[3513] 課金と上手に付き合うためのワン、ツー、スリー

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,300文字)


《ツールそのものをしゃぶり尽くさずにはいられない》

■アナログステージ[101]
 課金と上手に付き合うためのワン、ツー、スリー
 べちおサマンサ

■デジタルちゃいろ[37]
 地層から見るEvernote
 browneyes




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■アナログステージ[101]
課金と上手に付き合うためのワン、ツー、スリー

べちおサマンサ
< http://bn.dgcr.com/archives/20130709140200.html >
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コテコテのゲーマーだったオイラですが、家ゲーはおろか、ゲーセンで遊ぶことも限りなくゼロになってきている。6、7年前は時間があればゲーセンでバーチャやビートマニア系のゲームで遊んでいたりしたものだが、通っていたゲーセンが閉店したのと同時にゲーム離れした。

今ではたまーに、ムスメ彼氏が家に遊びにきたりするとき、みんなで晩ご飯を済ませたあと、ガヤガヤとムスコの部屋でマリオカートで盛り上がるくらい。

こうやってテキストだけを読んでいると、和気藹々とした理想な家庭生活のように感じるが、そうではない。ゲーム開始から時間が経つにつれ、酸素濃度が薄くなった、ドス黒い空気がムスコの部屋の天井を渦巻いてくるのだ。

マリオ系のゲームはムスコが腹立つくらいに強いので、やっているうちにつまらなくなる。あの手この手卑怯な手を使って勝ちをもぎ取ろうとするが、まったく歯が立たない。

手加減をしないムスコを横に、悶々としているオイラをムスメ彼氏が接待プレーで中和作業。パパ、大人気なさが全開だが気にしない。ここで大切なポイントが、オイラは負けず嫌いではない。

バーチャやスト系(ストリートファイターシリーズ)でボコボコにして鬱憤を晴らすという手もあるが、数年前にカミさんにジョイスティックを全部捨てられてしまったので、本体付属コントローラーでやるしかない。それはダメだ。

格ゲーは、ゲーセンでやろうが自宅でやろうが、シビアなレバーとボタン操作が要求され、それを満足させてこそのゲーム。「ガチャ押しエンジョイプレー」なら話は別だけれど、パッドコントローラーで波動拳を出すのはオイラには至難の技。

ドス黒い渦の中心で放電活動が始まり、いつ落雷してもおかしくない状況を察知してか、ムスメが「みんなで桃鉄(桃太郎電鉄)かいたスト(いただきストリート)やろうよ」と空気清浄機の役目をするが、桃鉄といたストこそ、最後に大炎上するゲームはない。

やり始めは楽しいんですよ。間違いなく。「このエリアは協力しようゼ」とかいたって平穏な空気。それがゲーム中盤に差し掛かってくると、「協力しようぜ」が「チ、邪魔だなオイ」に変わっていき、エリア独占目前になると、「5倍買いするか」となり、本当に5倍買いした瞬間に着火。

最後には「もう絶対にやらない」と物件や株の投げ売りしてゲーム脱落するムスコの大炎上劇が見られ、パパは「ざまぁwww」とニヤニヤ大騒ぎ。マリオカートの鬱憤を見事に晴らし、ムスメとムスメ彼氏は沈黙のままムスコの部屋から出て行く。

●ソフト1本分の課金くらいはアリ?

とまぁ、こんな具合にダラダラ書いていると終わりが見えなくなるので、本題。ゲーム離れしているのは間違いなかったのだが、LINE POPで再びゲームを愉しむようになった。端末はゲーム機からiPhone(iPad)に変わったけど、移動中にそこそこ楽しめるのはご存知のとおり。

「無料でここまで遊ばせてもらって悪いなぁ」と思いつつも、とくに課金するほど熱中するわけでもなかった。LINEゲーはコンティニュー課金なので、別に課金してゲーム回数を消化するほど興味はなく、時間回復で遊べば良いくらいだった。それがパズドラ(パズル&ドラゴンズ)でいよいよ課金に手を染めようとしている。

課金したくなる要素はレアガチャ引きではなく、テクニカルダンジョンでの曜日イベントのスタミナ回復。メタドラと進化素材調達がとくかく必死になる。ムスコから「課金したら負け組」と嘲笑されていたが、レベルが上がるにつれてイベント時のスタミナ回復要求は高まるばかり。

