[2658] 日曜日はいつも憂鬱だった

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<サラリーマンってやっぱ気楽な稼業かも>

■映画と夜と音楽と…[422]
 日曜日はいつも憂鬱だった
 十河 進

■Otakuワールドへようこそ![97]
 シンプルなケータイ、不機嫌な老婦人、英会話の効用
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■映画と夜と音楽と…[422]
日曜日はいつも憂鬱だった

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20090612140200.html >
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●「ああ、死んでしまいたい」と感傷に充ちた夜が更けていく

全編に流れる「暗い日曜日」の旋律が胸の奥の何かを掻き立てる。哀愁に充ちたマイナーなメロディが過ぎ去った過去を甦らせる。叶わなかった恋を、忘れてしまったはずの悲しい記憶を思い出させる。この世の儚さが今さらのように身に迫ってくる。ああ、死んでしまいたい、と感傷に充ちた夜が更けていく。

その曲を聴いて自殺者が続出したという。わかるような気がした。哀切で、感傷を呼びさます旋律は、失ってしまった何かを思い出させる。かつて自分が持っていて今は失ってしまったもの、かけがえのないもの、そんなものへの懐かしさがあふれ、喪失感に浸る。失ったものは戻ってはこない、という寂寥感が胸に広がる。遠くをぼんやり見つめる。訳もなく涙が流れる。

その旋律は、人々を捉えずにはおかなかった。僕も「自殺の聖歌」として、昔、タイトルを知った。1936年、ダミアがフランス語で歌ったので、ずっとシャンソンなのだと思っていた。1933年、ハンガリーのピアニストが作曲したことを、映画「暗い日曜日」(1999年)を見て初めて知った。もちろん、映画は全編にわたって「暗い日曜日」の旋律が流れる。

ブタペストの俯瞰から映画は始まるのだが、そこに写っている大きな河はドナウだろう。ドナウにかかる大きな橋が印象的だ。そのブタペストの古くからあるレストランに、VIP待遇のドイツ人実業家がドイツ大使に案内されてやってくるところから物語は始まる。

レストランの支配人が実業家を迎える。彼は80歳の誕生日を、この思い出のレストランで迎えようというのだ。実業家は「昔、このレストランのオーナーとは友人だった」と言う。「先代のサボーですね」と支配人が答える。テーブルについた実業家は、「あの曲を」とリクエストする。楽団が「暗い日曜日」を演奏する。

しかし、食事をしていた実業家が、突然、苦しそうに立ち上がる。心臓発作。床にくずおれた実業家を見ながら、支配人は「呪いだ。この女に捧げられた曲の呪いだ」と、ピアノの上に飾られた女性の写真を指さして言う。そこにはモノクロームの古い写真が飾られている。写っているのは、若く美しい女である。

よくある導入部のように、この映画も回想形式なのかと思わせるオープニングだが、回想する主体であろうと思われる人物がいきなり死んでしまうのが意表を突く。これからどんな回想が始まるのか、そして、最初に登場した実業家は過去の物語でどの人物に当たるのか、そんな謎が観客の興味を惹く。実業家の名前は伏せられている。回想形式を逆手にとったうまい語り口だ。

モノクロームの女性ポートレートがアップになり、物語は半世紀以上も遡る。写真の中の女性がカラーの世界で動き出す。溌剌とした美しい女性だ。レストランのオープン準備が進められている。「イロナ」と彼女を呼ぶのは、恋人のラズロ・サボーだ。彼らはピアニストの面接を始める。

年輩のピアニストの採用を決めた後、ひとりの痩せたみすぼらしい青年がピアニストに応募してくる。「もう決まった」というラズロに、イロナは「聴いてあげて」と頼み込む。青年のピアノは繊細でロマンチックだ。ふたりはすっかり気に入り、アンドラーシュというそのピアニストを雇うことにする。

●実際の「暗い日曜日」の作曲者も自殺したという伝説

イロナはレストランのスタッフ全員に愛されている。客もイロナを目当てにやってくる。だが、イロナにはラズロという恋人がいる。ラズロがユダヤ人であることが早い段階で観客に知らされる。ドイツでナチスが台頭している時代だ。ハンガリーのユダヤ人にどんな運命が待ち受けているのか、観客にはすでにラズロの運命が見えている。

