《少年心をめちゃくちゃくすぐる七つ道具》
■ショート・ストーリーのKUNI[246]
ウエストまで何マイル
ヤマシタクニコ
■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[34]
七つ道具の話
キャプテン・ホリグチ
海音寺ジョー
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■ショート・ストーリーのKUNI[246]
ウエストまで何マイル
ヤマシタクニコ
https://bn.dgcr.com/archives/20190418110200.html
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マンションのドアが開き、明るい声が玄関に響いた。
「ただいま、ジョージ!」
「お帰り、メラニー。遅かったね。買い物はできたかい?」
「ええ。特売のティッシュも天ぷら油も釜飯の素も売り切れにならないうちに買えたわ。今夜はあなたの好きな茶碗蒸しとキムチチャーハン、それに私の好きなクリームコロッケをを作るつもりよ」
「ワオー。なんて楽しみなんだ。愛してるよ、メラニー」
「私もよ。ねえ、今日が何の日か覚えてる?」
「覚えてるも何も! 今日はぼくたちがその昔……33年前に初めてキスをして、それからいろいろした日じゃないか!」
「正解! 今日はキスその他いろいろ記念日! 人生で最も重要な記念日。だから祝杯をあげなくちゃね! ワインも買ってきたわ。先にちょっと開けてみる?」
「いいね!」
メラニーは買ってきたものをバッグから取り出してしかるべきところに収めた。それから冷蔵庫や戸棚のドアを何回か開け閉めし、グラスを取り出し、ワインを……
「ねえ、ジョージ。ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい僕のハニー。遠慮せずに聞いておくれ」
「その……どうして今日はずっと右手をポケットに入れてるの?」
「右手がポケットに入りたいと言って聞かないのさ」
「まあ、ジョージったら。ほっほっほ。冗談はよしこさん。かくさずにその右手を」
「あ、だめだよ」
「どうして?! おかしいわ!」
無理矢理、ジョージの右手をポケットから引っ張り出したメラニーは、息をのんだ。
「オーマイガッ、ジーーーーザス! 何なのその指は、鉛筆をナイフで思い切りとんがらかしたような指先は!」
「いいだろ? いま流行のタッチペン風指先。先が細くてスマホで英文字も打ちやすいんだ。改造手術も最近は安くなっててね。前の会社の同僚もこの間やってもらってきて、なかなかいい感じだというので、そこを紹介してもらったんだ」
「私に黙ってするなんて!」
「いいじゃないか。たいしたことじゃない」
「たいしたことじゃないことないわ! あなたのあの、肉まんみたいなふっくらした指が! あなたの数少ない美点のひとつだったあの指が?! オー、ノー! 信じられない!」
「あの指だと不便なんだ。太すぎてしょっちゅう入力ミスするし、それを修正するときとかコピペの範囲を決めるときとか、けっこうやっかいじゃないか。前からなんとかしたいと思ってたんだ」
「便利だというだけで何でもするわけ?!」
「そんなに怒るなよ、ぼくのかわいこちゃん。ぼくの指先が鉛筆みたいになろうと十徳ナイフみたいになろうと僕は僕さ」
「十徳ナイフだったらよかったのに」
「左手はそれにしようか。それより、僕にもひとつ質問させてくれないかな、メラニー」
「いいわよ?」
「君のウエストがその、妙に太くなったように思うんだけど」
「ああらそう? 気のせいじゃない?」
「そうかな。昨日までの倍くらいあるように思うけど」
「そんなことないわ」
「僕の気のせい?」
「ええ、そうよ、ああ、だめ! さわらないで!」
メラニーが抵抗するのもかまわずジョージはさわって、そしてぎくりとした。
「こ、これは……ワッタヘル! メラニー、君は一体何をしたんだ!」
「ごめんなさい。パワーアシストスーツを体内に埋め込んだの」
