「注文の多い写真館」をなぜ始めようと思ったのか──誰でも“特別な自分”の写真が欲しい
── 所 幸則 ──

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僕自身が家族の行事、七五三や、証明写真が必要なときに、うちの近所の渋谷ではうまいといわれている写真館にここ10何年ほど行ってたのですが、一度も気に入った写真を撮ってもらったことがないんだよなー。どうしてもクオリティの面で、ちょっとがっかりしてしまうことが多いのです。

撮影されていてに気になったのが、まずポーズ。人にはそれぞれ個性があるはずなのに、ほぼ他の見本の写真とおなじポーズを求められます。様式美、形式美という意味はわかるけれど、みんな統一された不自然なポーズに違和感を覚えずにいられません。

次にライティング。写真を撮る人ならわかると思いますが、少なくとも僕はポートレートを撮るときにいつも、ライティングは顔のかたちや服装によって変えるべきだと考えています。細かくいえば、レンズの選択も人によって変えるべきでしょうし。そんな僕の考えとはかけ離れて、ライティングもレンズもほぼ同一。もちろん、それが自分の写真の哲学だという写真館があるのもわかりますが。


だけど、どうしても納得いかないのがシャッターを切る回数。集合のポートレートでは中判のカメラを使う写真館が多いけど、12枚シャッター切れるフィルムを使いながら、なぜ6枚までしか切らない? 台紙代、プリント代、撮影代にはトータルで6〜7万かかるところだが、その額の中で考えるとフィルム代、現像代がそう影響すると思えない。

なぜそこまでシャッターを押すことを惜しむのか! せめて、気に入ったカットが撮れるまで続けてくれないのかと思ってしまいます。それがプロとしては当たり前だと思うんだけど(実際、僕フィルム持って来るんでせめて一本分撮ってもらえませんか、ってお願いしたことあります。断られましたが)。

せっかくの機材がそろったセットのなかで、目の前でプロのカメラマンが撮ってくれているんだけれど、無機質でどこか決まりきったやりとりは、プリクラや無人のインスタント写真ボックスと変わらない気がするのです。場所代や機材が高いだけ。

なによりも、フォトグラファーとしてのオーラが出ていない。最近、僕も時々思うのです。被写体から、普通に見ただけでは見えてこない魅力を引き出す力を持ったフォトグラファーは、日本に何人いるんだろう。95%以上の確率でそれが出来る、そういうフォトグラファーのことです。そうはいない。写真館のなかにも何人いるんだろう。日本も広いからいるのかもしれないけれど、僕がそう思えるレベルの人、いたら撮って欲しいんです。

最近増えている、新しいタイプのデジタルフォトスタジオみたいなところや、知り合いが撮ってもらったという旅行先での安いパック(10分で撮影、30分後に仕上がり)なんかで、お肌ツルツルな美しい自分を演出してくれるといいいます。でも、もはや本人とはまったく違うというほど、デジタルで整形しまくった写真が上ってきている(最近の一部ファッション誌でもそんな傾向は見られなくないけど)。

つるつるにするのを全否定するつもりはないんですよ。写真の全体のトーンとなじんでいれば。だけど、リアルな一枚の中に顔だけが奇妙に見えるので、全体に安っぽく感じられる。実際、韓国のそういうのはかなり安いみたいだけど。

本人はそれで満足しちゃうのかな。どうも高いプリクラという印象しかなく、ひとりの人間のかっこい表情を光の当てかたや、アングルによって追求したハイクオリティな写真とはほど遠い。

僕は、「ドマーニ」や「ナンバー」「エスクワイア」それから音楽雑誌などで、有名人、職人、社長のポ−トレートなどたくさん撮る機会をもらってきました。最初に被写体に会って挨拶をかわしたときの印象から、撮影に入り、シャッターを切る間、つねによいアングル、よい光、よい表情を見つけようと考えます。たとえ限られた撮影時間(最短10分なんてことも)であっても、工夫次第でかっこいい写真は撮れると思っています。

