おかだの光画部トーク[53]写真や映像は何を伝える事ができるのか その1/おかだよういち

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3月11日の震災から一か月。デジクリも再開となりましたが、いまだ多くの出来事が進行形です。報道やインターネットの記事や、多くの人のTweetなどで被災地の現状を見聞きするたびに、大変悲痛な思いになります。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

今回、関西は直接的な被害がなかったのですが、やはりあれだけの無残な映像を見続けてしまうと無力感で何も手につかないばかりか、夜中に突然涙があふれてくるような、精神的に不安定な状態が数日間続きました。

でも、何か自分達で出来ることがないかと、秋葉さん(デジクリ月曜日担当)達に相談したところ「Untitled!!!!!!!!」というチャリティイベントの開催が実現しました。
< http://m2.cap-ut.co.jp/un/ >

震災後3週間ほどの4月3日にこれができたというのは、このイベントに参加した全員が「何かしたい!」という強い意志があったからだと思います。

一人15分の持ち時間でバラエティに富んだ内容の12セッション。その中でわたしは「写真の力〜写真が伝えられる事・伝えられない事」というタイトルで「写真」についてお話しました。15分という短い時間だったので、その場では全部伝えきれなかった感じもしましたので、ここで詳しく書いておきたいと思います。



「写真」という言葉、元々の英語は「Photograph」です。「Photo=光」「graph=描かれたもの」なので、本来「写真」よりも「光画」と訳したほうがしっくりきます。この連載のタイトルにも「光画」を使っています。光で像を描くのですから、光のない暗い場所では撮るのが難しいですし、光の量を調節するカメラの機構である「絞り」や「シャッター」を調節することで、様々な表現が可能になります。

「写真」という言葉を深く考えてみます。

「写=1.文書・絵などを元のとおりに書き取る。まねてそのとおりに書く。転写する。模写する。2.ある物をまねてそのとおりの形につくる。模造する。3.見聞したことを文章や絵で表現する。描写する。4.写真や映画に撮る。撮影する。」

「真=1.うそや偽りでないこと。にせものでないこと。本当。真実。ほんもの。2.まじりけがないこと。本来の意味どおりであること。3.道理として正しいこと。真理。4.まじめなこと。真剣なこと。また、そのさま。5.論理学で、ある命題が事実と一致すること。また、そのさま。」

このようなことが国語辞典に書いてあります。それぞれの漢字の意味から「写真」とは「真実を写すもの」のような意味があるように感じます。

本当にそうでしょうか? 写真は真実を写していますか?

哲学的な話になってしまいますが、真実とは人それぞれ違うものだと思います。わたしが感じた真実は、必ずしもあなたの感じた真実とは一致しないものです。人それぞれに真実を持っているのですから、ある人にとってそれが真実でも、別の人が見れば虚構と感じるかもしれません。

写真は必ず撮影者の作為が込められています。広告写真であるなら、そのような作為は当然あると想像できるでしょう。では、報道写真はどうでしょうか。報道写真は現地のありのままを撮っているのが前提ですから、そこには作り込む要素はないと思うかもしれません。しかし、お天気カメラのようなただ漠然と自動で風景を映すような映像と違い、人間が撮影する写真は撮影者の何かしらの意識が写し込まれます。

例えば、同じ場所で同じものを撮る場合でも、レンズのチョイスでまったく違う印象になります。広角レンズで全体を広く撮るのか、望遠レンズで遠くから一部を切り取るのか。同じ広角レンズでも被写体にぐっと近づき、背景との遠近感を強調するのか、漠然と全体を写すのか。

また、カメラを構えるボジションやアングルでもずいぶん違う印象になります。立ったまま目線の位置で水平に構えて撮るのと、地面すれすれの位置から見上げるように撮る写真は、迫力や伝わってくるものもまったく違うものになります。被災地大槌町で撮影された写真を見比べてみます。

< http://goo.gl/vMhUO >
< http://goo.gl/LDg57 >

大津波によって陸へ打上げられた船が、家屋の屋根の上に残されている写真二枚ですが、上空からの空撮写真と船の下から撮られたものでは、受ける印象がまったく違うと思います。

レンズが切り取って写真に写っている部分は、そこにある世界のごく一部です。でも、写真を観る側はそれがすべてと錯覚しがちです。当然のことながら、その場では人間の五感で感じる色々な情報やニュアンスが、すべて写真から読み取れ感じられるわけではありません。

< http://goo.gl/e6vzf >
< http://goo.gl/OXvFQ >

陸前高田市で撮影されたこの二枚の写真も、一枚は子供の目の高さで撮られた、女の子が一人で後ろに自衛隊員が写っている写真。もう一枚は同じ女の子が他の大人と写っている写真。これらから受ける印象はまったく違いますし、心の中で湧きでてくる感情やストーリーも違うのではないでしょうか。

レンズやトリミングなど、光学的な効果だけではありません。コントラストや彩度、ホワイトバランスの調節だけでも、様々な方向に印象づけることができます。これらの調整は、パソコンに撮り込んだ後に、Photoshopで修正するともしかしたら「それは嘘だ!」と言われるのかもしれません(少なくとも昔は、デジタル処理された写真は嘘だと言われました)。しかし、最近はカメラ内で色々な調整ができたり、HDRの処理もできてしまいますから、カメラで撮ったままと言えなくもない状況になります。

< http://goo.gl/BGmfO >

ホワイトバランスの調整などで、全体をブルーがかったモノトーンの写真にすることで、とても静かな印象を受けます。また寒さも伝わってきます。

< http://goo.gl/CJWwH >

逆光でコントラストを強調するのも、ドラマティックな印象が伝わる手法のひとつです。

< http://goo.gl/9oQtW >

この写真は、ちゃんと確認したわけではないので定かではありませんが、わたしの印象では、燃えている炎と煙の部分とその他の部分HDRの処理をしてあるか、彩度の調整がしてあるのではないかと思います。

作為があるからといって、それが嘘とか、歪められた真実ではありません。これらすべてが、そこで撮影したフォトジャーナリストの目を通した真実です。しかし真実はそれだけではなく、ごく一部であることも確かです。

写真を見る時は、それがすべてだと過信せずに、その写真が撮られた背景まで考えながら真実を読み取る力が大切だということを、震災の多くの報道や写真によって再認識させられました。

【おかだよういち/WEB&DTP デザイナー+フォトグラファー】
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このテキストを書いている最中も、関東〜東北では大きな余震が頻発して緊張感が伝わってきます。でも、桜を見るとすこしホッとしますね。姫路界隈でも桜がちょうど満開になっています。