[3297] 売れない作家たちの見果てぬ夢

投稿:  著者:  読了時間:37分(本文:約18,000文字)


《キーワードは「セーラー服」「おじいさん」「白髪」「中野」など》

■映画と夜と音楽と...[551]
 売れない作家たちの見果てぬ夢
 十河 進

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■映画と夜と音楽と...[551]
売れない作家たちの見果てぬ夢

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20120706140200.html >
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〈大いなる野望/アビエイター/ネバダ・スミス/ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男〉

●スキャンダラスな物語を次々に繰り広げていけば一丁上がり?

ハロルド・ロビンズというベストセラー作家がいた。60年代に活躍し、凄い部数を売った。70年代にベストセラー作家になったシドニィ・シェルドンほどは売れなかったが似たような作風で、アメリカにおいてベストセラー作家になるにはどんな小説(メロドラマ)を書けばいいのか、最初に僕に教えてくれたのがハロルド・ロビンズだった。

華やかなセレブリティたちの世界を舞台にセックスと権力を描き、スキャンダラスな物語をあざといほど次々に繰り広げていけば一丁上がりなのだが、そんな通俗的な小説だってもちろん簡単には書けない。昔、「ダラス」というソープオペラがあったけれど、一般大衆が想像する金持ちたちの世界のイメージを裏切らず、なおかつ興味を持たせ続けるのは、それなりに高度な職人的テクニックが必要なのだ。

早川書房から出ていた頃のシドニィ・シェルドンはよく読んでいたが、あるとき新作「天使の怒り」を読んで、あまりのあざとさに僕は驚いた。ヒロインは駆け出しの女性検事として登場するものの、彼女のミスでマフィアの大物を有罪にできなくなる。失職したヒロインはダウンタウンのうらぶれた弁護士事務所に職を得るのだが、苦境に陥った彼女に救いの手をさしのべてくれたエリートの男と恋に落ちる。

一方、彼女のミスで有罪を免れたマフィアの大物はファミリーのトップの座につき、有能な弁護士として活躍していたヒロインを組織に引き抜き愛人にする。やがて、ヒロインのかつての恋人は大統領候補となり、次期大統領と目される。彼が大統領になるのを阻止しようと、マフィアのボスは暗殺を企てる。ヒロインは、かつての恋人とマフィアのボスとの板挟みになる。

なんと凄いメロドラマだと僕は思ったが、「天使の怒り」を途中でやめることはできなかった。分厚いハードカバー二段組みの本を僕はひと晩で読み切った。もちろん徹夜である。あの頃、シドニィ・シェルドンの新作は、休日の前夜にしか手を出してはいけない禁断の書だったのだ。ハロルド・ロビンズは、そのシェルドン先生より前に同じようなベストセラー小説を書いていたのである。

ハロルド・ロビンズという名前を初めて知ったのは、「大いなる野望」(1964年)の原作者としてであった。「大いなる野望」は、「ティファニーで朝食を」(1961年)でオードリー・ヘップバーンの相手役をつとめて人気が出たジョージ・ペパードの主演作である。当時、ハリウッドを代表する二枚目スターだったジョージ・ペパードを、ハロルド・ロビンズのベストセラー小説の主役に据えたのである。

監督はエドワード・ドミトリク、音楽をエルマー・バーンスタインが担当している。少し老けたアラン・ラッドを脇に配置し、キャロル・ベイカー、エリザベス・アシュレイといった女優たちが出ている。僕の大好きな性格俳優マーティン・バルサムも出ていて大作の風格である。日本公開当時、スキャンダラスな意味で話題になった映画だ。

なぜ、スキャンダラスだったかというと、謎の大富豪ハワード・ヒューズをモデルにしているというウリだったからである。原作小説がハワード・ヒューズに訴えられているという話も聞こえてきた。しかし、そのことによってかえって話題になり、さらに売れ行きが伸びた。訴えるくらいだからヒューズの実像に近いのではないかという憶測が、大衆の好奇心を煽ったのである。

●伝説の大富豪ハワード・ヒューズは様々な映画になった

ハワード・ヒューズと言えば、18歳で莫大な利益を上げる石油事業を相続し、航空業界や映画業界に進出し、自ら映画を制作してジーン・ハーロウなど多くのハリウッド女優と浮き名を流し、自ら飛行機を操縦して当時の飛行記録を次々に塗り替えた事業家である。操縦する飛行機が墜落して大けがを負い、それが原因だったのか身体と神経を病んで引きこもり、誰にも会わない謎の大富豪になった。

「大いなる野望」が公開された頃、すでにハワード・ヒューズは伝説の存在だった。実際には、それから10年以上生存していたのだが、まったく誰とも会わず、人との接触を断ち、自ら買収したラスベガスのホテルの最上階に籠もって暮らした。当時、僕はハワード・ヒューズが映画会社RKOのオーナーだったことを知り、「『キング・コング』を作った会社だな」と思った。

