私症説[53] 宇宙人とアンビバレンス
── 永吉克之 ──

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高校生の娘が学校から帰ってくる。
カバンを提げたままダイニングルームに入ってくる。

食卓の椅子にxを吐く。

それは何の溜め息か、と母親が訊く。

同じクラスに宇宙人の男子が転向してきて、その非常識な言動のせいで授業がたびたび中断する、めちゃ腹が立つと言う。

娘は、学校にいる宇宙人の生徒はみなどこか変だと言う。校則に制服の着用がないものだから、男子は旧日本軍の軍服を着たり、女子は和服にサンダルを履いたりすると言う。

父親が仕事から帰ってくる。
3人は食卓に着く。

娘は父親と会話するのを嫌っている。目を合わせようともしない。父親も自分が娘に嫌われているのを知っているから、話しかけようとはしない。母親もそれをよく分っているから、宇宙人の一件が夕食の話題に上ることはない。

父親を避ける理由を訊いても、娘はいつもあいまいな返答しかしないが、母親にはおおよその見当がついている。


■相談/梶元智美(17歳)

中学生の時でした。

家のお風呂場は玄関を入ってすぐの所にあるんですけど、わたしが、お風呂をすませて、下はショーツ、上はタンクトップという格好で、脱衣場のドアを開けると同時に玄関のドアが開いて、お父さんが入ってきたんです。

お父さんの帰りはいつもはもっと遅いので、鉢合わせするなんて思ってませんでした。びっくりしたなあとが言って、お父さんは笑いながらわたしの顔を見てたんですけど、急に何かに気づいたような堅い表情になって、視線がわたしの首から下に移っていくのを見て、なんて言うか、恥ずかしいというより、お父さんの眼つきが、お父さんじゃなくて、別の男の人みたいで、それがすごくいやらしく感じたんです。

そんな経験はそのときの一回きりなのに、それからは、お父さんのいるところでは、肌の露出の多い服は着られなくなってしまいました。おはよう、と肩を軽く叩かれただけでぞっとして、つい「やめてよ」とつっけんどんに言ってしまったことも何度かあります。

高校生になった今でも、それは変りません。お父さんとはめったに口をききません。話しかけられても、おざなりに返事をして、さっさと離れます。ひとり娘に冷たくされて、お父さんも淋しいとは思います。可哀想だと思います。でも、この嫌悪感はどうしようもないんです。どうしたら、お父さんと元のいい関係に戻ることができるでしょうか。

■回答/梶元喜美子(45歳・智美の母)

同じ女性として、智美さんの気持はよく分ります。しかし子を持つ親としては、お父さんの気持もわかる気がします。子供だとばかり思っていた娘が、いつの間にか女らしい体つきになっているのに気づいて、すこし驚いたんですね。

決していやらしい気持で見たんじゃないと思います。これは、父親と思春期の娘の間にはよくあることなんです。いずれ時間が解決してくれます。お父さんは、いつかあなたと父娘らしい会話ができるようになる日を、根気よく待っていてくれますよ。

……母親は、夕飯の後片付けをしながら、娘とそんな問答をしているところを想像する。しかし時間が解決すると回答したものの、いつまでも夫と娘の板挟みになるのはかなわないと思う。

娘は自分の使った食器だけを洗って、自室に引き揚げようとする。
父親は、居間のソファに寝転がって、NHKのニュースを見ている。

是非もない、と母親は思う。
ねえお父さん、智美の学校にね……
ダイニングルームを出ようとした娘が肩越しに母親の方を振り向く。眉根を寄せて頭を左右にこまかく振り、無言の抗議を送る。

変な生徒がいるんだって……

お母さん、もういいのよそれは!
娘は大きな声を上げて、床を踏み鳴らしながら自室に戻っていく。

父親はソファから上体を起こしてそれを見送る。
声を低くして妻に聞き返す。
変な生徒?
妻は宇宙人のことを話す。
困った顔で夫は言う。学校の方でなんとかしてくれなきゃなあ……

翌日、娘のクラスの担任から電話が入る。娘が、例の宇宙人の生徒を、3階の窓から突き落としたと言う。授業中に宇宙人が、突然、教室の窓を開けて、落下防止用の手摺の上に立ったのを見て、娘がその背中を押したと言う。

宇宙人なら、3階から落ちたくらいでは、ケガをすることはないと知っての行動らしいのだが、もし落ちたところに地球人がいたら大変なことになった、厳重に注意をしておいたと言う。

普段は明るく真面目な生徒なので、今回は停学処分にはしないが、親御さんの方からも、よく言い聞かせてほしいと言う。

父親が、それも俺のせいなんだろうな、と言う。

【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp
今回は、2009年に自分のブログに掲載したテキストに加筆して掲載しました。

無名藝人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
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