[2834] MacBook Proの仕事スタイル

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《「場所によって仕事を変える」という発想でストレスフリー》

■?×?×CrossOver Talk[8]
 MacBook Proの仕事スタイル
 ──ノマドワークスタイルに必要な道具や環境を考えてみる
 杏珠

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■?×?×CrossOver Talk[8]
MacBook Proの仕事スタイル
──〈ノマドワークスタイル〉に必要な道具や環境を考えてみる

杏珠
< https://bn.dgcr.com/archives/20100415140200.html
>
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デジクリ読者の皆さん、こんにちは。studio H.M代表のディレクター/デザイナーの杏珠(あんじゅ)です。

おととい、新型MacBook Proが発表されましたね。とてもワクワクするニュースでした。2008年モデル(2.3Ghz/15インチ)を2008年10月から仕事用メインマシンとして使っています。今回はMacBook Proをメインにして仕事をする場合に便利な道具、考え方、快適な環境の作り方をお伝えしていこうかと思います。購入を考えている方にもお役に立てれば幸いです。

アップル MacBook Pro < http://www.apple.com/jp/macbookpro/
>

●MacBook Proで仕事ができるの?

Apple MacBook Pro 2.53GHz 13.3インチ MB991J/A知り合いのデザイナーさんから、「本当にノートパソコンで仕事できるの?」と言われたことがありました。「場所によってできる仕事を用意しておけば充分仕事はできます」と答えました。仕事の内容や扱うデータによっては厳しいこともありますが、少なくとも私にとっては問題ありません。

すべての条件を満たす完全な状態はほとんどないと思いますが、どこに自分が必要な要素を置くかによって、満足度数をより高めることはできるかと思います。以下の4つのことから、メインマシンをMacBook Proに完全移行しました。

1)PowerMac G5(PowerPCでの最終バージョン/デュアル2.3GHz)マシンからの買い換えで、体感速度がほぼ同じだった
2)外出先で仕事をすることが多くなったのと、モバイル環境が充分使えるものになった
3)以前からデュアルディスプレイ環境での仕事のやり方をしてきた
4)PowerMac G4はサーバマシンに(OSX Server)そして仕事でつかうサブ機にPowerMac G5という、サーバ環境の構築と何かあったときのための保険的マシンがある

4つというところが大事です。ひとつずつ解説していこうと思います。

●自分の作業する環境(処理速度、仕事内容)感覚に見合ったマシンを選ぶ

まず最初の「体感速度がほぼ同じだった」ですが、ノートパソコンは同時期に発売されるデスクトップマシンよりも、ほとんどがスペック的に下になります。単純に処理速度が速いマシンならMacPROを選択すると思いますが、私は現在、雑誌や書籍関連がメインの仕事なので、G5で仕事をしていた時の体感速度があればまったく問題がなく、持ち運びのできるMacBook Proを選びました。

●事務所外の仕事が増え、ノマドワークスタイルの条件がそろってきた

※ノマドワークスタイル:ノマド(nomad)とは遊牧民のこと。遊牧民のように働く場所や時間を自由に選ぶ、オフィスに依存しない仕事スタイルの意味

次の「外出先で仕事をすることが多くなったのと、モバイル環境が充分使えるものが出回ってきた」ですが、クライアント先への出張校正により、その場でのデータ修正や、セミナーやイベントなどで外に出た際の空き時間に仕事をすることもよくあります。

「MacBook Proの画面でカラーマネージメントの設定とかはどうするの?」や「あんな小さいモニタで仕事がよくできるね」など、不便な部分の指摘がありますが、「場所によって仕事を変える」という発想があれば、ストレスを極力抑える、もしくはストレスフリーで仕事をすることが可能になります。

2つほど例を挙げてみます。

1)雑誌などの誌面デザインをするとき
・写真の色補正などはあらかじめ事務所でやっておく。
・Photoshopのアクションパレットを使って、アタリ画像やダミー画像を作成して、仕上げを事務所に戻ってからやる。
・Adobe製品で仕事をする場合、パレット類の表示、位置を自分が使うシチュエーション別に登録しておく(事務所用・出先用・MacBook Pro単体用など)。