マーチン・スコセッシが監督しレオナルド・ディカプリオがハワード・ヒューズを演じた「アビエイター」(2004年)が日本で公開されたのは7年前のことになる。ヒューズの死から30年近くになり、いろいろな事実もわかったのだろう、本人の人生に近い物語になっている。もっとも、キャサリン・ヘップバーンとあんなに親密だったとは僕は知らなかった。

スキャンダラスな「アビエイター」に比べれば、昔の作品のせいか「大いなる野望」は意外とおとなしい純情ドラマだった。主人公がハリウッドのセックス・シンボルと言われる女優(モデルはジーン・ハーロウ)と乱痴気パーティーで羽目を外すシーンなどはあったけれど、彼のそばにいつもいる父親の友人ネバダ・スミスが主人公を正しい道に導き主人公も最後は改心する。

アラン・ラッドが演じた金髪をオールバックにした中年紳士ネバダ・スミスは、「大いなる野望」でよほど強い印象を残したのか、彼が映画の中で語った前半生を具体的な物語にすることになった。今で言うスピンオフだ。「大いなる野望」の主人公の父親と出会う以前の「ネバダ・スミス」(1966年)の波瀾万丈の人生が映画化された。原作は、ハロルド・ロビンズとクレジットされている。

もっとも映画の企画が先行し、できあがったシノプシスあるいはシナリオを元にハロルド・ロビンズが小説にしたのかもしれない。いわゆるノヴェライゼーションである。重厚な冒険小説を書いていたアリステア・マクリーンが「ナヴァロンの要塞」(1961年)が映画化されて大ヒットした結果、映画化の企画が先行するシナリオのような作品ばかりになり、次第に読者を失ったのと同じ道をハロルド・ロビンズも辿ることになった。

同じように今では作品を見ることもなくなったが、シドニィ・シェルドンは逆の道を辿った。彼はハリウッドの売れっ子シナリオライターだったのだが、50歳を過ぎたとき「裸の顔」というミステリを上梓し高い評価を得た。次作の「真夜中の向う側」が大ベストセラーになって映画化され、以降はハーレクイン・ロマンスのような波瀾万丈のヒロイン小説を立て続けに出版する。

日本でシドニィ・シェルドンが一般的に名前が知られるようになったのは、英会話レッスンの教材会社が彼の小説を出版し始めたからである。早川書房から出ていた作品はタイトルが変わり、作者の表記も変わった。「翻訳」ではなく、意訳の意味を込めたのだろう「超訳」という言葉が使われた。しかし、ベストセラー作家の宿命なのか、あれほど本屋に並んでいた作品も現在では入手するのは困難だ。

●事実に基づく「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」

作家であれば、ベストセラーを出したいと夢見るのは当然だ。ベストセラー作家ディーン・R・クーンツが「ベストセラー小説の書き方」という本を出している。本気で「ベストセラー小説を書きたい」と思っている人に向けた指南書であり、読むとアメリカの出版事情がよくわかる。1981年刊行だから少し古いのだけど、「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」(2006年)を見たとき、感覚的によくわかったのは、クーンツの本を読んでいたからかもしれない。

「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」は1971年のある日から始まる。大手出版社のマグロウヒル社が大騒ぎになっている。最上階から数階まで無人にして殺菌消毒し、屋上にヘリが着陸できるようにマークを描く。女性編集者が「いよいよ彼(ハワード・ヒューズ)がくるのね」と興奮気味だ。クリフォード・アーヴィング(リチャード・ギア)が指さすと、ヘリが見えてくる。「きたわ」と女性編集者が叫び、「4ヶ月前」というスーパーインポーズが入る。

4ヶ月前、クリフォード・アーヴィングがマグロウヒルの人間たちと話し合っている。その会話から彼があまり売れなかったノンフィクションを書いた作家であり、次作の小説の出版が決まったことがわかる。彼は高級車を購入し、画家の妻と前祝いをする。また、友人で執筆時のリサーチャー(調査担当)でもあるディック・サスキンドとハバナに旅行する。

しかし、「ライフ」誌での連載の話が流れ、版元のマグロウヒルが出版を取りやめる。アメリカでは出版社に長編小説が持ち込まれ(エージェントが持ち込むことが多い)出版を決めると、話題作りのために有名な雑誌に連載を持ちかけるのだ。クリフォードの小説は、その「ライフ」編集長に「フィリップ・ロスの三流コピー」と言われるのである。1971年、フィリップ・ロスは注目の若手作家だった。

クリフォードは「『ニューヨーカー』に持ちかけたらどうだ」と言うが、編集者は「出版はとりやめよ」と引導を渡す。このシーンで、最初、クリフォード・アーヴィングは「初版3万部じゃ少ないよ」と文句を言うのだが、やっぱり英語圏はマーケットが広いんだなあと僕は思った。日本じゃ売れない小説家の初版なんて、3000部がせいぜいだ。昔、司馬遼太郎の新作の初版が3万部と聞いて「さすが」と思ったものだった。村上春樹さんの初版はどれくらい刷るのだろう?

