[3548] 7年後の〆切、2020年東京

投稿:  著者:  読了時間:25分(本文:約12,300文字)


《2020東京は「卒業」がテーマ》

■わが逃走[130]
 宮崎・橋めぐり の巻
 齋藤 浩

■電網悠語:未来IT編[201]
 7年後の〆切、2020年東京
 三井英樹

■どうしたらできるかな?[step:09]
 ぬいぐるみの神様ありがとう!
 平山遵子




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■わが逃走[130]
宮崎・橋めぐり の巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20130919140300.html >
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私は子供の頃から橋が好きだ。

橋とは対岸へ渡るための解決策である。「向こう岸に行きたい。なので橋をかける。ほら、渡れた」というストーリーがプロダクトから明快に伝わるのがポイント。起・承・結が込められた、ひとコマ漫画的構造物とでも言おうか。

同じ解決策でもトンネルが土の中にあるのに対し、橋は太陽光の下、その姿を見ることができる。まああたり前なんだけど、そのへんのわかりやすさが好きなんだな。

先月の末、訳あって宮崎県の山の中にある人口1200人の小さな村、西米良に滞在したのだが、そのときにいろいろな橋と出会ってちょっと嬉しかったので、ここに報告いたす次第。

かりこぼうず大橋
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/001.jpg >

宮崎県産杉集成材を使用したキングポストトラス橋。日本一の木造道路橋とのことで、開通時は大変な人だかりだったそうな。

3連トラスは米良三山をモチーフとしていると言うが、なんか装飾的な印象がして不自然。やはり橋は機能美で魅せるべき。

木造と言ってるけどホントかなあ。ガワに木を貼ってるだけなのでは? という印象を持つオレはひねくれ者。すぐ脇にある『川の駅』のソフトクリームがたいへん美味。

村所橋
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/002.jpg >

ベーシックなトラス型鉄橋。ごく普通の橋だが、味わいがある。村のランドマーク的存在。昭和30年頃の竣工だったかな。

以来、朝日を受け夕陽を反射していた結果、風景ととても馴染んでいる。橋に性格があるとすれば、地道な努力家といった印象。村の特産品のゆずとほおずきをモチーフとしたメルヘンな橋に架け替え、とか絶対しないでね。

吊り橋(名称不明)
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/003.jpg >

村所橋から川をずんずんさかのぼると、上米良あたり(?)だったかに、ひっそりとかかる風流な吊り橋がある。

下流の橋ができる前は自動車もここを通っていたらしい。木造の橋ってだけでも貴重なのに、吊り橋で、さらに組まれた板の隙間から川面が見えるというツボをおさえたつくり。

メンテはそれなりに大変だとは思うけど、こういう物件こそ大切に、飾らず普通に使い続けてほしいと思う。

小さなダムにかかる小さな橋
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/004.jpg >
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/005.jpg >

人ひとり歩ける程度の幅しかない。シンプルな構造美。渡ったときは穏やかな天気だったのだが、翌日は台風の影響でダムが放流していて、すごい音&水しぶきでコワくて渡れなかった。

つり橋の遺構
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/006.jpg >

椎葉村役場付近の"吊り橋のあった場所"。その頃は対岸の小学校まで渡って通えたのだろう。そんな当時の姿を想像してみる。

美郷町付近だったか
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/007.jpg >

実に記号的なトラス型鉄橋があったので撮影。山々と人工物との対比がイイ。しばし眺める。

酷道沿いの橋桁
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/008.jpg >

国道388と平行している、おそらく旧道の遺構。

私はうっかり何も知らずにこの国道388号『大河内越〜椎葉村平』に入ってしまったのだが、かろうじて舗装されてはいるものの、かなり急なアップダウンの連続、しかも落石注意のブラインドコーナーだらけ、峠道ゆえ昼間でも暗い、対向車が来たらヤバイ、しかも天気は台風通過直後の雨で、すぐ脇を流れる川は濁流。

