うちゅうじん通信[11]うちゅうじんターゲット
── 高橋里季 ──

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時間は、私の後ろから流れてきて、私は、一瞬前の自分の後ろ姿を見ている。なぜだか「後ろ姿」というのは、無意識の事だ。

もしも、私の前方から時間が流れて来るのなら、私には未来が見えているハズだけど、現実には、一瞬先は闇。もしも私の頭上から時間が流れて来るのなら……とか考えると時間の話は面白い。横、斜、下から、全部イメージがちがうし、ソニックブームみたいな事が起こるとか、もしも時間が、ボタン付きフタ付きのポシェットの表面を辿るように流れているとしたら……。


書こうかな。……個展の場所を決めようとして、私は、自分のイラストのターゲットの事を考えていました。まあ、ファッショナブルな女性なんだけど、何歳くらいまでを考えようか、どこに住んでいて、どんな生活スタイルで、どんな事が好きなのか……。

ちょうどその頃、テレビで、原宿の路上に座っている女の子の話(ドキュメンタリー)を見ました。12才くらいかな? 家庭内に問題があって、帰るところがなくて、いつもその自動販売機の前に座っている。ずっとそんな状況なので、レイプとか恐い目にあうんだけど、やっぱり、家に帰るより自動販売機の前がいいと言う。

もうひとつ、違う番組で、北朝鮮の孤児の話。親に捨てられて、路上に座っている。足の指が凍傷になって放っておけないので、自分で切断する。もう走れないから、食料を市場でひったくって逃げる事もできないので、誰かが食べ物を落とすのを待っている。

この番組を見る前に、私は貧血で、足の指の感覚がだんだんなくなってきていて、サイトで調べたら、放っておくと壊死して切断とか書いてあって、「貧血って、恐いんだな〜」とか思っていたところでした。

テレビの少年少女は、わりと元気そうで、恐い目にあっても、「びっくりした」と言うだけ。凍傷になった足を切断するのも、なんだか、「そうなったら、みんなそうする」という感じ。

テレビ番組の事なので、現実よりもイメージのズレというのは在るだろうし、私が、なにかホントの情報を知った訳ではないと思うけれど。

私は、「あの女の子もターゲットに入れとこう。12才の子の気持ちから遠いような、たとえば奇抜すぎるドレスは描かないでおこう。」と思いました。「自動販売機の前より、私の絵の前に座っていればいいのにな。」

それから、「男の子もターゲットに入れとこう。身体が元気になるような色使いがいい。おしゃれなグレイッシュトーンだけじゃなくて、ビタミンカラーをいっぱい使おう。」

あの少年は、もうすぐ死ぬのかもしれない。今度生まれて来たら、キレイなハイヒールを履くような、女の子だったらいいな。私、馬鹿だったわ。思い入れが強すぎて、「派手な色のハイヒールだな〜〜〜」って感じの絵を一枚描いちゃったわ。

でもいいの、直さないで、そのまんま、お取り寄せの高価なパール紙に印刷しちゃったわ。ちょっと現実離れした色使いのハイヒールだけど、ものすごく良く描けてるわ。パワーがあるわ。この、なんにもならない馬鹿さかげんが、私の個性……でいいのか、心細い。



でも、みんな、お洒落の事ばっかり考えてる訳じゃない。テレビニュースに心が動いたり、いろんな気持ちを抱えたまま、忙しくショッピングする事だってあるんだもの。本当は、必要な靴より、たった今、元気が欲しいの! っていう時もあるわよね。コンセプトノートには、この「ハイヒールの絵」について、いっぱい考えた痕跡がある。

けれども、ショッピングの場面に思いを巡らせると、ファッションビルでは、少年少女の万引き対策とかいう事もあるのでしょう。なんて考えると、ターゲットの事を考えるのは「ファッション」にしても楽しいだけではない。けれど、楽しさからちょっと離れた視点というのは、私の絵に品格を、ギリギリの配慮を用意してくれる。だから、ちゃんと「誰が私の絵のターゲットなのか」は考えてみます。でも、まあ描きはじめると、画面に集中して、いろんな事をすっかり忘れちゃう時もあるけど。

【たかはし・りき】イラストレーター。 riki@tc4.so-net.ne.jp
・高橋里季ホームページ
< http://www007.upp.so-net.ne.jp/RIKI/
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