課金したら負け組にならないためというか、オヤジの威厳を保つために課金するのを我慢してきたが、課金するための言い訳を考えてみた。

・「タダでここまで遊ばせてもらうのも申し訳ないから、少しだけメーカに寄付という気持ちで課金してみる」という、偽善者チックな態度で課金する

・「課金してこそ大人の娯楽」と余裕を見せつけ、金の力で大人の威厳を光らせる

・「負け組みでいいよ別に、そもそも何に負けるのかよく分からないし」と真っ向に開き直ってみる

という言い訳を考えてみたのだが、今までゲームカセットにしろCD-ROMにしろ買ってきて遊んでいたわけだし、ゲーセンでも1回100円入れて遊んでいたわけだ。通信料うぬんは別として、実質タダでゲームやることが当たりまえの時代になりつつある。

ボランティア運営ならタダでいいのかもしれないが、会社の人が動いてリリースしているということは、当然、人件費や開発費などの金が少なからず掛かっている。
有料アプリで金を稼ぐか、無料アプリで課金にするかは会社の判断だけれど、無料アプリで間口を開いて、興味もった人からお金をいただくというのは、一番良い方法じゃないかな。

以前、写真アプリのコラムを書いたときも、いい(面白い)アプリって、ユーザが面白いと判断したらお金を払うし、それなりの価値があると判断しているはず。ただ、ゲームアプリでの課金の場合、ゲームに終わりがなければ、投資金も終わりがなくなるわけで、課金の金額やタイミングを冷静にみなければいけない。

その判断というか区別がつかない子どもたちが、バカスカと課金して社会問題にまでなっている背景もあるけれど、親が「○○円までならいいよ、でも一回で全部使うのではなく、本当に必要なときだけ」とアナウンスしてあげ、ゲームソフトを買うときの値段くらいまで許してあげるような理解は必要かも。

親も子どもがどんなゲームで遊んでいるのかを知っていると、子どもとのコミュニケーションもとり易く、「ココ! ここで魔法石欲しくなるよね」と子どもにも伝わって、上手なお買い物ができるようになる。

子どもが「どんどん課金したら強くなるのは当たりまえ!」というような遊びかたを覚えるのは、そのゲーム本来の面白さを失なってしまうし、子どもにも損だ。親の投資が切れても、自分の少ないお小遣いで長く遊べる方法を教えてやることができるのも、親ならでは。学校の友達からも、もちろんいろいろな情報が入ってくるだろうけれど。

ゲームに限らずほかの遊びでも、自分のお小遣い範囲で楽しむコツをぜひ。オイラは5000円までなら課金しようかな...... と、ムスコに打診してみます。

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト。ぶら撮り散歩師。
Twitterはコチラ→< http://twitter.com/bachiosamansa >
まとめはコチラ→< http://start.io/bachio >

△▼過酒雑記──今日の酒は明日の肥し 「100回記念その2」▼△

●先週の続き)デジクリに寄稿するようになった経緯は、mixiで「アナログクリエイターズ」というデジクリのパロディを書いて遊んでいたら、ケバヤシ(G/H@セーラー服おじさん)さんがオイラを柴田編集長に紹介してくれたのがきっかけ。記念すべき第1回目は、2008年10月7日。

・アナログステージ[1]新連載:金をお金で買う
< http://bn.dgcr.com/archives/20081007140400.html >

まさか連載になるとは予想もしていなかったので、コラムの内容をどの方向で書いていくかは、まったく定まっていなかった(いまも定まっていないようなもんだけれど)。カチカチのデジタルネタは、ほかライターさんにお任せして、自分がしっかり出せるフィールドとなると、『デジタルの裏でニヤニヤしているアナログ』が一番自分らしさを出せると自己結論。

『自分の声』をデジクリで出したくなかったので、独りチャット形式というスタンスでいこうと始めたのが、腹肥商事シリーズ。腹肥商事だけだとキャラが飽きてくるのと、こっち業界の際どい情事をギリギリ書けるようにと出したのが、博士と助手シリーズ。

しかし、ネタがそうそう続くわけではく、途中からNDA(秘守義務)の縛りが強くなってしまったので、博士と助手シリーズはあっけなく沈没。腹肥商事もキャラが面白くなくなってきたので、本格的な脳内チャットを投入。これが書いていて面白いんだ。デジクリの原稿書いているなかで、一番楽しんで書いている。

