伊豆高原へいらっしゃい[18]ヘイリーを通して見るニュージーランド
── 松林あつし ──

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先日、横浜みなとみらいホールで行われた、ヘイリーのコンサートへ行ってきました。ケルティック・ウーマンの一員としてのヘイリーを見てから、すっかりファンになってしまい、いつか直に歌声を聴いてみたいと思っていたのですが、やっとそれが実現したのです。ヘイリーはまさにニュージーランドが生んだ「妖精」です。何故これほど人を引きつける歌声なのか、また歌う姿が美しいのか……その答えは会場で購入したDVDにありました。

ライヴ・フロム・ニュージーランドDVDは「Hayley Westenra Live From New Zealand」と題されており、2005年ニュージーランドでのテレビ特番を収録したもののようでしたが、ボーナストラックにヘイリーの生い立ちや両親のインタビューが入っており、そこにヘイリーのパーソナルな部分を垣間見ることができます。そして、ヘイリー自身のインタビューを見るにつれ、彼女を生んだニュージーランドという国に興味を覚え、調べてみました。そうすると知らなかった事が色々出てきて、多少ですがどんな国なのか理解が深まった気がします。

まずはヘイリーの音楽活動の歴史を簡単にまとめてみます(多くはDVDからの受け売りですが)。



1987年クライストチャーチでウエステンラ家の長女として誕生。
6歳からピアノ、バイオリン、バレエなどを習い、幼くして「絶対音感」を持つその才能を見いだされる。
同時に7歳からアニーなどミュージカルの舞台を多数経験。オーディションにはすべて合格し、舞台のハシゴをする。
妹、弟と共に路上パフォーマーとしての音楽活動を始めるが、歌声を聞いた観客からCDの要望が高まり、メモリアル録音のCDを配布。これがきっかけで、ユニバーサル・ミュージック・ニュージーランドとの契約をする事になる。
ニュージーランドでは売れっ子のアーチストとなったヘイリーは才能をさらに伸ばすべく、オペラの大御所ディム・M・メイジャーのレッスンを受け、声帯やアゴを使わない歌唱法や、呼吸法をマスターする。
Pure2003年に発売された、初の世界展開のアルバム「Pure」は200万枚のセールスを記録。
2006年〜2007年にかけては、アイルランド出身のグループ、ケルティック・ウーマンのワールドツアーに参加。
ソロでも各国で精力的なコンサートを行っている。

ヘイリーは生まれ持った素質に加え、両親や恩師など周りの環境にも恵まれたと言えます。しかし、一番重要なのは彼女のモチベーションの高さ……幼い頃から、自ら望んでミュージカルのオーディションを受けまくった、というだけあって、どんな壁をも力に変える前向きな性格が、自身の才能を開花させたのではないしょうか。

しかし、ヘイリーは自信家でありながら謙虚さを兼ね備えています。DVDの中でファンの少女達が「どうやったらそんなに歌がうまくなるの?」「ヘイリーのようになるにはどうすればいいの?」と質問しています。それに対してヘイリーは「一つ一つの積み重ねが今の私を作っている」「経験をすべて前向きに捉える事が私のキャリアとなる」という感じの事を言っています(17歳の時点でのインタビュー)。

言葉だけ取り出せば、自信過剰にも聞こえますが、実際は常に他人に負けている、という感覚を持っており、その裏返しとも聞こえます。常に現状に満足しない事でモチベーションを維持しているんでしょうね。

日頃の彼女は、やはり若いだけあって普通の女の子の一面を持っています。幼なじみとショッピングしたり、遊んだり……そんな明るい一面はコンサートの打ち合わせなど、周りのスタッフに対しても良い影響を与えているようで、日本におけるコンサートでも日本人スタッフと非常に良い関係を保ったまま仕事ができたようです。

僕が見たPure Voice Concert 2008ですが、5〜6人のアンサンブルとヘイリーのみで、非常にシンプルな構成のコンサートでした。これはこれで良いのですが、個人的には他に何か趣向を凝らすか、人数を増やしてオーケストラバックにしてほしかったな、という感想です(予算の都合でしょうが)。

