[5051] 単なる変態作家か?◇USBスピーカー音量問題の解決◇ヘイトという生き方

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《正義は甘美で恐ろしい》

■日々の泡[037]
 単なる変態作家か?
 【細雪/谷崎潤一郎】
 十河 進
 
■グラフィック薄氷大魔王[663]
 「USBスピーカー音量問題の解決」他、小ネタ集
 吉井 宏
 
■ゆずみそ単語帳[34]
 ヘイトという生き方
 TOMOZO
 



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■日々の泡[037]
単なる変態作家か?
【細雪/谷崎潤一郎】

十河 進
http://bn.dgcr.com/archives/20200715110300.html
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先日、ふと思いついて谷崎潤一郎の「細雪」を本棚から取り出して、また読み始めた。最初に読んだのは三十代半ばだったろうか。もう一度読み返したいと思っていたが、なかなか実行できなかったのだ。確か、最初に読んだのは新潮文庫で、上中下の三巻に分かれていた。今回は、文学全集の一巻本である。上下二段組、文字が小さい。

「細雪」の冒頭は、よく憶えている。「こいさん、頼むわ」と次女の幸子が言う。「こいさん」とは末娘の呼び方である。昔、「月の法善寺横丁」という歌があって、包丁一本さらしに巻いて旅修行に出た板前が、「待ってて、こいさん」と歌ったものである。「番頭はんと丁稚どん」というテレビ番組でも、「こいさん」「いとはん」という呼び方を覚えた。

「細雪」が四人姉妹の物語だということは、読んでいない人にもよく知られている。映画化は三度らしいが、舞台でもよく上演される。女優の競演を売りにできるからだ。だから、映画化や舞台化では、四人姉妹のキャスティングが注目される。数年前の舞台では、関根恵子こと高橋恵子が長女をやっていて「えっ」と思った。僕の中では「関根恵子=おさな妻」のイメージが抜けていない。

映画化は1950年版(花井蘭子、轟夕起子、山根寿子、高峰秀子)、1959年版(轟夕起子、京マチ子、山本富士子、叶順子)、それに市川崑が監督した1983年版(岸惠子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子)がある。僕は1959年版と1983年版を見ているが、市川崑作品の豪華な映像が記憶に残っている。

市川崑監督版「細雪」では、長女の鶴子(岸惠子)と次女の幸子(佐久間良子)がとてもいい。鶴子の夫は伊丹十三で、幸子の夫は石坂浩二だった。このキャスティングもよかった。四女の妙子(古手川祐子)もがんばっていたのだけれど、三女の雪子役の吉永小百合だけはミスキャストだと思う。僕の場合、吉永小百合がいいと思ったのは「キューポラのある街」とテレビ版「夢千代日記」だけであるけれど----。

ところで、僕は谷崎潤一郎の作品が苦手だった。僕が半世紀にわたって愛読する小林信彦さんは、ことある度に谷崎作品を絶賛するのだが僕にはそのよさがわからなかった。「単なる変態作家じゃないか」と思ったこともある。もっとも、僕が好きな川端康成でも「眠れる美女」などを読むと「変態作家だなあ」と思ってしまう。

川端の場合は「美少女好き」(今風に言えば、ロリコン)で、有名な「伊豆の踊子」もそういう視点で読むと「なるほど」とうなずける。谷崎の場合は完全な「脚フェチ」で、女性の脚の描写に精魂を傾けていたりする。たぶん、僕が谷崎を苦手になったのは、その趣味が露骨に出た「瘋癲老人日記」の映画の看板を小学五年生で目にしたからだろう。

小学生の目には、その看板はひどくイヤラシゲーだったのだ。その頃、大映は谷崎作品をやたらに映画化していた。たぶん、どの作品もエロチックだったからだと思う。観客は文芸作品としてより、エロチック作品として見ていたのではないだろうか。「鍵」(1959年)「痴人の愛」(1960年)「卍」(1964年)などがある。

ということで、僕は長い間、谷崎作品が読めなかった。しかし、「細雪」だけは読まねばと思っていた。ようやく読めたのは、市川崑版「細雪」を見た後だった。花見のシーン、紅葉狩りのシーンの絢爛さにうっとりし、ゆったりした物語の流れに身をゆだねた。これは読まねばならん、と一念発起し、三十半ばでようやく本気を出した。