もうひとつ、日本の出版界と大きな違いがあるなと思ったのはアドバンスである。原稿ができる前から契約を結び、前渡し金を出すのである。それも10万ドルというレベルの大金だ。作家はその金で執筆し、できあがった作品は契約した出版社が独占的に出版する。だから、「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」という映画が成立するのだ。この映画は実際の詐欺事件に基づいている。

自作の出版が中止になったクリフォード・アーヴィングは、謎の大富豪ハワード・ヒューズから自伝の執筆を依頼されたと嘘をつき、マグロウヒルに出版契約を持ちかける。クリフォードは公表されているヒューズの手紙を元に筆跡を真似て偽手紙を書き、出版社は専門家に筆跡鑑定を依頼し「本物」の判定が出る。彼の目論見は成功し、原稿が完成する前に10万ドルのアドバンスを手に入れる。

しかし、彼が偽のハワード・ヒューズの自伝を出版社に持ちかけたのは、決して金のためではなかった。自分の本を出し、それがベストセラーになるのを夢見たからだ。自分が書いた本を多くの読者が読んでくれること...、そのことを彼は願ったのである。共著者となるディックも自分で本を出す夢を抱いているし、具体的な出版の話もある。

しかし、彼らがペテンまがいのことを始めたのは、ハワード・ヒューズの自伝なら間違いなくベストセラーになるし、出版社も飛びつくからである。ディックが詳細なリサーチをし、クリフォードはまるでハワード・ヒューズが憑依したように口述をする。仕上がった原稿は、かつてハワード・ヒューズにインタビューしたことのあるジャーナリストに「本物だ。素晴らしい」と言わせる。売れない作家だが、クリフォードの作品への情熱は本物だった。

●「今後は『売れない作家』とは名乗れるかも...」と言ったとき

今年の2月のことだった。日本冒険小説協会の会長だった内藤陳さんが亡くなり、お別れの会が椿山荘で開催された。ゆかりのある作家たちが大勢参加していた。僕が一般受付に並んでいると、西村健さんに「作家受付」の方に手招きされた。僕は協会の特別賞をもらったので、協会の催しにいくといつも作家扱いされるが、何となく落ち着かない気分になる。

芳名帳に書いてあったすぐ前の名前は、逢坂剛さんだった。僕の署名の後に佐々木譲さんがきたらしく、会場で会ったとき佐々木譲さんから「ソゴーさんのサインがあったので、いらっしゃるかなと思いました」と言われた。大沢在昌さんにも挨拶したりしていたが、やがて北方謙三さんの献杯の挨拶があり、途中、作家たちが前に出て喋ることになった。

直木賞作家、ベストセラー作家が並んだ。僕は会場の隅にいて、その列には加わらなかった。顔見知りの会員の人が「ソゴーさん、並ばないの」と言うのだが、「あの顔ぶれと一緒には並べないでしょう」と苦笑した。しかし、作家関係の人たちの挨拶が続き、北方さんが何度か「作家の方、もういらっしゃいませんか」とマイクで繰り返した。

自分でも未練たらしい性格だと思うのだけれど、本当はその列に並びたかったのだ。北方謙三、大沢在昌、佐々木譲、逢坂剛、船戸与一、馳星周...などなど、名だたるベストセラー作家と並んで挨拶したと家に帰って自慢(?)したかった。だから、僕は何度めかに北方さんが「作家の方...」と言ったとき、つい前に出てしまったのである。「一応、映画の本で特別賞をいただいたもので...」と言い訳をしながら。

その後のことはよく覚えていない(きっと本能的に忘れたがっているのだ)が、最初に出ないと決めたのだから出なければよかったと後悔している。あの日以来、自分の未練がましい振る舞いを思い出すたびに、叫び声をあげて駆けまわりたくなる。それでも、3月末に最後の冒険小説協会全国大会が行われ、「作家挨拶」の一番手に名を呼ばれたときにも僕は立ち上がった。

もっとも、お別れの会のときの僕の逡巡を見ていた司会の芦野さんは、「作家挨拶なんですが...」と言葉を濁しながら僕を紹介した。その言葉を引き継ぐ形で「ここへくるといつも作家挨拶をさせられますが、俺は作家か...といつも思っています」と切り出した。「先日も文庫解説を書かせてもらったのですが、肩書きは『映画コラムニスト』にしてもらいました」と続けた。

それから、僕は2月に電子書籍でミステリを三編出したことを宣伝し、それが2週間で12ダウンロードしかされず、そのうち3ダウンロードは自分で落としたものだと話して笑いを取り、「まあ、しかし今後は『売れない作家』とは名乗れるかもしれません」と言ったところで、会場にいた大沢在昌さんから「俺に対するイヤミか〜」と突っ込みが入り、会場が沸いた。

●作家として認められるのは作品が認められること

大沢在昌さんは、自らもよく言うように「永久初版作家」と呼ばれていた。23歳で新人賞を受賞してデビューしたが、出版した本はいつも初版止まりだった。作家生活10年を経た20数冊めの作品「新宿鮫」でブレイクし、今や押しも押されもしないベストセラー作家になった。内藤陳さんも言っていたが「あれだけ書いているのに水準以下の作品がない」ほど、どの作品もクオリティを保っている。

