[3730] 外付けファインダーが好きだの巻

投稿:  著者:  読了時間:21分(本文:約10,100文字)


《少なくも30年前にはやっておくべきだったことをやっと始めた還暦》

■わが逃走[143]
 外付けファインダーが好きだの巻
 齋藤 浩

■ローマでMANGA[77]番外編
 ベントテーネでおじさんバンドの演奏会
 midori

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  怒りのブドウ球菌 電子版 〜或るクリエイターの不条理エッセイ〜
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◎デジクリから2005年に刊行された、永吉克之さんの『怒りのブドウ球菌』が
電子書籍になりました。前編/後編の二冊に分け、各26編を収録。もちろんイ
ラストも完全収録、独特の文章と合わせて不条理な世界観をお楽しみ下さい。
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■わが逃走[143]
外付けファインダーが好きだの巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20140710140200.html >
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そもそもBESSA-Tというカメラを譲り受けたことに起因する。

BESSA-Tはおそらく私の人生を変えたカメラ。これがなければ今のように写真表現に魅力を感じなかっただろうし、今のようなカメラオタクにはならなかっただろう。

逆に言えば、この出会いがなければライカやハッセルにも手を出さなかったろうし、この時代に高価なフィルムをバカみたいに使ったりはしなかったはずだ。

さてこのBESSA-T、ピントを合わせるための距離計は内蔵されているもののフレーミングのためのファインダーは非搭載という、世にも稀なカメラなのだ。

レンズ交換の度にファインダーも交換するのだが、これが合体変形メカのようで楽しい。ついズルズルとレンズが増えてしまい、それに伴いファインダーの数も増えていった。

< http://bn.dgcr.com/archives/2014/07/10/images/001.jpg >
BESSA-Tと外付けファインダーの数々。

より正確に言うなら、ブライトフレーム式外付け光学ビューファインダー。長いのでここでは外付けファインダーと呼称する。

外付けファインダーとは、カメラのフレーミングのための装置である。覗くと目の前の風景の中に、フィルムのタテヨコ比と同じ四角い枠が見える。

ただそれだけのもんである。腕時計や万年筆のように単体での存在理由がない。だけど、そこがイイ。

たとえ主役になれずとも、全力で撮影をサポートしてくれる、その心意気に惚れるのだ。

ファインダーのレンズやプリズムを通して目に入ってくる世界は、不思議なことにどれも新鮮で、見慣れた景色から新たな美を発見する手助けをしてくれる。

しかし当然欠点もある。

被写界深度は確認できないし、パララックスの問題もある。つまり、ボケ具合は設定した露出から予測しなければならないし、被写体にレンズが近づけば近づくほどフレーミングがズレていくのだ。

しかし、そんなのは(ほんの50年前は)当たり前のことだったし、仕上がりを脳内でイメージしないと写真が撮れないということは、言い換えれば想像力が鍛えられるということなのである。

そんなわけで、私のお気に入り外付けファインダーを紹介させてくれ。
いや、させてください。

【1】フォクトレンダーのアングルファインダー
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/07/10/images/002.jpg >

二眼レフのように上から覗いて撮影するためのファインダー。つまり、うつむいていても前向き。つまらん世界が美しく見える道具だ。

12mm〜25mmまでのアタッチメントを取り付けて使う。とくに21mmが美しい。ほとんど使わないけど、覗いていてしあわせなファインダーである。

【2】ターレットファインダーの数々

ユニバーサルファインダーともいう。リボルバーの弾倉のように、複数の画角のレンズが組み込まれている。とにかくメカっぽくてカッコイイ。装甲騎兵ボトムズみたいだ!

当時、いかにもハラショーな感じのロシア製のものを買おうかと悩んだのだが、最初に買ったのはキヤノンのもの。1950年代製と思われる。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/07/10/images/003.jpg >

35mm〜50mm、85mm〜135mmのふたつのズームレンズがターレット状に配置されており、さらにラッパ状の補助レンズと組み合わせることで21mmからの広角域にも対応。

21mmレンズを愛用していたためこれが決め手となった。これひとつあれば、もう外付けファインダーはいらないと思った。思ったのだが!

ブランドの力には勝てなかった。ツァイスイコン シュトゥットガルト。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/07/10/images/004.jpg >

21mmにも対応。完璧である。これさえあればもう他のファインダーはいらないと思った。本当にそう思った。しかし!

