《ScanSnapメインでぜんぜんいいやって感じ》
■日々の泡[028]
1967年の五木寛之
【艶歌/五木寛之】
十河 進
■グラフィック薄氷大魔王[646]
本棚にフィギュアを置くスペースを空ける
吉井 宏
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■日々の泡[028]
1967年の五木寛之
【艶歌/五木寛之】
十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20200304110200.html
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1968年は、芦川いづみが藤竜也と結婚して引退した年である。松竹歌劇団にいた芦川いづみは川島雄三監督に見出され、18歳のときに松竹映画「東京マダムと大阪夫人」(1953年)でデビュー。2年後、日活に移籍した川島監督を追ったのか、日活と契約した。
戦後、遅れて制作を再開した日活は、裕次郎が登場するまでけっこう女性映画が多くて月丘夢路や南田洋子、芦川いづみなどの主演作品があった。芦川いづみは人気絶頂の頃の石原裕次郎の相手役も何度かつとめているが、日活ファン以外にはほとんど名を知られていなかった年下の男優を伴侶に選び引退した。
以来、彼女はまったく姿を現さない。テレビ出演で顔が売れ仕事も増えた藤竜也が、大島渚監督のハードコア作品「愛のコリーダ」に出演し、仕事がまったくこなくなった数年間も夫を支え、金婚式を越えて今も仲むつまじく暮らしているようだ。今年、85歳になる。
1968年、芦川いづみは3本の映画に出演した。すでにヒロインをつとめる年齢を過ぎたと思われたのか、「大幹部 無頼」も「わが命の唄 艶歌」も松原智恵子にヒロインを譲っている。
「大幹部 無頼」では、冒頭、人斬り五郎に救われる踊り子たちのリーダーとして登場し、後に赤線の娼婦となって五郎と再会する。しかし、五郎は彼女を相手に「無頼」シリーズを貫く重要な長ゼリフを口にする。
芦川いづみと藤竜也が共に出演している最後の作品は、五木寛之原作の「わが命の唄 艶歌」である。主人公のポップス系ディレクター津上を渡哲也が演じ、「艶歌の竜」こと艶歌一筋のベテラン・ディレクター高円寺竜三を芦田伸介が演じている。
原作では主人公の友人でルポライター露木が書いた、高円寺竜三のルポ記事が印象的に挿入されるのだが、映画版はそれを高円寺竜三を取材したドキュメントフィルムに変えてある。そのフィルム・ディレクター露木を藤竜也が演じていた。
原作における露木の比重は大きくて、短編だった「艶歌」が評判になり、五木寛之はその後、高円寺竜三を主人公にした長編を「海峡物語」「旅の終りに」と書き継いでいくことになるのだが、露木は高円寺のよき理解者であり、語り手として登場し続ける。
ちなみに芦田伸介は「艶歌の竜」こと高円寺竜三を当たり役とし、テレビ版の「艶歌」以降も「海峡物語」などで演じている。要するに、芦田伸介以外には演じられないキャラクターになってしまったのだ。その最初が日活映画「わが命の唄 艶歌」だった。
原作通り、ようやく津上の前に登場した高円寺竜三は録音スタジオのモニタールームのソファに競馬新聞を顔にかけて寝転び、何度めかの録音で「よし、できた」と体を起こす。横で聴いていた津上は、それぞれの録音の違いがわからない。
芦川いづみは最初の方で自殺する津上の恋人を演じ、後半で彼女の妹として松原智恵子が登場してくる。このふたりのヒロインは、原作では登場しないはずだ。短編の原作を90分ほどの映画にするために、いくつかのエピソードが加えられ、新しい登場人物が創作されたのだ。
脚色を担当したのは池上金男。名作「十三人の刺客」を書き、その頃は「無頼」シリーズの脚本を手がけていた。池上金男は、60歳を過ぎて池宮彰一郎の名前で「四十七人の刺客」を書き、時代小説家としてデビューする。
「わが命の唄 艶歌」が日活で公開されたとき、僕はタイトルが不満だった。「艶歌」だけでいいじゃないかと思ったのは、五木寛之の短編集(「さらばモスクワ愚連隊」だったと思う)の最後に配置されていた「艶歌」の読後感が強く残っていたからだった。
その前年、1967年の秋、高校2年生だった僕は「海を見ていたジョニー」というグッとくる表紙の本を書店で見つけた。黒を基調にしたカバーで、真ん中に小さくピアノを弾く人物が写っていた。
