[4508] うちの小さなMac

投稿:  著者:  読了時間:14分(本文:約6,800文字)



《トマソン認定されています》

■装飾山イバラ道[217]
 うちの小さなMac
 武田瑛夢

■Scenes Around Me[21]
 ワークショップ・ガロの事(下)
 関根正幸




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■装飾山イバラ道[217]
うちの小さなMac

武田瑛夢
http://bn.dgcr.com/archives/20180213110200.html
───────────────────────────────────

●この可愛さは捨てがたい

このところ、実家の片付けをしているので、処理する物の多さに驚いている。私はマンション暮らしが長いので、階段の下に物がそんなに収納できるとは知らなかったりして、処理物件が想定の範囲を超えることがあるのだ。

私が生まれる前の、昭和の古い新聞に包まれた物もある。ちょっと記事を読んだりして、気分を変えながら片付けをする。

片付けをしていると、夫の部屋からも色々なものが出てくる。ミニMacで検索するとMac miniが出てくるけれど、最近うちで「ミニMacどうする?」という場合は「Macintosh Plus」のことを指す。マウスの形が四角いタイプ。

夫が昔使っていたのを、押入れにずっと保管していたものだ。角の丸みが当時としては洗練されていたのだろうけれど、今見ると素朴な感じがする。

夫が言うには、先日ものすごく久しぶりに起動をかけてみたら、一度は起ち上がったけれど気がついたら消えていて、もう二度と起ちあがらないという。私はこれに電源が入っているのを見たことがない。

私が見ている前で起動をかけても、なかなか画面がつかなかった。
「さすがにもう死んだかな。」

一度ぐらい画面が光っているのを見てみたかったので残念に思っている時、ふと画面が点いたのだ。「キター! がんばれ、がんばれ。」慌ててiPhoneの動画で撮ったりバタバタしたけれど、何とか息を吹き返してくれた。

・512Kの日本語版DynaMacをアップグレードしたMacintosh Plus
http://eimu.com/dgcol/crmac.jpg

ハッピーマックでの起動画面も懐かしいし、ものすごく遅いけれどテケテケ何かの音がして起動が進んでいる。起動用のフロッピーもあちこち探してやっと見つかったものだと言うし、命をつなぐのは奇跡的という感じ。

ただとても不安定なのは変わりないので、これを今後活用しようと思った時に、使えるかどうかは未知数だ。この画面を見られただけでも、私はとりあえず満足だ。

ネットで見ると、改造してiPadのカバーとして使っている画像も出てくるし、この可愛さは捨てがたい。古いパソコンをたくさん処分する中で、これは私が残したいので取っておくことにした。ゴミになるかならないかの線引きは大変な作業だ。

レインボーのアップルのステッカーも出てきたので、捨てないでおいたけれど、今は白いリンゴだよね。レインボーの色を数えると6色。このタイプのステッカーってみんなどこに貼っているのだろう。

掃除するといろんな時代のものが出てくるし、シールなのでなんとなく取っておくけれど、何に貼っていいのかわからない。検索すると、使い道を提案しながらふざけているサイトが結構あったので面白い。

●ゴミ分別プレッシャー

掃除をしていると、大事に取っておいたうちに価値を失っているものの多さに驚く。地図とか、辞書とか、昔は捨てないで何年も取っておいたものだ。

昔のまま止まっている紙の地図は、道案内には使えない。当時の記録としての価値は残っているかもしれないけれど、まぁ使えないのでどんどん捨てていく。

厚いマニュアルの金属リングなどは外しながら、処分した。捨てる時になって初めて、複合素材のややこしさに気づくのだ。

昔の本やバインダーのマニュアルは、見栄えのためか耐久性のためか、ビニールやプラスチックや金属が使われまくっているものが多い。今はエコを意識して、そのまま土に還るものとか多そうだ。