「細雪」は長い小説だが、読み始めるとスラスラ読める。独特の文体が心地よい。船場言葉が耳に響いてくるようだった(映画を先に見ていたせいかもしれないけれど)。この先どうなるのか、という興味でページをめくるというより、この世界にゆったりと身を浸したいという感じだろうか。読んでいると、この物語に終わりはくるのだろうか、と思う。

この長い物語を、谷崎は太平洋戦争中に書き続けていた。昭和18年(1943年)、月刊誌「中央公論」1月号と3月号に「細雪」の1回目と2回目が掲載されたが、「戦時にそぐわない」と軍に指摘され掲載は止められた。その後、谷崎は発表の予定もないまま書き続け、昭和19年(1944年)には私家版で上巻を出したという。結局、昭和23年(1948年)までかかって完成した。

今回、再読を始めて「やっぱり、すごいなあ」と改めて感じた。物語作家としての谷崎の面目躍如の感がある。冒頭の「こいさん、頼むわ」から引き込まれる。幸子が出かける準備をしているシーンなのだが、そこから雪子の縁談の話になり、そのいきさつが長々と語られ、冒頭のシーンに戻ってくるのは15ページも進んでからなのだ。

つまり、一章のシーンの続きは五章になる。二章から四章までは、現在、雪子に持ち込まれている縁談の話になり、なぜ雪子が30になるまで結婚していないかということや、四女の妙子の駆け落ち事件(新聞に載ってしまう)やら、姉妹が育った蒔岡家の衰退やら、長女の鶴子の本家のことやら、次女の幸子の分家のことやら、それぞれの婿のことなど、様々なことが入り組んで語られるのに、まったく読者を混乱させない。

谷崎の文体は、ひとつのセンテンスが長い。つまり、そのセンテンスの中に、いろんな情報が入っていることになる。文体は作家の呼吸みたいなものだから、その独特の呼吸を持つ文体が「細雪」という世界を構築している。僕はその世界にすんなり入れたけれど、人によってはまったく受け付けないかもしれない。でも、「細雪」を読まないことは、人生の大きな損失になるのではないか、と僕は思っている。


【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
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「映画がなければ生きていけない」シリーズ全6巻発売中
https://www.amazon.co.jp/%E5%8D%81%E6%B2%B3-%E9%80%B2/e/B00CZ0X7AS/dgcrcom-22/


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■グラフィック薄氷大魔王[663]
「USBスピーカー音量問題の解決」他、小ネタ集

吉井 宏
http://bn.dgcr.com/archives/20200715110200.html
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●OMENノートPCとフェルトの質感

昨年12月、VRのテストのために購入したHPのOMENノートPC。いわゆるゲーミングPCで、GPUが強化されてる。下から二番目の比較的安いモデルなのに、2017年モデルの12コアXeonの黒筒MacProと、ほぼ互角のレンダリング性能。
https://jp.ext.hp.com/gaming/personal/omen/

最近気がついたのが、Fur(毛)のプレビューがかなり早い。あるモデルでプレビューが表示開始されるまでの時間と、完成度50%になるまでの時間を計ってみた。

MacPro=開始まで8秒、50%まで26秒
OMEN=開始まで3秒、50%まで19秒……速い!

Fur作業の何が時間かかるって、「プレビューを見て設定をちょっと変えてまたプレビューを見て」の延々繰り返し作業。プレビューが早いと、しんどい感じがしない。

それで、ここ10日くらい練習を兼ねて、Furを櫛ツールなど本格的に使ってTDWキャラを作ってる。すでに年末までのTDWは作ってあるんだけど、新しく作ったFurキャラと差し替えていく予定。

Furの設定をいじってたら、フェルト細工っぽい質感ができた。かわいいフェルト細工のキャラ人形とか、大好きで画像集めてたりする。今までもフェルト質感を作れないかなとは思ってたけど、プレビューが早いから実験してみる気になった。この質感でいろいろ作りたい!
http://www.yoshii.com/dgcr/felt-r05

●Apple Pencilとフットスイッチ

(AstropadやSidecarで液タブ的に使う場合の話です)。iPad Proで3DソフトModoを使うには、投げ縄ポリゴン選択などに必須の、右クリックと中クリックが出来なきゃいけない。ワコムでは、ペンのサイドボタンの上下に右・中クリックを割り当ててるが、Apple Pencilにはサイドボタンがない。