何度も書いているけれど、僕が長編ミステリを書いてみようと思ったのは、大沢在昌さんと対談したときに「ソゴーさん、小説は書かないの」と言われたのがきっかけである。もちろん、若い頃から作家志望であったし、純文学系の新人賞に応募したりしていた。大学時代の同人誌仲間もそういう人間たちが多かった。だから「作家」と呼ばれることは、夢ではあったのだ。

しかし、作家とは作品を書くから作家なのであって、作家として認められるのは作品が認められることである。考えてみれば仕事の評価と肩書きがこれほど密接な職業もあまりない。自分で作家と名乗ることはできても、作品が評価されず売れなければ、「売れない作家」「三文作家」と侮蔑的あるいは揶揄的に呼ばれることを甘受しなければならない。もっとも、作家志望者を含め「売れない作家」の方が世の中には圧倒的に多い。

人は、小説を書きたいという情熱をいつ抱くのだろう。本が好きで本を読み続け、いつか自分も書いてみたいと夢を見る。だが、多くの人はそれだけで終わるし、中途半端に夢を叶えた人は、その後の「売れない作家」状態に傷つく。大沢さんがエッセイで書いているように「作家になるよりは、作家であり続けることの方が大変」なのである。

内藤陳さんのお別れの会で前に並んだ作家の中にも、今は書店で作品を見ることがほとんどなくなった方もいた。20年前には新刊が書店に平積みになっていた人である。僕も愛読した作家だった。作家にとっては作品が売れるか売れないか、だけが評価だ。ベストセラー作家だって、いつ「売れない作家」になるかわからない。ハロルド・ロビンズだって、シドニィ・シェルドンだって同じである。

クリフォード・アーヴィングは、偽の自伝ではなく調査して書いた「ハワード・ヒューズ伝」として出版すれば、詐欺犯として収監されることはなかっただろう。出来のよい評伝として売れたかもしれない。しかし、それでは莫大なアドバンスも得られなかったし、出版にこぎつけられたかどうかもわからない。誰だって「売れない作家」のままではいたくない。

映画は、クリフォード・アーヴィングとディックのその後を教えてくれる。出所後、クリフォードは書店で自著にサインするディックを見かける。彼は書きたかった子ども向けの本を出したのだ。多くの子どもたちが彼の前に並んでいる。ウィンドウ越しにディックとクリフォードは目を合わせる。ディックが微妙な表情で顔を伏せる。クリフォードは笑みを浮かべる。ディックの出版を祝っているのだ。

クリフォード自身は自らの詐欺事件の顛末を「ザ・ホークス」として出版し、映画化される。クリフォード・アーヴィングは、作家としての実績を残したのである。売れない作家たちが見続けてきた夢を、詐欺事件の主犯として告発され有罪になりながら実現したのである。それでも、彼はきっと満足だったに違いない。少なくとも作家としての夢は実現したのだから...

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

鬱というほどではないのだけれど、このところまた「ふさぎの虫」に取り付かれている。調子がよくない。原稿を書いていても、乗ってこない。困った。「何かいいことないか、仔猫チャン」と、トム・ジョーンズの歌を口ずさむ。

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「2003年版 青息吐息編」350円+税
「2004年版 明鏡止水編」350円+税
「2005年版 暗雲低迷編」350円+税
「2006年版 臥薪嘗胆編」350円+税
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●「もったいビジネス」にハマる人たち

そりゃあ、毎度同じ顔ぶれのおっさんばかりで飲みに行って毎度同じようにくだを巻いてるよりは、きゃぴきゃぴした若い女の子がいて楽しくおしゃべりできたほうがリフレッシュになるに決まってるんだけど。そうであっても、やっぱりキャバクラやガールズバーのような商売が成立していることを、不思議に思う気持ちは払拭しきれない。

だって、話をするぐらい、普通はタダじゃん。話し相手だったら、そこいらへんにいくらでもいる女の子たちの中から気に入ったコを誘ってみればいいじゃん。飲み代をおごったとしてもキャバクラよりは安上がりだと思うぞぉ。

そこいらへんにいくらでもいたりはしないぞぉ、と思うのはたうん錯覚である。人類はだいたい同数の男性と女性からなる。男性が余っていれば、どっかに女性が余っているはずの勘定である。あるいはどっかのイケメンが一人占めしているのでなければ。

おしゃべりという、本来タダのものにもったいつけてお金を取る商売なので、皮肉を込めて「もったいビジネス」と呼んでいる。もったいを売ってるわけだね。まあ、仕事のストレスを発散し、乾いた土に水をやるように心に潤いを求める気持ちに応える商売という観点からすれば「自尊心回復ビジネス」とも呼びうる。しかしアレだ、お金を払ってちょっとちやほやしてもらうと回復する自尊心っていうのも、なんだか安っぽい感じがしないかな?

