[3223] 三十八年前の「愛すべき卑劣漢」

投稿:  著者:  読了時間:33分(本文:約16,200文字)


《何があっても笑っとけ》

■映画と夜と音楽と...[536]
三十八年前の「愛すべき卑劣漢」
十河 進

■ところのほんとのところ[75]
 ポートレートも撮っています
 所幸則 Tokoro Yukinori

■歌う田舎者[31]
 スマイルしなけりゃ意味ないね
 もみのこゆきと




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■映画と夜と音楽と...[536]
三十八年前の「愛すべき卑劣漢」

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20120309140300.html >
───────────────────────────────────
〈斬る/ダイナマイトどんどん/ロンゲスト・ヤード〉


●「『京都買います』は名作だ!」と後輩の男が騒いでいる

ツイッターで岸田森botをフォローしている。岸田森のセリフを定期的につぶやいてくれるのだが、そのセリフの出典がけっこうわからない。岸田森の出演作はかなり見ているはずなのに...と、ちょっと悔しい思い(?)をしている。岸田森が死んで、今年の暮れで30年になるらしい。今でも人気のある役者さんである。僕も好きな俳優だった。

「怪奇大作戦」や「傷だらけの天使」などのテレビシリーズを見て、岸田森のファンになった人は多い。円谷プロ制作「怪奇大作戦」は、明朗で影のない役の勝呂誉と松山省二、それに対して思索的で虚無的な岸田森という取り合わせで、見終わると岸田森が印象に残る。未だに「『京都買います』は名作だ!」と僕の会社の10年ほど後輩の男が騒いでいる。

40年前には、大学の友人が「岸田森は、日本で唯ひとり吸血鬼がやれる俳優だ!」と大騒ぎしていた。彼は、「呪いの館 血を吸う眼」(1971年)「血を吸う薔薇」(1974年)という山本迪夫監督の吸血鬼映画を絶賛した。「血を吸う眼」「血を吸う薔薇」はカルトムービーとして、マニアの間で評判になった。牙をむき出した岸田森の顔は、本当に怖かった。怪優という言葉は、彼のためにあった。

余談だが、新宿ゴールデン街「深夜+1」の以前の店の名前が「血を吸う薔薇」だった。1970年代後半だったと思う。その頃、大学の同級生や先輩が次々にゴールデン街で呑み屋を始めたので、ときどき顔を出していた。当時は阿佐ヶ谷に住んでいて、新宿も近かった。そんな頃、「血を吸う薔薇」という看板を見て「凄いなあ」と思ったが、簡単に入れる店名ではなかった。

僕が初めて岸田森という俳優を記憶に留めたのは、島倉千代子主演のメロドラマ「この世の花」(1965年放映)である。「この世の花」は島倉千代子のヒット曲で、それをベースにした悲恋ものだ。ヒロインの相手役が若き岸田森だった。なぜよく憶えているかと言うと、母親がドラマを見ながら「この人、悠木千帆のダンナさんやって...」と言ったからだった。

岸田森は個性的な風貌だが、後に吸血鬼役をやるくらいだから、いわゆる二枚目ではない。めそめそしたメロドラマで、ヒロインの相手役をやるようなタイプではなかった。ただテレビに出始めた頃、岸田森は二枚目風の役が多かった。内藤洋子の人気が高まった「氷点」(1966年放映)でも、ヒロインをかばう血のつながらない兄の役で知的でかっこよく見えた。

そのかっこいい青年俳優が悠木千帆と結婚していることが、中学生の僕には驚きだったのだ。悠木千帆は、その後、改名し樹木希林になった。その頃は、「七人の孫」(1964年放映)という森繁久爾主演のホームドラマで、お手伝いさんを演じて有名になっていた。中学生の僕の記憶にも残ったのだから、きっと演技がうまかったのだろう。

数年前、津野海太郎さんの「おかしな時代〜『ワンダーランド』と黒テントへの日々」という本を読んでいたら、当時の岸田森と悠木千帆の話が出てきた。津野さんはずっと晶文社の編集者だったと思っていたのだが、若い頃は演劇を志し、その世界で様々な人脈を持っていたようだ。津野さんと岸田森と悠木千帆は、劇団仲間である。その頃の写真も掲載されていた。

もっとも、岸田森と悠木千帆の結婚生活は長く続かない。1964年から1968年まで、四年ほどで終焉を迎える。1968年には、岸田森は「怪奇大作戦」のレギュラーだった。同じ年、東宝映画「斬る」と「弾痕」に出演している。「斬る」は同タイトルで三隅研次監督・市川雷蔵主演の名作があるが、岡本喜八監督版もよくできた時代劇だ。「斬る」の岸田森を見て、僕は熱烈なファンになった。

