[4897] その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈最終回〉

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《描いた自分自身を呪いたくなる》

■はぐれDEATH[88]
 その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈最終回〉
 藤原ヨウコウ




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■はぐれDEATH[88]
その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈最終回〉

藤原ヨウコウ
https://bn.dgcr.com/archives/20191108110100.html

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実は間に一悶着のくだりがあるのだが、あまりにも忌まわしいので全部省く。相手もいるしね。

結論から言えば、この創作もどきプロジェクトはボクの手で完全に終わらせた。今後、どこかで発表する気も一切ない。

思い出すだけで腹が立つし、ボクから「今後、御社との取引は全面的にお断りさせて頂きます」とまで言わせているのだ。後はご想像にお任せする。

軟着陸を目指していたのだが、結果は地面に直撃したようなもんで「取引停止宣告」までいくとは、ボクだって望んではいなかったのだが(イヤな予測には入っていた)こればっかりは仕方がない。

ここまでお付き合いくださった、奇特な読者の皆様には本当に申し訳ないと思うし、編集長にも「さて、どの面さげて説明したもんか?」と頭を抱えている。

このシリーズのタイトルになった「その『得体の知れないもの』を絵にしろと言われて」(編集長の命名)が悲惨な結果になったことを、ボクはボクで慎重に検討しなければならなくなったのは、当然の成り行きである。

さっさと結論を書いてしまうが、今後手すさびで描いたものを含め、お仕事以外で描いた絵は、完全に非公開にすることにした。もちろん、etudeも含む。回収できるものは可能な限り回収して封印する気である。まぁ全体から見れば微々たる量にしかならないだろうが、そうでもしないと落ち着かない。

お仕事で描いた絵ですら、ボクに言わせれば充分過ぎるぐらいボクの意図から遠い評価をされているのが現状であり(まぁ、でふぉですが)、これがとことん悪い方へ転んだのが、今回の「創作もどき」と一連の騒動である。

相手に今回のような事を思いつかせてしまったのは、言うまでもなくボクが一連のお仕事で描いた絵だった。それなりの責任と義務を負う覚悟はあるにしても、お仕事で描いた絵がこの状態だ。本当に何気なく描いた絵がどのようなことになるかなんて、今となっては考えるだけで恐ろしい。

実を言うと、今は絵を描くことそのものに怖じ気づいている。

「いや、たまたまでしょう」と思われる方も少なくないと思うし、もし他の人が同じような目に遭ったら、同じことを「以前の」ボクなら言っているはずだ。だが、たまたまでは済まないし、悲惨な結末を迎えているのだ。

今回に関しては、どう考えても事件の発端はボクの絵に帰結する。当たり前の話だが、ここまで話がややこしくなると、描いた自分自身を呪いたくなる。

創作活動そのものをボクが放棄しているのは、何度もしつこく書いているので、これ以上の詳細は無用だろう。だからといって、他の皆様がされる分には何の不満もないし批判をする気もない。

それっぽく見られがちだが、『呱呱プロジェクト』だって、ボクに言わせれば純粋な意味での創作からは程遠い。

ボクは最新鋭の印刷技術実験のための、原稿を用意しているだけの話だ。逆に言えば「どこまで既存の印刷技術を追いつめ、どう頭を使わせるか」が目的だ。当然、様々な意味で難易度が高い原稿が必要になるし、ボクはそうなるように原稿を作っている。

勘違いして欲しくないのは、「呱呱プロジェクト」をボクがイヤイヤやっているワケではない、という一点である。むしろものすごく楽しんでいる。

創作もどきの第四稿でも、本当に機嫌よくのびのびやった。これは念を押しておきたい。機嫌よくできたから、思い切ったこと(強制終了を含む)ができたのだ。悔いが残るような、せこいところでウジウジ誤魔化していたら、どう考えても思い切れないし、また悪あがきの種を生むようなものではないか。

そういう意味ではスッキリしている。

ただ、描くのは本当に怖くなった。というか、ボクの絵を見る人が怖くなったといった方がいいのかもしれない。「見せない」というのは直接的すぎるが、効果は絶大である。見られないからね。営業的には相当大打撃だが、いまはこうでもしないと落ち着かない。

さて、データであろうが原画であろうが、お仕事で描いた絵はボクにとっては「原稿」でしかない。そしてボクは「原稿」以外のすべての絵(データも手描きのものも含め)を非公開にすることにした。

改めて書くが、ボクは世間で喧伝されるような「アーティスト」「クリエイター」「画家」「作家」、一応便宜上使ってはいるが「イラストレーター」ですらないし、そんなものに憧れなどこれっぽっちも持っていない。