純~21歳の出会い~ヘイリー・ミーツ・ジャパニーズ・ソングス-デラックス・エディション(初回限定盤)そもそも、今回のコンサートは直前に日本でのみ発売されたアルバム「純〜21歳の出会い」のリリースに合わせての来日なので、アルバムの曲を中心に構成する事が、コンサートのコンセプトだったんでしょうね(それにしても、このダサイ日本語タイトルは何とかならなかったものでしょうか)。

今回のアルバムは、日本の有名な曲ばかりを集めたカバーアルバムです。最近のカバーブームに乗った感じはしますが(徳永英明のVOCALIST3は良かった)ヘイリー自身、カバー曲を中心とした活動をしているので、今回のアルバムが特別という訳ではありません。ちなみに僕の好きな曲はプレーヤー、リッスン・トゥ・ザ・ウインド、アイム・キッシング・ユー、サマー・レイン、アクロス・ザ・ユニバース・オブ・タイムなどです……。

実は「アクロス・ザ・ユニバース・オブ・タイム」という曲はテレビ収録のDVD内で、妹のソフィとデュエットしています。妹さんの歳はわかりませんが、まだ幼さが残っていたので、かなり若いはずです。しかし、やはり血筋なのかうまい! 声質もヘイリーと似ていますから、デュエット相手としては最高でしょう。今度是非姉妹でのデュエットソングをリリースしてほしいものです。

コンサートでの趣向の話をしましたが、このDVDでは先住民族の「マオリ族」がテーマとなっています。それもお飾りとしての演出ではなく、本気でマオリを敬愛しているヘイリーの気持ちが良く現れています。そして、僕が見たコンサートでも第一曲目がマオリ族伝承歌「ポカレカレ・アナ」だったのです。コンサートでは必ず、マオリ族の音楽を入れることにしているようですね。

先住民族と言われる人々は南北アメリカ大陸やオーストラリアにもいますが、ニュージーランドのマオリ族は、9世紀頃やってきた先住民で、他の大陸の先住民より歴史は浅いようです。しかし、先にニュージーランドに住んでいた事には変わりなく、後からやってきた西洋圏の人間にとっては、先住民に敬意を払う事で、良い関係を保ちたいという意識もあるのかもしれません。実際はニュージーランドに限らず、多かれ少なかれネイティブと西洋人との間で紛争はあったようですが、力を持った側が一歩引くことが、事をまとめる秘訣なのでしょう。

ただ、大航海時代以後の植民地政策が、今日の世界中の紛争の元を作ったという事は心に留めておかなければなりません。日本も例外ではなく、先日アイヌ民族を独自の文化を有していた「先住民族」と認める決議が国会で成されました。何処まで遡ればその地のネイティブか、という線引きをするのは厳しいですね……いつから日本民族がここにいるのか、というのも曖昧ですし、10000年も遡れば中国人も韓国人も日本人も同じなわけで……将来「民族」という枠組みを気にしなくて済む時代になればと思うのですが。

話はずれましたが、ニュージーランドにおける原住民がいかなる存在か、ヘイリーの音楽を通して垣間見ることができるのです。

そして、僕はオーストラリアには行った事がありますが、ニュージーランドは行ったことがなく、これまであまり興味もありませんでしたが、ヘイリーのおかげで興味を持った次第です。その結果、今まで知らなかった事が色々わかってきました(単に僕の勉強不足なのですが)。

インタビューの中でヘイリーが「女王陛下とは仲良し」と言っています。女王とは言わずと知れたイギリスの「エリザベス女王」です。実は、僕は今までニュージーランドやオーストラリアの国旗に何故イギリスの国旗があしらってあるのか、知りませんでした(単に昔イギリス領だったからだろう、ぐらいにしか思っていませんでした)。

それで調べたところ、ニュージーランドは「イギリス連邦」加盟国である、となっています。イギリス連邦なんですね! それで国家元首がエリザベス女王という事らしいです。イギリス連邦には他に、オーストラリア、パプアニーギニア、フィジー、インド、シンガポール、パキスタン、マレーシア、ウガンダ、ケニア、ナイジェリア、南アフリカ、ジャマイカ、カナダ、キプロス他、約53カ国が加盟しています(パキスタンなどは脱退や資格停止を繰り返し、今年5月に復帰しています)。