●「斬る」の岸田森は最も印象に残る悲劇的な役だった

「斬る」は、黒澤明の「椿三十郎」とよく似た話だ。原作も同じ山本周五郎である。藩政の不正を糾弾し、家老に天誅を下した七人の若侍が砦山に籠もる。同時に江戸の主君に密使が走る。主演は仲代達矢と、売り出し中だった新劇俳優の高橋悦史である。出番は少なかったが、若侍のリーダー役の中村敦夫が注目された。あとの顔ぶれは、久保浩、中丸忠雄、橋本功、地井武男といったところだ。

「斬る」の岸田森は、十数番目にクレジットされる脇役である。しかし、最も印象に残る悲劇的な役だった。あの独特の目が悲しみをたたえ、愛する女を身請けするために命をかける。岸田森は剣道の有段者だそうだが、「斬る」では悲愴で壮絶な殺陣を見せてくれる。人を斬るときに腰が入っている。時代劇の出演も多い人だけれど、これだけ本格的な剣豪役は他になかったと思う。

仲代達矢が演じるのは、武士を捨てた腕の立つやくざ者。武士の世界を嫌って、気楽な旅人をしている。高橋悦史の役は元百姓だが、武士になりたくて浪人姿で旅をしている男だ。食い詰めて、城下にたどり着く。このふたりが知り合い、「武士なんかつまらん」と言う仲代に、「百姓の生活はひどいモンだ。俺は武士になるんだ」と高橋悦史が答える。ふたりの掛け合いは、笑える。

武士の世界の汚さを知る仲代は、若侍たちと知り合い彼らの味方になり、藩の権力者たちの中で誰が黒幕か突き止めようと探り始める。高橋悦史は手柄を立てれば武士に取り立てるという次席家老の甘言に乗って、砦山に立て籠もる若侍たちの討伐隊に応募する。次席家老は藩士ではなく、浪人たちをかり集めて若侍たちを討伐しようとしている。

その討伐隊の長を引き受けるのが、剣豪の風格を見せるストイックな岸田森だ。ただ、彼は報償として金が欲しいと言う。妻(許嫁だったかも)が女郎に身を落としているのだ。演じるのは田村奈巳。すらりとした美人の女優さんである。どういう事情があるのかはわからないが、岸田森と田村奈巳のシーンには深い情感があふれる。男は、愛する女のために命をかける。

若侍には仲代達矢が味方しているが、高橋悦史が加わる浪人たちの討伐隊が砦山をめざして登っていく。敵と味方にわかれているわけだ。仲代達矢にも、高橋悦史にも、そして岸田森にも感情移入している観客たちは、一体どういう展開になるのか予想がつかない。だが、その頃には藩政を牛耳っていた黒幕の正体も割れている。その黒幕は、浪人たちも使い捨てにしようと企んでいた...。

この後、敵味方、入り乱れての大乱闘になる。その乱闘の中で、岸田森の最大の見せ場があるのだ。そのときまで、岸田森は厳しい表情を変えない。剣一筋に生きてきた、ストイックな男の凛々しさと哀愁が彼を包んでいる。彼は自ら最も危険な任務を引き受け、死地に赴く。「斬る」を見ると、そんな岸田森が深く深く脳裏に刻み込まれる。

●岸田森が印象的な岡本喜八監督作品「ダイナマイトどんどん」

岡本喜八監督は、同じ俳優をよく使う。岡本組の役者としては、仲代達矢、岸田森、天本英世などが有名だ。監督自身の体験をベースにした「肉弾」(1968年)では、若い頃の自分に似ていることから寺田農を主人公に抜擢したが、その後、彼も岡本作品には多く起用された。岸田森、天本英世、寺田農などには共通するものを感じる。そんな役者たちが岡本監督は好きだったのだろう。

岸田森が印象的なもう一本の岡本喜八監督作品は、「ダイナマイトどんどん」(1978年)である。僕は公開を待ちかね、新宿の封切館でカミサンと見た。まだ、ゴールデン街に「血を吸う薔薇」というバーがあった頃のことだ。僕は就職して3年、子供は生まれておらず、それでも学生時代はとうに過ぎ、あまり裕福ではなく、風呂もない狭いアパートで暮らしていた。

「ダイナマイトどんどん」は、今でもはっきりと憶えている。そのとき一度見ただけなのに、ストーリーはもちろん様々なシーンが甦ってくる。しかし、もう30年以上も昔の映画なのだ。出演者たちは老けたし、岸田森は「ダイナマイトどんどん」の4年後に亡くなった。それでも、僕の中では「ダイナマイトどんどん」は、昨日見た映画のように鮮明なのだ。野球のボールを持ってニヤリと笑う、男たちのラストシーンが浮かんでくる。