こんな道を20キロ近くも走ってしまい、とてもコワイ思いをしたのだった。国道だから安全、との思い込みは禁物。とくに大雨の後にここを通るのは絶対に危険。

棚田の脇の橋
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/009.jpg >

流れの上に石を渡しただけ。しかしまぎれもなく橋である。極めてシンプル。記号的な美しさを持つ"解決策"。無作為の美の極み。

尾鈴橋
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/010.jpg >
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/09/19/images/011.jpg >

昭和25年竣工。ダム湖にかかる中路式ブレーストリブタイドアーチ橋(トラス組みアーチ部分の中央を道路が通るタイプの橋)で、とくにこの尾鈴橋は独自の曲線美を持つことで知る人ぞ知る存在となっている。

橋を支えるコンクリートの土台の形状も独特。ここに突っ張るような形で橋が架かっている。

周辺は怖いくらい静かで、山々の緑と橋の赤との色彩の対比も美しい。現地で30分ほど眺めていたのだが、その間ツーリングのバイクが行ったきりで、あとはまったく一切誰も通らず。

鳥も鳴かず、波も立たず、静寂。無音。

いつの間にかあの世に行ってしまったのではないかと背筋が寒くなるも、その美しさに見入る齋藤浩であった。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。


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■電網悠語:未来IT編[201]
7年後の〆切、2020年東京

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20130919140200.html >
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申し訳ないけれど、驚いた。勝算がある事すら知らなかった。なので、前日の「これは行けそうだ報道」にも、「またぁ〜」と思っていた。心は、iPhone5s/ 5cで目一杯w。で、未明のメールを寝ぼけ眼で見て、しばらく理解するのに時間がかかった。え? 2020年東京??

後追いで、猪瀬知事の焦燥しつつも満足そうな顔や、滝川クリステルの「お・も・て・な・し」や、本当に爆発するかのように喜ぶフェンシング太田選手を見る。おぉ、知らないところで、こんな熾烈な戦いを、されていたのですか。更に更に太田の計画性にも驚かされる。ほとんどPMの鑑だ。

「英語はダメでも、五輪招致プレゼンターは太田に」なった理由:日経ビジネスオンライン
< http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130910/253191/ >



先の東京オリンピックの時、私は一歳。記憶にあろうはずもない。テレビが家にあったかどうかさえ怪しい。でも折りに触れ、当時の熱狂の凄さは聞いて来た。皆が貧しかった時代、その中に粲然と輝くアスリートたちの勇姿。

ちょっとカクカクしたような白黒テレビの映像と、押さえ切れない感動をそのまま叫ぶアナウンサーの声。こんな声を聞いて、奮い立たない人はいないと感じていた。過去の話という位置付けよりも、どこか羨ましいなという感覚。

でも聞こえてくるのは、いつも試合の中身で、表舞台。その準備期間の話は殆ど知らない。伝える側の問題というよりも、聞く私がそこに興味がなかったからだろう。そう言えば、あの豪華とは言えない聖火台の生い立ちも知らない。世界のアスリートたちが、敗戦直後とは違うとはいえ、未だ未だ復興の道半ばの日本に来る。どんな気持ちで迎えたのだろう。それを私たちはこれから体験する事になる。

国立霞ヶ丘陸上競技場[Wikipedia]
< http://bit.ly/16aqWDO >



先がある事は良い事だ。しかも明確な〆切付き。長過ぎもせず、短すぎることもない、7年間。しかも、やって来る猛者たちはハズレなし。正しく迎え入れられたならば、成功は約束されている。盛り上がらないオリンピックなんてあり得ない。

人間がどこまで行けるのか、肉眼で見れるチャンスがやって来る。今までダメだと思って来た事さえ、「いやいや為せば成る」と思えるような、「人間ってすんげぇ」と心が震える4年(2年)に一度の感動の季節。それが日本に来る。