イロナの誕生日。アンドラーシュは「僕にはあげるものが何もない」と言い、自作の曲を捧げる。「暗い日曜日」──美しく悲しい旋律である。そこには、アンドラーシュのイロナへの想いが込められていた。ラズロは、それに気付く。その日、イロナ目当てに通ってきていたドイツ人青年ハンスも誕生日で、イロナにプロポーズする。

イロナはハンスのプロポーズを相手にしない。彼女はアンドラーシュを愛していることに気付いたのだ。その夜、イロナはアンドラーシュを選び、彼の部屋へいく。残されたラズロは、失恋しドナウに飛び込んだハンスを助けて連れ帰る。美しい金髪の、いかにもアーリア人という外見のハンスは、ユダヤ人のラズロを「僕の生涯の友人」と呼ぶ。

ラズロは「きみを失うより、半分で我慢する」とイロナに訴え、イロナとアンドラーシュとラズロは「突然炎のごとく」(1961年)のジュールとジムとカトリーヌのような三角関係(昔は「聖三角形」などと言われた)を築く。イロナを真ん中にして両側に横たわるラズロとアンドラーシュの姿が象徴的だ。

ある夜、レストランにきたレコード会社の重役にラズロが「暗い日曜日」を売り込む。ラズロの交渉で印税率も高い契約が結ばれ、ラジオで流れた「暗い日曜日」は大ヒットする。だが、レストランに「暗い日曜日」を聴きにきた富豪の令嬢が帰宅して「暗い日曜日」のレコードを聴きながら自殺し、それを皮切りに何人かの自殺が続く。

アンドラーシュは自分の作った曲で人が死んだことにショックを受け、深く傷つく。また、彼はイロナに対してラズロのようには割り切れない。イロナもラズロも愛しているが、イロナがラズロと愛し合うことにこだわりがないと言えば嘘になる。彼は、ラズロとイロナが愛し合っている部屋の窓を見つめて一晩中、ラズロのアパートの前で膝を抱える。

そんな頃、ハンスがナチスの将校になってブタペストに戻ってくる。ハンスはレストランにナチスの制服で入ってくる。だが、ラズロへの友情は失っていない。しかし、「あの曲を弾け」とアンドラーシュに居丈高に命じる。アンドラーシュは反発する。彼の精神状態は限界にまできていたのだ。アンドラーシュはナチス将校のために「暗い日曜日」を弾き終えると、ハンスの銃で自殺する。

実際の「暗い日曜日」の作曲者も自殺したという。確かに「暗い日曜日」は死の伝説に彩られた曲なのだ。だからこそ魅力的であり、どこかロマンチックなのだろう。その伝説をベースにして、ドイツ映画「暗い日曜日」はロマネスクな物語を構築した。

●ナチス・ドイツがヨーロッパを絶望に導いた頃

ナチス・ドイツはヨーロッパを席巻した。ポーランド、ハンガリー、チェコ、オーストリアなど周辺諸国はもちろん、フランスも占領しイタリアとは同盟を結んだ。軟弱なイタリアがすぐに降伏しそうになると、ムッソリーニを救出しイタリアも支配下に置いた。フランスを占領しヴィシー政権を樹立。ドゴール率いるフランス軍はダンケルクから撤退する。

ヨーロッパ全域をほとんど手中にしたナチス・ドイツの敵は、ドーヴァー海峡を隔てたイングランドであり、北はソビエト連邦だった。そして、最大の敵はアメリカ合衆国だった。ナチス・ドイツのヨーロッパ支配は1939年から1945年まで、6年近くにわたって続いたのである。

僕らは1945年にナチス・ドイツが崩壊し、ヒトラーはエヴァ・ブラウンと共に毒をあおって死ぬことを知ってはいるが、当時の人々はいつまでナチス・ドイツの支配が続くかはわからなかった。たとえばナチス・ドイツが全盛を誇っていた1939年からの数年間、その支配下にあった人々はナチスの天下が永遠に続くと思えたかもしれない。

エルンスト・ルビッチ監督の伝説的名作「生きるべきか死ぬべきか」は、1942年の制作だ。またチャーリー・チャップリンの名作「独裁者」は1940年の作品である。どちらもナチス・ドイツとヒットラーを徹底的に批判し、コケにした映画だ。しかし、それらの映画はアメリカやイギリスなど、ナチスに占領されていない国でしか公開されなかった。