●ちょうど連載開始と同時に本業が多忙になり、デジクリへの寄稿も10回かそこらでコケるかな? という不安を抱きながらスタートさせた。時間に追われながらも原稿を落としたのは一回だけ。あの日のことはよく憶えている。あの時は原稿を書き始めようかなって時に、ラボ(仕事場)のガス警報機が検知して通報連絡がまわり、慌てて飛び出したんだっけ。結局は検知エラーで大事には至らなかったんだけど、びっくりしたなぁ (続く

@Dyrell6502さん、@iKaz888さん、@kubo_naojiさん、@KILLINGFLOOR108さん、@mikoパパ、お祝いコメントありがとうございます! もう、嬉しい。


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■デジタルちゃいろ[37]
地層から見るEvernote

browneyes
< http://bn.dgcr.com/archives/20130709140100.html >
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日々、相当数のウェブサービスが生まれては倒れ、喰われては消滅する中、こちらもこちらで試してはびっくりしたり、がっかりしたり、放り投げたりしていくワケだけど、淘汰を乗り越えつつ、こちらも長いお付合いになってくるウェブサービスというのはそれなりに絞られて来るワケで、そういうサービスは大抵、時間と共に愛着が湧いたり依存しきったりしはじめる。

そんな中、ワタシの中でずっと微妙な距離感を保って位置しているウェブサービスの筆頭があの緑の象さん、Evernoteだった。

改めて調べてみたら、どうやら2008年の4月2日から利用開始してるらしい。かれこれ満5年。flickrとLast.fmが2005年、Twitterは2007年の春先からだ。利用開始日がどこを探しても見当たらないが、Tumblrは、確かTwitterの1〜2か月後からだったと思う。

gmailみたいなメールサービスアカウントを覗くと、恐らくその次くらいに長くお付合いしているもののひとつであろう。

なのに、どんなに長い付き合いになっても、キリンさんも好きだけど象さんの方がもーっと好き! ...とはいかない。どうにもこうにも自分の生活の中でツールとしての役割が定まらない。だったら捨てればよいのに何故か捨てるにも至らない。

ワタシは性分的に、「ツールを単にツールとして利用する」という当たり前の目的以前に、「ツールそのものをしゃぶり尽くさずにはいられない」タイプなので、試してみては最終的に捨ててしまうウェブサービスでも、恐らく一般のユーザーよりは個々のサービス、それぞれ辛抱強く使ってみる方だと思う。

それが故に、「使いたい」かどうか以前に、新しいサービスが出来るとサインアップして試さずにはいられない。言わばウェブサービスヲタ。まぁ、ちょっと変な趣味だけど、その性分は自分の場合は結構仕事にも役に立つので、今後も時間の許す限りで飛びついては試していくと思う。

とはいえ、試用で5年は長すぎる。

これまでも如何に使えばしっくりくるのか、と、何度かEvernote Hackな記事を参考にするべく漁りに行ったりもしたのだが、どうも巷のEvernoteヘビーユーザー達の使い方にも馴染めない。

なんというか、それ、Evernote愛っていうより、ただの創意工夫愛じゃ...? としか思えないHackが妙に多いのだ。上述のとおりで、ワタシ自身、ウェブサービスしゃぶりつくしヲタなワケだが、だからといって、あるサービスを「工夫」してまで万能なものにしたいとはあまり思ってない。

前も書いたけど、「ツールは工夫して使っちゃいけない」が前職で四六時中各種CMSサイト制作漬けだった時代に身をもって学んだこと。ここ重要。そのツールに必要な機能なら、いずれツールに実装される筈だ。こちらが無理矢理工夫をして実装したものは、ツールのあるべき成長と共にどこかで破綻する。

確かにEvernoteはシンプルかつ柔軟な連携機能は既にしっかり持っているので、ワタシも実際あれこれ試してみたコトはある。しかし、自動連携で全てが読みやすくクリッピングされるかというとそうでもない。これがストレスになる。見返したくなくなる。放り込むだけ放り込んで、その後がそれではメモとして致命的。

最近になってやっと、自然な形で徐々に仲良くなりつつある。象さんとの距離感が自分なりに見えてきたのだろう。基本に戻って、場所を選ばないメモ帳として。メモ帳である、という認識に改めると、だいぶ高機能だし、どこでも使えて便利。そういえばこの数か月は、デジクリ原稿も初稿はEvernoteで書いている。

以前はワタシの中でEvernote=何でもクリップ出来るもの、というイメージを強く持っていたせいで、ウェブクリッパー的に使わねば、という意識が強かったのだと思う。それを一旦やめてみたのだ。ウェブクリッパー系サービスなら他にいくらでもある(とはいえ、先日も中堅どころのサービスが閉店してしまったが)。