で、便利なものを思い出した。右・中クリックをそれぞれ割り当てた、フットスイッチを持ってたのだった(3ds Maxを使い始めた頃に、足で操作できればと作ってもらった)。
http://www.yoshii.com/dgcr/footswitches-IMG_2688

以前、Surface Proの一個しかないサイドボタンでModoを使うには、フットスイッチだ! ってやってたこともあった。
http://bn.dgcr.com/archives/20170215140100.html

さっそくiPad Pro上で、投げ縄選択をApple Pencil+フットスイッチでやってみたのだが、うまくいかない。板タブIntuosとフットスイッチではちゃんと動くのに。おかしいな。

……なんだ、わかった。Intuosではペンを浮かして投げ縄選択してるのだった。iPad Proではペンは画面に接触してないと反応しないため、浮かしたまま動かせない。

ショートカットキーがあればいいのだが。右クリックはcommandキーを押してクリックすればいい(Modoではcommandキーがcontrolキーの役割をする)。

しかし、中クリックに相当するショートカットが見つからないなあ。たぶんないのかも。中クリックが必要な操作は「見えない向こう側まで投げ縄選択」くらいだから、なくてもなんとかなりそうだけどね。

せめて、AstropadやSidecarの画面ボタンかジェスチャーに、中クリックを割り当てられればいいのに。

●USBスピーカー音量問題の解決!

2月に書いた、MacにUSBスピーカーを繋いでるときの、音量調整がぎこちなかったりエコーがかかる問題。
http://bn.dgcr.com/archives/20200219110100.html

根本の原因がついにわかった。Duet Displayだった。なんで? 意外すぎる!

先日のMacProの調子が悪かった件でいろいろいじった後、音量問題がなぜか直ってたのだ。もしかして、ログイン項目を減らしたのが良かったんじゃないかと、いじってないほうのMBP13のログイン項目を確認したら、DropboxとDuetの2つだけ。Duetを削除して再起動したら、直った〜!

念のため、Duetを起動してみると音量問題は復活し、終了すると直る。確定だ。Duetを入れたのは昨年12月。Boom2の削除できない「.kext」が原因じゃないのか? とか半年以上も困ってたのだった。USBスピーカー、捨てちゃうところだったよw

OS Xになる前は、Macの調子が悪いと拡張機能を一個ずつ外してみたり、名前を変えて読込まれるようにしてみたり、再起動を繰り返して検証してたなあw


【吉井 宏/イラストレーター】
HP  http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/

先週死去した、エンニオ・モリコーネ。なんどかこの連載にも書いたけど、Apple Musicの聴き放題によって、僕的に「再発見」した音楽家の代表だった。タランティーノの「ヘイトフル・エイト」でのアカデミー賞作曲賞受賞を、リアルタイムで喜べたのはよかったなあ。

Apple Musicのプレイリストには、彼の無数のサントラ盤やベスト盤、新録音盤が登録してある。まだごく一部しかちゃんと聴いてない。全部聴き込んだ上で僕的ベストを選べるようになるには、何十年かかるかも。

◯バーチャル展覧会、開催中

所属しているパリのエージェントCostume3piecesの毎年恒例の展覧会、今年は新型コロナの影響で、バーチャルで開催(9月末まで)。仮想ギャラリーで33名のアーティストの作品が見られます。今回のテーマは「小屋(cabanes)」。僕は回して見られる3D作品を出してます。
https://www.costume3pieces.com/cabanes/

◯ウォーキングアプリ「STEP ISLAND」

ミクシィのゲーム感覚ウォーキングアプリ「STEP ISLAND」(現時点でiPhoneのみ対応)。歩き回るキャラクターを数十匹提供してます。6月初旬にアップデートされ、キャラも増えてます。

App Store  https://apps.apple.com/jp/app/id1456350500
公式サイト https://stepisland.jp

○吉井宏デザインのスワロフスキー

・三猿 Three Wise Monkeys
https://bit.ly/2LYOX8X

・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV
 
 
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■ゆずみそ単語帳[34]
ヘイトという生き方

TOMOZO
http://bn.dgcr.com/archives/20200715110100.html
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ヘイト発言についていろいろ考えていたときに、さる知人がフェイスブックのリンクを送ってきた。