そういうわけで、私の人生にとって、キャバクラやガールズバーは必要ない。一生無縁であってよい。これは、まあ、一種の信条である。そんなところへ魂を売り渡してたまるか、という。いや、それよりも、ちっとも楽しくないし、何がいいんだかさっぱり分からない。

じゃあ、なんで行くんだ、と問い詰められると大変窮するのだが。足が勝手に向くというか。信条というのは頭で考えるものだが、実際にキャバクラへ向かうのは足なんで。犬が西向きゃ尾は東、というくらいで、逆を向いていてもおかしくないのである。なんで男ってそういう生き物なの? と聞かれても、知らん。神様に聞いてくれ。

6月17日(日)の夕刻、セーラー服を着て新宿歌舞伎町一番街通りを歩いていると、セーラー服を着た女の子が客を引いている。けっこうかわいい。「やーいニセ女子高生」とからかうと、本物だという。なんとっ。現役ばかりによる「女子高生の喫茶店」だという。その名も「KODOMOCAFE」。これまた挑発的な。

そういえばつい先ごろ、その手の店が摘発されてなかったっけ? 今検索かけてみると、そのニュースが報道されたのが13日(水)。飲食店「SEXY居酒屋ふじこちゃん」JR横浜関内駅前店で、横浜市立高校の女子生徒(16)ら4人に下着や水着で客の前で歌を歌わせて接客をさせるなどした容疑で、店の経営者が逮捕されている。こういうお店って、どうしていつもオレが発見する前に、警察が発見しちゃうんだろう。

これは行っておかねばなるまい。摘発されてからでは手遅れである。入ってみると、同じように考えたであろうおっさんたちでにぎわい、ほぼ満杯である。このドスケベオヤジどもめ! カウンターの一番奥の席がひとつだけ空いていた。ラッキー。って、どうってことのない健全店であった。去年の11月末にオープンしたというから、もう半年以上経つ。

奥には大きな液晶スクリーンがあり、競馬が実況中継されている。なぜ競馬かといえば、私の右隣に座っているお客さんからのリクエストだという。なるほど、惜しいところで外れたと言って悔しがっている。

私は競馬をやったことがないので、仕組みがさっぱり分からない。聞いてみると「3連単」という方式で、これは、1着から3着までをズバリ当てるというもの。14頭走れば、その順列の数は14×13×12=2,184通りである。

そのおじさんは、1着を1点買いし、2着を3点、3着を5点買っていた。その組合せの数は、1×3×5=15通り。1通りあたり100円なので、この組合せの値段は1,500円。本来ならば15枚のチケットが発行されるべきところを1枚のチケットで表現されている。2,184通りのうちの15通りであるからして、もし事前情報がまったくなくランダムに着順が決まるとしたら、当たる確率は1パーセントに満たない。

なんと、1着は当たっており、2着は買った3点の中に入っており、3着が買った5点の中になかった。なるほど、惜しいところで外れている。当たれば2万5千円になったという。

女子高生喫茶に入って、結局隣のおっさんに競馬の仕組みを講釈してもらって終わった。いや、隣のおっさんにしてみれば、セーラー服を着たニセ女子高生と話して過ごしたわけだから、もっとひどいか。ウハウハなことを期待しても、ものごとそううまくはいかないものだ。

●アイダホのもうひとつのイメージ

アメリカのアイダホ州というと、何を思い浮かべるだろうか。何も思い浮かばないか、出てきてせいぜいポテトであろう。それ以外のものが思い浮かぶ人って、そうなかなかいないのではなかろうか。

アイダホといえばポテト。台湾といえばバナナ、秋田といえば美人、編集長といえば鬼、不動産屋といえば悪徳。定着したイメージってありますわな。って、なんでやねん。

田舎へ行けば、景色の基調は緑色、と思うのは日本の話であって、アメリカはそうはなっていない。薄茶色なんである。あんだけ広くても、大部分は薄茶色。日本に戻ってきて、成田エクスプレスの車窓からの景色が緑色基調なのを見ると、あー日本、と安堵感に涙出そうになる。

オセロ盤は、緑色の地に黒線で8マス×8マスに区切られ、各マスの中に、表裏が白黒の丸い平べったい石を置いていくわけだが、アイダホを上から見ると、薄茶色のオセロ盤に緑色の丸い石が敷き詰められている感じ。各正方形のマスの中央にスプリンクラーが設置され、ぐるぐる回転して水を撒くのだが、届く範囲がちょうどマスの内接円になっているのである。

円周率をおよそ3とすれば、4分の3、すなわち75パーセントしか土地を利用していないことになる。土地はいくらでもあるけど、水はそうはいかない。土地全体を覆うように水を撒くと、重なった領域は2倍撒くことになるけど、どうせすぐ浸み込んじゃうだけ。水の無駄使いよりは土地の無駄使いの方がマシってことだろう。私だったら正六角形を敷き詰めて、その内接円に散水するけどなぁ。そうすれば土地利用率はおよそ90パーセントにまで上がる。