やはり見た目のかっこよさは重要だった。カールツァイス イエナ。冷戦時代の東ドイツ製か。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/07/10/images/005.jpg >

このクラシックな感じがいい。後のロシア製ファインダーの原型という(オレの)説(というか憶測)もあるが、詳細は不明。

そしてついに最初に惚れたロシア製ファインダーを入手してしまった。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/07/10/images/006.jpg >

第二次大戦の影響でツァイスが東西に分断させられ、東ドイツに残った技師は(現ウクライナの)キエフへ移されて、コンタックスそっくりの"キエフ"というカメラを作り続けたわけだが、このファインダーはおそらくそのキエフ用。ちなみにこれがいちばん"見え"が良い。

「もう使わないから」と友人の父上から頂いたもの。カールツァイス イエナとは対称の形状である点が興味深い。

といった具合に、これ一台あれば他はもういらない、と思ったはずなのに、気がつけばターレットファインダーだけで4コである。

しかも重たいし、単独ファインダーの方がはるかに視界がクリアなのであまり使わなくなってしまった。こんなことじゃいかん。初心に帰ってBESSA-Tと一緒にお散歩せねば。梅雨が明けて夏が過ぎて涼しくなったら使おうと思う。

【3】ツァイスの18mmファインダー
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/07/10/images/007.jpg >

アイポイントがなかなか定まらず、そんなにシャープに見えないのだが、仕様なのか??

要は見た目のかっこよさに惚れた。いかにもな角形ボディにツァイスロゴ。18mmレンズは出動回数も少ないので、当然これの出番も少ない。そろそろ使わねばと反省している。

【4】これがほしい!
※写真ナシ

ライカの35mmファインダー(昔の金属のガワのやつ)がこの世でいちばん美しいファインダーといわれている。実際、世界でいちばん美しいと思う。金属とガラスが直角に交差する鋭いエッジを眺めるだけでごはん3杯はいけるぜ。

一度だけ覗いてみたことがある。恐ろしいほどクリア。本物の世界を肉眼で見るよりも、ファインダーを通して見る世界の方が美しいと思えてしまう不思議。

覗いているだけで、腹の中にたまっていた体に悪いモヤモヤしたものが、スーッと頭から抜けて楽になる感じ。健康のためにいつかは欲しい。


以上、日常生活に何の役にも立たないけど、一部の人には持っているだけで幸せなモノたちをご紹介しました。

最近では、デジタルカメラに取り付ける電子ビューファインダーなんてものがあります。視野率100%、明るさもボケも、カメラの捉えた世界をそのままに見ることができる便利な道具です。

しかし私の物欲は全く反応しません。
何故なら、
覗いた向こうに世界はなく、そこにあるのはただのテレビだからです!

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。


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■ローマでMANGA[77]番外編
ベントテーネでおじさんバンドの演奏会

midori
< http://bn.dgcr.com/archives/20140710140100.html >
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5月のTokyo滞在に引き続き、おじさんバンドのせいで7月も番外編になった。

●おじさんバンドと流刑島と八代目

ダンナはDog's Lifeという名のおじさんバンドを持っている。高校の頃、プロのドラマーを目指したけれどバイクの事故で肘を痛め、趣味ならいいけどプロは無理になった。

それ以来ずーっとドラムを触ってなかったけど、50歳を期に、昔の夢を思い出し(というか、忘れていなかった)パーカッションの学校へちょっと行って、電子ドラムを買い、70-80年代のロックバンドやりたい人を探してバンドを組んだのだった。

プロを目指すのではなく、楽しく演奏を目指して週に一回、貸しスタジオで練習に励んだのだった。

かれこれ10年も経ったある日、二代目のバンドにベントテーネ出身のアウレリオさんが入ってきた。アウレリオはジャンベという西アフリカの打楽器を演奏する。バンドのレパートリーは70年代、80年代のロックだからジャンベがちょっと異質なのだけれど、趣味のバンドだからギター担当の親戚を断る理由もなかったのだ。

