伊豆高原へいらっしゃい[21]天体観測のデジタル事情
── 松林あつし ──

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僕が天体観測を始めて一年半、望遠鏡を買い換えて約三か月が経ちました。その間飛躍的な進歩があったかと言えば、未だカメラの知識も観測の技術も初心者と変わりありません。しかし、非常にスローペースではありますが、日々の色々な驚きや感動が、観測しているという充実感を与えてくれるようになりました。

最近では遠征も始め、天候が良ければ天城高原まで機材一式を抱えて出かけます。この「天城高原」は、実は天体観測の名所だったのです。週末に行くと必ず数名の観測者が、関東方面から来ています。車で20分ほどのところに、そのような場所があったことはラッキーでした。

望遠鏡も新しくなり、遠征も始めた事で、ベランダ観測では限られていた観測対象も広がりつつあります。それに伴う知識が増えると同時に、天体撮影においてデジタルは不可欠であることがわかってきたのです。今回はそんなデジタルを用いた天体観測の現状を軽く(深くは掘り下げられない^^;)レポートしたいと思います。



●天体観測の深みにはまるまで

そもそも、天体観測を始めると、どんな道を通って深みにはまって(?)いくのか……よくある流れを辿ってみます(これはあくまでフィクションです)。

図鑑の木星を見て、自分の目でも確認したいと思った……天の川を見て、その中に含まれる多様な天体を覗いて見たいと思った……ガス星雲の美しさを体験したいと思った……など、天体観測を始める理由は様々ですが、まずは天体望遠鏡を用意したいとおもうはずです。

買ってきた望遠鏡(例えば80mm径ニュートン式)を覗いて月面のクレーターや木星の縞模様、土星の輪を自らの目で見て感動します。

しかし、すぐに赤道儀とモータードライブ(自動追尾装置)がなければ、星の導入も長時間の観測も難しい事がわかります。

仕方がないので、高いお金を払ってそれらを取り付ける事になります。これで、なんとか木星や土星を長時間観測することができるようになりました。

今度は美しい星雲なんか見てみたいと思うようになります。しかし、M42(オリオン座大星雲)を導入してみてがっかり……図鑑に載っているような綺麗な色も見えないし、ほとんど白黒のぼやっとした淡い雲にしか見えません。アンドロメダ大星雲も同じです。いて座の三裂星雲、干潟星雲に至っては、望遠鏡だけでは姿も捉えられません。

そこで暗い星雲を綺麗に見るには、撮影機材を使って長時間露光する事が必要であると気がつきます。まず使うのはデジタル一眼レフです。各社対応の接続アダプタが売られているので、すぐに取り付けられます。

ここで、赤道儀の軸合わせが正確にできていれば、ISO800程度の感度で3〜5分露光すれば、星雲はある程度写るようになります。しかし、色が出ていません……何故でしょう?

通常、デジカメには赤外線カットフィルターが付いています。しかし、多くのガス星雲は赤系〜赤外線に至る淡い光で輝いているので、デジカメで撮ると、肝心な部分がカットされてしまうのです。そこで、専門業者に頼んでデジタル一眼の赤外線カットフィルターを取り除く「改造」をしてもらいます。当然、そのカメラは通常撮影はできなくなります。

惑星の場合は明るいので、0.5秒ほどの露光で大丈夫です。しかし、なんだかピントが合っていない……木星の大赤斑が見えない、土星の輪がボケボケ……デジカメのファインダーは暗く、ピント合わせも大変なのですが、大気の揺らぎ(シンチレーション)がじゃまをして、シャープな惑星を撮るのは非常に困難なのです。

それでも、なんとか綺麗な模様の木星を見たい……という願望は捨てきれません。実は方法があるのです。それは複数枚、同条件で惑星を撮影し、画像処理ソフトでコンポジットする、という方法です。

我々が通常使用しているPhotoshopでも多少はできるのですが、処理できる枚数が限られますし、手動では出来映えに限界があります。そして綺麗にコンポジットするためには数百枚の画像が必要になるのです。Photoshopではちょっと無理がありますね……そこで、登場したのがWebカメラで動画を撮影し、それを専用の解析ソフトで処理をする、という方法です。動画ですから、1分ほどで数百枚の画像を撮影できるのです。そして、この方法で惑星の画像クオリティが飛躍的に向上することに感動します。

同じように、星雲も撮影できないかと考えます。しかし、Webカメラの感度ではさすがに淡い星雲はうまくいきません。一眼レフの改造にも二の足を踏んでいたとしたら、他に星雲を撮る方法はないのでしょうか。動画撮影での問題点がカメラの感度である事を考えると、超高感度カメラを使えばうまく行くのではないでしょうか。

しかし、天体観測に良く使われる超高感度カラーカメラを探してみてビックリすることになります……ヘタすると、望遠鏡本体の何倍もの値段がするのです。ましてや、ペルチェ素子を使った冷却CCDカメラなどはなおさらです。冷却CCDまで買ってしまうと、「機材地獄」まっしぐらの道を進みそうで、踏みとどまります……やはり必要最小限の機材で観測することを前提とすると、この辺で息切れがしてきます。