チャップリンの自伝によれば、当時はアメリカでもナチスの支持者は多くいて、「独裁者」は様々な批判を受けたという。制作中からナチス支持者による妨害があったし、ドイツとの関係を配慮する国家権力からの干渉もあった。特に最後の長い演説シーンについては、コミュニストの主張だという批判が巻き起こった。後にチャップリンが赤狩りに遭い、アメリカを追放される原因のひとつになった。

しかし、チャップリンもルビッチも同時代に徹底的にヒットラーを茶化す作品を残したことによって、どんな政治家やジャーナリストより見事な先見性を持っていたことを証明した。彼らはナチス・ドイツが隣国に攻め入る頃に、あるいは全盛期の頃にすでにその残虐性や全体主義、ゲシュタポによる暗黒支配を批判しているのである。だが、後年、チャップリンはこんなことを言っている。

──もしあのナチス強制収容所の実態を知っていたら、あるいは「独裁者」はできていなかったかもしれないし、またナチどもの殺人狂を笑いものにする勇気も出なかったかもしれない。

ハンガリーもナチス・ドイツの支配下になる。ブタペストのユダヤ人たちが収容所へと送られる。ラズロはハンスにユダヤ人たちが国外へ出ることの許可証発行を依頼し、ハンスは高額な謝礼と引き換えに国外退去の許可を与える。だが、それは実業家をめざすハンスの私腹を肥やすだけだった。国外退去の許可証を出してくれと言うラズロに「きみは僕がいる限り特別待遇にするよ」とハンスは確約する。

あの時代、ユダヤ人たちは強制収容所で行われていたことを知っていたのだろうか。ある日、ラズロが逮捕される。アウシュビッツへ送られるという。イロナはハンスのオフィスにいき「ラズロを助けて」と懇願する。ハンスは交換条件としてイロナにセックスを強要する。それは、かつてプロポーズを断ったイロナへの復讐なのだろうか。

後の人間である僕らは歴史としてのナチス・ドイツを知っている。彼らが強制収容所で何をしていたのか。彼らはいつ滅んだのか。だから、「暗い日曜日」の登場人物たちの運命について、強いサスペンスを感じてしまうのだ。いつか決定的に悲惨な運命になるのではないか、いつか殺されてしまうのではないか、そんなことを予感する。

「暗い日曜日」の主要な登場人物は4人。美しいイロナと、彼女を愛した3人の男たちである。ひとりは「暗い日曜日」を作曲し、自殺する。ひとりはユダヤ人で収容所に送られる。たったひとり生き残った男は、戦争中に蓄財しユダヤ人に恩を売り人脈を作る。戦後のドイツ復興の波に乗り、実業家として大成功をおさめる。

そして、現代、80歳の誕生日を思い出のレストランで祝うためにブタペストにやってくる、しかし…。「暗い日曜日」には、ある種のどんでん返しがある。最後の最後に、心が晴れるようなリベンジが行われる。すっきりした気分になる。因果応報。悪が栄えたためしなし。「うまい」と、僕は思わずスクリーンに向かって声を出した。

ちなみに「暗い日曜日」の原題は「GLOOMY SUNDAY」である。どちらかと言えば「憂鬱な日曜日」と訳すべきだろう。子供の頃、僕は日曜の夜が憂鬱だった。武田薬品提供の「隠密剣士」が終わり、アニメの「ポパイ」でポパイがほうれん草の缶詰を食べる頃には、悲しいほど切なくなった。

今も日曜の夜になると憂鬱になる「サザエさん症候群」と呼ばれる症状が、子どもたちはおろか大人にも広がっているという。僕も同じだった。明日からまた学校へいかなければならないのだ、という強迫感に押し潰されそうだった。子供心にも死にたくなったものである。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
久しぶりに部屋(書斎?)の模様替えをした。結局、ベッドの置き方は二種類しかなく、定期的に変更しているだけだ。デジクリ原稿書き用の古いマックと、ネット用のXPプロフェッショナル、それにXPノートを効率的に使う配置を探しているのだが、狭い部屋だからレイアウトは限られてしまう。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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■Otakuワールドへようこそ![97]
シンプルなケータイ、不機嫌な老婦人、英会話の効用

GrowHair
< http://bn.dgcr.com/archives/20090612140100.html >
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●ついにケータイを買った!