さる消息筋からの情報によると、サンフランシスコ国際空港からアイダホ州のボイジー(Boise、正しくはボイシーと濁らないらしい)に向かう飛行機には、スーツを着たおじさんたちが乗っているそうで。行き先は2つに1つと思っておけばほぼ間違いないらしい。ヒューレット・パッカードか、マイクロン・テクノロジ。

日本には、日立製作所と日本電気のDRAM事業部門の統合により設立されたエルピーダメモリ(株)という会社がある。が、このたび、マイクロン・テクノロジに吸収合併される見通しとなった。これからは、本社出張というと、オセロ盤じゃがいも畑を見下ろしつつ、アイダホの上空を飛ぶことになるわけだね。いいなぁ。よくないか。台湾のイメージがバナナから半導体に変貌しつつあるのと同様、アイダホもポテトから半導体になっていくのかもしれない。

●日本大好き、ビジュアル系大好きなイタリア人

去年、イタリアで出会った大学生のイタリア人女性と、6月9日(土)、日本で再会することができた。Giulia(ジュリア)さん。

出会ったのは去年の4月3日(日)のことで、Brescia(ブレーシア)で開かれた日伊文化交流イベント "Il Giappone nel Chiostro" で出展者として参加していたのである。美術館の中庭の周辺にテーブルが並べられ、各出展者が日本にちなんだ思い思いの物を持ってきて、展示販売している中、Giuliaさんはヴィジュアル系の音楽に関連するポスターなどを展示していた。

Giuliaさんはヴェネツィアに住んでいて、4月5日(火)には、丸一日かけて案内してくれた。出身はミラノの近くなのだが、ヴェネツィアにある大学に通うために、そっちに住んでいる。日本のヴィジュアル系の音楽から入って、日本語や日本の文化全般が大好きになり、大学では日本語を勉強しようと決めたそうである。イタリアで一番いい日本語学校がヴェネツィアにある。

7月17日(日)に渋谷でヴィジュアル系のバンドであるVersailles(ヴェルサイユ)のライブがあり、それに行ったことをこの欄でレポートしたとき、GiuliaさんはVersaillesのよさを熱く語る、とても素敵な文章を寄せてくれた。Versailles は日本に興味を持ち始める発端であったそうだ。
< http://bn.dgcr.com/archives/20110729140100.html >

さて、大学の3年間のカリキュラムで、最後の仕上げとして、4月頭から7月頭までの3か月間の日本留学が組み込まれている。それで日本に来ていたのである。ヴェネツィアのお礼もあり、さあ今度は東京の面白いとこをあちこちご案内する番だ、と楽しみにしていたのだが、結局会えたのは一回だけ。チョー多忙な日々を送っていたようで。

6月9日(土)、同じ大学のお友達のSaraさんを紹介してくれた。大久保駅で待合せ、3人で一緒に浅草橋へ行き、戻ってきて中野へ行き、それから秋葉原に行き、またまた大久保に戻るという、東へ西へ2往復という、妙な行程になってしまった。

私の格好は例によって、セーラー服。後でキーワード「セーラー服」に「おじいさん」「白髪」「中野」などを組み合わせてツイッター内検索をかけてみれば、例によって目撃情報が20件ほど出てきた。なぜか私まで外国人とみられているツイートが数件あった。

中野ではメイド喫茶「黒猫メイド魔法カフェ」中野本店で映像作家の寺嶋真里さんと待合せ。にゃんぱ〜いっ! 寺嶋さんも、刺青彫ったりスキンヘッドにしたりと、いい加減尋常ならぬいでたち。なんともいわく言い難い4人の集まりであった。

4人で、函館ラーメンの店「大門」へ。ここの冷やし塩ラーメンが絶品なのである。この日はやや涼しかったので、GiuliaさんとSaraさんは熱いのを注文してたけど。そっちはそっちで、薄味の上品な味で、たいへん美味いのである。

それからブロードウェイ4階にある少女チックなファッションのお店「ペイ*デ*フェ」へ。お店には、インテリアとして清水真理さんの人形が何体か置いてある。デザイナーのりむちゃんをお二人にご紹介。
< http://pays-des-fees.com/ >

ヴィジュアル系大好きなGiuliaさんが、好きなバンドのひとつとしてBuck-Tick(バクチク)をあげると、りむちゃんは、そのバンドのCD「ROMANCE」のジャケットの衣装をデザイン・制作したとのことで。それを聞いたGiuliaさんはたいへん驚いていた。

寺嶋さんは、そこで帰り、3人で秋葉原へ。メイドカフェ&BAR「ばぁんぱいあ夜宴迷宮」に用事があるのだそうで。何の用事かというと、そこで働いているイブキさんからチケットを譲ってもらう用事なんだそうで。6月18日(日)に横浜アリーナで開かれるゴールデンボンバーのライブのチケット。
< http://www.yaen-meikyu.com/vanpaia.html >

Giuliaさんとイブキさんはmixiで知り合ったのだそうで。チケットを譲る件で、メールをやりとりしていて、会うのは初めて。イブキさんは、Guliaさんをてっきり日本人だとばかり思っていたと、たいへん驚いていた。