警官によるジョージ・フロイド殺害事件の翌週、アメリカ中で大きな抗議活動が巻き起こった6月はじめのこと。

キャンデイス・オーウェンズという保守派の黒人女性が20分間独白する動画で、「私はジョージ・フロイドをサポートしない」という、#blacklivesmatterの抗議活動を否定する内容だった。

オーウェンズの主旨は、1)ジョージ・フロイドはひどい犯罪者だから殉教者として持ち上げるなんてもってのほか、2)黒人社会は底辺の人間を持ち上げるのをやめるべきである、3)黒人男性は実際に犯罪者である割合が高く、人種にもとづく警察の蛮行というのは真っ赤なウソであり、政治的プロパガンダにすぎない、黒人社会は被害者意識を持つのをやめるべきだ、というもの。

(フェイスブック動画へのリンク)
https://www.facebook.com/watch/live/?v=273957870461345

「この数日間心が乱れていたけれど、ブラックコミュニティからどんなにプレッシャーがかかっても、これは言わなければと思って」と語り、フロイドが殺害されたのはもちろん言語道断で、あの警官がひどい人間であるのは論をまたないが、フロイドは殺害された当日も薬物でラリっていたし、コカイン所持で何度も収監され、重大な犯罪歴もある「危険で最低の人間だった」と断言する。

その上で、ブラックコミュニティは被害者意識にまみれている、と主張。人種にもとづく警察の蛮行というのは幻想で、実際は警察に殺される人の数は白人のほうが多いし、暴力的犯罪の半数は黒人によるものであり、そんな「底辺の層」の権利にフォーカスしているのは黒人の社会だけだ、黒人社会はそんな犯罪者に迎合していないで、もっと自助努力をすべきである、という。

彼女が挙げている数字は誇張されたもので、サンプリングによって問題の見え方を変えることができる見本のようなものだが、それはさておき、この発言はブラックコミュニティとblacklivesmatterをサポートする人からはもちろん激しく叩かれ、反対の立場からは「勇気ある発言」と称賛された。

私はそれまで知らなかったが、もともとオーウェンズという人は、以前からBlacklivesmatterに反対の立場をとり、挑発的な発言でポジションをとってきた人だ。

この動画を見ていて、あーこれ、こういうの、どこかで見たことがある、と思った。そうだ、はすみとしこだ!

報道写真をもとに「人のカネで楽するために難民しよう」とほくそ笑む難民少女の「風刺画」を描いて炎上し、セクハラ被害を訴えた女性を「枕営業大失敗」というコンテクストでこきおろして、当事者から訴えられている、あの「風刺画家」。

オーウェンズもはすみとしこも「保守」を自称していて、ある一定のグループから大歓迎されているのも共通しているが、今はその思想的なポジションを問題にしたいのではなくて、考えかたと行動のパターンに注目したい。

彼女たちに共通して見られるのは、こんな点だ。

1)世間でポジティブな注目を浴びている人や活動を「みんな騙されているけれど本当はやつらにそんな価値はない」と引きずりおろすことに使命(と、恐らくは快感)を感じている。

2)引きずり下ろす対象の意図を完全に「知っている」と信じて断罪し、一切の共感を拒否し、自分の信じるストーリーの文脈に沿ってのみ理解しているようだ。

3)それらの対象の中に弱さ、醜さ、ずるさを見て、そうした特性を持つと考える人や運動が注目を浴びていることに感情を乱され、憤りを感じている(自分でそう主張している)。

4)ポピュラーではない意見をあえて主張することで批判を浴びることを承知しつつ、正義のために戦っているという信念を持っているようである。

はすみ氏は自分のTwitterのプロファイルに「嫌いなもの→偽弱者、偽被害者、パヨク(反日野郎)、権威主義、スプーン野郎(手柄乞食)、卑怯者」と書いている。

知らない人の中に「ニセ弱者」「ニセ被害者」を見て、たまらないほどイライラする、というのは、いったいどういうことなんだろう。

と考えていたら、ちょうど、先日たまたま読んだコラムにこんな一文を見つけて、そうそうそう! 同感! と思わず声をあげた。高機能自閉症を持つジャーナリストの方のコラムだ。

「私は、嫉妬や差別の根本原因は、誰かが自分と誰かの人生を比較して『この人の人生は自分の人生よりもイージーモードだ』と勝手に断じることにあるのではと思っています」
https://h-navi.jp/column/article/35027765