そんな感じで多少仲良くなり始めると、長きに渡っていい加減に使ってたが故に、とっ散らかったノート達が気になり出す。分類ヲタク(でもある)の血が騒ぎ始める。そんなわけで最近、思いついては何回かやってたノートブックの整理がやっと終わった。いくらか大別しておかないと、見返せるものも見返せない。

分類のために、自分で作った大別用のノートブックと、「全てのノート」を行き来していてふと、時系列で並んだ「全てのノート」のリストこそ、ワタシのEvernotes使いあぐねの歴史が地層となってるじゃないか、と気づいた。ちょっと面白い。

登録自体は2008年の春なのに、最古のノートは何故か2009年の秋。登録してからそれまで全く使ってなかった筈はないので、一旦ここでリセットしたのだろう。恐らく、闇に葬られた一年半の間はTumblr的に無駄なウェブクリップをしては、コレジャナイ感を持っていたに違いない。

それで改めて2009年の秋、改めて防備メモとして使ってみよう、と、唐突に思いついたようだ。内容からすると、某所の変わり種ドメインを取得した時の記録だ。当時某SNSで仲良しだったアルジェリアのプログラマさんが、不思議な方法で変わり種ドメイン取得方法の指南をしてくれたんだ。懐かしい。

以降、思いついた時限定で何かのアカウント情報らしきものが書かれている。しかしなかなか常用アプリとしては根付かず、また半年空く。

半年後に初めて、常用メモとしての活用第一歩が始まる。当時勤務していた職場での各種案件メモやアイデア、あと日報用のログ。当時は公私混同社畜だったので、家でも、長い通勤時でもいつでもどこでも書ける、というのは便利だった。しかし、これも数か月にふっつり途絶える。理由は今でも鮮明に覚えている。

今はデスクトップアプリの機能向上も進んだが、当時は今ひとつ。なので、その頃はブラウザ(とiPhone)のみでEvernoteを使っていた。ブラウザ上でも自動同期が働くのだが、同期中に時折、激しくモッサリ状態になるコトがあり、常々そのあたりを不満に思ってはいた。

ある日職場で、社内向け文書の元原稿をEvernoteで書いていた。長々と長々と。そして、長編大作な文書の最終段落くらいにさしかかった時に、モッサリ同期が「モッ」で長らく止まったまま、Evernoteのページがビジー状態に陥った。

仕方がないのでタブを閉じ、再度Evernoteを開く。なんと。文書はきれいさっぱり闇に葬られてた。その文章を書いている間中、何度もモッサリ同期はしてた筈なのに、ワタシの大作は跡形もない。やる気は削がれ、大作だった筈の社内向け文書は、記憶に残っているあらすじのみで提出されることとなった。

以来、仕事マターでのEvernoteへの信頼感は失墜し、仕事メモは昔ながらの質実剛健なテキストエディタに戻ったのだった。ワタシとEvernote、2回目の冬の時代到来。

冬と言ってもここから数年、実は消極的利用度は上がってる。「工夫」Hack的な思想は好まないながらも、各種Evernote Hackな記事に書いてある複雑怪奇なややこしい連携実験は一通り試してみてたからだ。

FeedやYahoo! Pipesを利用して任意のキーワードのニュース記事を自動抽出してみたり、Twitterの日別まとめログを各種ツールで自動的に放り込ませたり、外部サービスの各種ナニカを特定のトリガーで自動的に放り込ませたり。

でもそんな、何が放り込まれたかすら把握し切れてない有象無象なんて、読み返さないのですわ。大抵。

睡眠の記録を取り始めたのもその頃かららしい。これは今でも続いてるのだが、データがEvernoteに至るまでの中継方法は様々な変遷を遂げている。あいほんの目覚ましアプリ内の機能を使ったり、Twitterで任意のハッシュタグのあるものだけ自動で放り込めるようにしたり。

あと、時折場所にまつわるログが多少増えてくる。利用再開当初から何故か一貫して、旅先や土地勘のない近距離の場所の移動についてのメモはEvernoteで取るコトが多かった。手動で利用する際の目的としては、まだどちらかというと、非日常向きな感覚だったのかもしれない。

2011年の夏〜冬は、日記のようなちょっとした吐露のような書き散らかし記録が混じる。2011年が終わるのとほぼ同時期に問題が自分の中で解決を見せたこともあり、また、今では私的な記録は別のツールを利用してるので、この時期限定の傾向だ。

