笑わない魚[235]あいまいな記憶
── 永吉克之 ──

投稿:  著者:


少し前、コンビニから菓子パンをひとつ万引きした51歳の男性が、そこの店長に蹴り殺されるという事件をオンラインニュースで読んで、どうにもやりきれない気持になった。男性はホームレスではないようなのだが、51歳で無職。

この男性は、126円の菓子パンひとつ買うお金すら持っていなかったのか、それともその程度のお金を払うのも惜しいくらい貧しかったのかは知らない。しかし、51歳にもなって、スリルが味わいたくて万引きするなんて中学生のような真似をするとは考えられないから、やはり相当困っていたのだろう。しかし古代の刑罰でもあるまいに、パンひとつで殺されたのでは割りが合わない。

51歳、無職。私とこの男性が共通する点は、今のところこのふたつだけだが、遠からず同じような境遇になりそうな気がして、他人事とは思えないのである。生きるために、危険を冒してでも盗むか、あるいは返す当てのないのを承知で借金するか、さもなければ行き倒れになるか。ついネガティブなオプションばかりを検討してしまう私なのであった。


いや、稼ぐ努力をしていないわけではないのだ。諸般の事情に鑑みて、職種は伏せておくが、サイトに求人広告を出している二か所の法人に対して、履歴書と業務経歴書を送ったところ、一方からは「今回は残念ながら」の通知が届き、もう一方はひと月以上経っても応答なし。俗にいう「なしのつぶて」。前者の不採用の理由は不明。添付した顔写真でネクタイをしていなかったからか?

そこで今週、民営化されてから「日本郵便」という名称になった旧郵便局の、年賀状の仕分けのアルバイトの面接に行ってきた。採用不採用の通知が来るまでに一週間ほどかかるそうなので、それまでは就職活動は中断。

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いやいや、今回は失業をテーマにしようというのではない。今回はネタがなくて、どう頑張っても何も書けないので、またいつぞやのように、恥を忍んで過去に自分のブログに掲載したものをリサイクルさせていただきたいのである。

冒頭の話題は、落語でいう「枕」のようなつもりで書いたのだが、なんだかやたらと筆が進むので、なんでえ、こんなことなら最初っから失業をテーマに書きゃよかったじゃねえか、と思い直したが、すでに締め切り30分前。

とはいえ、ど〜〜〜せ、アクセスが多い時でも70〜80の取るに足らない貧弱な下郎ブログである。すでにお読みになった読者はひッとりもおられないはずだから、まあよいではないか。そういや以前も、こんな風にひがんだなあ。

《あいまいな記憶》

先週の金曜か去年の憲法記念日だったと思うが、伍代夏子だかベルリンフィルだかのコンサートに妻か息子のどちらかを連れて観に行った。

会場はたしか東京国際フォーラムだったと記憶しているが、寝屋川市市民体育館だったかもしれない。

開演前に腹ごしらえしておこうと、渋谷だったか、道頓堀だったかで食事をすることになった。そこで妻か息子がお気に入りのパスタ専門店に入ったわけだが、実は私はこのパスタというやつが、想像しただけでウシのように涎がだらだら出るほど大好きか、誰かが「パスタ」と口にしただけで、その人間に襲いかかりたくなるほど大嫌いかのどちらかなのだ。

ともかく食事をすませて会場に入った。座席は、出演者が笑ったときに歯茎の色まで判るほどステージに近かったか、ゾウガメが楽器を弾いていても判らないほど後ろの方だったか、よく思い出せないが、いずれにせよ私は、コンサートなんだから音楽さえよく聴こえればそれでいいという主義か、華やかなステージの様子を見ることもコンサートの醍醐味のひとつだという主義のどちらかなのだ。

ともかく、私のいちばん好きな曲でコンサートが始まって、いい気分で聴いていたのだが、満腹になっていたのが災いしたか、すぐに眠気に襲われて、結局コンサート終了まで眠ってしまった。

私は、横に座っていながら起こしてくれなかった妻か息子を、今でもヘビのように執念深く恨んでいるか、そんなこともあったっけ、とよく思い出せないかのどちらかだと思っている。

まあ、そんなことがあったコンサートを観に行ったわけだが、そんなコンサートは観に行かなかったような気もする。

《こんな虫》

ゴキブリやハエ、カ以外にも、家のなかで、名前の判らない、さまざまな虫を見る。そのほとんどが非常に小さいうえに害もなさそうなので、興味を持つこともない。

これも名前が判らないのだが、風呂場や洗面所に、小さな虫がはびこりだした。どうも、湿気のあるところを好むようなのだ。

大きさはだいたいこのくらいだろうか。触角は長くて、このくらいはありそうだ。しかし六本の脚はとても短く、この程度の長さしかない。

色はこんな感じ。縞がこのあたりに入っていて、それがここまで延びている。羽があるのだが、その先端がこのような形になっているので、こういう奇妙な飛び方をする。ところで、ゴキブリと違って、この虫は人間が近づいても、指先でつついても逃げようとしない。それどころか脚をこんな具合にふんばって抵抗しようとするのだが、身体はこんなに小さいくせに、その力はこんなに強い。

私もつい意地になって、ふんばっている虫を力づくでつついているうちに、脚だけ残して胴体がまるごと、ふっ飛んでしまうことがある。すると、どうだ、命をかけて抵抗したぞ、と言わんばかりに、残された脚がこんな風に歩き出すのだ。

【ながよしかつゆき/下郎】katz@mvc.biglobe.ne.jp
激安でチケットが手に入ったので、無職の分際で観劇をしてきた。西村雅彦主演の『コースター』というコメディ。自分の身分を考えて、大きな舞台はめったに観ることがなかったが、ともかく面白かった。しかしまあ、よくあれだけの量のセリフを憶えられるもんですな。

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