「ダイナマイトどんどん」で、岸田森は気障で卑劣な戦後ヤクザを演じた。卑劣と言っても笑えるキャラクターである。長い髪にカンカン帽をかぶり、派手なジャケットを着てコメディタッチのちょこまかとした動きを見せる。その動きが印象に残る。トラックに尺取り虫のような格好で取りすがっているシーンが、30数年間、ときどき僕の中で不意に甦る。

「ダイナマイトどんどん」は、「花と龍」で有名な火野葦平の小説「新遊侠伝」を原作にしている。しかし、子母澤寛のエッセイから「座頭市物語」(1962年)が生まれたように、シナリオを担当した井出雅人によれば、原作にヤクザたちが野球の試合に目の色を変えるという箇所があり、その部分だけを膨らませて映画化したものだという。

火野葦平だから、舞台は北九州である。戦後まもなくの頃、ヤクザの抗争が盛んで、映画はそんなシーンの連続で始まる。コメディタッチで喧嘩騒ぎや発砲騒ぎが描かれ、やがて手打ち式になる。昔ながらの博徒である岡源(嵐寛寿郎)と近代ヤクザの橋傳(金子信雄)が対立し、警察署長(藤岡琢也)と進駐軍の提案で野球の試合で決着をつけることになる。

九州の様々なヤクザの組が、野球のトーナメントに参加することになる。そこで始まるのが、スカウト合戦である。野球のうまいヤクザを集めてくるのだ。ヤクザの組内でも価値観が変わり、度胸がよく喧嘩が強い奴より、下っ端でも野球のうまい奴が取り立てられる。面白くないのは、昔ながらの博徒を気取る遠賀川の加助(菅原文太)である。

このエピソードのとき、女郎屋の部屋の障子をいきなり開けて、寝ていた男(背中にクリカラモンモン?)に札束を突きつける岸田森のシーンがあったと思う。白いサマースーツに白いパナマ帽、レイバンのサングラスをした典型的なアプレゲールのヤクザだ。進駐軍とも、うまく取引をしているのだろう。彼は、金の力で野球のうまいヤクザをスカウトする。

そんな騒動の中、元野球選手で指を二本詰めたために魔球が投げられるようになった、神戸のヤクザ銀次(北大路欣也)が橋傳組の助っ人として呼ばれる。彼は加助が惚れている小料理屋の女将(宮下順子)の昔の男である。「ヤクザが野球でシロクロつけるなんてぇのは邪道だ」と言っていた加助は、恋のライバル出現で俄然やる気になる。

●「愛すべき」と形容詞がつく卑劣なキャラクターを創り上げた

「ロンゲスト・ヤード」(1974年)という映画がある。刑務所に入れられた元アメリカン・フットボールのプロ選手(バート・レイノルズ)を中心にした囚人チームが、ノンプロの強豪である看守チームとアメフトの試合をする映画である。囚人チームを組むために、バート・レイノルズが連続殺人犯などをスカウトしていくエピソードが笑わせた。日本では1975年初夏の公開だ。

「ダイナマイトどんどん」は、おそらく「ロンゲスト・ヤード」にインスパイアされたのだろう。僕は「ロンゲスト・ヤード」も「ダイナマイトどんどん」も大好きだが、どちらの映画も「七人の侍」(1954年)のように、メンバー選びが見せ場なのだとわかっている。それぞれのキャラクターがはっきりしているほど、試合のシーンが面白くなる。

しかし、加助がいくらがんばっても、スカウトした外人部隊に頼らない岡源組のチームは弱小である。そんなとき、オヤブンが徳右衛門(フランキー堺)という監督を連れてくる。傷痍軍人なのか、復員兵姿で松葉杖を離せない。彼が厳しく岡源ナインを鍛えていく。彼らのユニフォームはダボシャツにステテコ、頭にハチマキである。背番号は花札の絵柄だ。

いよいよ試合が始まる。九州中のヤクザたちが、目の色を変えて野球の試合に参加する。パットは細身の刃を入れた仕込み杖、試合の前夜に金属のスパイクにヤスリをかける。滑り込んで蹴り上げれば、相手の野手は怪我で退場だ。文字通り命がけの試合である。ヤクザの出入りと変わりはない。

そんな中、卑劣な役をひとりで担っているのが、岸田森が演じた戦後ヤクザの幹部・花巻修だ。保釈金を積んで野球のうまいヤクザを請け出したり、札束で頬を叩いて八百長をやらせようとしたり、卑劣漢として神出鬼没(?)である。おしゃれなインテリヤクザっぽい風貌で登場し、いきなりずっこけて笑いを取る。「傷だらけの天使」の辰巳役で磨き上げたキャラクターである。