さて、それからカラオケへ。GiuliaさんもSaraさんも、普通に日本語で歌えちゃう。夏コミに合わせて毎年日本にやってくる Biancaさんとは、何回もカラオケに行っていて、Biancaさんもそこそこ上手く日本語で歌えるのだけど。画面の日本語の歌詞にはついて行けないので、animelyrics.comから落としてきたローマ字の歌詞をプリントアウトして、どさっと束で持ってきていた。

GiuliaさんとSaraさんは、画面の日本語の歌詞をリアルタイムで追いながらちゃんと歌えちゃうところがびっくりである。
Giuliaさんの歌った曲目は、
・Raphael「夢より素敵な」
・Buck-Tick「くちづけ」
・SHAZNA「すみれ September Love」
・ゴールデンボンバー「女々しくて」
など。うーん、すごいっ。お二人はきっと将来、日本の文化をイタリアに広めるのに、大きな役を担ってくれることになるんだろうなぁ。

余談だが、お二人と別れて一人になったら、まだ飲み足りない、歌い足りない気分。中野のメイドバーと歌えるスナックをハシゴ。午前2時半ごろ、歩いて帰る途中で、酔っぱらったおばさん二人連れにナンパされ、バーへ。帰るとき、外はすでに明るかった。長い一日であった。

●武さんのアトリエで芸術論シンポジウム

さて、その翌日、6月10日(日)には、武さんのアトリエへ。山根康弘さんとチャット形式でデジクリに「武&山根の展覧会レビュー」を書いている武盾一郎さん。

写真はこれとかこれとか。
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/xUfqJL#5758275460086343650 >
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/xUfqJL#5758275458861356514 >

中野で新しいスクールバッグを買い、新宿で酒を買い、S玉県A尾に向かったのだが、中野で買ったものを新宿に置き忘れたことに電車の中で気がついた。店で保管されていて、翌朝取り戻すことができたが。

武さんのアトリエを拝見するのも前々からの懸案だったのだけれど、それに加えて、まったく別の方面で知り合った人たちを引き合わせて芸術論を交わしてみたら面白いのではなかろうかという試みを実行に移すことができた。

お誘いしたのは、東京学芸大学で彫刻を研究している吉村眸さんと岡野茜さん。先日、入間川の河川敷に置かれた車の中に住んでいるおじさんのところでお二人の作品の写真を撮らせてもらい、デザフェスに出展した。

アートへのアプローチのしかたも表現方法もまったく異なる人たちという意味では、異質な文化を交差させることによる「メディチ効果」を期待したということがひとつにはある。しかし一方、われわれ4人は、アートを生みだす底流をなすフィロソフィーの部分で、どこか通底するものがあるんじゃないかという感覚があった。

そんじょそこいらにありふれている飲み会とはぜんぜん趣を異にする、非常に意義深いひとときを過ごすことができた。しょせんは酔っ払いの会話であるからして、内容はよく覚えてないけど、ルサンチマンから人類愛へ、みたいなのがひとつのテーマだったかも。

「シンポジウム」の原義は「共に飲む」ことだと、ずっと以前に武さんから聞いていたが、冗談かと思っていた。岡野さんは今、プラトンの「饗宴」を読んでいるところだそうだが、その中にそれが書いてあるという。え? ホントだったの?

愛に関する議論は帰りの電車の中まで続き、後で振り返ってみれば、セーラー服を着たおっさんが、若い女性二人と、プラトンの「饗宴」を参照しつつ愛について議論しているというのはけっこう妙ちきりんな光景だったかも。

アトリエに手帳を置き忘れた。月曜日、会社帰りに再びA尾へ。せっかく来たのだからと、駅の上の階のサイゼリアで飲んだ。今度はそこに腕時計を置き忘れた。なにこれ、A尾無限ループ?

金曜日、会社帰りに三たびA尾へ。そう言えばA尾にはもう一人知合いがいたな、ってことで、武さんと3人で一緒に飲むことにする。月曜と同じサイゼリアで。腕時計はちゃんとそこにあった。

ひよ子さん。ひよ子さんは、日本でもトップクラスのコスプレイヤー。うん、A尾以外、まったく接点なし。ひよ子さんは、2006年の世界コスプレサミットで万鯉子さんとユニットを組み、日本代表としてチャンピオンシップ大会に出場し、2位に輝いている。当時は蝶子さんというコス名であった。
< http://www.tv-aichi.co.jp/wcs/2006/j/cosnews.html >

武さんとひよ子さんと一緒にいるというのが、私にとってはたいへん不思議な気分であったが、これまた面白い飲み会であった。武さんがアニメ方面に話を振ってくれたおかげで、なかなか盛り上がった。むしろ私が、このところ興味があっちゃこっちゃへ分散してしまっていて、メジャーどころのアニメも見そびれているあたり、ちょっとなさけなかったな。

まるっきり別方面の知合いを引き合わせちゃうのって、けっこう楽しいかも。あ、人によるのかなぁ。

6月23日(土)、セーラー服を着て銀座を歩いていたら、以前に一度だけお会いしたことのある作家さんの石神茉莉さんとばったり遭遇、というか、石神さんに見つけていただいた。その日もなかなか楽しかったのだが、そのことはまた機会があったら書くことにしましょう。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。

7月5日(木)〜8日(日)、フランスのパリ郊外で「ジャパンエキスポ」が開催されます。ももクロといい、きゃりーぱみゅぱみゅといい、なかなかいいところを招待しているんじゃないかなぁ、と。ちょいと行って見てきます。

■最新情報:デジクリ発行直前に届いた〜 パリでもニセ女子高生かい!