ケータイを持つのを長いことためらっていた私だが、時代の趨勢に抗いきれず、ついに入手。NTT DoCoMo の P906i。……のモックアップ。機能が究極的に絞り込まれているおかげで、私でも難なく使いこなせる。二つ折りになってるのを上に開いたり、横に開いたりできる。ボタンが押せる。ストラップが付けられる。それくらいがすべて。いくら使っても月々の支払いはゼロ円。充電の必要なし。決して電話がかかって来ないというスグレモノ。私にぴったりのケータイだ。

5月30日(土)、秋葉原のパセラで歌った後、気分よく歩いていると、段ボール箱にみっしりと詰め込まれた多種多様なモックアップ機が一個100円で売られているのを発見。一個500円のもあるが、どう違うのか分からない。けど、最新機種がどうのこうのと店員さんに言いくるめられて500円のを買っちゃった。色は桜色をやや渋くしたような色。

ケータイのモックアップなんて、いったい誰が買うんだよ、って自分が買っといて言うのもナンだけど、クエスチョンマークがひらひら飛び交う。ところが意外と売れてるらしい。少しは入っているらしい部品目当ての、分解したい人向けに。なんていうのはまだまともなほうで、登校時にケータイを預けなきゃいけない学校の生徒が、預け用のニセモノとして、とか。妙な市場があったもんだ。なんか世の中複雑化しすぎて、わけわかんなくなってないかー?

ドン・キホーテでかわいいストラップを5つばかり買い集め、ぢゃらっとつけてみる。本体よりデカい、ストラップの束。女子高生に変身するとき用の小道具の出来上がり。いやいや、この趣味、始めるよりもやめるほうが、ぜーったいに大変だと思う。

木曜日。朝、すね毛を剃ってから出社。これが、予想外に手間取った。4枚刃の髭剃りで、一回ジョリっとやると、それだけで目詰まり。シャカシャカ洗って、またジョリっ。それの繰り返し。つるっつるになるまでに、何時間かかったことか。会社に着いたら、昼近かった。大遅刻。理由はとても言えまい。

その日の夜は、宴会。例年だと新人歓迎会なんだけど、今年は新人、ゼロ。で、ただの宴会。初々しさの足りない会に少しでもフレッシュな風を吹かせようと、私は大サービス。宴会場に着くなりトイレへ直行して、着替え。事前の予告まったくなしに、いきなりセーラー服で登場。すんごいどよめきと笑い。カ・イ・カ・ン。

もはや世の中、恐いもんなし。しこたま飲んで、もう着替えるのが面倒くさくなったので、そのまま電車に乗って帰っちゃおうかとも思ったが、かろうじて残っていた理性が働いて、元の姿に戻る。

翌日、職場で、昨日の幹事がストラップぢゃらりのケータイを私のところへ持ってきてくれる。あれ? そのときまで、宴会場に置き忘れて帰ってたってことにすら、気づいていなかったよ。やっぱケータイ持つのに向いてないワタシ。

●馬場の不機嫌ばばぁ

月曜の夜。歯が痛い。明日、歯医者に行こう。さしあたって、硬いものはダメだから、刺身と十割そばにしようと高田馬場の和食屋に向かう。店はビルの4階にある。エレベータは地下2階にいる。「上」を押して待つ。

老婦人が来て「下」を押す。なんだかいら立った様子で、落ち着きがない。エレベータがすぐに来ないといった些事がいちいち癇に障るのか。背が低めで割と恰幅がよい。還暦近い年齢か。

ドアが開く。私が先に乗る。老婦人が乗ってくる。「上だと思いますよ」とおだやかに声をかけてみる。答えず、「B2」をガシっと押す。ガシっ、ガシっ、ガシガシガシガシガシガシガシガシっ! 10連射。そんなことしても下から来たものは上へ行くと思うけど?

動き出す。もちろん、上へ。「ぐがぁ!」のような、言葉になっていないイヤな声を発する。コイツさえいなければ、という恨みがましい目でこっちをにらむ。無視、無視。不機嫌最高潮ばばぁを後に残して4階で降りる。いやいや、すごい人がいるもんだ。

  不機嫌菌 撒くオニババ用 マスク欲し

こういうことがあると、自分が人間という生き物に関して、まだまだ何も知らないんだということに絶望的な気分にさせられる。だって、どう考えてもさっぱり分からない。まわりを不快にさせるような態度をとってばかりいたら、次第に疎まれ、つまはじきにあって、自分の居場所を狭めていき、結局損するのは自分なのに。

