伊豆高原へいらっしゃい[19]犬の医療は大変だ
── 松林あつし ──

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うちのチョコは元気で健康が取り柄でした。走り回り、イタズラをしたり、他の犬にちょっかいを出したり………ピアノが来てからも多少大人にはなったものの、どこかにぶつけても、他の犬とバトルになっても全く平気だったのです。しかし、そんなチョコでも先天的な病気にはかないませんでした。

先週「膝蓋骨脱臼」(シツガイコツダッキュウ)という、関節の病気の手術を受けたのです。実はこの手術、今回が初めてではありません。二度目なのです。今回はそんなチョコの病気と犬の医療について考えたいと思います。



まず、膝蓋骨脱臼がどのような病気かといいますと、簡単に言えば足の膝のお皿が外れる病気です。原因は先天的な要因や、外的要因が考えられるようですが、最も多いのは先天的要因のようです。小型犬には多い病気らしいのですが、発症すると外れるのがくせになり、段々治らなくなります。珍しい病気ではないのですが、放置すると大腿骨の湾曲を招き、最後には歩けなくなるようです。医者の話では、自然と治るタイプの病気ではなく、ひどくなる前に手術をするのが最良の方法だそうです。

膝蓋骨脱臼は4つのグレードに分けられます。
・グレード1
関節はほとんど正常だが、時々脱臼を起こし足を浮かせる。犬が自ら脱臼を元に戻す事ができる。
・グレード2
脱臼を起こす側の足を軽く浮かせて歩く。関節を曲げると脱臼するが、伸ばすと元に戻る。
・グレード3
時々足を地面に触れる程度で、スキップするような歩き方が目立つ。脱臼した状態が長く続き、元に戻ってもまたすぐに脱臼する。
・グレード4
常に片足を上げた状態で、背を丸めたりうずくまったりする。脱臼は元に戻らず、手術以外に治癒の方法はない。

チョコは3〜4か月前から、グレード2の症状を現していました。診察の結果、この段階では進行を遅らせる事はできても、止めることはできないとの事で、行きつけの獣医に執刀してもらう事にしたのです。

手術は短時間で済みますが、前後約5日間の入院が必要でした。良くある病気という事で、まず間違いはないだろうと、先生を信頼して任せていましたが、退院後1週間経っても3週間経ってもチョコは三本足でしか歩きませんでした。一か月後、経過診断に行きましたが、先生が言うには「ありゃ? 治ってませんね………」

がっくり!!

ちょっと〜、手術の自信がないなら、最初から他の医者を紹介しとけ! と心で叫び、今後の計画を相談しました。もちろん、人間でもそうですが、どんなに一般的な手術でも、100%の成功率はあり得ません。それが医療過誤でない限り、「へたくそ」というだけで医者を訴える事はできないでしょう………当然、手術代+入院費の90,000円は戻ってきません。

症状だけを見ると、手術前はグレード2.5ぐらいでしたが、手術後はグレード3の症状を呈しています。はっきり言えば失敗手術で、なおかつ状態は悪くなったように見えます。(医者は失敗という言葉は決して使いませんが………)

獣医に怒りをぶつけて、そのまま他の病院に鞍替え、という事も考えましたが、とりあえず手術の上手な病院を紹介するというので、そのままお願いすることにしました。その病院が「○○大学動物病院」だったのです。ペットの手術に大学病院か………とも思いましたが、チョコの負担を考えると、これ以上の手術は難しくとも、とにかく確実な所に執刀してもらいたい、という気持ちで紹介状を書いてもらいました。

大学病院はうちからは車で2時間の所にあります。さすが大学病院だけあって、まるで人間の病院かと見間違うほどの広さと設備です。しかし、人間の大学病院も(色々あるでしょうが)僕の経験からすると、すっごく待たされるという印象があります。案の定、この大学動物病院も予約をしていたにもかかわらず、2時間半待たされました。

やっと診察を受けて、担当医の説明を聞きましたが、やはりなるべく早い段階で手術を受けた方が良さそうです。前回の手術からはすでに2ヶ月経っているので、体力的な負担も少ないだろうということでした。

しかしどうしても前回の手術の事があったので、愚問と知りつつ「それでちゃんと治りますか?」と聞いてみました。すると予想通りの答え………「どんな手術でも100%という事はありません。ただ豊富な経験がありますので、高い確率で大丈夫でしょう。我々医療チームで最善を尽くします」と。

医療チームといっても、3人の内2人は研修医なのですが………それより何より、手術費用を聞いてビックリ! 200,000円ですって!(その後、入院という段階になって200,000円〜250,000円の間、とニュアンスが変わってきた)そして、その日の診察の会計をしてさらにビックリ。診察代22,000円………

人間の診察料金も実費ではそのぐらいはかかっているのでしょうが、保険の効かない診療とはこれほどまでに高いものかと、改めて認識しました。(開業獣医の診療費は5,000円ぐらいなのに、この差は何だろう………成功率の違いで手術代も違うのか?)