(宇樹義子:勉強ができることは「勝ち組へのパスポート」ではなかった――生きづらさから傲慢だった発達障害の私。就活挫折と仕事での苦難から気づいたこと)

この方は、自身に能力のアンバランスがあるために嫉妬や差別の対象になりやすかった経験をふまえ、「人からの『◯◯ができる』という評価には、育つ環境や世相といった運が大きく関わっているのです。生活上おおよそすべてのスキルについて、何かが人よりできることに傲慢になってもいけないし、何かができないことについて本人の努力の問題にしてはいけない」ということを身にしみて感じてきたという。

他人を嫉妬、差別、嫌悪することの基本には、その相手について必要なことはすべて知ってるという思い込みがあるのだ。なんならその当人も知らない真実を私は知っている、と思う気持ちがある。

上に挙げた2)の、「ある人たちの意図を完全に『知っている』と信じて断罪し一切の共感を拒否し、自分の信じるストーリーの文脈でのみ理解する」のと、3)の、それらの人たちの中に怠惰とかズルさとかのネガティブなキャラクターを見て嫌悪する、というのは、セットなのだ。

はすみ氏の場合は、難民やセクハラ被害の女性を「ニセ」の弱者と認定して、「不正な方法で楽をしようとしているズルいやつら」という憤りをもっている。

「こういう人はこういうパターンでこういう行動に出る。それはずるい意図があるからだ」というストーリーにあてはめてしか相手を見ていない。最初からネガティブなフィルターが入っているので、このポジションからは絶対に相手に共感することができない。

オーウェンズは、ジョージ・フロイドを「最悪の犯罪者」と断罪している。重大な犯罪に加担したし、何度も薬物所持で収監されているから。

ここにも、1ミリの共感が入る隙間もない。善人か悪人か。悪人ならかえりみる必要なし、という判断。「なぜ」少量の麻薬所持で何度も収監されたのか? 何が間違ったのか? 本人のため、コミュニティのため、社会の安定のために何かが変えられないのかという疑問も、オーウェンズは持つことはない。自助努力が足りなかった当然の結末。私だって頑張ってきたんだからあんたにできなかったはずはない。イージーモードを選んだあんたが悪い、という、そういう結論なのだろう。

そしてはすみ氏同様、オーウェンズも、自分には犯罪者にしか見えない人物が注目を浴びていることに「とても感情を乱される」と滅茶滅茶憤っている。

黒人のコミュニティが「底辺」の人々に迎合しているのがたまらなく恥ずかしい、というオーウェンズの感情も、「ズルい人」たちに向けられるはすみ氏の感情も、純粋な嫌悪である。

二人とも、大変な努力をしてきた、真面目な人なのだと思う。自分はものすごく苦労して嫌な思いもたくさんして頑張ってきた、それに比べてほかの奴らはイージーな選択をしてより多くのものを得ようとしている。それが許せない、ズルい、という感情なのだろう。そして、「そんな人が増えたら私たちの社会は大変なことになる」という恐怖を抱いているのかもしれない。

ああいう人たちって「駄目だよね、害悪だよね」というストーリーがいったんできあがってしまうと、次はそういった人たちを制裁し排除するのが正義、という理屈になるのは容易に想像できる。

「自粛警察」が話題になったが、正義の執行にはカタルシスがある。オーウェンズもはすみ氏も、「叩かれるのはわかっているけど、これが私の使命」という正義感をもって悪を撃つ役回りを自ら引き受け、その役回りに生き甲斐を感じているようにみえる。正義は甘美で恐ろしい。それはつまり暴力だ。

ちょっと前に、デンマーク人と結婚してデンマークに住む知人が、犬ぞりの話をしてくれたことがある。

彼女の旦那さんは以前、軍の関係でグリーンランドを犬ぞりで調査する仕事をしていたという。犬ぞりに使う犬たちは、チームの中の一匹が少しでも弱ってくると、よってたかっていじめるのだそうだ。

それを聞いたとき、うわー、動物って、弱いものをいじめたくなる本能があるんだ。と思った。人間がほかの人の弱さや欠点に嫌悪を抱くというのは、つまりそういうことなのではないだろうか。とも思った。