その一方で、スキーブーツは処分表を見ると一般ゴミ扱いだという。「あんなに丁寧に本の金属リングまで外したのに、そんなゴッツイ靴が燃えるゴミなわけがないよー」。ゴミ界の矛盾に襲われる。

調べるとスキーブーツの外せる金属パーツは、外して処分するという地区もあった。外すのが無理なものは燃やさないゴミらしい。ついているパーツの一番強いものに合わせて考えればいいのか。

ただ、全体の割合から考えると5%くらいだと微妙だ。ほぼプラスチックであると考えるのか、金属を問題にするのか。

私の頭のイメージ内の大きな焼却炉の中でスキーブーツが燃え、燃え残った金属がカラカラと排出されるのを想像する。焼却炉のパワーも昔とは違うらしいし、何も残らないかな。

地域によって呼び方が違うけれど、「一般ゴミ」というのは家庭から出る小型の可燃ゴミで、小型プラスチック製品や靴、カバンも含まれるそうだ。「普通ゴミ」と呼ぶところもあるみたい。資源ゴミ、粗大ゴミも地域が出している分類表を参考にするしかない。

画像認識が進んでいるのだから、カメラでゴミを撮るだけで認識と判定をしてくれて「粗大ゴミ!」とか表示されるアプリが欲しい。

この世には面倒くさいものが多い。ただこの「面倒くさい」を乗り越えるのも大事な修行のような気がする。最近そう思うことが多いので、「面倒くさい」の反意語を検索したりした。結構疑問に思う人も多いらしい。

「簡単」というのが出てくるけれどどうもしっくりこない。「容易い(たやすい)」というと、自分にとっての気分も出ていて近いかな。

やらない可能性を一瞬でも考えてしまうと、「面倒」という気分が出てしまって、それを乗り越える必要があるので辛い。最初から「やる」つもりでいれば、乗り越える必要がなくなってちょっと楽だ。こうしたコツを見つけては進むしかないのだ。


【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

バレンタインシーズンなのでチョコ系スクイーズのご紹介。全部食べられません。左上から時計回りに商品名。

・BLOOM チョコクロワッサン、Cafe de N クロワッサンドーナツ、BLOOM チョコケーキ、YunXin チョコレート
http://eimu.com/dgcol/choc.jpg

BLOOMのクロワッサンのチョコは最近ネットで購入。すごく良いチョコの香り。

右下の丸いチョコケーキだけは、シリコンのような皮の中に粘土が入っているタイプだ。触り心地は固めで、デッサンの時の練り消しゴムを触っているような感じで、小さくて仕事中に最適。練り消しネリネリしていた人にオススメだ。

Cafe de Nクロワッサンドーナツは、デニッシュっぽいしっとり感がいい。チョコ色がそれぞれ違うのが美味しそう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■Scenes Around Me[21]
ワークショップ・ガロの事(下)

関根正幸
http://bn.dgcr.com/archives/20180213110100.html
───────────────────────────────────

ワークショップ・ガロ(以下WSGと略)の事は、当初、一回で終わらせようとしたのですが、当時のことを調べるのに手間取ったのと、文章が少々長くなったので、三回に分けました。



https://farm5.staticflickr.com/4768/38941355384_8ef32f5e3a_c.jpg

前々回紹介した、WSGのクロージングパーティー撤収後の写真ですが、写っている人が薄着なのと、同じネガの続きに数日後に撮影したと思われるバーベキューの写真があることから、1997年7月の中旬〜下旬の撮影だと考えています。

この時期は、前回紹介したWSGの開催期間からは外れているので、クロージングパーティーは別の機会に企画したのでしょう。

ただ、クロージングパーティーは、ガロに告知を打たなかったのか、該当する号を調べてもそれらしい記事は見つからず、そのため、パーティーの開催日、タイトル、ゲストについての詳細な情報が手元にありません。

もし、当時のことを覚えている方がいらっしゃれば、教えていただけるとありがたいです。



私が覚えているのは、WSG顧問の今一生さんと司会進行役の二村ヒトシさんが、パーティーの挨拶で「(受講生は)なぜ、僕たちの背後にある膨大な人脈を利用しようとしなかったのか」と話していたことです。