チョコの退院予定は今日か明日(まだ確定していない)です。成功したかどうかは2〜3週間経ってみないとわかりません。心配なのは、たとえ片方の足が良くなっても、もう片方も同じように脱臼し始めている点です。数ヶ月の内にはまた手術という事になる可能性もあります。チョコにとっては、今年は厄年ですね。これがトラウマにならなければ良いのですが………

それにしても、チョコよ、君にはお金がかかるね〜。ペットショップから買い受けた費用の何倍かかったでしょうか………もちろん、ひとつの命ですから、お金がかかろうが最善を尽くすべきだ、という意見もあるかと思います。

しかし、数十年前までは犬といえば、夏も冬も庭で飼い、多少病気をしても自然に治るのを待つ、与えるものは人間の残り飯、というイメージがありました。それが、いつから人間よろしく同じような医療を受け、同じように栄養管理しなければならない雰囲気になってきたのでしょうか。

ひとつは、犬の立場が「ペット」から「家族」へと移り変わったという点が挙げられると思いますが、それ以上に動物愛護の精神が欧米の影響もあり、大きく変化したのが最大の要因ではないでしょうか。動物愛護といえば聞こえは良いですが、行きすぎると、人間とペットの同価値化や過保護を招き、本来の意味からはずれていく危険性もあるような気がします。また、それに拍車をかけているのが、核家族化→老人の孤独化ではないでしょうか。

ここ伊豆高原も仕事をリタイアした老人が多く、それで犬を飼っているお宅も沢山あります。みなさん、家族の一員として大事に育てています。しかし、僕も例外ではありませんが、こういう場所では伴侶を亡くしてしまった場合、一番身近な話し相手は「犬」という事になりかねません。それはそれで悪いことではありませんし、むしろ孤独でいるよりよっぽど良いと思います。

しかし、犬も人間と同じで老化すると足腰が立たなくなり、介護を必要とします。それが大型犬であった場合、その体力的負担は人間と同じだと聞きます。要するに、老々介護ならぬ「老老犬介護」が発生するのです。

そんな状況が自分にとっても犬にとっても好ましくない、と思われるのか、犬好きにも関わらず、今まで飼っていた犬が死んだ後に新たに犬を飼おうとしないご老人もおられます。犬が人間のために生きるのか、人間が犬のために尽くすのか、人間が死んだ後の犬はどうなるのか、犬が死んだ後の人間はどうするべきか………犬や猫に関して言えば、熱帯魚やカブト虫の飼育とは次元の違う生き物としての繋がりを感じてしまいます。

犬は群れとしての本能で生きているだけで、人間と心が精通していると考えるのは人間のエゴである、という人もありますが、実際飼っていると、チョコの何かを訴える眼差しを感じる時も実際あるのです。そういう事を感じると、自分の身近な理解者として必要以上に愛情を注ぐのも、解らなくもありません。

日本での犬の殺処理件数は年間40万頭近くに上るそうです。その多くは、飼い主が飼えないから殺してくれ、と持ち込んだり、捨てられて野良犬化したり、ドッグパークやブリーダーの経営難で放置されたりする犬たちです。

過保護も考えものですが、殺す不幸とは次元が違います。もちろん、捨てたりする飼い主の無責任な対応に批判は集中しますが、これだけ犬猫の数が増え、身近な動物となった今では、ソフトの面での整備ももっと必要だと思うのです。

病気になって飼うのがめんどくさくなり、捨てる………そんな事が起こらないためにも、動物病院でもっと安く診療が受けられるシステムや、里親制度の充実、血統にこだわるあまりの近親交配の取り締まり、物としか定義されていない現在の法制度の見直しなど、進めるべき方向性は沢山あるように思えます。

病院に連れて行くだけで20,000円、手術を受けようとすると200,000円以上、というのでは、二の足を踏んでもしかたありません。もちろん保険制度はありますが、まだまだ浸透しておらず、条件も厳しいのが現状です。

犬を取り巻く環境が変わらないと、不幸な現状打破は難しいような気がします。動物愛護法があるから良い、というのではなく、さらなる法制度の改革をお願いしたいですね。

【まつばやし・あつし】イラストレーター・CGクリエイター
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