秋になると本棚系サービス連携で読みたい本の情報も放り込み始めてる。まずは蠅の王再読でウィリアム・ゴールディング祭りから。これは始まってる割に、近所の図書館でも入手困難なのが意外に多くて、県内の図書館から取り寄せてもらったのを覚えてる。

そして、あっ、そうか。デジクリの書き初めがこの年の10月なんだな。ネタの元ネタアイデアっぽいメモも書き始めてる。netaタグが付いている。1行メモレベルで、芽も出てないネタのタネもまだいくらか塩漬けになってる模様。

この頃からポツポツとウェブクリッピングも再開。ほんのたまに。普段は読んだものも、後で読む系も、再訪可能性のあるブックマークも別ツールだ。ただ、特定の場合はEvernoteのクリッピング機能が活躍する。

例えば、最近よくある会員専用記事みたいに、いちいちログインしないと2ページ目以降が読めないヤツ。あれは見返そうと思った時にまたログインするのが煩わしい。そんなケースはEvernoteでうまいこと全文クリップが出来る。

ログインした状態で一度、FirefoxやChromeのページ継ぎ足し系アドオンで読み進めて、全文がひと続きのページ内に表示された状態でクリップする。これだとまるっとクリップ出来るのだ。

あとは、ブックマークしててもページやコンテンツ自体がなくなっちゃったら困るタイプのリソース記事くらいかな、Evernoteにクリップするのは。そんな感じで限定的にEvernoteにクリップされた記事たちを見ると、その時々の、どうでもいいマイブームが偏向デフォルメされて見えてくる。

電子書籍の流れで組版についてやたらと調べたかと思ったら、占星術について調べてたり。そうそう、当時は、受け身なお告げ的「占い」ではなく、西洋占星術における、各星の配置や関わりの意味づけに興味があったのですよね。後は......ああそうだそうだ、地元の石仏とか道祖神の眺め歩きもしなくっちゃ!

で、それらと相まって、手動の走り書きメモも徐々に増えてくる。出先のちょいメモ機会が増えるにつれ、あいほん上での操作が増えるのだが、あいほん純正の文字入力がどうももっさりストレスフルになるので、文字入力関連はATOK Pad中心だ。

しかし、一日の大半をお地蔵さまのようにPC前に鎮座している自分にとっては、モバイルデバイス上でメモを完結させてしまうのでは、その後があまり便利ではない。

書いたものはATOK Padの機能を利用して、状況に応じてEvernoteやその他ツールに流していったりする。ここも、自動同期の機能はあるのだが、敢えて使わず、明示的に流す先を選択する。一手間かかるが、その手間で何かしらの意識をするかしないかで、書いて流したものの扱いも変ってくる。過度な便利機能にスポイルされてはいけない。

Evernoteアプリもあいほんにはあるが、そっちは時折、手書きのメモを写真として放り込む必要がある場合を除いて閲覧専用機だ。

こうして、あまり頑張らずに能動ベースなメモ中心のツールとして使ってみてやっと、Evernoteとの関係がしっくりしてきた。

しっくりしはじめる迄にも時間がかかったが、かといって今後も恐らく、そんなに愛着を持つ類いのサービスになっていくとも思えない。若干よそよそしい距離感のまま長い付き合いを続けていくのかもしれない。

5年後にまたAll Notesを遡ったら、どんな地層が増えてるんだろう。

■今回のどこかの国の音楽

□Asrar "Waris Shah"
└< >

某所で見かけて気に入ったので、詳細は知りませんが、Asrarさんは、パキスタンはラホールのアコースティックなスーフィロック歌手のようですね。長髪髭面ながらイマドキのオサレな若者で、スーフィロックと言えども非常にさっぱり清潔なアコギでいい具合に裏切られます。

映像も本気で作ってますね。クオリティもかなり高くて、南亜細亜らしい鮮やかな色味とか大好きです。橋のど真ん中で延々熱唱する中、ごくごく平均的な各種パキスタン人が彼を邪魔そうに避けつつ、または怪訝そうに振り返りつつ、通り過ぎていく、そんななんでもない映像がまたとても好きです。これもロケ地ラホール...のどこかなのかな。

曲のタイトルになってるのも人名っぽいな、と調べてみたら、16世紀のスーフィ詩人に同じ名前の方がいるようで、その方についての賛歌なのか、その方の詩の引用なのか...どうかは推測でしかありませんが、古きスーフィ詩や民話は今でもよく使われてるようなので、関係はありそうな気がします。あぁ、歌詞も解せたらいいのに。