今ほどテレビもネットも普及していなかった時代に、少ない情報の中で予想し興奮していた当時の方々。私たちは、同じ感動を味わうのだろうか、違う感動に震えるのだろうか。

あり余る程の情報の中で、リアルな肉体が競り合う。視覚情報だけでなく、論理的な山ほどの情報の中で、それを見つめるはずだ。7年も先なのに、それほどスポーツ好きでもない私が、既に色々と妄想している。ぶらさげられた鼻先の人参のように、楽しみが先にできた。

今は冷静でも、直前になったら、見ないで死ねるかと元気付くご老人も増えるだろう。今から頑張って出場したいという子ども達も、荒唐無稽に感じなくて、なかなか眩(まばゆ)く逞しい。



でも同時に暗い想像も襲って来る。皆が貧しい時のオリンピックと、ここまで広がった格差のさなかでのオリンピック。根底が違い過ぎている気がしてならない。キーワードは「ブラック企業」。

儲ける者はガッツリと、酷使される側はグッタリと。そんな労働環境が、堂々と大手を振って闊歩するかのうに待ち伏せていそうで怖い。モラル崩壊の中で、身ぐるみさえ剥ごうとする「搾取する側」、未来ある若者を使い捨ててでも自分達が贅沢しようと思う輩が怖い。

山ほどの建築現場が生まれ、活気と危険に満ちあふれ、その中に外国人労働者も多くいる。多国籍の労働者で、多国籍のお祭りの準備をする。グローバルな視点が要るといって、英語だけ見つめていたところは、多文化という荒波も経験する事になる。

文字や映像だけでない、触れる事の出来る異文化が7年後には押し寄せる。「おもてなし」を強調したのだから、道はなお厳しくなるだろう。他国を攻撃するヘイトスピーチ等している暇など既にないのかもしれない。オリンピックの期間中だけ仲良くすれば良い訳ではない。根底的に協力協調し合わないと進めない道。

山ほどのボランティアグループも必要とされる。年齢差だけが問題となるのではなく、ここも多国籍化するだろう。小さくも根深い問題もほじくり出されるかもしれない。

この一年ほど私は自治会の活動に少し関わったけれど、正直言って年齢の問題だけでも凄く大きい。既に共通項としての「常識」などないに等しい。コミュニケーションの基盤が薄っぺらいのである。一夜の盆踊りの準備をするだけでも小競り合いがあるのに、ここに言語と文化の壁が入り込めのだ、こりゃ大変だなと溜め息も出る。

想定外でした、という言い訳ももうできまい。そもそも想定などしていなくて、考えていなかっただけであることは、既に露呈している。汚染水の問題でも、お粗末な話は未だに出続けている。

「コントロール下にある」と誇らしげに首相が言った直後に、んなことはないですと現場から声が出ている現状が多くを物語っている。想定出来ると思う事自体が驕りや慢心と捉えるべき、というのが肝に銘じるべき教訓だった。150もの文化が日本に到来する。言い訳を考えている暇はない。

安倍首相と東電幹部、汚染水制御の認識でズレ:日本経済新聞
< http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS13035_T10C13A9PP8000/ >



出来うる限りのことを想定して事に当たる、とは良く聞かされる言葉だけれど、もはやITの最前線でもそんなことは言っていない。牛歩のような想定論争をしている暇があったら、多くの状況に対応できる人材を育てて行く事こそがリスクマネージメントだと動いているように見える。そして対応するという事は、机上の話ではないので、現場との関わり方が最優先される。

日本が得意とされている分野と、これから進むべき道とが微妙にズレている予感もする。指示する/指示されるという作業は得意だけれど、臨機応変に各自が自律的に、更に協力し合って動くことは、あまり得意ではない分野だろう。でも進まざるを得ない。7年は、じっとしていても過ぎ去る。そして変化は間違いなく生まれている。今までの自分達を見直す動きは様々な部分で見え始めている。