●ベントテーネ

ベントテーネというのは島の名前だ。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8D >

ローマが州都であるところのラツィオ県ラティーナ市に属するけれど、ナポリに近い。ベントテーネ島からナポリ湾にあるイスキア島がくっきり見える。

ベントテーネが歴史に出てくるのは紀元前、第一代皇帝アウグストゥス帝の頃だ(もー、イタリアにいるとどこへ行ってもローマ帝国から離れられない)。

ここはアウグストゥス帝の娘、ユリアが姦通罪で島流しになった場所。罪人と言えど皇帝の娘だから、広いお館を建てて住んでいた。現在市役所(これがまた中世時代の要塞型のお城)の裏、庭になっているところから海に向かってお館の跡がある。

そして、今使ってる港の脇にローマ時代の長方形の小さな港があって、ここは小さなボートが碇泊して今でも使っている。長方形の陸側はなだらかな坂になっていて(写真の手前)波の力を吸収する。ここは、どんなに面の海が荒れていても、いつも湖のように静かなのだそうだ。
< https://plus.google.com/photos/102936978768158289322/albums/5767293867843611729 >

●アウレリオ

そしてアウレリオさんが出てくる。ブルボン王家の頃、1700年代にワイン用の葡萄を育てるために三家族がベントテーネ島に送られた。冬を知らない太陽の国、水が少ない、溶岩系の土地で育った葡萄は糖度が高くて美味しいワインができるのだ。

話はそれるけど、映画「イル・ポスティーノ」で有名になったプロチダ島でも、コクのあるワインが出来る。プロチダのワイン・リキュールは逸品だ。

アウレリオはその三家族のうちの一つの子孫で八代目だそうだ。ベントテーネでは今は商業的にワインを作っている人はいない。アウレリオもローマで仕事をして週末と夏休みに帰ってくる。

ベントテーネにこれといった産業がなく、観光が財源なのに市長も市政顧問もあまり頓着していない。そこで、アウレリオは10年前に「ジャンベ教室」を思いつき講師を招いて「ベントテーネのジャンベ」を発足させた。講師は亡くなってしまったが、ジャンビスタは島に10数人いる。

そして、おじさんバンド。ベントテーネのアウレリオがメンバーだからよそ者ではない。

夏になるとイタリア各地で規模の大小はあるにせよ、お祭や野外コンサートを催すのが普通にあることなので、企画としては違和感がない。それに、何しろ八代目だから顔だ。アウレリオは市長や顧問に報酬はいらんから、と、演奏会の話をつけた。

メンバーは自分の楽器とアンプ、交通費、食事は自腹。宿はベントテーネ持ち、ということになった。

メンバーの家族もオーケーということで、私も便乗して初めてのベントテーネ体験をした。

島への連絡船の前でギター二人と待ち合わせ。ギター三台、アンプ二台、ギターコードやペダルの箱二個、シンバルなどを、まず車から下ろして、私とギターの子供が荷物番をしつつ、メンバーが車を駐車しに行く。切符を買って、それぞれ目一杯荷物を持ったり押したりしながら乗船する。

何十年も前に「グループ・サウンズ」のライブに行って、楽屋出口まで行って、「ボーヤ」が重そうにアンプを押したり引いたりしているのを見た懐かしい記憶と一挙に重なってしまって、ちょっとワクワクする。

●教会広場

コンサート会場は島の教会の前の広場。島にオーディオを趣味しているおじさんがいて、高級機材を持っている。その人がボランティアで舞台の設置、ライトの設置、アンプの設置、ミキサーの設置を引き受けてくれた。音はプロの仕業に出来上がって、メンバーも満足だった。

島はおじさんのボランティアに慣れているので何もしない。メンバーが報酬代わりになにか贈ろうとしたけれど、頑として受け取らない。せめてコンサートの終わりに、市長、顧問へのお礼に続いて、彼への拍手を観客と共に贈った。

コンサートの日は、ワールドカップの試合があった日で、動員が気になるところだったけど、結構広場いっぱいになっていた。
< http://bit.ly/1mypKiY >
< http://bit.ly/1xRnsiN >

おじさんバンドは毎週一回真面目に練習するので、グループとしての一体感が出てきてそこそこ聞ける。

バンドを始めた時はダンナの趣味で70、80年代のロックだった。ストーンズとか。ボーカルを担当してたギターが抜けて、新たに歌えるギターを入れたところ、彼のレパートリーはイタリアン・ポップスだというので、それも新たにレパートリーに加わることになった。