コメント欄を見ると曲への評価も高く、期待の新人ぽい雰囲気がしますね。この人はちょっと注目してみよう。

【browneyes】 dc@browneyes.in
生業:アパレル屋→本屋→キャスティング屋→ウェブ屋&行政書士補助者などをしつつなんでも屋(←いまここ)。
ライフワーク:なんでもない日常のスナップ。
□立ち寄り先一覧 < http://start.io/browneyes >
□デジタルちゃいろ:今回のどこかの国の音楽プレイリストまとめ
└< http://j.mp/xA0gHF >

週末は、日本三大七夕祭りのひとつと言われている地元の七夕祭りが開催されていた。豪勢な七夕飾りと相当数の出店が並ぶ様は壮観なのだが、311以降、大きく会場規模が縮小してしまったままなのが少し寂しい。

期間中の夜の我が町の、ちょっと危なっかしくも、通常以上にユルく楽しむやんちゃな人々の喧噪は、会場近くに住む人間にとっては迷惑でありつつも、案外嫌いではない。

最終日の夜、静寂が戻った中、通りという通りに積み上がる膨大なゴミの山々を眺めながら散歩するのも、祭りの街の住人ならではの楽しみで結構好き。

□今年の七夕祭り
└< http://j.mp/12d36mD >
□去年の宴の後(ほんの一部)
└< http://flic.kr/p/ctfCmj >


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編集後記(07/09)

●猛暑による熱中症に注意、こまめに水分をとりましょうと、天気予報は連日くりかえしている。2年前の夏に、熱中症にかかって痛い目にあったという若い人の話をここに書いたことがあったように、このシーズンは熱中症に要注意という知識はあるが、いまだに軽視しているわたしである。わが人生で熱中症なる言葉はここ数年で定着したもので、60年間くらいまったく気にもしない夏を送って来た。そもそも熱中症のような概念はなかった。なかったのだから発症のしようがない。

暑い日盛りに昆虫採集に勤しんでいた小・中・高時代、炎天下に荷物をいっぱい積んだ自転車でローカルの砂利道を走っていた大学時代。疲れたら木陰で休み、喉が渇けば水を飲んでいたが、一緒に活動していた者で、今日いわれる熱中症の症状を訴える者はいなかった。もちろん、わたしも体調がおかしくなったことさえない。でも、いま午後一に野外で活動したら死にそうになるかもしれない。知らなきゃ何でもないが、知ってると何かが起こる、ってことはあると思う。なんて考えはおかしいんだろうか。

梅雨も明け、本格的な暑さが襲って来た。午前中に飲むものは熱いコーヒー(ネスカフェだけど)だったが、だんだんつらくなってきた。アイスコーヒー(ネスカフェだけど)をつくっても全然うまくない。ペットボトルのアイスコーヒーをいろいろ試しているが、こりゃ美味いなというのにまだあたっていない。むちゃくちゃ数が多いので、試しているうちに夏が終わるかもしれない。

夕食時のビール(第3だけど)が本当にうまいシーズンになった。お昼も同じようなうれしさを味わいたいと、いわゆるノンアルコールビールを新製品が出るたびに期待を込めて飲んでみるが、いまだかつてこれは美味いというのに出会っていない。どれもこれも芋のような後味が残り、積極的にまずい。喉ごしはまあまあなんだから、後味さえなんとかなればと思うのだが。美味いペットボトルコーヒー、美味いノンアルコールビール、誰か教えて下さい。(柴田)


●先週、早速熱中症もどきにかかったでございまする。自宅作業をしていた。西と南の窓を開ける。風通しが良い。この週はにわか雨が降ったり、曇りが続いていた。仕事が立て込んでいて、あまり睡眠時間がとれず、ちょっとだるいなぁと思っていた。

水分はいつも通りの摂取量。汗っかきなんだけど、風がいい感じで、汗もかかず。昼すぎに風が止む。なんだか蒸し暑いなぁと思い始め、エアコンの「お知らせ」ボタンを押す。「お部屋の温度31度、湿度80%」との返事。えっ、31度? ちょっと蒸し暑い程度なのに。

まぁこのぐらいの暑さなら大丈夫と仕事に没頭。昼食はとれず。と、頭痛がひどくなってきた。風邪か? 喉はあまり乾いていないのだが、やばそうと麦茶を無理矢理飲む。体がどんどんだるくなる。ネタがないので続く。(hammer.mule)