日々これ徒然なり[05]今週の一枚〜佐野元春「VISITORS」
── えむ ──

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◎今週の一枚〜佐野元春「VISITORS」(1984年:エピックソニー)
佐野元春4枚目のオリジナルアルバム。1984年5月21日発売。

佐野元春のアルバムから取り上げる最初の一枚として、僕が最も気に入っている「VISITORS」を選びました。僕の人生で二番目に買ったCDでもあります。

「VISITORS」が発表されたのはCDの登場(1982年10月)から2年足らずの時期です。世の中はまだまだLPが主流でした。CDの出ないアルバムもたくさんありましたし、CDが出た場合でもLPより数ヶ月遅れになるのが普通。けれども、このアルバムは珍しいことにCDも同時発売です。フィリップスと共にCDを開発したソニーの力の入れようが分かります。

また、当時のCDはLPより高価で、このアルバムも2,800円のLPに対し、CDは3,500円もしました。今、この価格なら「初回限定パッケージでDVD付き」といったところですね。



まだ中学生だった僕にとってはLP一枚買うのもかなり勇気が要りましたし、LPより何百円も高いCDは尚更です。でも「何度聴いてもすり切れず、いつまでも買ったままの音で聴ける」ことに数百円の価値とありがたみを感じていました。あの頃のことを思うと、今やCDが1,000円で買えるとは、なんといい時代になったものかとつくづく感じます。

さて、話をアルバムの内容へ進めましょう。当時の日本の音楽全般がどのようなものだったか知るために、「VISITORS」と同じ時期に発表された楽曲から、いくつか適当に挙げてみます。

〈ロック、ポップス系〉
松任谷由実のアルバム「NO SIDE」
矢沢永吉のアルバム「E'」
オフコース「君が、嘘を、ついた」
竹内まりや「もう一度」
大滝詠一のアルバム「EACH TIME」
アルフィー「星空のディスタンス」
サザンオールスターズ「ミス・ブランニュー・デイ」
チャゲ&飛鳥「MOON LIGHT BLUES」
坂本龍一のアルバム「音楽図鑑」
安全地帯のアルバム「安全地帯II」

〈歌謡曲、アイドル系〉
松田聖子「時間の国のアリス」
中森明菜「サザン・ウインド」
小泉今日子「渚のはいから人魚」
近藤真彦「ケジメなさい」
吉川晃司「モニカ」
郷ひろみ「2億4千万の瞳」

「VISITORS」では、ファンクやヒップホップといった最先端のブラックミュージックの要素が全面的に採り入れられています。その先進性は他に類を見ないものでした。上記の例では、比較対象のサンプルが必要十分と言いきれないものの、当時を代表するどの曲にも、ファンクなどの要素を聴き取ることはできません。かなり異色のアルバムだったと言えるでしょう。

「アンジェリーナ」や「サムデイ」といった、それまでの曲とのあまりの違いに、ファンの中には拒否反応を示した人もいたようです。実は僕も、3曲目の「WILD ON THE STREET」だけは長い間好きになれずにいました。少々無理を感じるたとえですが、「アイル・ビー・ゼア」や「ベンのテーマ」のマイケル・ジャクソンを好きな人が、「スリラー」や「今夜はビート・イット」を「聴いていられない」と感じるようなものかもしれません。

とは言っても、「VISITORS」に収録されている8曲すべてが、同じように先進的だったわけではありません。アルバムの先行シングルとして4月に発売された「TONIGHT」や、これと同時発売の12インチシングル(Special Extended Club Mix)を初めて聴いた時には、新しさを感じはしましたが、衝撃を受けるほどではありませんでした。「TONIGHT」は、それまでの元春サウンドの延長線上にあったからです。

ところが、次にシングルカットされた「コンプリケイション・シェイクダウン」を聴いてびっくりしました。「魂消た」と言っていいほどです。リズムに乗せて、たたみかけるように発せられる歌詞にはメロディーがありません。つまりラップです。

1984年の日本で、ラップ音楽を実践しているミュージシャンはまだいなかったはずです。坂本龍一が「Steppin' Into Asia」でタイ語のラップを採り入れるのは翌1985年のことですし。僕は「VISITORS」のサウンドに驚くと同時に、その斬新さとカッコ良さにすっかり魅了させられました。以来ずっと、飽きずに何度も聴いています。

「VISITORS」は、今年デビュー30周年を迎えている元春の歴史において、最も衝撃的なアルバムだったと言っていいでしょう。発売から26年を経た今でも、全く古くささを感じません。今の10代、20代の人たちが聴いたら、どんな印象を受けるのか、大変興味があるところです。

もしもこれから「VISITORS」を聴いてみるなら、2005年発売の紙ジャケ盤をお薦めします。限定盤ながら、新品、中古ともに入手可能です。現時点での最新リマスタリング盤で、このアルバムの迫力を感じてほしいと思います。また、資料的な価値を求めるなら、2004年発売の「20th Anniversary Edition」が最適です。12インチシングル・バージョン3曲が収録されており、ブックレットも丁寧な作りで充実しています。

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