「パワーアシストスーツを埋め込んだだとおおおおお?! あのロボットみたいな、でもそれを装着すれば重いものも軽々と持ち上げられるという、あれかい?! ミカン農家とか工場で使われてるとかいう?! それを埋め込んだ?!道理でこんなに、稀勢の里みたいな胴回りになってると思ったよ! 僕のかわいい、折れそうなウェストの持ち主だったメラニーが! あのウエストはどこに行った! ああ、触っても触っても届かない、まるで何マイルもの彼方にあるようじゃないか。ドントジョーク、ヨシコ! オマイガッ、アンビリーバボー! ジーーーーザス!!!」
「おおげさね。最近の流行なのよ、これ。大学時代の友達が『いいわよー、あれ。10kgのお米もひょいと持ち上げられるし、すごく便利! これまでのパワーアシストスーツはそれ自体が重かった上に装着するのが大変だったけど、今はかなり軽量化されてるの。埋め込みならリンク切れの心配もないし』って」
「画像の埋め込みじゃないぞ!」
「だいじょうぶ、そんなに高くなかったし。友達の紹介ってことで割引してくれたの。そこのショッピングセンターの中の、漬け物屋が撤退したあとにできた店で、即日仕上げ」
「クリーニングじゃないんだぞ! あんなつぶれかけのショッピングセンターにできた怪しげな店でするなんて。だいたい、便利だというわけで何でもするのかと、さっき怒ったのは君だぞ!」
「あなたの指は変すぎるもの!」
「変なことないさ! 変なことない! ああっ!」
ジョージは急にうずくまった。
「ワッハプン?! ジョージ、どうしたの?!」
ジョージはテーブルの角にかろうじてしがみついているが、立てないようだ。
「……」
「オーマイガッ! そうよ、あなたって、リストラされてハローワークに通いつめ、やっと次の職場を見つけたもののいまは餃子屋の調理見習いなのよね。毎日毎日うつむいてキャベツを刻む、餃子を包む、中腰で皿を洗う日々。腰をいわしても無理ないのよ、だってあなたって……もう年だもん、60過ぎてるんだもん」
「うるさいよっ! ほっとけ!」
「ソリー!」
「そうなんだ。僕は若い頃から体が硬くて、運動嫌いだし、腰にも不安があった。長時間中途半端な姿勢を保つのはものすごくつらくて、もう限界で……あれ? あれ?!」
ジョージはいつのまにか自分の体がひょいと持ち上げられ、ベッドに運ばれていくのを感じた。そのままふかふかの布団の上にそうっと横たえられる。なんともいえない安堵感が広がる。
「メラニー! なんてことだ、君は……」
「あなたはあまり体が丈夫じゃないでしょ? 毎日大変だと思ってたわ。だから、こういうときのためにパワーアシストスーツを埋め込んだのよ! 今日は私たちの大事な記念日だし、前から予約してたの」
ジョージの目から大粒の涙がぼろぼろこぼれた。
「ありがとう、ありがとう。そうだったのか。そんなことと知らずにひどいこと言ってごめんよ。それなら、僕も」
ジョージは慎重に体の向きを変え、隠していたタブレットを取り出し、ほんの何回かタップした後メラニーに見せた。
「ワオ! これは……」
そこにはメラニーの肖像画があった。ジョージが改造した指先を駆使してお絵かきアプリで描いてみせた、愛する妻の肖像画だ。瞳は輝き、ほほは薔薇色、髪はつやつやとうねり、ウエストはどこまでも細く。みごとなできばえだ。
「今日の記念日に、プレゼントしたかったんだ。僕は何もできないけど、絵を描くのは得意だから」
「ジョージ! あんた、めっちゃええ男やん! うちも、なんかいろいろ言うてごめんな!」
「なんや。急に大阪弁になるなよ」
メラニーも泣き出した。
「泣くなって。メイクがくずれるやん。そや。僕のこの指先、アイシャドウやアイブロウのチップ代わりにもなるで。今度から僕がメイクしたろか?」
「あーん、ジョージ、最高やん! 幸せすぎて泣ける……」
「耳かきにもなるし、あ、そや。鼻くそもほじくったるで」
「そんなんせんでええわ!」
ジョージはメラニーをぎゅっと抱きしめ……ようとしたが、そのウエストまで
はやっぱり遠かった。
【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/
http://koo-yamashita.main.jp/wp/
最初、タイトルを「賢者の贈りもの2019」にしようと思いましたが、すぐにオチがわかってしまいそうで変更、でも、ヒントはもちろんあの小説です。