東日本大震災後の地震学者たちは見ていて気の毒だった。本当に誠実な方が多いんだろうなと思ったけれど、今までの自分の給料がすべて泥棒でしたと自白しそうな悲壮感があった。

これほどの大きな被害を予知できなかったという恥辱。今まで俺は何して来たんだろうという失望喪失感。だからこそ、今立ち上がっている。同じ轍は踏むまいと誓っている。あの会議の場での、キレイ事を言うまいという雰囲気は、なかなか背筋を正させる。

それは他人事で論評していてもダメだという姿勢であり、データと睨めっこしてばかりいてもダメだという舵切りでもある。現場に役に立たない学問は無意味だと叫んでいるようにも見える。地震は人の命と直結しているだけに後悔の念も強いだろう。

未だに、他の分野では事故などを見て他人事のように、「私は前から危険だと思っていたんですよね」とシレッと言ってのける偉そうな学者も多いけれど、明らかに二極化し始めている。書斎引きこもり型と現場共生型。

それは、どこかこれからの大学の生き残る道を示唆しているようにも見える。ネットでハーバード大学の授業が聴ける今、知るだけでは足りない、参加や関与が出来ることこそが、「場」の提供できる強みでもある。それはネット配信しながらも、人気を集めるIT勉強会にも似ている。



そしてITである。それも東日本大震災以降のIT。果たして、ITは役に立ったのか。どこに役立ち、どこに無力だったのか。何があれば強くなり、何が足りなければ強くなれなかったのか。分析は未だ出来ていない。課題も整理されていない。

しかも、非常時の情報や権限の混乱は世界中に見せつけてしまっている。明らかにマイナスからの出発。メイドインジャパンの栄光からのスタートではない。その「答え」が7年後に求められている。

ITとネットは、様々な情報を集め広めて来た。美しいものも、悪しきものも、ほっこりするものも、ウンザリするものも、心を震わせるものも。でも、それを次のステップに活かすようには、未だ活用し切れていない。

今出来ているコト以上のことが、まだあるはずだ。未来は明るい方が良いに決まっている。だから、明日のITを、7年後の更に先のITを提示することが求められている。



オリンピックと聞いて、震災を想う人と、経済を考える人と、ここでもまた二極化するのだろう。2020年東京が決まったのは、震災に対するエールであって、経済優先の発想からではないと私は直感したし、そう思いたい。

これは打ち拉(ひし)がれている日本に対する応援だ。世界が「困難」にある国に出来る最上の贈り物の一つなのだろう。そしてそれは、勤勉で高品質で善良な日本だからこそ、贈りたくなった贈り物。単なる商業的成功を目指すのであれば、日本でなくてもいい。

他のどの国でもない、この日本で開催されて良かったと、参加者も支援者も観衆も思ってくれたなら、そんなに素敵な事はない。オリンピックは単なるスポーツ以上の何かであって欲しい。だからこそ、日本もただの開催国だけではない何かになって欲しい。

同時に、被災地に住むもの達への希望も忘れてはならない。過去は変えられない、でも未来は変えられると、ちゃんと伝えたいし支えたい。被災者を大イベント招致の客寄せパンダにしてはならない。

そもそも、この震災が響いたのは、先の阪神・淡路大震災で何を学んだのかという自問だった。そしてもうこんなことは起こらないという慢心。それが学んでいなかったことも、備えてこなかった事も、もっと酷い事だって起こるんだということにも気付かされた。同じ轍は踏めない。



泳ぐしか出来ないけれど、感動された。走るしか出来ないけれど、誰かの支えになっていた。自分の強さを求めることしか出来なかったのに、観る人を強くした。そして逆に弱いものから支えられた。

そんなドラマは山ほどある。飽きる程あるけれど、飽きない。聴く度に、「人間っていいな」と心の奥底で何かが囁く。肉体的に高度な祝福を得たものが、同時に与えられる「なし得ること」の豊かさ。そしてそれだからこその責任。

