[4993] 松田政男さん追悼
── 薔薇と無名者◇Adobe AeroとQuickTime Player ──

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《「きみは、まだ二十七なんだろ。これからだぞ」》

■日々の泡[031]
 松田政男さん追悼
 【松田政男/薔薇と無名者】
 十河 進

■グラフィック薄氷大魔王[652]
 Adobe AeroとQuickTime Player
 吉井 宏
 



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■日々の泡[031]
松田政男さん追悼
【松田政男/薔薇と無名者】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20200415110200.html

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松田政男さんの「薔薇と無名者」を買ったときのことは、五十年が過ぎた今も鮮明に憶えている。上京して初めて買った映画評論集だった。高校生のときに、古本市で小川徹さんの「橋の思想を爆破せよ」という映画評論集を初めて買ったので、松田さんの「薔薇と無名者」は僕が買った二冊目の映画評論集になる。版元は芳賀書店だったと思う。後にエッチな本で有名になる神保町に店がある芳賀書店だが、昔から映画関係の本を出していた。

一九七〇年の初夏のことだった。僕は上京し、ひとりで浪人生活を送っていた。予備校が早稲田にあったので、池袋駅で乗り換えて赤羽線でひと駅めの板橋駅から歩いて五分ほどの滝野川の安アパートに住んでいた。四畳半ひと間だけで炊事場も便所も共同だった。板橋駅の東口へ出ると、目の前に近藤勇を祀った廟がある。確か、近藤勇は流山で捕らえられ板橋で首をはねられたはずなので、その刑場跡なのかもしれない。

僕のアパートはその廟の横を抜けて明治通りの方へ向かうのだが、廟の前の道を北に上ると突き当たりに映画館があった。僕の記憶では「人生坐」という名前だったはずなのだけれど、後に池袋文芸坐のS支配人に話を聞いたときに「それは弁天坐でしょう」と言われた。初めていったときには松本俊夫の(というよりピーターの)「薔薇の葬列」(1969年)と大島渚の「絞死刑」(1968年)を上映していたが滝野川で僕が暮らすようになって三ヶ月ほどで閉館した。

その映画館の前の道を東へ十メートルほどいったところに古本屋があった。僕は毎日のように、その古本屋を覗いたものだった。アパートを出て銭湯へいき、滝野川商店街をブラブラして古本屋を覗き、最終上映の映画を見るなんて理想の生活をしていた。その映画館では、四国高松にいたらとても見られないアートシアターギルド(ATG)作品を百円で見ることができたのである。

その古本屋では清水昶さんの詩集「少年」や松田政男さんの「薔薇と無名者」を買った。古本とはいえ、どちらもけっこう高くて何度も躊躇したものだ。何しろ僕は本当に貧しくて、映画を見るために昼食を抜いていた。身長は今と変わらず一七〇だったが、体重は五〇キロを切っていた。ウエストは六十八センチ。今からは想像できないほど痩せていた。

何度も躊躇して買ったのだが、「薔薇と無名者」は僕に新しい世界を教えてくれた。映画を思想的に見る視点である。その本の中で松田さんは、自分のことを「失業革命家」と称していた。「職業革命家」という言葉は僕も知っていたが、「失業革命家」と自称する姿勢(そこには自虐的なニュアンスはなかった)に僕は何か割り切れないものを感じたものだった。

後に、松田さんが若い頃に共産党に入党し、山村工作隊に参加していたという噂を聞いた。共産党が武力革命路線を提唱し、それを信じて全国の農村をベースに革命をめざした若者のひとりだったのだろう。世代的には、大島渚と近かったのかもしれない。京都大学で大島渚と同学年だった戸浦六宏は、共産党に二度入党し三度脱退したという。大島の処女作を批判し、「だったら出てみろ」と言われて二作目に出演し、以降、ほとんどの大島作品に出演した。

「薔薇と無名者」を読んで、僕は松田政男さんが大島渚監督の「絞死刑」に出ていた検察事務官だったと知った。その少し前に僕は「絞死刑」を、大島渚作品としては珍しく面白く見たのだった。低予算の映画らしくセットにほとんど金をかけず、出演者も絞り込んでいた。大島一家である戸浦六宏、小松方正、小山明子などの他、松田政男さんのような役者ではない人を出演させていた。

松田政男さんに初めて紹介されたのは、出版社に勤め始めて数年後のことだと思う。八ミリ専門誌「小型映画」編集部に、映画関係者に広い人脈を持つHさんという女性がいた。僕は隣の編集部にいたのだが、映画好きということで何かと誘ってもらうことが多く、ある夜、新宿ゴールデン街の「銀河系」でH女史に松田さんを紹介されたのである。その後も「銀河系」ではいろんな人と出会ったものだ。