わたし自身、子どもの頃から、欠点のあるもの、弱いもの、みじめなものが嫌いだった。はげしい憎悪を抱くことさえあった。いま冷静に考えてみると、それは自分がもっていた強烈な不安と劣等感の投影だった。「評価されるものでなければ」「抜きん出ていなければ」「望まれるものでなければ」いけないという焦燥感と、追いつかない現実にさいなまれた子ども時代だった。暗かった。

犬ぞりの犬たちが弱ってきた犬をいじめるのは、恐怖からなのだろうと思う。厳しい土地で生き延びることのできなくなる弱さを見たとき、自分がそんなふうに弱くなることを怖れている犬は、それを攻撃せずにいられないほど動揺するのではないか。

それは脳のなかにあらかじめ埋め込まれ、進化に有利にはたらいてきた仕掛けの一部なのかもしれない。

おそらく、南の島でまったり暮らしている犬の群れのなかでは、弱って走れなくなった犬がいても、好き好んでいじめたりしようと思う犬はあまりいないのではないかと思う。

激寒の苛酷な環境で、死ぬほど頑張っている犬たちには、弱いものは許せない。犬たちは弱さを嫌悪し、攻撃する。それは、自分の中に決して見たくない特性であり、恐怖の対象なのではないか。

人間も、犬ぞりレースのような環境でいつも疲れて、気を張って、イライラし
ながら生きていたら、人の弱さや愚かさが許せなくなることが多くなるのでは
ないかと思う。

嫌いな人のなかには、自分が一番怖れている何かがある。その嫌悪の感情にストーリーを与えて正当化することで、たぶん、私たちはどんどんそのストーリーを強化して、理解と問題解決から遠ざかる。


【Tomozo】
英日翻訳者 シアトル在住
https://livinginnw.blogspot.com/


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編集後記(07/15)

●以前に書いたかもしれないけど。気象庁のヒトがテレビで「少しでも命の助かる可能性のある行動をとってください」と言ってた。何の足しにもならんと思う。責任逃れみたいな感じ。○そういうことだったのか、と納得した説明を聞いた。「心肺停止」とは、心臓が止まり、呼吸もない状態のことです。これには蘇生の可能性があります。一方、「死亡」とは心臓、肺、脳のすべてが不可逆的な機能停止となった状態のことで、これには蘇生の可能性がありません。

○すこし前だが、気象庁予報官が「特別警報を待たずに逃げて下さい」とテレビでオウムのように繰り返していたがナニコレ。○「特別警報が発表されたら、ただちに地元市町村の避難情報に従うなど、適切な行動をとってください」とテレビで言われてもなあ。○NHK正午前の天気予報:「発達をする」の「を」は何だ。「激しい雨降るでしょう」と「が」抜き。ベテランなのに。(柴田)


●「ズルい人」か……。/自分ができることぐらいは、他人は当然できるものだと思う感情はあるなぁ。

/え、そうとしか言いようがないよう……。具体的に長々と説明した後じゃないのかな。「特別警報」は「避難」よりレベルが上なので、出る前に避難というのは理にかなっているかなと。

警報なんて寝てたらわからないから、私なら予報見て、早めに避難するなぁ。窓閉め切ってたら防災スピーカーの声は聞こえないから、スマホ通知が命綱。

避難といっても、遅いといい場所なくなるだろうし。壁際でコンセントの近くで、トイレから少し離れたところ、係の人が説明する場所(体育館なら舞台)の近く、または入口に近すぎず遠すぎず。

交代でコンセント使いましょうって思えるんだけど、先に占拠した人がそういう人じゃなかったら困るもん。申し出しようかどうか悩んでストレス感じたくない。他もいろいろ理由があって、そう考えた。

一時避難なら近くの高校、がっつり避難なら選挙に行く小学校。高校の方が施設が充実しているかなぁと。マンホールトイレは小学校にしかないので、そっちを選択。

台地のマンションに住んでいるから、よほどのことがない限り、避難はしなくて良さそうなんだけどさ。一応考えてみたりはするの。(hammer.mule)

大雨警戒レベルとは 特別警報はレベル5相当
https://weathernews.jp/s/topics/202007/060285/
避難はレベル3〜4

もし避難前に大雨特別警報が出たら…「命を守るための最善の行動」とは
https://weathernews.jp/s/topics/202007/060275/