当時、僕は自分が単行本を買うことなど思いもしなかった。僕は文庫本か古本(懐かしの「高松ブックセンター」よ)しか買わなかった。僕は「海を見ていたジョニー」を少し立ち読みして棚に戻し、翌日、学校で新聞部のTにその本の話をした。
Tは「五木の小説は全部、徒労で終わるパターンばかりだ」と聞き慣れない言葉を口にし、その時点で新人作家・五木寛之の本をすべて読んでいると言った。Tの家庭は裕福なエリート家庭らしく、単行本など簡単に躊躇せず買ってしまうようだった。
何しろ、母親は県内唯一のデパート高松三越に車を運転して買い物にくる(当時、とても珍しいことだった)というし、父親は陸軍大学出身の超エリートで蒋介石の軍事顧問として台湾にいると聞いた。本人も香川大学付属小学校・中学校から高松高校というエリートコースを歩んでいた。
僕はTにすべての本を貸してもらった。「さらばモスクワ愚連隊」「蒼ざめた馬を見よ」「海を見ていたジョニー」「青年は荒野をめざす」の4冊である。1967年の一年間に、五木寛之はそれだけの本を出版したのだった。僕は夢中で読んだ。
そのときに読んだ短編の数々は、今も印象深く残っている。「海を見ていたジョニー」や「GIブルース」などジャズをテーマにした小説、「素敵な脅迫者の肖像」「CМ稼業」など広告業界や放送業界を舞台にした小説を読んだのは初めてだった。
僕はすべての本を手元に置いておきたくなり、Tに譲ってくれないかと頼んだ。「いいよ、もう読まないから」とTは答えた。そのとき、僕はいくら払ったか記憶にないが、少なくとも金は払った。
「五木なんて一度読めばいい。大江みたいに血を流して書いている作品を深く読み込まなきゃいけないんだ」とTがにべもなく言った五木寛之の作品は僕を魅了し、1968年に出版された「幻の女」「裸の町」「男だけの世界」「恋歌」「風に吹かれて」は、すべて単行本を待ちかねて買った。
ちなみに「わが命の唄 艶歌」の主人公を演じた渡哲也は、「海を見ていたジョニー」という歌を歌っている。とても好きな歌で、ときどき僕は口ずさむ。作詞は五木寛之である。作家になる前にCM音楽の作詞をしていた五木寛之は、作家になってからも多くの作詞を手がけている。「旅の終りに」「愛の水中花」など、ヒット曲もいくつかある。
【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
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■グラフィック薄氷大魔王[646]
本棚にフィギュアを置くスペースを空ける
吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20200304110100.html
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2年以上も作り放題してきたフィギュアの、置き場所がなくなってきた。3×5=15マスの本棚を何コマか空ければ、いくつか置けるぞ……。
あらためて本棚を観察してみた。現在の本棚の内容内訳↓
2008年の本の大処分、2011年からの書籍自炊を経て、部屋や廊下を埋め尽くしていた書籍はすでに4マス分まで減ってる。
残り11マスの大半は、処分できない掲載誌や印刷物のストック、書類やスケッチなどの箱、ポートフォリオやページ保存などのクリアブック、イラストのプリントの束、筆記用具やスプレー缶など。11冊もある未スキャンのクリアブックをどうしよう? 問題も残ってる。
スキャン・選別して残す分を段ボールに詰め込んで、トランクルームに運んでしまえば、軽く6マス分くらいは空きそう。そうすればフィギュアが置き放題w 同時に、フィギュアに占領されてる小さいデスク2台も空けられるわけだし。
で、2月1日からスキャン作業を始めた。スタートダッシュである程度片付けてしまおうってことで。ScanSnapとフラットベッドスキャナをフル回転。「控えとしてスキャンし、原本が残る場合はトランクルームへ」を原則とする。
●今回のScanSnap作業で新しくやってること
◯クリアブックそのまま「自炊」