H女史と松田さんはかなり親しいらしく、その後も僕は何度か「銀河系」で一緒に飲むことになった。僕は「薔薇と無名者」を買ったことを話し、明け方まで飲み続けるようなこともあった。松田さんはH女史の紹介で自主映画作品をよく見るようになり、その世界に詳しい映画評論家になった。その関係で、「ぴあフィルムフェスティバル」の草創期から応募作品を全部見る下審査のようなことをしていた。

あれは、一九七九年の初夏のことだったと思う。まだ猿楽町にあった「ぴあ」の上映室で遅くまで松田さんと一緒に応募作品を見て、そのまま新宿へ飲みに出た。明け方まで飲み続け、夜明け頃に靖国通り沿いの中華料理店に入り、丸テーブルを囲んだ。松田さんとH女史、僕、他にも誰かがいたと思う。お腹を空かしていた僕はけっこう食べたが、すっかり松田さんにごちそうになってしまった。

明るくなった新宿東口駅前で、僕はジャン・マイケル・ヴィンセント、ウィリアム・カット、ゲーリー・ビジーの三人がサーフボードを抱えている映画の看板を見た。「ビッグ・ウェンズデー」である。「俺には、きっと一生『ビッグ・ウェンズデー』なんてこないんだろうなあ」と僕はつぶやき、「きみは、まだ二十七なんだろ。これからだぞ」と松田さんに言われた。あれから四十一年の月日が流れ、三月二十日の新聞の訃報欄に、僕は松田さんの名前を見つけた。

松田政男(まつだ・まさお=映画評論家)

17日午後8時15分、肺炎のため埼玉県戸田市の病院で死去。87歳。東京都出身。葬儀・告別式は故人の遺志で行わない。しのぶ会を後日開催する予定。出版社で埴谷雄高や吉本隆明らの著書を編集。「テロルの回路」「風景の死滅」などの著書を残した。


【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
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「映画がなければ生きていけない」シリーズ全6巻発売中
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■グラフィック薄氷大魔王[652]
Adobe AeroとQuickTime Player

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20200415110100.html

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●Adobe Aeroを使ったARのテスト

拡張現実、スマホやタブレットのカメラ越しの風景にキャラがいたりするアレ。iPadアプリ「Adobe Aero」で作るARが、昨年クリスマス頃に一部で盛り上がってたのを思い出し、ちょっと試してみた。プレビューを撮影。


3Dモデルをインポートして、配置するだけなら超カンタンだった。光沢等はどのタイミングで調整するのか不明。ブロッコリーはテクスチャベイクしたけど、パッと見あんまり効果ない。3つ入りのは12年前くらいのTDWキャラ。

Modoからエクスポートし、Aeroで読み込む。「OBJとテクスチャJPGを入れたフォルダをZIP圧縮したファイル」だとすんなり読み込める。「GLTF形式」だと読み込みにたびたび失敗する。配置に成功した書類を閉じた後で再び開くとテクスチャが消えて白くなったりもする。不安定なのかな?

編集画面では、モデルを突っつくと回転したりジャンプするなど、簡単なアクションを組み込める。モーションをつけたモデルを読み込んだりとかもできそうな気がするけど、そこまではやってない。

Aeroファイルを共有して他のスマホ等のAeroに読み込むと、インタラクティブなARが楽しめるはず。iPad ProからiPhoneに読み込んで、ちゃんと動くところまでは確認した(形状が一部壊れたり、テクスチャがずれたりすることがあるのは、やはり不安定?)

で、iPadやiPhoneの画面を通して、キャラが実在するように見えた瞬間は面白いけど、一瞬で飽きるw VRならもうちょっと楽しめる時間は長いだろうけど、やっぱ飽きるだろうなあ。

実在するように見えるキャラで何をするか? って、ゲームか絵本的なものか、そこまで踏み込むかどうかは未定。

ところで、Aeroで使った12年前のTDWキャラの構造。ローポリぶりに自分で驚いたw 目は作り込んでなくてペイントだし。
http://www.yoshii.com/dgcr/1651lowpoly

ペイント目、そのうち復活させよう。自由度が高いからいろんな形にできるし、ポリゴン作り込んだのとそんなに見た目変わらないし。

●Mac標準機能で簡易動画編集

ARの動画、撮りっぱなしじゃ長い。不要な部分を削除したいけど、動画編集ソフト開くの面倒だなあ。QuickTime 7 Proなら簡単にできたのに。と思いつつ、QuickLook画面上に編集ボタンらしきものがあるのに気づき、押してみたら、トリミングできる〜! 便利!
http://www.yoshii.com/dgcr/quicklook-henshu1