最新動画がないので一年前のものはこちら。今はもっとうまい。30分もあるけど、28:33からジョイントでベリーダンスがあります。
< >

今回は、ジョイントでベントテーネ・ジャンベとも共演した。リハーサルなしで、どうなるかと思ったけど、一曲、ギターが機転を利かせて皆の演奏を止めさせて、ジャンベだけにした。ダンナのドラムはリズムセクションだし、ジャンベがダンナをチラチラ見てリズムを取るので、やめるわけには行かずに演奏をし続けた。

結果、ジャンベの熱いリズムは、教会の屋根を超え、広場を埋め、海に届き、観客にも届いて拍手喝采だった。良い音楽というのはテクニックだけではなく、特にライブの場合は、そこに演奏者と観客の間の交信が起こると魂に届いて良い音楽になる。この夜は実にそれが起こったのだった。

●おじさんバンドが起こした経済効果

ベントテーネは住民届けを出している人が700人余り。実際に年間通して生活しているのは300人程度だそうだ。小学校と中学校一校づつ。診療所一軒。重病はヘリコプターでフォルミアかナポリへ(どっちも怖い)。

高級ホテル一軒(ヴィッラ・ジュリア/「ユリア」のイタリア語読み)。民宿多数。旅行代理店二軒。そこそこ高級レストラン一軒。1.45平方キロメートルという小さい島なのに食べ物やさんはやたら多い。スーパー二軒。教会一つ。お土産物屋さん、ざっと見て四軒。パブ二軒(そのうち一軒は、野外で庭で踊れる)。

どこも夏の海水浴季節に一年分の生活費を稼ぐ。海がきれいなので、潜水を趣味してる人の目的地(地じゃないね、海)のひとつ。

おじさんバンド、Dog'sLigfeは経済活動に好影響を与えた、と翌日知った。島民を全員知ってるアウレリオからの報告によると、バンドが演奏した夜、近く(どこも近い)のBAR(地中海式カフェ)は演奏が終わった午後11時半以降、三々五々お客が来た。庭のあるパプはその前の土曜日は誰もお客がいなかったのに、今回は遅くまで盛況だった。

島での遊びは、海周りで、日中に限られる。保護区だから夜釣りもできない。映画館もない。だから、食べて駄弁るか、家でテレビ、ぶらぶら歩きくらいしかない。

そこへおじさんバンドが音楽を提供したので、他に楽しみもないツーリストも(バンドの関係者以外にも、の意)外へ出て演奏を楽しんで、そのついでに食後酒を飲んだりしたわけだ。

たかが素人バンドでこの経済効果。企画者のアウレリオは満足気だった。9月に地元の守護聖人のお祭りがあるからその時にも......という話が持ち上がっている。

こうして、おじさんバンドはその規模にあったコンサートを無事終え、何かを残し、ついでに翌日のんびり海水浴もした。これで今年のバカンスはおしまい。もっとも、我が家が農園で避暑地みたいなものだけど。

【みどり】midorigo@mac.com

このところ、自分が若い作家志望者になったみたいなことが起こっている。マンガ学校を何年か前に卒業して、原作者として仕事をしている青年から連絡があり、トリノの小さいタロットカード専門の出版社がMANGAタロットを企画してるので、一緒に仕事をしないかということだった。

うん、やるやる、と返事をしたものの、よく考えたら、ちゃんと絵で仕事して報酬を頂いた経験がすごく少ない。それでも、未だになにかやりたいと思ってるのだから、思う通りにすればいいのだと、数少ない見本の絵を出版社に送ってみた。

それらの絵は、親戚連中の似顔絵だったために、カリカチュアだし背景がないので判断ができないと返事が来た。ここで「お騒がせしました」と退散するといつものコース。

この期に及んでこういう話が来たときうことは、「えーかげんにせーよ。これが最後のチャンスだからね!」という天の声だと思って、背景付きの絵を描いた。背景付きを持っていなかったからだ。出版社に何かあったらしくてまだ返事がない。それでも、めげなかった自分を褒めてあげられる。

娘ほどの年のナポリ出身MANGA家志望女性と、コンタクトを取り続けている。彼女も日本のMANGA界の常識で言うと、デビューには遅い年齢だけどめげていない。英語で応募要項を掲げた日本のMANGA賞を見つけてきて、私作(ネーム)+彼女作画で参加しないかと持ちかけてきたので、これも参加することにした。7月31日締め切り。