若いうちからずーっとそんな態度でやってきたのだろうか。おそらく60年近く生きてきたであろうに、今までカドがとれて丸くなる機会がぜんぜんなかったのだろうか。社会とまったく接点をもたずにここまで来たとか? そんなことが可能なんだろうか。

私は、もはや何を言っても通じまいと思って無視したけど、今までには、そういう態度ではいけないよ、とちゃんと諭してくれる親切な人だって、いたであろう。それを聞いて態度を改めようとは思わなかったのだろうか。

それとも、昔はなかったカドが今になって出っ張って来ちゃったのかな? 女としての生物的機能が終了し、社会的にも女として期待されるような物腰や立ち居振る舞いから免除されるようになって、女という題名の芝居を打つ必要がなくなったとき、むき出しになった本性は我利我欲のカタマリだったとか?怖えぇぇ〜。

あるいは。明日の食い扶持の確保もままならぬ、苦労続きの厳しい人生を歩んできた、とか? 戦後の食糧難を強く生きぬいてきた、みたいな。礼節なんてもんは、衣食足っての前提があってこそ成り立つものであって、激しい生存競争を繰り広げる自然界の基本原理は弱肉強食なのだ。生きる厳しさのせいで、そういう世界観に凝り固まっちゃったのだろうか。我々だって、そうやって生き延びてきた人々の子孫だったりするわけか。え〜っと、「羅生門」にもそんな人が出てきてたっけ。

しかし、物腰おだやかで心やさしいおばあさんだって、世の中にはたくさんいるわけで。それらを分かつものは何なんだろう。その人のもっている資質?あるいは、たまたま恵まれた境遇にあったから穏やかな人格が形成された、ってだけのこと? もしかすると、小さいころ、親の虐待とか級友のいじめとかにあったりして、人間不信に陥り、すべての人に敵意と怨恨をいだく人生を歩んできちゃった、とか?

ところで、地下2階って、何があったっけ? それがヒントになって、人物像の輪郭が少しは見えてきたりしないかな? 後日、行ってみると「歌謡スナック」とある。かな〜り、意外。歌謡スナックの何? ママさん? お客? あの般若が客あしらいするの? 歌うの? どっちもイメージできん。いやはや、人間って、ムズカシすぎる。

●駅前留学の効用

十数年来の駅前留学仲間のひとりであるI老さん(←めずらしい苗字)から英文和訳のチェックを頼まれ、6月7日(日)の夕方、高田馬場のROYAL HOSTで4時間ばかり、錆びついた頭をじゃりじゃりと無理やり回転させ、苦悶してきた。

そもそも15年ほど前に英会話を始めた動機は、女の子にモテたいという下心が9割であった。ちょうど、ヨメと別れて、次を見つけなきゃと思ってたときで、そのころ、バツイチはモテると言われていたりして、期待に胸をときめかせていたものだ。残る1割ぐらいはマジメな動機もあり、本当は苦手科目ではなかったはずなのに、勉学をさぼってばかりいたものだから、中途半端な実力のままで学生時代が終わってしまった、という後悔の念があった。

それと、数学専攻という経歴はモテ要素としては、マイナスの働きしかしないことに気づいていた。数学なんていうのは、苦手であることを表明しあうことによって共感の輪ができるものだ、っていうのが世の中一般の認識のようで、一人ぐらい「俺、修士課程まで専攻した」なんてやつが混ざっていると、もうほとんど変人扱い。一人の宇宙人の襲来をもって、全人類が一致団結する、といった構図しか生まないのであった。そこへいくと、「英会話がデキる」という響きのなんとステキなことか。ずるいぞ英会話。やっぱこれからは俺も英会話だ、というわけである。

このスキームのどこが間違っていたのか、いまだにちゃんと分析しきれていない。とにかくモテなかった。ぜんぜんモテなかった。まだまだ実力が足りないからカッコ悪いのだろうか、と躍起になって勉強した。やっぱりモテなかった。英検1級に合格しても、TOEICで970点取っても、まるでモテなかった。そのうち飽きて、投げ出した。プロとして英語で食っていけそうな実力を備えていたって、そんな気さらさらなかったし。モテないんじゃ、意味がない。