QuickLookでこんなことができちゃうなら、もしかしてQuickTime Playerにも編集機能があるんじゃないか? と調べたら、やっぱあった! トリミングはもちろん、別動画を結合もできる。あと、イメージシーケンスを読み込んで動画にもできる。

QT7が廃止されたときに、現QTPlayerじゃ何にもできない! とか思い込んだのは何だったんだ? だいたいのことできちゃう。


【吉井 宏/イラストレーター】
HP  http://www.yoshii.com

Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/


この機会にいろいろ一気に片付けたい! とか思っても、結局引きこもりは普段どおりだから、普段以上にはかどるわけではないのであった。

ニュースなんかで「外出できずストレスが溜まってると思いますが」。視聴者が「そうか、ストレス溜まって当然なのか」って思わされる可能性。逆に「おうちにいるのは楽しいですよね♪」のほうがいいよ。

○吉井宏デザインのスワロフスキー

・三猿 Three Wise Monkeys
https://bit.ly/2LYOX8X


・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV


・SCS ペンギンの赤ちゃん PICCO
https://bit.ly/2JStbC4



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編集後記(04/15)

●わたしの大好きな解剖学者・養老孟司先生(82)に、読売の編集委員がインタビュー。「コロナも多様性の一つ」というタイトルはいかにも新聞屋らしい安易な表現だが、ちゃんと先生の発言にあった。同じウイルスに感染しても体質や遺伝的に亡くなる人もいれば、元気な人もいる。それが生物の多様性だ。

編集委員は「よく多様性の尊重が叫ばれますが、それは簡単なことではないですね」と気の利いたことを言ったつもりだろうが、「そもそも生物が色々あることを、多様性の一言ですますのがおかしいし、人間には都合がよくない新型コロナも多様性の一つ。登場してしまったからには、共存するしかない。だって自分の一部ですから」と返される。「自分の一部?」と編集委員は聞く。

先生は「田んぼだって自分ですよ」とヘンなことを言う。困った編集委員は、「どうしたらよいか」と聞く。わたしも聞きたかった。「(略)頭で考えたシステムでなんとかなると思わないほうがいい」って、インタビュー投げ出したくなるね。「武漢は感染者がゼロになっていなければ、再び広がる可能性はある。ゼロになったかは神さまじゃないとわからない」そりゃあそうですが。

「ただ、世の中も自然も、思うにまかせぬものですから、起こったことはしょうがない。その結果をいかに利用し、生き方を見直すかで先行きは違ってくる。日本の敗戦経験とおなじだよ」って、コロナがテーマでなにを語っているのだ、養老先生。ええい、もういいや、最後まで先生のお話をお聞きしましょう。

「稲を丁寧に育てれば秋には収穫があるでしょう。それと同じで、まずは身のまわりにある自然を手入れして、住みやすい社会をつくることから始めたらどうでしょう」でおしまい。コロナウイルスの感染者が日毎に増加してるときに、なにとも呑気なことおっしゃる。この人に尋ねれば抑える手だてを教えてくれると読んだ、新聞屋の失敗だろう。コロナはずではなかったと私もがっかり。

同じ解説面で編集委員の芥川喜好の「時の余白に」という評論がある。コロナの字はないが、少しだけ病原体について触れている。「『持病』のある『高齢者』としては、とりあえず人混みに出るのは避けて、本読みに専念するほかはありません。これは『自粛』などということではない。出されている情報から状況を察して、その時々で自分の身の置き方を考える。リスクのありそうなことは、やめておく。ただそれだけの自分の判断です」正しいご意見だ。(柴田)


●体温計やボタン電池も品薄みたい。スーパーのチラシはなくなった。いつも同じ人が並んでいるドラッグストアは、開店直後にマスク販売をしない旨の張り紙をしたら、列がなくなった。

近所のドラッグストア併設スーパーは、入口横に掲示板を設けた。そこにはマスクや除菌スプレー、除菌ジェル、体温計、トイレットペーパーなどの項目があり、「入荷予定なし」「在庫あり」「〜にあり。一人一個まで」「簡易体温計のみ。僅少」などと書いてある。

アルコール除菌ジェルの在庫があることを知ったので、迷った挙げ句、買ったことは買ったのだが、外出自粛しているし、あんまり使うことなさそうだなぁと思ったりした。そっか、だから在庫があったのね。(hammer.mule)