伊豆高原へいらっしゃい 作品作りのBGMと癒しの世界/松林あつし

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僕はデジタルイラストという分野で仕事をしております。3Dソフトを使って立体的なキャラクターを制作したり、ペンタブレットを使って平面的な手描き風作品を作ったり……どちらにしてもビジュアルで何かを表現するというスタンスは、絵画に通じるものがあります。僕が美大の絵画学科出身なので、よけいにそう思ってしまうのかも知れません。

突然ですが、皆さんは絵を見て音楽(サウンド)が頭の中に流れて来ますか?または音楽を聴いて頭の中に絵(ビジュアル)が浮かびますか? 同じ音楽であっても、それを聞いたときの心理状態によって感じ方は大きく変わると思うので、一概には言えませんね。しかし、昔から絵と音楽が密接な関係にあったことを思えば、何らかの法則がそこにあるような気がします。


特に絵画とクラッシック音楽やバロック音楽、または戯曲などはその関係性を表す良い例かもしれません。絵画には、それぞれの時代に生きた画家のアイデンティティを示すための「呼び名」があります。例えば、印象派、ロマン主義、象徴派、写実主義、キュビスムなどは近代美術を象徴する代表例ですが、それぞれの時代背景や文化的背景によって、対応する音楽も違ってくるはずです。

一つの例ですが、象徴派のベックリンという画家が描いた「死の島」
< http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=16553706 >
という作品群があります(象徴派は僕が最も好きな一派で、この作品も実物を見たことがありますが、印刷物では絶対に出ないような、深遠な色使いの作品でした)ラフマニノフやレーガーがこの作品に影響を受けた音楽を発表しています。

ムソルグスキー:展覧会の絵(ピアノ&オーケストラ版)その他有名なところでは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」はガルトマンの遺作展を題材としていたり、ドビュッシーの「海」は葛飾北斎の「神奈川沖波裏」に影響された作品だと言われていますし、他にも印象派の絵画から大きな影響を受けたとされています。

逆に、音楽から影響を受けて制作された絵画もあるでしょうし、文芸や演劇と大きく関わる絵画もあると思います。残念ながら、僕がクラッシック音楽や文芸に疎いので、それらを深く掘り下げて論ずることはできませんが、昔からある「表現方法の枠を乗り越えた交流」が今も受け継がれていると強く感じます。特に現代のアートは映像という新分野が加わり、あらゆる表現方法を融合させようとする試みが活発になっているのではないでしょうか。

現に作家の中には絵も描けて、音楽も作れて、映像表現ができて、プログラミングまでできる、というマルチアーチストがいます(羨ましい限りです)。僕にはとてもそのような才能はないので、せいぜい作品制作の時に聞くBGMを探すぐらいです。

でも、このBGM……結構作品に影響を与えたりすると感じませんか? 人によっては「作品の可能性に足かせをするようなものだ」と感じてBGMを使わない人もいるかもしれません。僕も特定の集中力を要する仕事の場合、音楽は非常にじゃまになるので、聞かない時もあります。しかし、自由な発想での作品作りにおいては、サウンドはそれを広げてくれるありがたい存在です。

僕が良く聴く音楽のジャンルとしては、インストゥルメンタル、ワールド、ニューエイジなどと呼ばれる分野が多いです。俗に言う「癒し系」と呼ばれています。しかし、僕はこの「癒し系音楽」という言い方が好きではありません。

なぜなら、音楽は作る者、演ずる者、聴く者がいて、それぞれがそのサウンドで幸せになるためにあると思っているので、たとえそれがヘヴィメタであっても、聴く人間によってはそれが「癒し」となるのです。つまり、音楽そのものが「癒し」なのに、わざわざ癒し系という分野を作る意味がわかりません。

まあ、それがどのような分野の音楽であれ、そこからインスパイアされて自分の作品に影響を与える、ということはよくあります。

しかし、その音楽が絵画や映像と一体となってメディアで使われた時、自由なイマジネーションで捉えられていたサウンドが、急激にその映像の世界の囚われの身となります。音楽がビジュアルの世界観に染まってしうまうのです。これは、良いことでもあり、残念なことでもあります。

ピアノピース 坂本龍一 「Asience-fast Piano/Yamazaki 2002/他2曲」 (ピアノ・ピース)その最も分りやすい例として、サウンドトラックやCMサウンドがあります。坂本龍一の「Asience-fast piano」を聴くと、花王のCMに登場するチャン・ツィイーが頭に浮かぶし、久石譲の「風の通り道」を聴くと、サツキとメイの家から引っ越しする「まっくろくろすけ」しか出てこないし、宇多田ヒカルの「光」を聴くと「キングダム・ハーツ」のエンディングへフラッシュバックする、といった具合です。