しかしまあ、駅前留学仲間とはようけ遊んだ。Novaで過ごした時間よりも、21時で終わってから飲みに行ったり、朝までカラオケで過ごしたりと、そっちの時間のほうが圧倒的に長かったんじゃないかってくらい。その後、K田氏と0田さんは、結婚しちゃったし。やっぱ駅前婚活だったんじゃんか。いつも半ば強引に我々をカラオケに誘い、歌は我々よりも多少上手い程度だったY岡くんは、カナダに渡って本格的に歌の修行をするとか言って早稲田大学を中退しちゃったけど、結局ヨーロッパ方面に行ったようで、今、どこで何してるんだか。あの大学は上から出るよりも横から出るほうが大成するというから、今に頭角を顕すかと期待している。徳間書店で「月刊アニメージュ」の副編集長を務めていたW辺さんは、その後、音信不通だけど、どうしてるのかな?

I老さんはIT方面で仕事をする傍ら、まじめにコツコツと英語の勉強を続けているようで、TOEICでは915点取ったという。で、今回は、「翻訳実務検定 TQE(Translator Qualifying Examination)」を受けているのだそうで。この試験は、「プロ翻訳者へのパスポート」と謳われ、合格すると、翻訳大手の(株)サン・フレアに翻訳者として登録することができる。翻訳で年収一千万円稼ぎ出す人もいるらしい。

送られてきた英文を期限までに和訳して返送する、という形式の試験で、何でも参照可、というところが面白い。普通の辞書とかネット上の情報だけでなく、歩く辞書とか下心のある辞書とかもOK。頼れるツテがあるのも実力のうち、ということらしい。で、私が引っ張り出された、というわけだ。

英文和訳の試験は区分が20に類別されていて、「IT・通信」を選んだI老さんのところに送られてきた問題文は、UNIXに関するものであった。私は20年来のUNIX使いなので「ディレクトリのパーミッションを0755(drwxr-xr-x)に設定する」のような文章もすらすらと意味がとれて、ラクショーである。

その試験の採点基準は知らないけど、私の中の基準では、I老さんが自力で作ってきた答案ですでに90点、それを私がチェックして、細かいミスなどを直し、93点ぐらいになった感じ。ちょっとは役に立つことができて、面目は保った感じだけど、元の答案のままでもきっとその試験には受かっていたであろう。元の出来がいいと、チェックは楽で楽しい。逆に、元が60点ぐらいだと、どんなにがんばって直しても、どうしても80点ぐらいにしかならない上に、へとへとに疲れてしまうものだ。

もっとも、錆びた線路の上を電車が走ると、ずーずーとすごい音をたてて、エネルギー効率が著しく悪そう、というのと同じことがこっちの頭でも起きてたわけで、そこは無理やり動かすのに力が要ったのだけれど。

まあ、傍目には、一緒に英語の勉学に励む仲のよいカップル、と映ったかもしれない。数学では、このようなことが起きたことはいまだかつてない。ビバ、英会話! しかし、ずいぶん回りくどいモテ方だと思った。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

水曜日の武さんのベーシックインカム論、私も大いに共感。今の社会って、種々の問題をシステムの整備によって解決しようという方向性がちょっと行き過ぎた感じで、人よりもシステムのほうが偉くなっちゃってないかぃ?

システムさえちゃんと回っていれば、ものごとがスムーズに運んで、生活の利便性が確保されて、社会が安定しているように見えるけど、我々個人個人の生きる喜びとか、自己の存在価値の評価とか、文化を培い芸術をたしなむ精神面の豊かさとかは昔よりよくなっているのかな? そんな実感、ぜんぜんわかなくない? システム至上主義社会では、お金が主体的な住人になってて、人はそれを蓄えたり動かしたりする媒体になり下がってないかい?

原点に立ち返れば、お金って、一人の人が社会にしてあげたことと、その人が社会からしてもらったこととの差分なわけで、その人が将来社会からしてもらえる権利なわけで、社会がその人に負っている負債なわけである。理想的にはね。お金持ちとは、社会への貢献度の高い人のことであるから、まさしく偉い、ってことになる。だったら家事をしたとか、電車で席を譲ったとか、きれいな音楽を奏でたとか、ぜんぶお金に換算しちゃえばいいかというと、それもちょっと虚しい気が。これ読んで面白いと思ってるアンタ、ホレホレ、お金出しなはれ、ってやっぱヤでしょ?

