申し訳ない。いったんは、Twitterに関するものを書き上げたのだが、読み返してみて、これはツイッターをやってないと面白くないだろう、なんでこんなもの書いちまったんだと、そのテキストをばりばりと破いてしまった。そんなわけで今回は過去、私のブログに掲載したテキストに少し手を加えたものをリサイクル利用して、地球に優しいコラムにさせてもらった。
●鼻にする
恐ろしい光景を〈目にする〉不穏な噂を〈耳にする〉野卑な言葉を〈口にする〉血まみれのナイフを〈手にする〉とはよく言うのに、なぜか、腐った生ゴミの臭いを〈鼻にする〉とは、ふつう言わない。なぜだろう?
五官のうちで、どうして嗅覚、つまり鼻だけが「にする」待遇を許されないのだろう。わからない。気が狂いそうだ。
●鼻にする
恐ろしい光景を〈目にする〉不穏な噂を〈耳にする〉野卑な言葉を〈口にする〉血まみれのナイフを〈手にする〉とはよく言うのに、なぜか、腐った生ゴミの臭いを〈鼻にする〉とは、ふつう言わない。なぜだろう?
五官のうちで、どうして嗅覚、つまり鼻だけが「にする」待遇を許されないのだろう。わからない。気が狂いそうだ。
●破くる
紙を裂くことを、〈破る〉とも〈破く〉とも言う。ではなぜ〈記録を破る〉は正しくて〈記録を破く〉は間違いなのか。
それだけではない。「わたしとの愛の誓いを破いたのね」「人生の賭けに破けた男たち」「無敗の強豪エメリヤーエンコ・ヒョードル、KOで破ける!」「ランナーは心臓破きの丘にさしかかりました!」「はーっははは、私の変装を見破くとは、さすが明智くんだね」とも言わない。
たかが紙ではないか。マッチ一本で燃え尽きてしまう紙ではないか。それが「破る」(ラ行五段活用)「破く」(カ行五段活用)という、それぞれ独立した動詞の両方をなすがままにする権利をもっている。
しかし、愛や人生、エメリヤーエンコ・ヒョードル、心臓、変装といった、人間の最も高度な精神・肉体活動には、ラ行五段活用しか使えないというのは、どう考えても筋が通らない。
愛は紙よりも下等ということなのか。わからない。気が狂いそうだ。
●スパムメールの効用
ぼくはスパムメールが大好きだ。なぜなら英語の勉強になるからだ。スパムのほとんどが海外からのもので、たいていは英語で書いてあるから、それが単なるスパムなのか真面目なメールなのか判別するために、辞書をひきながら、一件一件読んでいるうちに単語もかなり憶え、読むペースも速くなった。そして今では、全文を読まなくても、始めの数行でスパムかどうかが判断できるようになった。
以下は、実際に届いたスパムの冒頭の部分なのだが、この程度なら辞書の助けを借りなくても訳すのは雑作もないことだ。
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●これは速読しないでください
「速読」というものがある。テレビでデモンストレーションしているところしか見たことがないのだが、とにかく読むのが速い。文庫本を1ページ1秒くらいのペースで読むのだから、もはや無法というしかない。
たしかに、芸術性も神秘性もいぶし銀のような渋みもないDVDレコーダーのマニュアルなら、それだけ速く読めれば時間の節約になってたいへんケッコーなことなのだが、芸術性も神秘性もいぶし銀のような渋みもある文学作品まで1ページ1秒のペースで読まれたら、作者はたまったものではない。
手許に、ドストエフスキー作『未成年』(新潮文庫)があるが、上下巻あわせると1000ページを超える。上のペースだと速読者たちはこれを約17分間で読んでしまうことになるわけだ。ドストエフスキーはすでに死んでいるが、これを聞いたら、絶望のあまり、もっと死んでしまうかもしれない。
『未成年』は大作だ。半年やそこらで書いたとは思えない。手間をかけて取材もしただろう。編集者と火花をちらす論争をしたかもしれない。執筆に熱中するあまり夫婦生活をなおざりにして、妻から「この役立たず!」と罵られたかもしれないのだ。
そんな思いをして書き上げた労作を、わずか17分間で読んでしまうのは、あまりに無慈悲とは言えまいか。速読者にも人並みに温かい血が流れているのなら、作者の立場に立って、せめて1週間はかけて読んでやってほしいものだ。
お客様に喜んでもらおうと、なかなか手に入らない食材を脚を棒にして集め、何日もコトコト煮込んで作ったカレーを、とっておきの高級皿に盛って出したところ、それを10秒で丸呑みにされてしまったとしたら、作った人はどんな気持ちがするだろう。
構想5年、製作期間3年、しかも自主制作でスポンサーがつかないから、ローンが残っている家を担保にして借りた資金をもとに作った映画のビデオを速送りで観られたら、作者はどんな気持ちがするだろう。かりに1分間観ただけで忍耐の限界に達してしまうような退屈きわまる作品でも、速送りせずに最後まで観るのが礼儀というものではないだろうか。
速読者にはハンディをつけるべきだ。速読者用の本は、文字を極端に小さくして虫眼鏡で読ませる、あるいは、印刷をひどく滲ませて、何と書いてあるのかよく解らなくする。ページの順序をばらばらにして、次のページがどこにあるのか苦労して探させるなどが考えられるが、そういった特別仕様の印刷だとコストがかかるのなら、速読者が本を買うのを妨害する、速読者が買う場合は極度に高額にするといった方法も可能である。
【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
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