それでも、10万円ぐらいなら……という余裕があるのなら、方法はあります。モノクロの超高感度カメラが10万円以下で売られているので、それにRGBの各フィルタを付けて、チャンネルごとのモノクロ撮影をすれば良いのです。コンポジット処理後にPhotoshopでチャンネル合成をすれば、フルカラーの星雲画像が出来上がります。

とまあ、ありがちな流れを追ってみました。この中で、撮影観測に関してはすべてデジタルの処理を必要とします。ここまで観測におけるデジタル化が進んだのは、最近10年ほどではないでしょうか。自動追尾や自動導入はそれ以前、かなり前からありましたし、望遠鏡本体や赤道儀の分野では、数十年大きな変化はないように思えます。事実、名器として名高い望遠鏡は、20年前のものでも高値で取引されている現状を見ると、アナログ的に成熟した光学機器は、ビックリするほどの新技術はもう出てこないような気もします。

●天体観測にパソコンを持って行くのはあたりまえ

しかし、昔と比べて、アマチュア天文家人口は増えているように思えますし、熟練されていない、にわか観測者(私?)の撮影する天体写真のクオリティもどんどん良くなっています。これはやはりデジタル面での新たな技術が導入された結果ではないでしょうか。

デジカメが登場するまで、天体写真は銀塩写真で撮るしかなく、高度なカメラの知識と熟練を要しました。しかし、デジカメが一般的になって、撮影の敷居が低くなったため、僕のレベルの知識でもとりあえず天体写真を撮ることができるようになったのです。もちろん今でも銀塩にこだわって、美しい天体をとり続けている方も沢山おられますが、その場合でも、何らかのデジタル処理は必要となるようです。

新たな技術としては、インターネットの普及に伴って登場した、Webカメラの存在が非常に大きいと言えます。最もよく使われるカメラはPhilips社製のToUcam Proと呼ばれるもので、感度が比較的良いのと、圧縮比が小さい(画像の荒れが少ない)、アダプタの取り付けが簡単、などの理由で重宝されています(残念ながら日本では売られていません)。

Philips SPC900NC PC  Web Camera with VGA CCD Sensor and USB 2.0 Interface僕が使っているものはToUcam Pro3(SPC900NC)で、今はこれが主流のようです。しかし、ただ撮影しただけでは、その1コマ1コマは1枚のボケた星像でしかありません。パソコンに保存した動画をRegistax4(フリーソフト)という天体写真に特化したソフトで処理することによって、まるで魔法のような効果を生むのです。
ToUcam Pro3
< http://www.amazon.com/Philips-SPC900NC-Camera-Sensor-Interface/dp/B000EIIGYU
>
Registax
< http://www.astronomie.be/registax/
>

ToUcam Pro3とRegistax4による処理結果はこちら
< http://www.nexyzbb.ne.jp/%7Epeppy_atsushi/digi_cre/08_09_04_toucam.html
>

同じように淡い星雲画像は、Webカメラの代わりに超高感度カメラで撮影する事になります。カメラの出力そのものはNTSC信号ですが、画像処理はデジタルで行います。

これら動画系のカメラでの撮影は、残念ながら640×480ピクセル程度の解像度しか得られません。しかし、木星も土星も一枚写真で撮ればそれ以下のボケた画像になるわけで……今のところこれが安価に良い結果を生むための、最良の方法と言えるかもしれません。

撮影に限らず、デジタルは望遠鏡制御まで行うようになりました。僕の使っているMeade LX90GPS-20はオートスターと呼ばれる天体の自動導入装置を装備していますし、ステラナビゲーターなどの天体シミュレーションソフトと連動し、パソコンからの制御も可能です。こうなると、屋根の上に望遠鏡を固定し、室内から遠隔操作で天体観測をしたくなります。

実際、遠征に出かけた先で他の観測者に出会うと、真っ暗闇の中に青白いパソコンの明かりだけが目立ちます。今や、天体観測にパソコンを持って行くのは当たり前なんですね。

ここで、僕のように天体観測はしたいけれど、パソコンはMacしか持っていないと言う方へ残念なお知らせです。

基本、望遠鏡の自動導入と連携するソフトはWindows対応のものしかないようです。ToUcam Proに同梱されているキャプチャソフトもWindows版です。ですから、観測に使用するマシンはWindowsが前提となってしまうのです。

しかし、望遠鏡制御はできませんが、ToUcam ProはMacで認識します。そして、ToUcam Pro対応のMac版汎用キャプチャソフトとして唯一(たぶん)の「macam」というフリーソフトを使うことで、録画まではできるのです。残念ながらRegistax4はWindows版しかなく、結局処理するにはWindowsは必要になってしまうのですが……。
macam
< http://webcam-osx.sourceforge.net/
>

Mac対応の天体観測環境をもっと充実してほしいものですが、Intelチップとなってからは、必ずしもMacOSにこだわる必要もなくなったのかな、とも思います。めんどくさいですが、BootCampでWondowsを使って処理するというのが現状です。

ウェブサイトに天体撮影の苦労記を書いていますので、よろしかったらご覧ください。

松林あつし/イラストレーター・CGクリエーター
< http://www.atsushi-m.com/
>
pine4980@art.email.ne.jp