ベーシックインカムの考え方はいいんだけど、実際に導入するとなると、いろんな障害が出てきそう。低く見積もってもざっと年間10兆円の財源をどうするか、とか。支給された年金を酒だのギャンブルだの女だのに、あっという間に使っちゃって、もっとよこせ、とか言い出す、ホンマモンのダメダメ人間とか、けっこう出てきそうな気がするぞ。アメリカの「フードスタンプ」みたいな制度に落ち着けばいいのかなぁ。受給資格を提示すると、コンビニやファーストフード店の賞味期限切れ廃棄処分の食料がタダでもらえたりする、とか。

その制度が導入されたら、俺、会社辞めちゃいそうだなー。そっちのほうが楽じゃん、みたいな軽いノリで。でもきっとしばらくすると、何も貢献してないのに社会から施しを受けてばっかいる自分、ってもんに嫌気が差してくるんだろうなぁ。会社での労働とはまったく異質な、なんらかの形で社会にお返しできることはないだろうか、と真剣に悩み始めるだろうな。俺とは何か、オノレの価値はいかほどか、なんて問いに面と向き合う必要に迫られることなく、なんとなく自分は立派にやってるぞ、社会的信用はそれなりにあるぞ、という誇りが得られちゃうサラリーマンって、やっぱ気楽な稼業かも。見方を変えれば、いちばんつまらんやつ。

訂正。前回「賢帝」とあるのは「献帝」の誤りでした。どうも失礼しました。

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■編集後記(6/12)


・一週間で一番好きなのは金曜日と土曜日の夜。翌日にメルマガはないから、完全フリーでDVDや本を楽しめる。それ以外の夜はたいてい翌日に備えて何かやっている。たしかに日曜日の夜は少し憂うつ。まるでサラリーマンみたい。/湊かなえ「告白」をようやく読んだ(双葉社、2008)。2009年本屋大賞、「週刊文春'08ミステリーベスト10」第1位、早川書房「ミステリが読みたい!'09年度版」第3位、宝島社「このミステリーがすごい!'09年度版」第4位などと評価が高い、24刷46万5千部のベストセラーである。帯にあった読者コメントには、「全ての登場人物の感情が痛々しいほど伝わってきて、感情移入してしまった。私はこんな素晴らしい小説を生まれて初めて読んだ」というのまで。読まずにいたら後悔しそうと読み始めたのだが…。中学校の女教師が、自分の娘を殺した教え子ふたりに復讐する話で、この事件に関わる5人が一人称で語る6章からなる。まともな人物はひとりもいないので、感情移入がまったくできない。「馬鹿ほど理屈をこねたがるのです」と件の先生は言う。先生を含むこの5人は、幼稚な理屈をこねまわして自分を合理化するだけである。物語としてまったく救いがなく、後味がきわめて悪い。伏線も謎解きもないに等しく、そもそもこれがミステリーと呼べるのであろうか。このような悪意のかたまりみたいな小説が、なぜヒットしているのか理解に苦しむ。本屋大賞とは、書店員自身が自分で読んで「面白かった」「お客様にも薦めたい」「自分の店で売りたい」と思った本だという。それがこれかい。本屋大賞ももう終りだ。「読まなければよかった」「絶対人には薦められない」というならわかる。久しぶりに腹の立つ小説に出会った。今夜は口直しにおバカDVDを見るのだ。(柴田)
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・曜日がわからないことしばしば。メルマガやっているから、かろうじてわかるぐらい。日曜日は仕事がはかどるので好きなのだが、最近は予定で埋まっていたり、甥らが来て全然できず。月曜日は忙しいけれど日常に戻れた気がしてほっとする時も。/いいなぁ英検1級にTOEIC970点。どのような勉強方法で、どのぐらいの時間をかけたらとれるもの?/「7万人探偵ニトベ」に紫吹淳さんが出演されるというので楽しみにしていたが、期待していたものとは違っていた……。「情熱大陸」に瀬奈じゅんさんが、とまたまた友人からメールをもらい嬉々としている。瀬奈さん、まだ卒業しないで〜。お稽古映像は夢が壊れるからと嫌いな人もいるらしいが、私は大好き明日のDTP Booster、ぜひ来てくださいね!(hammer.mule)
< http://www.mbs.jp/jounetsu/ >  情熱大陸
< http://kageki.hankyu.co.jp/salon/petit.html >  プチミュージアム
< http://www.dtp-booster.com/vol02/ >  アップルストア銀座です