それを隣で聞いていたスタッフの一人が、「何をやりたいかが見つかっていない受講生にそれを要求するのには無理があるし、何がやりたいかが分かっている人は、そもそもこのワークショップには参加しない」と突っ込みを入れていて、私も確かにそうだ、と思いました。



WSGはワークショップの体裁は保ちつつも、当初の目的であった、ガロ発のクリエイターを育てるという成果は出せなかったと思います。

また、上に書いた今さんと二村さんの挨拶も、その事に対するある種のフォローだったのでしょう。

もちろん、私自身がワークショップの現場にほとんど顔を出さなかったので、WSGの受講生で、後にクリエイターとして成功した人がいなかったと断言は出来ませんが。



受講生の中で個人的に印象に残っている人を数名、簡単に紹介しておきます。

イイ顔のオヤジ写真展を開催するために、WSGの打ち上げに残って、同じ飲み屋にいるオヤジ客の写真を撮らせてもらっていた海老名真衣子さん。

岡画郎で知り合った、ヒンズースクワットパフォーマーの梶間浩幸君。

また、各回のワークショップの内容をガロにレポートしていたライターのウメザワさんは、受講生からスタッフになったと記憶しています(違っていたらすいません)。



最後に、二村ヒトシさんについての事を記します。

二村さんはパノラマ歓喜団という劇団を主宰する一方、ダイヤモンド映像で村西とおるの片腕として男優をやっていたそうです(作品は見ていない)。

ダイヤモンド映像は当時すでに倒産、二村さんは、素人の男性と女優との絡みを撮影したセルビデオ(レンタルにしないビデオ)のレーベルを立ち上げようとして、それに出演する男性を探している、と話していました。

私自身、レーベル立ち上げの話は面白いと思って聞いていましたが、何かの間違いで、私が二村さんのビデオに出演するつもりだと誤解されてしまいました。

結局、自分は役に立てないので、と断ってしまったのですが、二村さんは大層ガッカリしていたと、後から聞きました。



昨年、神保町の美学校で行われた、会田誠さんのトークイベントで二村さんに久しぶりにお目にかかる機会があり、前々回紹介した写真を見せたのですが、幸い当時の事は覚えていない様子でした。

ただ、どういう経緯でこの写真を撮ったかについては、上に書いたことと、その後のガロ及び出版元が辿った運命を考えると、その場で明かす事は出来ませんでした。

そんな訳で今回は、その事情を明かすという話で、予想以上に長くなってしまいました。



今回は、戸田市笹目の梅ノ木稲荷跡の写真を紹介します。

https://farm5.staticflickr.com/4756/25343297417_9c8718c6b8_c.jpg

当時、戸田市内の庚申塔を探していて見つけたのですが、神社跡の鳥居が民家とアパートの間に押し込められるように残っているのが印象的でした。

昔の資料を調べたところ、神社はそれなりに大きかったようですが、社殿等はだいぶ前になくなっていて、参道の上にアパートや民家が建てられたため、写真のような状態になったということでした。

2014年に新宿眼科画廊で開催された「大トマソン展」に、この鳥居を報告、トマソン認定されています(写真はトマソン報告したものと別の日に撮影)


【せきね・まさゆき】
sekinema@hotmail.com
http://www.geocities.jp/sekinemajp/photos

1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
編集後記(02/13)

●斎藤美奈子「文庫解説ワンダーランド」を読んだ(2017/岩波新書)。岩波の「図書」に連載されたものを、加筆し編集しなおしたもの。岩波は大嫌いだが斎藤美奈子の切れ味が好きだから。文庫解説は誰のためにあるのか。読者のために決まってる。ところが、そうともいえないケースが存在するんだって。