死語になっているが「商業画家」が一番しっくり来るのだが、さすがに現代でこれは通用しないから「エカキ」か「イラストレータ−」(かなりイヤイヤだが)で妥協している。

立場上、描く技術はもちろんだが、「読む」「解釈する」技術に特化しているのが、ボクだと思っていただきたい。それ以上でも、それ以下でもない。だから、この分野に関して言えば、努力も学問もサボる気は毛頭ない。もちろん楽しいのだが、それ以上にボク個人の職業倫理として停滞は許されない。

「そこまで力まんでも」と思われても仕方ないが、ボクはこういうふうにやってきたし、この先もこのやり方そのものを変える気はない。というか、これ以上の方法論があるのなら、逆に教えていただきたい。

もちろん、有意義であるとボクが感じたら取り入れるだろうが、当然ボク流にアレンジはする。結果、普段と変わらない結果にしかならないだろう。それぐらい基礎中の基礎しか、ボクはしようとしていないのだ。

基礎さえしっかりしていれば、応用はいくらでもできる。むしろ応用は無限だろう。が、それ以上に深遠なのが基礎であり、学びと反復によってのみ基礎は維持できるのだ。あくまでも「維持」です。そうそう簡単に振り幅が広くなるほど基礎は甘くない。

要するに、原稿をつくるための準備だけでもう手一杯であり、その過程でできてしまったものにまで責任を負うなど、どう考えても不可能である。公開すれば必ず責任と義務はついてくる。だったら、非公開にするのが手っ取り早いし気が楽だし、本業に集中できる。

間違っても「マジメ」とか、「ストイック」などと思わないでいただきたい。頭が悪くて不器用だから、こういうふうにしかならないが正解。

ボクがマジメでいたいのは、ボクに依頼されるお仕事そのものである。もちろん、挿絵の場合は原稿に対して(もちろん作者に対しても)マジメに接するのが当然である。この当然のことをするために、準備しているだけの話だ。

ところが、解釈は人それぞれであり、これが「絵」という特殊なものになると、それこそ解釈の仕方はいくらでもできる。それでいいんですよ。読者の皆様は、そうやって楽しんで下さればこれに増す喜びはない。

ボクは立場上、勝手な解釈は許されないので編集担当さんを交えてズレがあるかないかを確認するし、ズレていればもちろん修正する。まぁ、滅多にありませんがね。

お仕事で通しているが、一般的な言い方をすれば「ビジネス」になるのだろう。とにかく自分の楽しみとビジネスを、間違ってもボクは混同してはいけない立場にいる。

好きでやってますから、もちろん楽しいですよ。でもケジメは必要です。悪のりしたくなることもよくあるのですが、余程のことがない限りしない。余程のこと、というのは「もう徹底的にやってください」と担当さんにリクエストされた時である。

それでもまぁ、手放しではしませんよ。逆に担当が悪のりして「もっといきましょう!」みたいなことを言い出すと、「イヤ、できるけど大丈夫?」と聞き返すぐらいだ。それでも「いけます」と言われればしますけどね。割と内輪ウケで終わるパターンが多い(笑)

それはともかく、自分の「楽しみ」と「ビジネス」を混同する人がいるのも事実であり、今回の創作もどき事件(もう事件にしちゃったよ)以前にだって、そういう人は周りにいくらでもいたし、今もいるし、今後も続々現れるだろう。

ボクは自分に許していないし、そういう皆様とは極力関わらないようにしているだけだが、どこでどう勘違いするのか、こちらに寄ってくる人もいる。やんわりとお断りしているけどね。

まぁ勘違いする人というのは基本「空気が読めない人」なので、一度断って済むケースはむしろ少ない。何度も懇切丁寧に説明してご退場願うしかないのだが、創作もどき事件は「空気が読めない」のレベルが違いすぎた。

むしろ「ホンマに同じ空気吸ってるんか?」と、疑いたくなるようなレベルである。

こういう人の周りの空気は、組成なり分布そのものが異なっているとしか思えないほどスゴい。ボクに言わせれば、もうSFの世界なのだが、実在する。まぁ「世のなか広いからいるんだろうなぁ」という認識はあったけど、まさか自分の前に現れるとは思わないでしょ、普通。

これならまだUFOとかUMAの方が確率高そうだし、ネッシーですら「実在するんとちゃうか?」と思わせるようなレベルの話だと思っていただければ、まぁそう遠くはない。

もっと言えば、地球侵略を目論む異星人なんてゴロゴロいるだろうし、ゴジラやキングギドラがいつ出てきても不思議じゃない。007もMIB(メン・イン・ブラック)も確実に実在する。そういうレベルの話。

現実の話としてついていけますか? 無理でしょ? 少なくともボクは無理。

上述したが、この手の人達なりの誤解を招いたのは、他ならぬボクが描いた絵である。ビビるなという方が無茶なのだ。「本当にあった怖い話」なのだから(しかも当事者)ビビるでしょ。

ボクは恐がりなので、怪談の類は間違っても自分で読んだり聞いたりしようとは思わないが、お仕事でそれっぽい原稿に出くわすことは多々ある。だから、完全に無知なわけではないが、それでもまだお話になってるだけマシ。ここに辿り着くだけでも十分苦労はしている。それぐらい怖いは苦手だ。

実害が起きた以上、警戒するのが当たり前だと思うがいかがだろうか?