その結果、まわりのスタッフはじめ、被写体本人も非常にかっこいいと言ってくれるような写真が仕上がっています。実際、僕の撮った写真は媒体に関係なく、たとえ20年前のものでも、いま見ても個展につかいたくなる作品がたくさん残っています。

僕自身は、まだそういうレベルの写真を“撮られた経験”は、残念ながらありません。普通の人が、腕のいいカメラマンに自分のよさを引き出してもらった写真を撮られることって、なかなかないのかな。誰でもそういう“特別な自分の写真”を、一枚は所有したいという希望はあると思うのだけれど。

ということで、フォトグラファーの腕によって一生の思い出になるような特別な写真を撮る、そういう写真館をつくってみようかなと思い、「注文の多い写真館」を始めました。いまのところ、豪華ではないけれど、ぼくの家の一階のアトリエです。ここではパソコンもミーティングもするけれど、奥に丸くなった白壁があり、下はスタジオと同じホリゾントです。もともといつでも作品撮りができるように、そうしていたのがよかったかな。

実は二年くらい前から、僕の写真のファンや知り合いに申し込まれて、少しずつプライベートなポートレートを撮る機会が増えてきています。僕のアトリエでの撮影が基本ですが、結婚式や、自分のお気に入りの場所で撮影して欲しいという希望もいくつかありました。

いろんな人に会って要望をきいていると、写真を撮られる理由ってほんといろいろだな〜って思います。被写体の性別、年齢、職業もさまざまです。いまの自分のためにっていうのはもちろん、ちいさい子供や両親のためにっていうパターンも意外と多いんですね。

被写体の望む理想のイメージに近づけるために、プロのヘアメイク、スタイリストがいたほうがいい場合もあり、よく作品撮りで組んでいるスタッフにも協力してもらっていますが、テンションがあがると、びっくりするほど輝いちゃう被写体も少なくありません。

実際、素人のひとたちでも「ナンバー」の表紙、女性であれば「流行通信」や「ドマーニ」、外国のファッション雑誌に載っているような、かっこいい写真は撮れると思います。望まれれば、僕にしかできないポップだったり、非現実的な写真の被写体になることができるでしょう。

著名人に会って写真を撮るということは、もちろん刺激的なことでいろんな驚きがあるのだけれども、「注文の多い写真館」の構想を考え始めた二年前くらいから、時々ふつうの人のポートレートを撮ってきてみて、僕は結局、写真をとることが本当に好きなんだなと実感していますね。

被写体の有名無名とは関係ないところで、はじめて会った人との距離が撮影によって、写真によって縮まってゆく楽しさも知りました。広告や雑誌の仕事でクライアントから誉められるのと同じくらい、被写体本人から仕上がりを喜んでくれる声が聞こえてくるのは、僕にとってとても心地よいものです。

撮られた人が10年20年、大切にしてくれるような特別な写真を“一緒に”作っていく、そういう空間にしていきたいと思っています。

【ところ・ゆきのり】
< http://www.tokoroyukinori.com/
>
注文の多い写真館
< http://www.tokoroyukinori.com/syasinkan/index.html
>

このテキストを書いてる途中に訃報が入ってきました。中学からの後輩でいいやつでした。心筋梗塞でした。まだ人生折り返し地点、頑張って生きて行くために一度ポートレートを撮ってほしいと言われていて、オシム監督の「ナンバー」みたいな渋いのがいいなあ、なんていってたのに。いつ四国から渋谷に来ようかと話した数日後の訃報でした。冗談で、変な写真しか持ってないから遺影にもつかえるしなあと言っていたのに、間に合わなかった。残念でならないです。人生ってわからない。生きてるうちに僕に人生最高の一枚を撮らせてください。

原宿のモグラというギャラリー&カフェで、MOGRA移転パーティーを4月26日(土)27日(日)の両日行います。そこに素人の友人達のポートレートや新作、少ないですが展示予定です。12時過ぎから24時まで。
< http://mogra-tokyo.jp/12/cat22/
>

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by G-Tools , 2008/04/24