少なくも30年前にはやっておくべきだったことをやっと始めた還暦。

「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」(←ひえ〜、これをやってる暇がない)
< http://p.booklog.jp/book/77255/read >

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >

よかったら協力してください。
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編集後記(07/10)

●キラキラネームっていまどうなんだろう。相変わらず猖獗を極めているのだろうか。孫の小学校卒業アルバムをじっくり見たが、おお〜これがキラキラネームってのかい、実在するんだな、なんて思わなかった。古風な名前はほんとうに少数派で、似たような漢字の名前は多いが、いわゆるキラキラネームは見当たらない。読み方が特殊な子もいるのかもしれないが、とくに目立った物件はない。ちょっと残念な気もした。月2回発行の市の広報誌でキッズ紹介ページがあるのでチェックしているが、みんな可愛いし、普通に読める名前だった。まあ、これは編集者が選んでいるわけだし。

高校野球選手権埼玉大会が始まる。8ページだての特集版には全出場校のチーム紹介がある。一校あたり20名までの名前が掲載されている。ふとキラめいた。かつて、名前と偏差値に関係があるという調査があったような。偏差値が高い高校ほどキラキラネームは存在せず、偏差値が低い高校に集中していた、というような記事を読んだような。だったら、この新聞で本当かどうか調べてみよう。というわけで、県内上から5校と、下から5校、10校の選手名をチェックした。結果! まったく関係がないと判定。上位にも下位にも読み方が特定できない名前はあるが、まあ普通の漢字の配列だ。読み方がキラキラなんて判断できない。せっかくの思いつきだったが、高校野球らしく、空振り。

「複数の大学で教えていて気付いたこと、大学の偏差値と学生の名前(特に女子)には、相関性がある。高偏差値の大学には、名前が平易で「子」のつく学生が多い。低偏差値の大学には、画数が多く、万葉仮名のような読みにくい名前の学生が多い。いわゆる『夜露死苦』系。」と評論家の呉智英がどこかで書いていた。彼は「暴走万葉仮名」と呼んでいる。「昨今の暴走万葉仮名の女子名はどうか。独自性・独創性(ホントに独自・独創かどうかはともかく)の追求の果ての『俺様(おれさま)化』である。むろん実績の伴う俺様ならけっこうだが、そうでないことを私は体験的に知った」と手厳しい。問題は女の子の名前だったのか?

そういや、バロン吉元の「マンガ日本の古典 徒然草」にもあったな。キラキラネームではないが。第一一六段。「この頃はなんでもかんでも難しい名前をつければそれでいいと思っている人が多すぎます。この傾向は才知の働きを世間に顕示しているようで、誠にいやみなものです」。バロン吉元は、煮ても焼いても食えそうにない素材をいかに料理するかで悩みに悩んだ。ある日、「徒然草」は後醍醐天皇とその治世に対する批判ではないか、それですべてが貫かれているのではないかと思いあたる。兼好を後醍醐天皇と正反対のキャラクターにすればすべて筋が通る。大きな歓喜をもって筆が動き始めたという。原文と対照して読むと、うまくまとめたもんだなあと感心する。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122037050/dgcrcom-22/ >
「マンガ日本の古典 徒然草」


●Livescribe続き。

後傾「ああ! 2バイトはさすがに無理ですよね。」「はい。Evernoteだと日本語でもある程度は読んでくれますが、さすがに殴り書きだと無理ですね。最新版だとスマホ連動やOneNoteへの記録もできます。(他の機能も話す時はある)」

前傾「うわー欲しいな。これいくらぐらいなんですか? 1万......はしますよね。」「そうですね、2万近くはしますね。」

後傾「ペンに2万はさすがに......考えますね。」

となる。私の場合、聞き漏らしがないというメリットが大きくて、それだけ出す価値はあったと思ってはいる。どころか、3が欲しい。たまにしか使わないのに。

初めての打ち合わせで、これだけ話題になるとは思わなかった。iPhoneやiPadを使うのが気恥ずかしくて、ためらっていた頃みたい。デメリットは「ここだけの話」がないことかな......。なので用件が終わったら、録音を切って鞄にしまうんだぜ。(hammer.mule)