百歩譲って「ボクが人並み外れた馬鹿だからこういう目に遭った」とでも反省すれば、警戒態勢に入りますよ。その程度の学習能力はある。

我ながら救いようがない結論だが、これ以上自分の絵で自分に災厄を招くのはご免こうむりたい。「原稿以外は全部完全非公開」という結論は、ある意味ボクにとっては理に適っているのだ。それでも、安全が保証されているわけではない。

お仕事をしている以上、「原稿」は必ず印刷されて世の中に出る。装画は密林で確実に見られる。お仕事を続ける以上、こういうリスクは増えるだけ(というか本当はどんどん増えて欲しいのですが)で、今のボクに明るい未来を想像できない。

それでも職業を変える気はない。じっさい天職だと思ってるし、これ以外できないしね。


相当、話が逸れたが後日談を簡略に記しておく。

預けていたのは今回の資料だけではなく、タブローの原画も相当数あったので、当然のことながら返却を求めたのだが、酷い扱い方をされていて、またまたがっかりである。

まずこちらで控えていた、預けた原画の枚数の半分に満たない数しか返ってきていない。なにかワケがあるなら、メモぐらいあるだろうと思ったのだが皆無である。

黙っていたらこのままスルーされそうだったので、すぐにメールで問い合わせたのだが、「自分が梱包したわけではないので分からない」という旨の返事が返ってきて驚いた。挙げ句の果てには、部下のせいにまでしだしたので「これはもうダメだ」と見放した。

改めて(というか相当ガックリ来たので丸一日使い物にならなかった)返却されていない原画のリスト(画像サムネール付き)を送付して、「年内に返却して下さい」とメールを送付したが、なしのつぶてである。

どういう神経をしていればこのように放置できるのか、ボクにはさっぱり分からないのだが、もう放っておくことにした。また、グジャグジャMessengerで垂れ流されるのも邪魔くさいし。ちなみに、Messengerの利用は控えてもらうことにした。

理由は単純で、完全にチャット状態で使ってくるので、ケジメがないことこの上ないからだ。おまけに、その場で思いついたことをだらだら立て続けに送付してくるもんだから、何を言いたいのかさっぱり分からん。

別にMessengerを非難しているのではない。使い方の問題である。きちんと整理して、まとめた内容が送られてくる分には文句を言う筋合いはない。が、ツールの性格と、先方の著しく怪しいビジネスマナーが混じり合うと、ビジネスの話には当然ならない。釘を刺すのが一番である。

ちなみに、返却された原画の一枚は、もののみごとにカッターで二等分されていた。この絵に関しては、ボクがいわゆる「阿吽図」の構図で描いた横長のものだったので「まぁお任せします」と確かに答えた。

が、実際に切ったという報告をボクは受けていないのだ。知ったのは、たまたま妹がこの絵が出展された展示会を見に行って、「こんなふうに飾ってあったよ」と送ってきた写真で、初めて知ったのだ。

もちろん、妹はこんな事情を知らないので、本当に何気なく気を効かせてくれただけなのだが、一番写ってはいけないものが写っていた次第で、この後もボクは、返却されるまで二分割された絵の現物を見ることはなかった。もちろん報告もなかった。

ここのくだりに関する判断は読者の皆様に委ねる。ボクの感想もひかえさせていただく。ただ知っていたとは言え、実物を見た時のショックはそれなりにある。まだショックから立ち直っていないのだが、日を改めて修復するつもりでいる。

というワケで今は安静療養中だ。というか、完全に鬱状態に突入してしまった。絵はお仕事以外では怖くて描けない。お仕事だって最初は相当怖かったのだが、いつものルーティンには入れた。その絵がどうなっているのか、今はまだ検証していない。見るのが怖すぎる。

「絵を描くしか能がない」人が、絵を描けなくなったらもうお終いである。相当キツいトラウマになってしまったが、取り返しがつかないのも事実で、余生はこのトラウマと付き合いながら、ということになってしまった。ホンマに間抜けな話やで……。

とにかく軟着陸に向けて(気持ちよく絵を描ききったことも含め)少し上昇志向になっていた気分は、カウンターを食らった形で叩きつけられたのだ。ダメージは…… まぁここも皆様の想像にお任せします。