そう、「傷だらけの天使」(1974-1975年放映)の辰巳は、卑劣なキャラクターだった。しかし、「愛すべき」と形容詞がついた。主人公の修と亨には高圧的に対応し、ふたりを「中卒」とバカにする。彼らへの報酬をピンハネしたり、探偵事務所の所長である綾部(岸田今日子)に彼らのチンケな悪事をちくったりする。だが、彼は本当に愛すべき卑劣漢だった。

工藤栄一が監督した伝説の最終回「祭りのあとにさすらいの日々を」では、逮捕状が出た綾部が外国へ高跳びするのを助けて辰巳は逮捕される。綾部は辰巳が自分を愛しているのを知っているが、高跳びに辰巳を同行するつもりはない。綾部は辰巳を見捨てるのに、辰巳は愛する人のために無償の自己犠牲を行うのだ。ちなみに岸田今日子は岸田森の従姉妹であり、「暖流」を書いた岸田圀士は叔父に当たる。

先日のアカデミー賞でクリストファー・プラマーが82歳で助演男優賞を受賞した。クリストファー・プラマーは「サウンド・オブ・ミュージック」(1964年)のトラップ大佐が有名で、最近「終着駅 トルストイ最後の旅」(2009年)で復活した印象があるが、俳優のキャリアは半世紀以上続いていた。岸田森は43歳で死んだ。生きていればまだ73歳、名優と呼ばれる存在であったに違いない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

先日、「映画がなければ生きていけない」の版元である水曜社の仙道社長と担当編集者、営業担当の方とお会いしました。今は、電子書籍版を毎月、配信してもらっています。小説の方はグリフォン書店の担当者が、「電子書籍オリジナル」とアピールしてくれています。ありがたいことなので、もう少し貢献したいですね。よろしくお願いします↓

●長編ミステリ三作「愚者の夜・賢者の朝」「太陽が溶けてゆく海」「黄色い玩具の鳥」の配信を開始しました→Appストア「グリフォン書店」
●第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」受賞
既刊三巻発売中
「映画がなければ生きていけない1999-2002」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2003-2006」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2007-2009」2,000円+税(水曜社)
●電子書籍版「映画がなければ生きていけない」シリーズがアップされました!!
「1999年版 天地創造編」100円+税
「2000年版 暗中模索編」350円+税
「2001年版 疾風怒濤編」350円+税
「2002年版 艱難辛苦編」350円+税
「2003年版 青息吐息編」350円+税
「2004年版 明鏡止水編」350円+税
「2005年版 暗雲低迷編」350円+税
「2006年版 臥薪嘗胆編」350円+税 各年度版を順次配信
< https://hon-to.jp/asp/ShowSeriesDetail.do;jsessionid=5B74240F5672207C2DF9991748732FCC?seriesId=B-MBJ-23510-8-113528X >

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ところのほんとのところ[75]
ポートレートも撮っています

所幸則 Tokoro Yukinori
< http://bn.dgcr.com/archives/20120309140200.html >
───────────────────────────────────
風景中心の生活(?)をずいぶん長い間送ってきたような気がする[ところ]ですが、時間を見つけては少しずつヌードを撮ったりしています。3月21日発売の「Eyemazing」ではそのヌードが特集です。正しくは所幸則の特集で、作品がヌードだということですが。

「Eyemazing」はオランダのファインアートフォトマガジンで、「ZOOM」というイタリアの雑誌とならんで、ヨーロッパではというか、世界でも数少ない写真芸術の専門誌です。

もともとヌード作品は少しずつ撮りためて、数年後に発表というつもりだったのですが、facebookに一点だけ載せたのを編集長に見つかり、あるだけ見せろ!と言われて見せたところ、特集されることになってしまいました。まあ、中間発表みたいなものでしょうか。

さて、このところ「渋谷1sec」の写真がどんどん増えています。写真もどんどんよくなっていると感じます。すでに40点どころではない、今に60点70点となって行くでしょう。

そうなった時には大規模な展覧会を開催したいのですが、大量の作品を展示できる場所があるのでしょうか。もし実現するならば、エントランスホールのような所に、ポートレートを飾りたいと考えています。

[ところ]は今、1秒の写真家・所幸則になってから、個展を開催させてくれたり、機材をバックアップしてくれたり、さまざまな形で所幸則を支援してくれた人達のポートレートを撮っています。

初めて見てくれた写真の目利き、アートの目利き達、写真を見て音楽を作曲してくれた人、プレゼンテーションの仕方をアドバイスしてくれた人、雑誌で特集を組んでくれた人など、それはもう多様な人たち。