筆者が考える古典的書物の解説に求められる要素は、1)テキストの書誌、著者の経歴、本が書かれた時代背景などの「基礎情報」2)本の特徴、要点、魅力などを述べた読書の指針となる「アシスト情報」3)以上を踏まえたうえでその本の今読む意義を述べた「効能情報」だが、問題は2)3)であるという。

「難解過ぎて『解説の解説が必要だ』のレベルだったり、『今日もなお本書の意義は失われていない』で終わりだったりする解説が多くないか」。そこで、三要素に加えて、その本の新たな読み方を提案する「リサイクル情報」という「攻めの解説」があってもいいと主張する。作品の陰に隠れ、これまであまりスポットが当たらなかった、文庫解説の世界を探索するというのがこの本。

あの名作に、この解説/異文化よ、こんにちは/なんとなく、知識人/教えて、現代文学という4章立てに、23本の内外の文学が並ぶ。夏目漱石「坊っちゃん」は文庫だけで軽く10種類超。いままで痛快な勧善懲悪と受け止められてきたが、文庫解説の世界では別のとらえ方がむしろ主流であった。江藤淳は新潮文庫で「漱石の敗者の文学」、文春文庫で「伝統的な貴種流離譚のパロディ」と書く。

平岡敏夫は岩波文庫でテキストの詳細な分析を通し、読者が読み取れなかった佐幕派の悲劇のヒーロー「おれ」の正体を炙り出す。はあ? 「涙なくしては読めない」とまでいわれると「ほんまかいな」である。角川文庫の池内紀はエッセイ風味で逃げ切り、集英社文庫の渡部直己は気張りすぎてスベッている。

文庫解説は先行する解説への異論や反論から次の段階に進む。小学館文庫で夏川草介は「坊っちゃん」は敗者の文学だと認めつつ、江藤や平岡の解説にケンカを売る。「訳知り顔で、『坊っちゃん』は、実は哀しい物語なのだ」などと述べる行為は、落語を楽しんでいる聴衆を捕まえてきて、君の楽しみ方は間違っている、と頼んでもない講釈を垂れているようなものである」いいね〜!

集英社文庫では渡部直己とともに収録されたねじめ正一は、「正義」がいかにあやふやなものであるかを述べ、善玉(坊っちゃん、山嵐)と悪玉(赤シャツ)をまんまと逆転させている。陰鬱なインテリが好む悲劇系の解説は、庶民パワーの前に敗北し、「坊っちゃん」は「痛快な文学」のままで生き続ける。〈出でよ、闘う文庫解説! 解説は作品の奴隷じゃないのだ:斎藤美奈子〉

25年ぶりに「坊っちゃん」を、文庫版ちくま日本文学全集「夏目漱石」で読んだ。192ページもある。こんなに分量があったのか。「途中で赤シャツや野だを殴らなければなるまいと、誰でも思ってしまう。小説は、最後の鉄拳制裁に向かってまっしぐらに突き進む。『坊っちゃん』は、いわば恐るべきヴァイオレンス小説なのである」という奥本大三郎の解説がステキ過ぎる。 (柴田)

斎藤美奈子「文庫解説ワンダーランド」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004316413/dgcrcom-22/


●プレゼントのご応募お待ちしております!

/今回の自動リプライは他人の作ったアプレットを利用していた。文面を変更しようとしたが編集できないので、結局オフにした。今後、危険な画像が自動投稿されることはあるまい。

自動リプライにしたのは、頻繁にSNSにアクセスしていないから、フォローしてくれた人に御礼と挨拶をと考えたからだ。頻繁にアクセスしない理由は、夢中になりすぎるからだ。

さらっと見て、さらっと返せばいいのにと達人たちは教えてくれるのだが、その「さらっ」の度合いがわからず、気がつくと数時間経過なんてことになるのだ。危険すぎるのだ〜。 (hammer.mule)

プレゼント「グローバルWebサイト&アプリのススメ」
http://bn.dgcr.com/archives/20180130110100.html

ツイート