中身の無数の印刷物、従来はスキャンしたら画像として保存してたけど、数が多くなってくるとわけがわからない。ファイル名をつけるのも大仕事。
なので、基本、クリアブックに入れてあるそのままでPDF化することにした。順番や整理を考えなくて済む。
また、過去にスキャン済みの番号付き画像もAcrobatでPDF化。何百枚何千枚の画像が、数十個のPDFになって扱いやすくなる。
◯エクセレントモードで取り込んで縮小
スーパーファインモードの2倍の解像度のエクセレントモードでPDF化→300ppiで最適化保存すると、とてもキレイ。
今までも、モアレを軽減するためにエクセレントで読み込み、Photoshopでボカしてから縮小するのは画像でScanSnapする際にやってたけど、PDFの場合も有効。ボカシの工程が入らないので、少々モアレっぽさは残るけど、シャープできれい。
スーパーファインモードに比べての、縦横の比率の正確さは先日確認済み。画像が必要なときは、Acrobatから300ppiで画像書き出しすればいい。PDFと画像を別々に二重に保存しなくてよくなった。
◯白い紙をしおりとして挟む
複数ページの記事をいくつもいっぺんに読み込むと、どこが切れ目かわからなくなる →白い紙を挟んでスキャン。後でAcrobatで不要なページを削除したり注釈を加えるなど編集するとき、サムネールがめちゃくちゃわかりやすくなった。
ScanSnapの操作画面に、「白紙を1枚追加」ってボタンがあれば便利だろうな(片面モードで1枚、両面モードでは2枚みたいに)。
◯最終保存解像度を変更
Acrobatで最終的に保存するとき、「最適化してPDFを保存」のとき、閲覧用になるべく軽くするため180ppiに縮小してた。主に、書籍自炊したPDFをiPadに大量(千数百冊)に保存するのに都合がいいから。スーパーファインモードの300ppiでは容量を食いすぎる。
300ppiのPDFを見ると、そりゃもう180ppiよりだんぜん画質がいいに決まってる。作品集なんかを自炊する場合、間をとって240ppiで保存することにした。
あと、今までの書籍自炊の途中段階ファイル=「300ppiで取り込んで最終保存する前のPDF」は、BD-Rに保存してあるので、そのうち画質が重要なものは240ppiで保存しなおそう。
●スキャン作業が一段落
約2週間で主なスキャン作業は終了。フィギュアのために空けられたのは4マスにすぎなかった。あと1〜2マス空けるには「もう一段階上の決断」が必要。単にトランクルームに移動するだけなら簡単だけど、「原本と控え」の原則はできるだけ守りたい。
雑多な印刷物などで、スキャン済みがけっこう多かったのが想定外。2005年に集中スキャンして以降、意外とまめにスキャンしてきたようだ。画質は今回スキャンしたものと変わらない。
●フラットベッドスキャナの地位
フラットベッドスキャナの地位が下がりつつある。エクセレントモードのScanSnapのすごさ。ペラの紙でなきゃ通らない弱点はあるものの、光のムラはないし、とにかく速いし、PDFになって扱いやすいし。
ScanSnapメインでぜんぜんいいやって感じ。
【吉井 宏/イラストレーター】
HP http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/
スキャン作業が済んでも、画像やPDFの整理はほとんど手付かず。まあ今年中に片付けばいいや。
80年代後半の、デザイン事務所時代のイラストが載った古〜い印刷物なんかをスキャンしてるとき、たまたま、カイリー・ミノーグのファーストアルバムをBGMにしてて、衝撃を受けた。
「どちらも88年頃! 当時のイラストは笑っちゃうほど古いのに、カイリーの歌声も楽曲は今も瑞々しい!」って。
あと、本棚を整理してたら、少なくとも6年以上行方不明だった30cm定規が出てきたw
○吉井宏デザインのスワロフスキー
・三猿 Three Wise Monkeys
https://bit.ly/2LYOX8X
・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV
・SCS ペンギンの赤ちゃん PICCO
https://bit.ly/2JStbC4
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編集後記(03/04)