部屋にある物で影を作り、そこに立ってもらい写真電球一個で撮る。そういうスタイル。これが意外と難しいのです。なんとなくその人らしさがなければいけないし。みんな同じじゃつまらない。

そして、渋谷は鶯谷町の[ところ]のアトリエから1秒の写真家・所幸則は始まったわけですから、その人たちに[ところ]の家まで来てもらわなければなりません。そのスケジュール合わせも大変です。

その大展覧会がいつ実現できるかわかりません。人はいつ、どんな理由でいなくなるかわかりません。そういう意味では[ところ]もおなじですけれども。少しでも多くの人を撮っておきたいという思いは強くなります。やはりこの世は時間との戦いだと痛感しています。

しかし、このポートレートシリーズはどういうタイトルにすればいいのか、まったく思いつかない[ところ]なのです。

3月11日の日曜日、演劇のアフタートークにゲスト出演します。
詳しくはこちら。
< http://nipponnomondai.net/ver311/ >
< http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=26545 >

個展は5月の連休開けになると思います。詳細はまた!

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■歌う田舎者[31]
スマイルしなけりゃ意味ないね

もみのこゆきと
< http://bn.dgcr.com/archives/20120309140100.html >
───────────────────────────────────
頭が痛い。いや、正確には頭が悪い。顔は悪くない。気立てはいい。嫁さんにするには最高だ。20年前ならな。何か文句あっか。

戯言はどうでもいい。このところ、吾輩は重大な悩み事を抱えておる。それは、ものが覚えられないということである。いや、このところではなく、うら若き乙女の頃からずっともの覚えが悪い。その上、最近もの忘れも激しい。しかしながら、そうも言っていられない事態が発生し、どのように対処すべきか、頭が痛いのだ。

なんとなれば、吾輩、「歌う田舎者」を名乗っているが、伊達や酔狂で名乗っているわけではない。ジャズボーカルを習っているので、本当に"歌う"田舎者なのである。そして頭が痛いのは、発表会を前にして、歌詞が全然覚えられないということなのだ。

どのくらいもの覚えが悪いかというと、先日、手術したばかりで病み上がりのオカンに買い物を頼まれたのだが、その注文を覚えられず、メモ紙に書いてスーパーに出かけた。メモ紙に書いた内容は「牛乳、果物、糸こんにゃく」である。たった三つの単語も覚えられない。

もの忘れもひどい。Dr.コトーの島と言えば、原作は薩摩川内市にある甑島が舞台である。その甑島に出張するために乗った高速船シーホーク、壁に貼ってある海上保安庁の「海の『もしも』は118番」のポスターでイメージモデルになっている、もんのすごく有名な俳優の名前が思い出せない。

「あ〜〜〜、そなたはどこのどなた様でござったかの。大層名の知れたお方であらせられるのは存じておるのじゃが、どうにも思い出せぬ......」
高速船シーホークは、甑島の港を島伝いに停まって行く。
♪せとは〜ひぐれて〜ゆうな〜みこ〜な〜み〜♪ 
だから、瀬戸じゃなくて甑島だっつーの。

もとい、始発の串木野港から、最初の寄港地、手打港に辿りつくまで1時間15分、いくら考えても思い出すことができぬ。石原軍団だったろうか。いや、なんか違う気がする。しかしジャニーズにしては年寄りだ。

仕方がないので、iPhoneでポスターの写真を撮り、「どなた様か教えてたもれ。このお方はどなたであったかの?」とツイートしたところ、フォロワーさんが教えてくれた。「杉良太郎ですよ」

あぁぁ、なんということだ。元祖流し目王子の名前すら思い出せないとは! 吾輩もヤキが回ったものよのぅ(ちなみにDr.コトーの島は、テレビドラマ版では沖縄県八重山列島にある設定になっている)。

「海の『もしも』は118番」↓。
< http://www.kaiho.mlit.go.jp/05kanku/contents/news/archives/cat10/cat13/2011/2011-12-27-1054-post-517.html >

ひょっとすると吾輩の脳みそは、短期記憶が揮発性なのではなかろうか。あるいは短期記憶から長期記憶に繋がるルートが切断されているのではないか。そして今や長期記憶さえ蒸発の危機に瀕しているのでは......。もしや若年性アルツハイマー?......湧きあがる疑念。そう、こんなに覚えられないなんて、努力が足りないんじゃなくて病気よ、病気に違いないわ。

残業で一人居残っていた事務所で、コピーを取りながら、あれこれ考えを巡らせていたら、具合が悪くなってきた。「......あ、いけないわ。このまま儚くなってしまいそう......やっぱりどこか脳に異常があるのよ。そうよ、きっとそうだわ。でなきゃ、こんなにもの覚えが悪いなんておかしいもの。美人薄命ってよくいったものね......よよよよよ」