これは、先ほどの「音楽が放つ自由なイマジネーション」を阻害している例だと思うのですが、ある意味しかたのないことでもあります。なので、僕の場合、気に入った曲があるとそれを映画やCMのイメージから引きはがし、無理矢理自分の世界へと持ってくるのです。

今僕がとても気に入っているアーチストで、「ヘイリー」という女性ボーカリストがいます。ニュージーランド出身のオペラ系の歌手で、弱冠二十歳です。昨年まで「ケルティック・ウーマン」の世界ツアーに参加していました。日本ではブルボン「ボイセンベリークッキー」のCMソングで有名になりました(ニュージーランド産のボイセンベリーを乗せた甘酸っぱいクッキーで、よく買っていたのですが、最近は近所のスーパーで見かけなくなりました)。このCMソングである「サマー・レイン」はすごく良い曲なのに、やはり音楽を聴くとクッキーしか頭に浮かばないのです。

ニュー・ジャーニー~新しい旅立ち~このような、商品や特定の映画のイメージが色濃いサウンドを自分の世界に引っ張ってくる近道としては、本人が歌う姿を見るのが良いのではないでしょうか。実は先日ケルティック・ウーマンのDVDを買ったのですが、その中で歌うヘイリーを見て、一気にCMのイメージが吹っ飛んだのです。

例の「サマー・レイン」はプログラムに入っていませんでしたが、それでも映像を見ることによって、CDを聴いても本人の歌う姿を強くイメージできるようになりました。本人のイメージさえ定着すれば、あとはその音楽を自分のイマジネーションで自由に引っ張ってくることができます。(ヘイリーの歌声、是非聴いてみてください。鳥肌ものです)
< http://www.universal-music.co.jp/classics/hayley_westenra/ >

ケルティック・ウーマンやヘイリー以外で作品制作時に聴く音楽としては、シークレット・ガーデン、エンヤ、フェイ・ウォン、久石譲、姫神、平原綾香などですね。

しかし、先ほども書いたとおり、僕の場合それらの音楽が直接作品に影響してしまわないよう気をつけています。ただ唯一、この作品だけは、平原綾香の「明日」という曲が頭の中をぐるぐる回っていた時に作った作品ですが……
< http://www.asahi-net.or.jp/%7Eqm5a-mtby/atsushix/art/art_touch_001.html >

僕の他の作品が、BGMからどれほど影響を受けているかは定かではありませんが、結果として考えれば、音楽に依存しすぎる制作環境は危険だ……と感じています。サウンドからインスパイアされることに快感を覚えると、音楽に作風が左右されてしまう、ひとりよがりの作品になりがちなどの弊害に気がつくのが遅れてしまう可能性もあります。

E.T.(完全版)事実、僕が学生時代に一番最初に影響を受けた音楽である「E.T.」のサウンドトラックをイメージして作った油絵は惨憺たるものでしたし、その後、この業界で作品を作るようになっても、ずっと特定の音楽に傾倒した結果、表現したいものと表現しなければならないものとのギャップが、どんどん広がってしまいました。

結論としては、昔の印象派の音楽と絵画がお互い影響し合ったような、歴史的な芸術の流れに乗るのでなければ、音楽というものをあくまで自分の「癒し」と位置づけて、BGMと割り切って付き合う方が良いということでしょうか。

先ほどニューエイジ系サウンドが好きだと書きましたが、実はJ-Popなども結構好きで聴きます。とりわけ、BoA、宇多田ヒカル、倉木麻衣などはほとんどすべての曲を持っています。

伊豆高原へ引っ越して来る前は、レンタルCDを利用することがが多かったのですが、ここに来てからレンタルビデオ屋(ツタヤ)まで結構距離があるので、iTunes Storeから購入することが多くなりました。それにしても、日本のダウンロード販売は高いですね。原価そのものはほとんどゼロなのに、1曲200円ですか〜。

【まつばやし・あつし】pine2656@art.email.ne.jp
イラストレーター・CGクリエーター
< http://www.atsushi-m.com/ >

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ベックリーン「死の島」―自己の英雄視と西洋文化の最後の調べ (作品とコンテクスト)
フランツ ツェルガー Franz Zelger 高阪 一治
三元社 1998-05
おすすめ平均 star
star歴史意識の強い良シリーズ



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プレイヤー~祈りのピュア・ヴォイス
ヘイリー ヘイリー featuring ヘルムート・ロッティ ヴィットリオ・グリゴーロ
UNIVERSAL CLASSICS(P)(M) 2007-10-31

Treasure~私の宝物 アメイジング・グレイス~ベスト・オブ・ヘイリー クリスタル~クラシカル・フェイヴァリッツ ピュア オデッセイ

曲名リスト

by G-Tools , 2008/02/28