ところで、最近、大学の入学式は黒いスーツばかりで異様、という記事が出て話題になってたので思い出したが、私が大学の入学式に着ていったのは今は亡き姉がわざわざその日のために縫ってくれたワンピースだった(経済的な事情で兄も姉も大学には行かせてもらえず、姉は高校で被服科を選択した)。
一応当時の流行に沿った気合いの入ったデザインだったのだが、色が鮮やかなターコイズブルーで地黒の私に全然、まったく、これっぽっちも似合ってなかった。いま思い出してもはずかしい。
でも、「みんなどんな格好で来るんだろう」と不安だったが、蓋を開けてみたら周囲は割とふつうの服装で、心配するほどのこともなかったなーと思った。事前情報が少なくて無駄にどきどきするのも楽しいもんだぜ(笑)
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■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[34]
七つ道具の話
キャプテン・ホリグチ
海音寺ジョー
https://bn.dgcr.com/archives/20190418110100.html
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◎七つ道具の話
子供のころ「テレビくん」という雑誌の付録だったか、探偵手帳というのが付いていて、表紙裏に探偵七つ道具というのがイラスト図解で紹介されていた。
(1)手帖(その付録です)
(2)ペン
(3)小型カメラ
(4)小型テープレコーダー
(5)小型望遠鏡
(6)虫眼鏡
(7)小型懐中電灯
だったと記憶する。まあ、子供だから七つ道具を集めることに熱中した。ペン・手帳・虫眼鏡以外、手に入らなかったが。集めたのは探偵になりたいからではなく、七つの道具を持つことで万能の者になれるという誇大妄想だった。まあ、子供なのですぐに熱が冷めて、違う遊びに興味が移ったが。
小学校6年の時、高千穂遙さんのSF小説『クラッシャー・ジョウ』が映画になり、ブームになった。クラッシャーという工作部隊(何でも屋)が、宇宙船を駆って大活躍する話である。まあ少年だったし、朝日ソノラマ文庫を友達と奪い合って、読み合って興奮した。
クラッシャーたちは未開の惑星で冒険したり戦闘したりするために、クラッシュパックというバックパックを背負っており、この中に探偵七つ道具に匹敵する小型ライフル、小型通信機、小型バズーカ砲などが装填されてて。
「クラッシュパックを用意せねばならん!!」と、狂奔した。
小型バズーカは80年代の日本には無論売ってなかったので、通学用リュックサックに折り畳み傘、ゴミ袋、ふえラムネ、銀玉鉄砲など代用品を詰めて大満足していた。
まあ少年だから、すぐに飽きてしまったのだが。
その後も江戸川乱歩の少年探偵団、キャプテンフューチャー、007ブームなど、特殊道具が出てくるたびに狂乱したが、どうですか? 皆さんもそんな体験なかったでしょうか? 七つ道具って、少年心をめちゃくちゃくすぐりますよね。
そんなことをふと思い出したのは、ときどき友達に会いに滋賀から東京へと行き来する昨今、年のせいで旅の荷を少しでも軽量化しようと、必要最低限の旅装を検証していた時だった。
そう言えば七つ道具ってあったよな。七つぐらいにまとめられるんじゃないだろうか? と。今、ついに少年心を有したままアラフィフの領域に達してしまった、僕にとっての七つ道具を考えてみた。
電子文具ポメラとか、カシオの電子手帳などは候補に挙がったものの、コンパクト度、携帯性で極めて優秀なガジェットであるものの、その重量と使用頻度からランキング8位以降となった。
衣類やタオルは現地調達が容易なのでやはり七つ道具には至らず、毎度遠出をするたびに反省レポートを綴り、これは必要だった。これは持ってって正解だったと試行錯誤を約5年繰り返し、厳選した結果現在のプチ旅行お役立ちグッズとしての、七つ道具が決定した。
(1)眼鏡…………これがないと空間移動不可の重要グッズ
(2)財布…………SUICAは絶対入れておく
(3)マスク………案外この程度の用心でインフルエンザが防げる
(4)上着…………移動中の電車、バスの冷房対策
(5)折り畳み傘…クラッシュパックと同じや!
(6)携帯電話……目覚まし時計も兼ねる
(7)ゴミ用のスーパーのビニール袋……クラッシュパックと同じや!