恥ずかしながら、こんな巨大連邦がある事を知りませんでした。それでニュージーランド国旗の左上に、イギリスのマーク(ユニオンジャック)があるんですね。しかし、自国の国旗にユニオンジャックを入れているのは、オーストラリア、ニュージーランド、ツバル、フィジーの4カ国だけのようです。これが、女王を国家元首として拝しているのと関係があるのかどうかはわかりませんが(女王を元首としている国は連邦の内、1/3ほどです)。

昨年、何故ニュージーランドのヘイリーがアイルランドのケルティック・ウーマンに参加したのか、すごく不思議でしたが、イギリス連邦を脱退しているとは言え、アイルランドは歴史的にイギリスと密接な関係がある国です。そんな歴史的背景がニュージーランドと似ている部分もあるのかもしれません。

ニュージーランドは日本より少し面積が小さいのですが、ロケーションは良く似ています。南島と北島は日本の本州と北海道の感じに似ていますし、位置も赤道を挟んで反転したような場所にあります。なのに、この違いは何でしょうか。ごちゃごちゃして、富士山を世界遺産にしようにも、ゴミがじゃまでできないような日本と、何処に行っても美しい風景の続くニュージーランド……。映画「ラスト・サムライ」で富士の裾野を表現するのにわざわざニュージーランドでロケをしなければならないというのは、悔しい限りです。

その違いの最大の要因はやはり人口の違いでしょう。日本の1億2800万人に比べて、ニュージーランドは僅か415万人……人間の数より羊の方が多いという話は有名ですが、千葉県の人口より少ない人間が日本国土ほどの面積に住んでいるのですから、国の汚れ具合も違ってきます。しかし、それだけではなさそうです。

1970年代、イギリスがECの一員としてヨーロッパの方を向いたことで、ニュージーランドの経済は悪化、オイルショックが追い打ちをかけて、国の財政はさらに悪化したそうです。そんな状況を打破するために、1980年代、政府主導で強力な改革を行いました。その内容は、国営事業の民営化、公的機関の法人化、学費の大幅値上げ、保護、規制の撤廃、外資の導入、官僚の削減などなど……その結果、国の赤字は解消しましたが、医療制度の崩壊や貧困層の拡大、人材の海外流出など大きな弊害を生みました。

まるで、どこかの国が今直面しているような問題を、ニュージーランドは30年も前に経験していたんですね。そして、その後行きすぎた改革を是正し、格差社会をなくす努力をしています。さらに1990年代後半から自然保護、温暖化対策を積極的に推し進め、観光と自然保護の両立を目指しているのです。

日本が進めるべき指標の一つがここにあると思います。もちろん人口の違い、社会の弾力性の違い、超高齢化社会の問題など複雑な要因は多々ありますが。

ヘイリーの歌声は、まさにニュージーランドの美しい自然、豊かな人間性、歴史的背景を乗せて心に染み渡ります。彼女の歌声を聴いて、行ってみたい国がまた一つ増えました。

しかし、今回のコンサート……僕の前に座っていた人の座高が異常に高い上、デカ頭! その人の頭がステージの大半を隠している、という最悪の席でした。デカ頭を自覚している方、すいませんが映画館やコンサート会場では身を低くお願いします(T_T)。

《ご案内》
7月12日(土)から18(金)まで、僕が所属するE-SPACEの展覧会があります。
お時間がありましたら是非お越しください。

e-space カレンダーイラストレーション展
< http://www.youchan.com/blogs/e-spc/2008/07/esapce.html
>
会期:7月12日(土)〜18日(金)
時間:閉場時間が変則的です。ご注意ください!
12日(土)10:30〜20:00
13日(日)〜15日(火)10:30〜19:00
17日(木)10:30〜20:00
18日(金)10:30〜18:00
会場:銀座伊東屋9Fギャラリー(東京都中央区銀座2-7-15 TEL.03-3561-8311)

【まつばやし・あつし】イラストレーター・CGクリエイター
< http://www.atsushi-m.com/
>
pine4980@art.email.ne.jp

photo
純~21歳の出会い~ヘイリー・ミーツ・ジャパニーズ・ソングス-デラックス・エディション(初回限定盤)
ヘイリー
UNIVERSAL CLASSICS(P)(M) 2008-06-04
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by G-Tools , 2008/07/10