よしっ! ももクロ、いったな! 日本から行った100人ほどの「もものふ」という名のサムライたち、グッジョブ! 親衛隊も含めてももクロを表現していた。君たち、日仏文化交流の立役者! フランスにもすでに濃ゆい「もものふ」が100人ほど。

パリの写真 2012年7月4日(水)
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/Paris12070402 >

パリの写真 2012年7月5日(木)
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/Paris120705 >

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編集後記(07/06)

●嵐山光三郎「転ばぬ先の転んだ後の『徒然草』の知恵」を読む(集英社、2012)。スティーブ・ジョブスは「徒然草」を読んでいた、かもしれないという。ジョブスの信条は「徒然草」と通ずるところが多い。仏教徒である彼は禅を修行していたから、英訳「徒然草」を読んでいた可能性もある。ジョブスの伝記は読んでいないけど、「徒然草」は現代語訳『嵐山訳徒然草』講談社)や漫画(バロン吉元:中央公論『マンガ日本の古典』)などで読んだ。岩波文庫は現代語訳がないので手強く、拾い読みしかしていない。でも、ふーんと思うくらいでそれほど面白みも感じないわたしだった。

高校時代の古典の授業で「徒然草」にはまった筆者は、以来座右の書とし、最近ようやく兼好の説く言葉のひと言ひと言が血肉化した。肉体が兼好と同化するのに50余年の時間がかかったという。「徒然草」啓蒙の第一人者で人生の達人である嵐山によれば、自分の道を目指す人の必読の書である。つまり刻々と過ぎ去って行く時間の中で、自分本来の生き方を見定めてゆく、ということを至上の価値観とした書であるからだという。一見、教訓や格言めいていてあまりピンと来ないエピソードも、筆者に説明されるとそうだったのかとストンと落ちる。納得はするがそれを日常の生活に生かして行こうとは思わない。どうせすぐに忘れてしまうから。

兼好は齢をとってからいましめとして、人から何かを尋ねられた時は「さだかにも弁(わきま)へ知らず」という言い方をすすめる。しゃべり過ぎるとそれだけでたいした才能がないと思われるから、たとえ知っていてもしゃべるのはよくない。同時に、齢をとってくると、昔知っていたことがあやふやになり、間違いが出て来る危険もあるからだという。修行が足りないと嫌みっぽくなるのだが、面倒くさくないし、さして相手の心も傷つかないし、便利な言葉だと筆者も言う。あと4年くらい経ったら使ってみたいと思う。筆者の境地にはとうてい届かないけれど。若い人よ、ビジネス書よりもこの「兼好名言集」を読んだ方がずっと役に立つ、と思う。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087860124/dgcrcom-22/ >
→アマゾンで見る(レビュー1件)

●行くんかい!(突っ込み待ちですよね?)

家人がワイドショーをかけた。私は仕事中だったので、ボリューム絞るように頼み、知っている話題だから興味ないわと、頭からテレビの音声を追い出した。つもりだったが、その後すぐの「Evernote」というキーワードが耳に入り、テレビの前に移動した。海外では市販(缶類)のお茶に加糖されているらしい。紅茶感覚なのだろう。加糖されていない、伊藤園の「お〜いお茶」が海外のスーパーに置かれるようになって、シリコンバレーではファンが増えているのだそうだ。Evernoteのオフィスにテレビが入っていて、最初イメージカラーの緑にひっかけているのかと思ったよ。社員の皆さん、とても好きなんだって。社長さんの「日本人は自己評価が低い。素晴らしいものを持っているのに。もっと自信(誇り)を持っていい」(うろ覚え)というコメントが嬉しかった。(hammer.mule)

< http://www.victory-blog.info/article/278466575.html >
Mr.サンデーだったのか
< http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1106/16/news073.html >
記事でも、おーいお茶

< http://gigazine.net/news/20120705-what-to-do-when-a-client-does-not-pay/ >
クライアントがお金を払ってくれない場合にとるべき10の行動
< http://blog.livedoor.jp/ld_directors/archives/51752519.html >
ディレクターが意識すべき、サイトリニューアル前後の心がけ
< http://www.tbs.co.jp/gacchiri/archives/20120325/1.html >
儲かる! 時代遅れビジネス
< http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120704_544711.html >
ソニー、カセットテープ「HFシリーズ」新製品を発売
< http://togetter.com/li/332670 >
AIUの海外旅行保険を使おうとしたら
< http://oryouri.2chblog.jp/archives/7231597.html >
クックパッドを見て制作を諦める調味料