よろよろとコピー機をつかみながら床にへたり込み、意識が遠のいた。すわ!これは一大事と、翌日、薩摩藩一の脳神経外科でMRIを撮ってもらったのだが、なーんにも悪いところはないとのことであった。

ふっ、そうですかい、先生よ。ただ吾輩の頭が悪いだけだと言いたいわけですね。努力が足りないと、こうおっしゃるわけですね。ふふん。いいさそれでも、生きてさえいれば、いつかしあわせにめぐりあえると、元祖流し目王子も歌っておるわ。

とまれ、歌詞が長い歌だけは避けなければならぬ。いや、いっそ歌詞がほとんどない歌を選んではどうか。「スイングしなけりゃ意味ないね」なんて、
♪It don't mean a thing if it ain't got that swing♪
だけ覚えとけば、あとはアドリブスキャットでなんとかなる歌じゃないのか!......と偉そうに言ってみたものの、アドリブスキャットなどやる才覚はなかったことを思い出した。

やはり日本人のくせに、毛唐の言葉で歌うというのがいけないのではないか。お箸の国の人だもの。ニッポン人は日本語よ。......と考えて、Sing Like Talkingの「Sprit Of Love」を練習したことがあるのだが、日本語の歌詞でも覚えられないということが発覚。

では、いっそ間違ってもバレにくいスペイン語やポルトガル語の歌はどうだ?ヒンズー語やスワヒリ語の歌だったりすると、もう誰にもわからないぞ。歌う吾輩はもっとわからんがな。

苦渋の決断で選んだ、歌詞が比較的少なめのスタンダードナンバーは、この歌である。
「SMILE」India
< >
選考ポイントは、ラテンパーカッションである。脳みそも煮える情熱の女である吾輩に、ラテンパーカッションなしの音楽はありえないのだ。

そういうわけで、もう2か月ほどSMILEばかり歌っているのだが、未だに歌詞を覚えることができぬ。その上、歌の師匠は、笑顔でご無体なことを仰せになられる。

「もみのこさーん、アレンジがラテン系だから、なんか振り付けとかあるといいよね。確かジャズダンス習ってるんじゃなかったっけ?」
「ひーーーっ、何を仰せられますかっ、師匠っ! 無理っ、絶対ムリムリ。振り付けのことを考えただけで、歌詞を忘れますっ!」

あみん的に ♪わたし待〜つ〜わ〜♪ な振り付けすらできない自信がある。つーか、あれは振り付けじゃねーだろ。できれば鶴田浩二のように、左耳押さえて自分の音程を確認しながら歌うか、東海林太郎のように直立不動、微動だにせず歌いたいくらいである。

「もみのこさんねー、ちょっと表情が硬いから、タイトルもスマイルだし、もうちょっとね、こう笑顔で、ほっぺた上げて歌ってみたほうがいいと思うのよ」
「しっ、師匠〜、そんな殺生な。笑ったら歌詞忘れますっっっ!!!」

どんな顔で歌っているかというと、歌詞以外のことは一瞬たりとも考えまいと、目を吊り上げ、「寄るなさわるな近づくな!」と周囲にガンを飛ばし、今にも耳や鼻から蒸気を噴いて倒れそうな恐ろしい顔で歌っているのだ。メモリ容量の少ない吾輩が、スマイルしながらSMILEを歌ったら、間違いなく回線がショートする。吾輩の辞書には、マルチタスクという文字はない。

そのうえ、吾輩、大変な完璧主義者なのだ。なんといってもTOEIC390点という輝かしい金字塔を打ち立てた実力者なので、わかる英単語は中学1年生レベルなのだが、歌詞の意味がわからないと一歩も先に進めないのである。

「SMILE」歌詞
< http://jp.lyricbus.com/uta/kashi/smile/146278.aspx >
(秀逸な和訳も注目ポイントである)

まず最初にひっかかるのは、2行目にある
♪Smile even though it's breaking♪ 
ここである。"even though"って何だべか? そしてググる。ほほう。
"たとえ......だとしても"という意味ですかそうですか。

ググっているうちに、"even though"と"even if"は用法が違うなどという小賢しい説明文などに行きあたる。"even though"は、実際にそういう事象がある場合に使用し、"even if"は実際にはそういう事象が起きていない場合の仮定に使用するのだそうであるが、吾輩の脳みそは、既にメモリリーク寸前である。そして、下手に情報を入手すると、今度はホンモノの歌詞が"even though"だったのか"even if"だったのかわからなくなる。