それが選手たちだけでなく、多くの人達に届けられる。ITしか出来ない者、裏方しか出来ない者、○○しかできない者たちが寄り合い、大きな大きな成功を目指して歩み出す。共に進む道を探り進む7年間。開催期間の一か月よりも、実は熱い季節が始っている。

追伸)

個人的には、2020東京は「卒業」がテーマかなと思っている。絶望からの卒業、搾取することからの卒業、搾取されることからの卒業、慢心する事からの卒業、人を使い捨てることからの卒業、憎しみからの卒業、攻撃からの卒業、戦争からの卒業。

平和ボケしていると言われつつ、もう何10年も戦争をしていない希有なこの国を、幸せな国の先駆けとして、世界に見せつけて欲しい。明日の命を心配せず、戦争に気を病むこともなく、スポーツを楽しみ競い合う喜びに浸たれる喜び。それが実は難易度が異常に高く、崇高なものであるのか。

そのためには、日本が幸せを実感できる国にならないとね。それが出来たら、唯一無二の世界ブランドだし、実は世界中が日本に期待していることではないだろうか。日本にしか出来ない事として。「Pray for Japan」運動から感じること。そして、期待には応えたい。是非とも。だからこそ、単なる「お金一杯使いましたお祭り」には終わらせたくない。

そろそろ「先の世界」も見たい。男性トイレの定型句ではないが、「一歩前に」。思考もイベントも世界も、一歩前に。

【みつい・ひでき】@weblyst | mit_dgcr(a)yahoo.co.jp

・お久しぶりです。単発ででも書けと命ぜられて出戻ってきましたw、単発で。
・2つのサイトを同じBloggerテンプレートで同時リニューアルしました:
 < http://www.mitmix.net/ >← mitmix.net / 電網を巡りながら、ふと考えた。
 < http://www.weblysts.com/ >← weblysts.com
・今だFree、探職中です、お仕事あればお声かけ下さい。


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■どうしたらできるかな?[step:09]
ぬいぐるみの神様ありがとう!

平山遵子
< http://bn.dgcr.com/archives/20130919140100.html >
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あ〜困った。本当に困った。これじゃあ制作が進まない。どうしよう。このままではキャラクターデザインもできないし、ぬいぐるみを作ることもできない。オーダーメイドのぬいぐるみ企画が破綻してしまう......。

姉や保育園に断られ、知り合いに事情を話し、協力者を探すもなかなか見つからず。あっという間に一週間が経とうとしていました。私は卒業制作担当教員でもある海津先生に現状の報告と相談のため、メールを送りました。すると先生から直ぐに返信がありました。

「そんなに落ち込まなくて大丈夫! 前向きに探し続けましょう! 私の子供が昔描いた絵とか探してみますね」以下省略......。

先生は前向きに探し続けましょうと言っているけど、本当に大丈夫かな......。少々マイナス思考になっていた私。このままでは卒業制作に入れません。不安で一杯になりました。

しかし、いつまでもくよくよしていては前に進めない。気分はお通夜みたいになのですが、フェイスブックにスレッド立てながら、協力してくれる人を探し続けました。

あ〜もう本当に見つからなかったらどうしよう。一人でもいいから誰か協力してくれないかな〜、そう思いながら、いつものように裁縫の特訓をしては日が暮れて、時間は過ぎるばかりです。

そんなある日のことです。なんと2通のメールが届きました。内容はオーダーメイドのぬいぐるみ企画がとても面白そうなので、ぜひ協力させて下さい、うちの子供の絵でよければ画像をお送りします、という内容でした。一人はSMSでよくやり取りをする主婦の方、もう一人はお子さんのいる男性の方でした。