上述したように、改めて封印をする作業は進めているのだが、とにかくかなり慎重且つ厳重に封印していたもんだから、これを元通り(イヤ、それ以上だな)に封印し直すのは並大抵のことではない。

かつて封印した時に味わった、別の苦痛も再現されるのだ。で、この苦痛は苦痛で封印していたのだが、作業の過程上避けて通れないものもある。

本当に唯一の救いは、奧さんと娘が安全地帯にいるということ。前にも書いたが、ボクは以前にやらかして大迷惑を掛けているのだ。あの大惨事の再現にならなかっただけマシだ。

無神論者ではあるのだが、「お祓いしてもらった方がいいのかもしれない」と本気で思い始めている自分に気がついて、驚愕してたりもする。

さて、メールの返事がないことを幸いに静観状態に突入しているが、いずれこちらからアクションを起こす必要があるだろう。

「何も言ってこないから」と、またアホな判断をする可能性は拭いきれない。ちなみに執筆時点で既に一か月経っているのだが、ウンともスンとも言ってこない。

話すのがイヤなら、メールの一本(それも「了解しました」の一言でいいのに)でも送付すればよさそうなものを、それすら出来ないとなるとこれはもう「ビジネスとして成り立っていない」と思わざるを得ない。もうしばらく放置しておくけど。

これ以上またアホなエネルギーを消費する気はない。筋だけは通しながら強行突破するつもりである。ちなみにこの後のことがここで語られることはない。色々、問題がありすぎるので公開する気には当然なれない。

普段は話を相当盛っているのだが、このシリーズ(?)に関しては、相当削りながら書いている。それでも編集長の手を相当患わせているのも事実だ。

というワケで、この「創作もどき事件」は終了である。次回からは、できれば確実に笑いが取れる方にいきたいのだが、予定は未定なのであまり期待はしないで下さい。


■はぐれDEATH[87]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈外伝〉
https://bn.dgcr.com/archives/20191025110100.html


■はぐれDEATH[86]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その4〉
https://bn.dgcr.com/archives/20191011110100.html


■はぐれDEATH[85]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その3〉
https://bn.dgcr.com/archives/20190927110100.html


■はぐれDEATH[81]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その2〉
https://bn.dgcr.com/archives/20190705110000.html


■はぐれDEATH[79]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて
https://bn.dgcr.com/archives/20190621110000.html



【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
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編集後記(11/08)

●近所のショッピングパークには、書店があるのでよく行く。土日はアジア系が多く来る。1Fにはいちおう有名な自転車ショップがある。孫2号男子の通学用自転車がパンクしたので、その店に持ち込んだ。元自転車部のわたしが修理すべきだが、もはや工具も散逸したので不可能だ。店員は二人いて、一人は作業中で、フリーな店員がわたしに応じた。名前と電話番号を書けという。

へ? すぐ取りかかれば、パンク修理なんか10分もかからない筈。しかし、どこかで30分待てという。チューブを引き出して点検するけれど、パンクしてなくても860円ね、終わったら電話するから、ってな予想外に冷淡な対応。いや、言葉はもっとソフトだったけど。パンク修理にいくらかかるのか、それは言わないから、分からない。聞く気も失せたし。また出直すよ、と退散した。

わたしが常連の図書館のそばに、老夫婦がやっているだいぶうらぶれた自転車屋があるのを知っている。その店に持ち込んだ。わたしと同じか少し上に見えるご主人が、いま一台やっている最中だから、置いていって30分後に来てねというので、もちろん応じた。ご機嫌に時間をつぶせる施設といえば図書館だ。

てなわけで、30分後に店に戻った。パンク修理完了、キャットアイの丸型反射鏡も装着してくれていた。いまは法律でつけなければいけないんだって。合計で1000円、消費税なんていわない。反射鏡だって300円くらいするのだ。ありがたや。今後わが家系自転車は、何でもここに持ち込むことにした。(柴田)


●井上尚弥がドネアを下した!

/今更ながらのラグビーW杯ネタ。東大阪市花園ラグビー場に、アルゼンチン対トンガを見に行ったよ。

サッカーワールドカップの時は、長居競技場で二回観戦。そのどちらも外国同士の戦い。なので日本人はほとんどおらず、荒々しい感じの細マッチョな外国人だらけ。日本にいることを忘れたよ。フーリガン対策のため、競技場周辺のお店はシャッターを閉めて休業していた。

花園は長居の約半分のキャパ。電車の中にはアルゼンチンユニフォームを着た外国人が大勢いた。サッカーと違って陽気な雰囲気で、競技によってこんなに違うものなのかと思ったりした。肉厚な人、2m近くの巨人が目につく。続く。 (hammer.mule)