4行目の♪You'll get by♪ だって十分意味不明だ。"get by"がなにゆえ"乗り越える"という訳になるのだ。
そもそも、吾輩、"get"という単語が昔から大嫌いなのである。うしろに付く単語で、意味が全然違ってくるという主体性のなさが許せない。"get out""get off""get back""get up"......全部意味が違うではないか。

"get"よ。おまえの人生、それでいいのか? おまえのアイデンティはいったいどこにあるんだ。目を覚ませよ、"get"。他人に影響されてばかりいるなんて、そんなのおまえの人生じゃないだろ。諦めんな、おまえのカラーを出せよ!(←松岡修造風)。

そのうえ、SMILEの歌詞の中には"though""although""through"という単語が何か所か出てくるのだが、こんな字面の似た単語を地雷のように埋め込んだ歌詞など、嫌がらせとしか思えない。どこがどっちで、どれがあれだったのか、まったくわからんではないか。

韻を踏んだ歌詞というのも考えものである。
♪That's the time you must keep on trying
♪Smile, what's the use of crying
はいはい、そうですか。"trying"と"crying"で韻を踏んでるわけですね。
バカヤロー! どっちが先だったか思い出せねーよ!!

SMILEの歌詞について思いをいたすとき、吾輩のような人生の哲学者は、一行毎に深い思索の森に迷い込む。そして、したり顔で「人間は考える葦である」と唱えている間に、ワンコーラス目は終わっているという罠に落ちるのである。

さて、かように詳細な分析を行った結果、SMILEは、吾輩が歌詞カードを見ずに歌うには、非常に困難な問題点を多数包含していることが明らかになった。これらの問題点を解決するには、ものづくり大国ニッポンの総力を結集し、歌詞が浮かび上がるプロンプター眼鏡などを開発することが急務と思われる。ニッポンの中小企業の皆さん、吾輩のために、一週間以内でプロンプター眼鏡を開発・納品していただきたい。

それでも失敗したら、どのように対処したらよいのか。答えはSMILEの歌詞に書いてある。
♪Smile though your heart is aching♪
♪Smile even though it's breaking♪

すなわち、「何があっても笑っとけ」ということである。ヤジられても、生卵が飛んできても、"非暴力"の文字を胸に、にっこりと微笑み続けるのだ。ニッポンのマハトマ・ガンジーと呼ばれる日も近い。

※「瀬戸の花嫁」小柳ルミ子
< >
※「すきま風」杉良太郎
< >
※「It don't mean a thing」Phyllis Hyman and tap dancers
< >
※「Spirit Of Love」Sing Like Talking〜武豊・佐野量子結婚披露宴〜
< >
※「待つわ」あみん
< >
※「傷だらけの人生」鶴田浩二
< >
※「麦と兵隊」東海林太郎
< >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。
おい、バレてねぇだろうな。今回のコラムは、もの覚えが悪いというテーマで書いているふりをしつつ、SMILEの歌詞を一緒に覚えるという、一粒で二度おいしいグリコ的極秘ミッションが隠されておるのだ。それはさておき、客席で歌詞を紙芝居プロンプターしていただけるボランティアを真剣に募集中。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集後記(03/09)

●メタン・ハイドレートとは「燃える氷」である。天然ガスの主成分であるメタンが、シャーベット状に固まったものだ。日本の領海とEEZの海はこれを豊富に擁している。実用化されれば、一躍日本は資源大国に躍り出る。メタン・ハイドレートこそ、日本が建国以来初めて持つ自前資源になる。まさに日本の希望の星だ。それが......。

産官学のコンソーシアムが、太平洋側で年間約50億円、10年で500億円を投じてメタン・ハイドレートを調査してきたが、いまのところ成果はゼロである。ところが、日本海側での調査研究を独自に進めてきた、独立総合研究所と東大の連携などが遥かに少ない費用で、メタン・ハイドレートの膨大な埋蔵を確実に捉え、結晶状の良質なそれの採取にも既に成功していた。国際社会は日本海のメタン・ハイドレートの実用的価値と、海底資源探索方法の技術的価値を認めている。コンソーシアムは面目まるつぶれだが、こうなったら日本海側の調査も平行して行えばよいものを、公には「日本海にはメタン・ハイドレートがろくにない、ことになっている」と情報操作し、あろうことか日本海側の調査を封じ込める妨害までしているという。既得権益にしがみつく日本社会の病理がもろに出ていて、じつに醜い。

大手石油会社社長は「海外から資源を買うことで、世界秩序も日本の経済もうまく廻っている。日本海のメタン・ハイドレートは実用性が高いからこそ、それを覆す怖れがある」と言う。つまり石油が売れなくなり、儲けがなくなるからメタン・ハイドレートには消極的だ。「福島原子力災害が起きた今こそ、わたしたちは慌てて海外からの資源輸入を増やすのではなく、自前の資源を確保して、子々孫々に手渡すことをなすべきだ」と青山繁晴は「ぼくらの祖国」(扶桑社、2012)で力説する。まったくその通りだ。