以上です。もしよかったら、読者の皆さんの七つ道具も、こっそり僕に教えてください。お便り待ってます。
それにしても、探偵七つ道具、スマートフォンがあったらすべて揃うのよな。そろそろガラケーから機種変せねば。
◎キャプテン・ホリグチ
二重惑星ミラレスには動物は存在せず、菌類とシダ植物だけが鬱蒼としたジャングルを形成してます。しかし、そのジャングルの奥深くに、知的生命体が作ったとおぼしき遺跡があることが探査衛星によって確認されたのです。
低い解像度の写真では詳しいところまではわかりませんでしたので、急遽、国際探査隊がNPO法人によって結成され、有人探査艇おっぺけ丸はミラレス遺跡への調査に乗り出しました。
隊長は日本人のホリグチです。クルーは中国人、イラク人、ザンビア人と国籍もさまざまです。ミラレス星域到達まで約35日。艇内では謎の知的生命体についての推測で毎夜テキーラパーティーが開かれておりました。
「隊長、ヒック、やっぱ知的生命体はヒト型でありましょうか?」
「ウィック、いやヒトが進化したとは限らんだろ、カバかもしれんぞ」
「なんでやねん」
隊員たちの、あてどない口論の末に、ホリグチがビシッと言い放ちました。
「正体がいずれにせよだ、奴らはベジタリアンぜよ」
「?」
「?」
「はあ…」
(2005年1月13日作品)
【海音寺ジョー】
kareido111@gmail.com
ツイッターアカウント
https://twitter.com/kaionjijoe
https://twitter.com/kareido1111
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編集後記(04/18)
●偏屈BOOK案内:「日本人が勘違いしているカタカナ英語120」
若い頃に米国西海岸、イギリス、韓国、中国そのほか、一人ウロウロしていた時は、仕事ではないから重要な会話などなく、いい加減英語で済んだ。ソウルは取材も一部あったが、相手がみんな日本語で応じてくれた。もはや会話としての英語は絶望だ。でも、変な英語的表現、和製英語には文句をつけたい。
いまや世の中には、変なカタカナ英語が蔓延している。知らずに自分でも使っているが。そのカタカナ英語は英語でなんというのか、それを知りたい。正しい表現をしたいからだが、他人が使っているとき、それおかしい表現だよ、どこがおかしいかっつうと云々、正しくはこうだよと講釈を垂れたいからである。
じっさい日本には「つうじないカタカナ語」がたくさんある。この本の狙いは、日常よく使われているカタカナ語を取り上げ、それを場面に即した英語に言い換え、その意図したところが確実にネイティブ・スピーカーに伝わるようにすることにある。誰もが普通に使っているカタカナ語、以下はすべて通じない。
モーニングサービス、ペットボトル、ガッツポーズ、リアクション、マンツーマンで、ノルマ、ライフライン、ポリシー、アットホームな……。こうした英語風カタカナ語を、筆者はただ“正しい英単語”に置き換えるだけではなく、「関係」と「文脈」を考えて、場面に応じた“自然な英語”を教えてくれる。
ミスする、ミスった:I missed. I mistook. は×。I made a mistake. が○。
日本人は声に出すが、アメリカ人は Oops! / Oh! no! / Uh-Oh! と声を上げるだけ。反射的に「あ、間違えた」とはまず言わない。他人に問われてはじめて、具体的になにをどの程度のミスしたのかをいう。日本人がよくやるミスで「タイプミス」は a type miss とはならず、a typoになる、んだそうだ。
ファイト!:大きな誤解を生む表現だ。Fight! はケンカである。Go! という。
オーバー:「彼は話がオーバーだ」をそのまま He is over. としてしまうと「彼はもう終わりだ」になってしまう。クビになった、ふられた、殺された。He tends to embellish his stories. 彼は話を脚色する傾向がある
マストアイテム:ネイティブ・スピーカーは a must-have(item)という。must-see(必見の)must-read(必読の)must-buy(買わなければならない商品)
ハードスケジュール:いかにも英語っぽいが自然な英語ではない。busy schedule /tight schedule という。
ポジティブ:積極的、肯定的なという意味においては正しい使い方だが、使い過ぎるため何をいいたいのか不明に。
彼女にアタックする:I attacked her. としたら、「襲いかかった」犯罪者。I hit on her. あるいは I made a pass at her. とする。
トラブる:名詞を動詞化した日本人の発想に感心。英語で言いたければ have trouble が最適。
その他おもしろかったのは、「オールマイティである」「プロポーズ」「イメージチェンジ」「マニア」「ムードのある」「マイペースで」など要注意。
また、文法的には正しくてもネイティブ・スピーカーは絶対口にしないような英文がゾロゾロ出てくる。非常に面白く役に立つ本だった。夕方のテレビニュースショーの、バカ者揃いの進行役たちに無理やりでも読ませたい。(柴田)
「日本人が勘違いしているカタカナ英語120」キャサリン・A・クラフト
里中哲彦・編訳 中公新書ラクレ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121506472/dgcrcom-22/
●大阪ダブル選挙続き。「民間に任せられるものは民間に」とよく言われていた。最たるものが市バス地下鉄の民営化。最初は売店の民間委託入札からだったように思う。
遊ばせている土地、収益にならない施設の黒字転換策を民間に任せていった。バブルがはじけて頓挫していた開発が進み始めた。
文化的な団体に対する助成金は減らしたが、TVで取り上げられ、いろいろなPR(イベント)を積極的に行うようになり、認知度が上がり、民間からの寄付があったようだ。結果オーライ……か?
失敗もある。区長や校長を公募したが、セクハラで辞任した人がいたり。維新議員の不祥事もあった。(hammer.mule)