「えっ、これって!? おぉ、やった〜!!」

思わず、机のPCの前で大はしゃぎしてしまいました。直ぐにお二方にお礼とお子さんの趣味に関するアンケートにお答えて下さい、という内容のメールを送りました。ちなみにアンケート内容は、名前、年齢、趣味/どんな遊びが好きか、好きなキャラクターやアニメ、漫画。

とても簡単なアンケートです。その回答とお子さんの絵や工作などの画像を見て、私がその子がどんな子か? どんな形や色が好きか? こんなことが好きなんだろう、こんなぬいぐるみを作ってあげたら喜ぶだろうな、と沢山の妄想を膨らませてぬいぐるみを制作するというわけです。

どんな回答と絵や工作の画像が送られてくるか、とてもワクワクしました。そうだ、海津先生にご心配をかけたので「協力者が二人見つかりました」と連絡をしました。すると先生から早速返事が。

「まずはそのお二人のために一生懸命ぬいぐるみを作って下さい。あと、近々、平山さんにSさんという方から連絡があると思います。卒業生で今、子供を対象に絵画教室の先生をしています。とても良い子なので、是非色々お話をしてお友達になっちゃいましょう。それでは頑張って!」

えっ、卒業生!? 子供を対象の絵画教室の先生!? これはチャンス! うまくいけばお子さんをお持ちの多くの方に協力してもらえるかも知れない。希望が見えてきました。

後に聞いた話ですが、海津先生は卒業生とも交流があり、たまたま卒業生の方と食事会をした時に卒業制作の話になり、私のオーダーメイドのぬいぐるみ企画の話をしたところ、その場の席にいたSさんが協力してくれると言ってくれたそうです。

ひとまず、Sさんからの連絡を待つ間、協力してくれるお二方からアンケートの回答とお子さんの絵や工作の画像が届きました。「ひなたちゃんか。かわいいお名前だな。こっちはいねくんとみちちゃん、二人はきょうだいか」

アンケートの回答や送られてきた画像を見て今までのマイナス思考、どんより暗い気分はあっという間に吹き飛びました。この3人のために楽しいぬいぐるみを作ろうと元気がわいてきたのです。

早速、新しいノートを取りだし「オーダーメイドノート」を作成しました。ページには子供の名前を書き、アンケート回答をまとめたり、送ってもらった絵や工作の画像を貼りました。

お医者さんではありませんが、子供一人一人の趣味や思考などをまとめたカルテのようなノートを作りました。このノートに色々思いついたことを書き込み、それを何度も見直し、その子に合ったイメージを固めキャラクターをデザインしようと考えたのです。

こうして私のはじめてのオーダーメイドぬいぐるみ、誰かのためにぬいぐるみを作るという活動が始まりました。やっとぬいぐるみが作れる!! 神様、いや、ぬいぐるみの神様ありがとう!!

【平山遵子・ひらやまじゅんこ】
J★(Junko allstars)〜思い出を形に未来につなぐハンドメイド〜
< http://www.j-allstars.com/ >
夢は「世界一楽しいぬいぐるみ」を作る!


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編集後記(09/19)

●夏休みに「いまさら見るDVD」その1は「アウトレイジ ビヨンド」。日本の役者はみんなヤクザを演じるのが好きなのだろう。かつては誠実な人、カッコいい人、善良な人を演じた役者が歳を重ねて、嬉々として悪い人を演じている。みなさんオーバーに凄んでいるが、これはお芝居だよって感じがしてしまい、あんまりこわくない。だって、バイオレンス・エンターテインメントだもの。

ただ一人、リアルに浮いている男がいた。貫禄がないうえに怒鳴り散らしてばかりいる。それでナンバー2の若頭ときた。やなやつだねえと思っていたが、ひどい殺されようであった。マル暴の小日向文世、いい人悪い人なにやらせてもうまいねえ、この人。この映画でズーッと仏頂面の長身の男は、おお「孤独のグルメ」松重豊ではないか。グルメとはえらく違う悪相だ。彼の存在する意味は大切なのに説明不足ではないかと思う。

