しました。体感速度も容量もUPして、今までにない使い方も日々発見できて、ますます手放せない一品になりました。

私の場合、モバイル機器やパソコンを常に使っていて、機械モノが好きで、Apple製品が好きという歴史があって、そこからiPhoneを購入するに至ったわけなので、一般の方とは違うケースだということを前提にして、くだんの美容院のお兄さんには以下のことをお話しました。

1)パソコン(Mac、Windowsどちらでも)はなくても一応使えますが、パソコンがないと、いざというときや機能は十二分に発揮できません。(データの整理等)
2)おサイフケータイ機能、モバイルSuica(ICOCA、TOICAなど)は使えません。
3)比較的バッテリーの減りが早いので、バッテリーの予備は別途購入することを前提にした方がいいと思います。
4)携帯電話専用サイトやサービスは基本的に利用できません。
5)デジカメの画素数は低めです。
6)タッチパネル式なので、従来の携帯電話のようにボタンを押している感覚がありません。

そして、上記の携帯電話に持っていない機能を踏まえた上で、iPhoneのオススメなところとして。

1)やはり一番の魅力は『小さなパソコン』と思ってもらった方が分かりやすいのですが、有料、無料を問わずに膨大なアプリケーション、そしてWebサービスが公開されていますので、自分にあった機能を追加することが可能。それによってiPhone一台一台が全く違う次元の『携帯電話』になります。お小遣い帳、手書きメモ、音声をテキスト変換、撮った写真の特殊加工、パソコン経由でのプリントアウト、コードレス電話の子機として使う、プレゼン用マウス、路線検索、地図検索など、例をあげればキリがありません。

2)パソコンを併用して使うことで、iPhoneは何倍にも利便性が高まります。アプリケーションによっては、パソコン版やウェブ版も出ています。管理はパソコンで、データの収集や閲覧をiPhoneで行い、リアルタイムにパソコンやWeb上のデータと同期することで、パソコンからでもiPhoneからでも、常に最新状態のデータを活用することが可能。自宅でチェックしたWeb上の記事を登録しておいて、あとで読むといったRSSリーダーとか、仕事で作成したデータが入っているパソコンを遠隔操作することなども。

3)用途やアプリを最小限にすることで、タッチパネルで直感的に操作することが可能。マニュアルを熟読しなくても、使い慣れるのに時間がかかりません。

4)iPhone内の電話帳データ、写真、動画、音楽は、iTunesを使ってパソコンとiPhoneとのデータの同期、入力、管理ができます。iPhone内のデータはパソコンでバックアップできるので、万が一の時のための保険にもなります。

という話を店員さんにしたところ「前向きに検討してみます」と笑顔で返してくれました。自分は『機械と人間とのいい関係を築き、その架け橋になりたい』という信条で色々な方にパソコンやガジェットのお話をさせていただいています。そうすることで、AppleユーザーやiPhoneユーザーが増えることは歓迎です。せっかくワクワクする新しいテクノロジーに触れられるのに、よく分からないまま購入して『これ、使えないな』となるのだけは本当に避けてほしいので、iPhone購入の際には、一軒のお店だけでなく、二、三軒お店を回ってみて店員さんに聞いたり、関連書籍を読んでからにすることをオススメします。パソコンに詳しい人がいれば、その人に聞いて見るのもよいかと思います。

今回はiPhoneの購入についてお話させていただきました。iPhoneに限らず、色んな機械やテクノロジーに触れると、新しい見方や考え方が生まれることも多いので、ぜひ色んなモノに触れてみて下さいませ。

【あんじゅ】ask@happy-montblanc.com

東京都出身。デザイン事務所「studio H.M」代表。エディトリアルを中心にデザイン業を営んでます。愛車のSKYWAVE250にPSPのマップラスナビをつけて、いろんな所に出没してます。大手コンビニエンスストアと某家電量販店でAV機器(カーナビ、衛星放送機器、テレコ)の販売経験を持つ、妙な経歴の持ち主のディレクター/デザイナー。
『みんなが幸せになることはないか?』をモットーに、日々自分が気になることを追求し、業種、仕事にとどまらず多方面で物事を追求し、答えを求めている天国思考な人物です。最近はモチベーションを上げるためにはどうしたらいいか? ということもよく考えるようになったので自分で勝手に『モチベーションクリエイター』という肩書きを作りました(笑)。
趣味は機械モノ(PCとかガジェットとか)やゲーム、料理(食べ物)が大好物です。業種、仕事の内容、もちろん仕事でなくとも『ピンっ!』と何かを感じてくれましたら、いつでもコンタクトいただければ嬉しい限りです。
< http://happy-montblanc.com/blog/ >

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■編集後記(12/10)

新クロサギ 1 (ビッグコミックス)・黒丸+夏原武(原案)の「新クロサギ」を読む(小学館ビッグコミックス)。世に三種の詐欺師がいて、白鷺は人を騙し金銭を巻き上げる詐欺師、赤鷺は異性を餌とし心と体を弄ぶ詐欺師、黒鷺(クロサギ)は白鷺と赤鷺のみを餌とする「史上最凶の詐欺師」である、という。主人公はそのクロサギで、卑劣なシロ・アカのサギどもを罠にかけて破滅させ、たいていは気の毒な(善良な、騙されやすい)被害者を救済するストーリーだから後味はいい。このシリーズは全20巻の「クロサギ」があって、その後の「新クロサギ」なのだが、実は掲載誌が変わったから新がついたらしく、設定に変わりはない。長く続いているのだから、世に詐欺のネタはつきないようである。今回読んだのは、二重詐欺、運送詐欺、必勝法詐欺、当選詐欺、エステ詐欺、導入詐欺の8話。巻末にはデータ・ファイルという、それぞれの詐欺の仕組みの解説やアドバイスがあって、これがとても明解。ところで「ライアーゲーム」も引き続き読み進めているのだが、マンガのくせに投げ出したくなるほど難解だ。それにくらべたら、なんともわかりやすくて、しかも勉強になる。主人公の過去や、彼につながりのある人物たちの動きも平行して描かれていて興味深い。テレビドラマ化、映画化もされているがどちらも見ていないので、レンタルショップでDVDを探してみようかと思う。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091822584/dgcrcom-22/ >
→アマゾンで見る(レビュー5件)

・Monkey Lightが届いた。一週間かからず。手作り感のある商品。説明書はノイズだらけのモノクロ両面コピー2枚。取り付け写真が見づらい。わからなければネットでね、とあるところが今っぽい。アクセスすると写真があって、「このぐらい締め付けないとゆるいよ〜」とあるところは役に立った。まだ取り付けていないけれど。取り付ける前に、とにかくどんなものか見たくて、電池を入れ電源オン。まぶしいこと、まぶしいこと。明るさは二段階にできる。が、どちらも残像が残るぐらいまぶしい。スイッチは4つあって、それぞれ電源、スピード、色、パターン。電源以外は一度押すと選択できるようになり、LEDの一番左が点滅する。同じスイッチをもう一度押すと右隣のLEDが点滅し、それらが選択肢。そのまま放置していると確定。早く乗っているところを見てみたい。乗る人は見られないんだよね〜。(hammer.mule)
< http://www.instructables.com/id/EYLM8D2FA2KM05U >  取付
< http://www.monkeylectric.com/support.htm >  サポートページ
< >  こうなるはず