笑わない魚[246]ブラックホール化する年寄り
── 永吉克之 ──

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申し訳ない。すでに何度もやっちまっているが、今回も、自分のブログに掲載したテキストの使い回しをさせていただく。というのは、今回掲載するつもりで書いていたものが未曾有の大失敗に終ったからである。

ここひとつ変ったことをしてやろうと思って、ワンセンテンスを短くして名詞止めを多用し、「。」を多めに「、」を少なめに使い、「ところが」「また」「したがって」といった接続詞はできるだけ使わないようにして、単語の羅列のような文体にしようとして書き始めたのだが、ちーとも面白くならないのだ。コンセプトが面白くても、作品が面白くならなければ書く気になれない。てな感じで自滅したのであった。

しかし、面白くしようとアグレッシブに工夫した結果の失敗なのだから良性だ。見逃し三振はフラストレーションが残るが、フルスイングの空振り三振なら諦めもつく。見ていても気持がいい。男は空振りしてなんぼだ。



■ブラックホール化する年寄り

あるサイズの恒星がエネルギーを消費し尽くして活動を停止すると、その大きさを維持できなくなり、自らの重力で潰れて収縮し、高密度に圧縮され、最後には小さいが非常に大きな質量をもった天体、つまりブラックホールになるといわれている。

特に女性の場合、ホルモンの関係で高齢になるにしたがって骨が脆くなり、自分の体重で骨を潰してしまうのである。だから70歳を過ぎた女性はみな、自分の体重を支えきれなくなって収縮し、骨も筋肉も臓器も区別のつかない、ソフトボール大の球体となり、死期が訪れるのを待っているのだ。

とはいっても、所詮は非力な年寄りである。ブラックホールになる可能性はきわめて低い。とくに日本の高齢女性がブラックホールなる確率は、その質量から判断してゼロと言ってもいい。

■濁点のつく動物

この歳(83)になるまで気がつかなかったのだが、「カニ(蟹)」の前に他の言葉が連結されると「タラバガニ」「ヘイケガニ」のように、必ず濁点がついて「ガニ」になるのだ。「カメ」「カエル」も「ゾウガメ」「ヒキガエル」などのように、やはり濁点が追加される。

なら「カ」のつく動物はみな「ガ」になるのかといえば、そういうわけでもない。「オオガマキリ」「コビトガバ」にはならない。これは不公平というものだ。いっそ種類の名を「ガニ」「ガメ」「ガエル」と改称すれば、この不公平が一挙に是正されるではないか。道頓堀の「がに道楽」、「ガメノコたわし」、早口言葉で「ガエルピョコピョコみコピョコポ」など、何の抵抗もなく受け入れられるはずである。

ショウチュウ(焼酎)をイモジョウチュウ(芋焼酎)と呼ぶのはよいが、同じように生物を濁点づけで呼ぶのは、被造物を焼酎扱いしているのと同じことになるのだ。神をも怖れぬ所業であるが、実は、われわれヒトも焼酎扱いされている。「コイビト」「ツキビト」「ムラビト」「ハイイロビト」「マダラビト」など、ヒトにも濁点がつくのだ。

一方、「サイ」「クジラ」「ヘビ」などは、「シロザイ」「マッコウグジラ」「ガラガラベビ」とは呼ばない。人間様をさしおいて分不相応な話である。

「アリ」「ミミズ」も「クロオオア"リ」「アカミ"ミズ」にはならない。「ブタ」もそうだ。ただのブタのくせに「シロブ"タ」とは呼ばれない。「プリン」も無生物の分際で「カスタードプ"リン」にはならない。人間は無生物以下なのか。

■多眠症

不眠症で悩んでいる方には申し訳ないが、ぼくは、いつでもどこでも、どんなときでも、すぐに眠ってしまうのである。電車のシートでも、公園のベンチでも、授業中の教室(専門学校の講師をしているのだ)でも、ボーリング場でも、大阪城の天守閣でも、流氷の上でも、とにかく、ぼくが眠ることのできない場所など、太陽系にはない。なにしろ、いったん眼を閉じると、いつの間にか眠りに落ちているのだから始末が悪い。まばたきにも注意している。夜、零時頃になって、さあ朝まで気合い入れて仕事するぞと、ぱん、と手を叩いてコンピュータの前に座り、ナニをドウ書こうか思案するために、座椅子にもたれかかって眼を閉じて開けたら朝で、スズメがチュンチュン鳴いていたことが何度もある。5時間ほど眠っていたことになるわけだが、体感時間は10分間くらいのものだ。

そんな状態だから、映画を観に行くときは相応の覚悟がいる。まず、腹がふくれていると眠くなるので、朝から水しか口にせず、餓えたトラのようになって映画館に入るのだが、それでも、上映開始時刻になって会場が暗くなると、とたんにあの、人を眠りの世界へと誘う危険なまったり感に襲われる。しかし、映画が始まったばかりで、さっそく眠るわけにはいかんので、目覚ましガムを噛んだり、冷たいお茶を飲んだりする。

それでも効果がないときは、体罰を加える。といっても静かな映画館の中だから、壁に体当たりしたり、裸になって冷水をかぶったり、焼けた炭の上を歩いたりするわけにはいかないので、他の客に気づかれないようにしなくてはならない。密かにできる体罰のひとつは舌を噛むことだが、これでは一瞬ハッと覚めるだけで効果は持続しないから、上映時間中、ずっと噛み続けていなければならない。

指のツメを立てて、顔面を力いっぱいワシ掴みにする方法もあるが、顔面に真っ赤なツメ痕が残るので、上映がおわったら、うつむいて帰らなければならない。両手で思いっきり首を絞めるという手もある。苦しくてたまらなくなったら手を放すと、呼吸が整うまでは眼は覚めている。

他には、ヘッドフォンステレオで『軍艦マーチ』を大音量で流し続けるなどの方法もあり、以上を総動員すれば、睡魔を克服できるかもしれない。つまり、『軍艦マーチ』を聴きながら、冷たいお茶を飲みながら、舌を噛みながら、顔面をワシ掴みにしながら、首を絞めながら映画を観るのだ。それだけやってもまだ眠くなるのなら、それはそれでたいしたものだ。あんたは偉い。

【ながよしかつゆき/怪童】katz@mvc.biglobe.ne.jp
私は暑さに弱いのだ。節約のために毎年冬は暖房なしで過ごしているが、夏はエアコンなしでは生存不可能だ。6月はなんとか、団扇と扇風機だけで乗り切る所存である。

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