所幸則さんからポートレートを撮りませんかとお誘いをいただいたが、年寄りだからもう写真に残すのは遠慮したいと返事した。今日の「ところのほんとうのところ」でポートレートを撮る理由を知り、ちょっと残念、かも。(柴田)

●びびりながらiOS 5.1にした。ソフトバンクでiPhone 4S。入手は発売されてしばらく待たされたから、初期ロットではないと思う。iTunesとアプリのバージョンアップを済ませ、バックグラウンドで走るアプリを切る。念のため電源オフし、しばらくたってからオン。USBで繋いだ後、iTunes上の「アップデートを確認」し、ダウンロード後に自動的にアップデートさせることにした。ドキドキしながら待っていたら、あっさり完了して拍子抜け。

Siri(β)は英語版のままだったので、設定→一般→Siriから日本語に。動画を見ながら真似をしてみたが、動くものと動かないものがあった。単なるアクセスエラー(Siriサーバとの)の場合もあり、再度試すと動くことも。会話文でも理解してくれるのだが、ミスられるとメンドクサイので、ついつい単語での命令になりがち。プレイリストを作っておけば、「プレスリスト名、再生」で音楽がかかる。曲名、Podcast名やオーディオブック名にも対応。オーディオブック自体への移動操作は断られる。プレイリストに動画を入れておいても再生せず。

リマインダーの「自宅に着いたら」は使えた。日本語版は、場所はアドレスブックにないと登録できないので、よく行く場所はあらかじめ登録を。「リマインド」「チケット発券」「○○劇場に着いたら」で登録。はっけん、だと発見になるので、チケットはっけんにした。リマインダーは内容の変更できず。関西弁のイントネーションでも認識してくれるが、「覚えておいて」ではリマインドしても「覚えといて」ではweb検索を薦められる。

「メッセージを読んで」だと、MMS(SMS、iMessage)のものになる。句読点は無視して続けて読まれてしまう。返信や再度読み上げ可能。落とし穴は、迷惑メール。怪しい内容の文章をSiriさんがロボット声で、装飾用の記号も「下向きの三角、下向きの三角、下向きの三角......」「ほしほしほしほしほしほしほしほし......」と壊れたレコードのように律儀に読み上げてくれるよ......。削除も命令できればいいのにな。あとは、ロック画面でもパスワードなしで読んでくれるところ。ただし新着のみ。読み上げ途中でも、画面が自動オフ(ブラックアウト)したらSiriは消える。メモやリマインド、音楽再生、スケジュールなどもロック解除不要。これらは設定→一般→パスコードロック→Siriをオフで防御できる。

「メールを読んで」だと読み上げはしてもらえないけれど、新着順に、発信元名・タイトル・最初の二行が並び、そこからタップしてアクセスできる。こちらはロック解除しないと一覧すら見られない。複数アカウントがある場合、全受信メールから時系列で並ぶ。「メール」「メッセージ」だとそれぞれ送信のための手順に進む。認識精度は高く、簡単なメールでは間違えずに漢字混じりで変換してくれた。句読点や疑問符が入らないのは仕方ないところ。メールだと設定で指定しているデフォルトアカウントから送信される。誰に送信されるか聞かれるので、名前を言い、複数のメールアカウントがあれば、ラベルを読み上げればそのアドレス宛になる。なのでラベルは分けて登録しておくと良い。よみがな(ひらがな・カタカナどちらでも可)が必要。登録名が漢字でなければ不要。直接電話番号やメールアドレスを言っても良い。送信キャンセル後に「電話」と言えば、先に指定した相手に電話をかけてくれる。

相手の名前は認識するのに、Siriが復唱する名前はてきとー。「〜園(ぞの)」さんなのに、「〜えん」さん。「高(たか)〜」なのに、「こう〜」さんとかに。で、間違った「こう〜」でメールを作成させようとすると、そんな名前はないよ、「たか〜」さんですか? と指摘してくる。で、そのまま作成して復唱する時には「こう〜」さん。あなたが指摘したのに......。

他にもできることあり。デフォルトアプリでもボイスメモはとれない。覚えておくと良い言葉は「何ができるの?」と「キャンセル」。よくわからなかったり、間違ったりしたら聞く。何でも途中でキャンセル。これで怖くない。(hammer.mule)
< http://www.apple.com/jp/iphone/features/siri.html >
最後に「(命令)終わり」と言ってみたら胸が痛くなったわ。