前作を見ていないので、初めは人間関係に戸惑った。どうせヤクザの抗争話なんだから、最初に顔写真入りの相関図を出して解説して欲しかった。それをやっちゃあつまらないか。それでもそのうちなんとなく分かって来たが、すぐに裏切られる。わからないのはビートたけしという役者だ。この人のセリフは聞き取れないことが多い。表情から何も読み取れない。だから、なに考えているのかわからない不気味さが出る。そういう効果はあるが、本当にうまい役者なんだろうか。

若い頃のたけしの毒舌はよく聞こえたが、最近は滑舌が悪いせいか、聞きとるのに苦労する。テレビのバラエティでもそうだ。仕方なくボリュームを上げると、ほとんど平凡過ぎるか、観念的で意味不明なことを言ってる。なんだよ、全然おもしろくないぞ。トヨタのCMにも出ているが、それほどありがたい人なんだろうか。北野武という監督は評価できるけれど。

「いまさら見るDVD」その2は「テルマエ・ロマエ」。ヤマザキミノリの漫画を読んで、その奇想に驚愕したが、まさかの映画化には「まさか」としか言えなかった。主役の古代ローマ人に阿部寛というのは予想外にピッタリ。日本の銭湯にタイムスリップして来て、あらゆるものに驚き感動し考え込む滑稽なさまを、彼が糞真面目な表情で演ずるところがじつにおもしろい。しかしそのほかの、リアルなストリーとして流れているところはイマイチだった。それにしても、日本人が西洋人を演じるのは、いくら演技がうまくても、たまらなく恥ずかしい。阿部寛はよかったけれど。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00AM5VG2E/dgcrcom-22/ >
アウトレイジ ビヨンド

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00948M70K/dgcrcom-22/ >
テルマエ・ロマエ


●三井さん、おかえりなさい。今回はピンチヒッターですけど。レギュラーのポジションはいつでも用意できます。待っています!

MacのOfficeを使っている。お客様からのデータ受け渡しのために持ち、使わざるを得ない。Xの時は気にならなかったのだが(Xもそうだったかもしれない)、2011にしてから、Wordの一部のショートカットが出ず、不便していた。

「一部の」と書いたが、使えないのは、コピー、ペースト、保存などの大事なもの。幸いなことに、開いてコピーするためだったり、場合によっては別アプリで直接開いたりするので、マウス操作は数回。Officeのヘルプを見てもショ
トカットキーの表示・非表示などは見当たらず、作成機能はあるものの、基本的なものを、ユーザー側で登録しなきゃいけないの? と。

仕事が詰まって苛立っている時にコピペできず、あり得ないでしょ! と八つ当たり。再度ヘルプを見、ネット検索をし、そして見つけましたよ、原因と対策。ほんとありがたいわ、こういうことを書いてくれる人。

原因は「かな入力」。Wordを立ち上げる際に、ことえりが「ひらがな」になっていたらショートカットキーが消える。「英字」なら問題なし。なんてこと! 記事には同じように悩んでいた人のコメントがついている。MSでは対応するつもりはないらしい。

何度も後記で書いているけど、ローマ字入力より、かな入力の方が効率いいの(涙)。英文タイプから入ったから、英字キーの位置も知った上で、かな入力を自習したのだ。例えば、ファイルとfileを入力時に混同しなくていいのよ〜。かな入力は死語ならぬ滅機能になるのかしら......。     (hammer.mule)

< http://moon-phase.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/office-word-fcb.html >
Office: Wordでショートカットキーが無くなる

< http://office.microsoft.com/ja-jp/mac-word-help/HA102927282.aspx >
日本語の時用にショートカットキーのユーザー登録をしてみた。すべてを選択、保存はキー登録なし、コピーはなんとF3、ペーストはF4になっていたわ。