●偏屈BOOK案内:渡邊大門「本能寺の変に謎はあるのか?」
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」のせいで、明智光秀便乗本が出るわ出るわ。そんなアホな〜から難解過ぎるものまで、硬軟さまざま。図書館にあったいくつかをざっと眺めたが、歴史学者・渡邊大門のこの本、副題が「史料から読み解く、光秀・謀反の真相」が、今のところ一番正しい歴史研究姿勢だと思った。
それは、良質な史料に基づき、これまでの先行研究を参照しつつ、過去の歴史を実証することである。資料的根拠がない場合は、単なる想像に過ぎない。史料にもいろいろあって、一次史料が古文書・古記録といった同時代史料であるのに対して、二次史料は後世に編纂された史料をいう。たとえば、軍記物語、地誌、家譜、系図、覚書などである。用いる際には慎重でなければならない。
信憑性の高い二次史料であっても、一次史料を中心にして論を展開するのがセオリーである。信頼度の高い「信長公記」「吾妻鏡」なども二次史料だ。昨今、内容が過激で魅力的な新説が話題を呼ぶが、ほとんどがデタラメである。史料を読めない人が書いた本はダメ、読んだふりもダメ、都合のいい解釈や誤独もダメ、自説を有利にするための史料の取捨選択もダメというより妄想だ。
「史料を読めないのは論外として、自分に都合のよい史料や研究論文に基づき、自分の都合のよいように史料解釈したり、誤独したりして、自説に有利になるように思い込みや想像で論理の飛躍を重ねた本は、歴史研究に限らずまったく話にならないということである。そういう場合、『結論ありき』で話を進めていることが大半である」。これが学問の態度だが、殆どの光秀モノは別物だ。
いろいろな説が。主なものに、怨恨説、不安説、野望説、足利義昭黒幕説、朝廷黒幕説、四国政策説などがあるが、その他にも信長非道阻止説、イエズス会黒幕説、本願寺黒幕説など続々出てきて興味深い。もちろん、光秀単独犯説もあり、わたしはこれが正しいと思う。「愛宕百韻」の解釈も色々あって面白い。
発句 ときは今 あめが下なる 五月かな 光秀 (脇句、第三は略)
これが毛利氏討伐の出陣連歌であると同時に、土岐氏の栄枯盛衰を重ねたもので、光秀による土岐氏再興への激励であるという説。連歌という文芸に暗号のようなメッセージを託すなんてありえない。結論ありき、我田引水の説が多すぎる。筆者は数々の黒幕説が、史料の拡大解釈や論理の飛躍で成立しており、とうてい従うことはできないと断じた。では筆者はどういう意見なのか。
光秀単独犯説をとる。光秀は何らかの方法で、信長が本能寺にわずかな手勢でいるという情報を得た。そこで、一か八かという賭けに出た。自らが直接手を下し、信長を殺害することで活路を開こうとした。だが、光秀には政権構想や将来的な展望がなかった。黒幕がいて計画的に実行された、というものではない。本能寺の変の後の光秀のあたふた、右往左往ぶりからそれがわかる。
現在残っている史料(とくに二次史料)からは、さまざまな黒幕や陰謀説を証明することができない。「一次史料をみる限りでは、光秀の突発性ばかりがうかがえ計画性は見られない。したがって、現時点では光秀の単独的な犯行と考えざるを得ず、それが妥当であると考える」が結論である。納得。(柴田)
渡邊大門「本能寺の変に謎はあるのか? 史料から読み解く 光秀・謀反の真相」2019 晶文社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794971664/dgcrcom-22/
●火事続き。部屋から見上げた時に出ていた煙は、ほとんどおさまっていて、消防隊員らが中を照らしているのであろう光が、窓の中からチラチラと見える。
消火栓にはホースがつながっていたが、どう考えても火災現場には届かないのになぁと思ったりした。火の粉が落ちてきた時にでも使うのだろうか。
3mほど先にテーブルが置かれていることに気づいた。背中に「指揮」と大きく書かれてあるワッペン、他の人と違うオレンジ色の上着と赤い腕章の人がいた。
それまで眠気もあって、ぼーっとしていたのだが、「指揮」の文字に目が覚めた。うぉー、かっこいい。テーブルの上が気になって仕方がなくなった。どう指揮しているのだろう、テーブルの上には何が書いてあるのだろう。 (hammer.mule)