2)事務・雑務処理をこなす
・EvernoteやDropBoxなどの収集したデータの振り分け、営業用の作品集の作成、ブログや執筆原稿を書く、青色申告用のデータの入力
・スキャンしたpdfデータにOCRをかけて、いつでも読めるようにしておく。

はじめてのGTD ストレスフリーの整理術上記はデスクトップマシンからでもできることですが、「いつでもできる」だと「いつまでたってもやらない」ということが結構出てきます。しかし、別の場所でやると、やらなかったことをやり始めたり、その作業がはかどったりすることがあります。大事なのは「大小にかかわらず、いつでもすぐにとりかかれる状態」を確保すること、準備することなんだと思います。これは「GTD」という仕事術から学んだことです。

オムニフォーカス自分が何がやりたくて、何が気になっていて、なにが足りないのか? ということを分かるようにするために、自分は「Omnifocus」(GTDアプリケーション)やRTM(Remember The Milk/タスク管理アプリ・サービス)というアプリを使っています。これらの管理や閲覧にMacBook Proを使うことで、出先でいつでも「自分の人生」全般のことを俯瞰することができます。これはデスクトップマシンではできないことのひとつです。

MacBook Pro内にはデータを蓄積をしていますが、クラウドサービスやWebサービスなどを使う場合は、モバイルサービスもしくは公衆無線LANなどが必須です。MacBook Proは標準仕様のままで無線につなげられますし、もちろんイーサネット端子もついています。なので、ネットワークに接続することに関しては問題ないのですが、ネット環境がない場合は別途モバイルサービスに入ることになります。私の場合はイーモバイルの「D12LC」を使っています。イーモバイルに決めたのは、価格とカバーエリアのバランスでした。ほかにもモバイルサービスはありますので、いろいろ比較してみてはいかがでしょうか。

それと、電源を確保できる所も前もって調べておいた方がいいと思います。また、「どこにこういった電源を確保できるところがある」ということをブログなどでエントリしている方もいらっしゃいますので、一度探してみることをオススメします。

オムニフォーカス    < http://www.act2.com/products/omni-focus.html
>
Remember The Milk    < http://www.rememberthemilk.com/
>
イー・モバイル     < http://emobile.jp/
>
データ通信カード D12LC < http://emobile.jp/products/lc/d12lc/
>
東京山手線沿線で電源&無線LANが使える飲食店52店舗まとめ|Busidea
< http://busidea.net/archives/844
>

●デュアルディスプレイでの長期間の使用環境の利便性

今では大きなモニタも安くなりましたし、私も使っているモニタが故障したら、大きなモニタに切り替えるかと思います。それでも多分、デュアルディスプレイはやめないでしょう。その理由は2つあります。

1)作業パレット類が目につく
2)各モニタに「役割」を持たせて作業をしている

ひとつは、メインモニタに最低限のツールバーを表示することでメイン作業に集中できます。これは使ってみないと分からない感覚だと思いますが、一度使ったら元には戻れません。この便利さが加速して、今ではトリプルモニタで仕事をしています(笑)。

次に、こっちの方が大事かもしれませんが、ブラウザやテキストエディタ、Evernote、Bridge、Twitterクライアントなど、それぞれのアプリケーションを各モニタに配置しています。裏にまわったアプリケーションを探すことなく、すぐに作業にとりかかれること、それぞれの作業に集中できるというメリットがあります。

●データをファイルサーバに保存しておく

Mac OS X 10.6 Snow Leopard Server Unlimited クライアント「サーバマシンと、サブ機」ですが、これは必要に迫られて構築していった結果です。G4は「OSX Server」をインストールして、ファイルサーバとFAX受信マシンとして使っています。G5は、MacBook Proの故障時に仕事が再開できる保険用サブマシン、バックアップ(2TBのHDDを換装)、アプリケーションのインストール検証用として働いてもらっています。

G4、G5共に外部からアクセスができ、必要なデータはいつでも取り出すことが可能です。クライアントにもIDとアカウントを配布していますので、ここでデータの受け渡しができます。

今ではNASやレンタルサーバも価格がこなれてきたこともあって、自宅や会社内外からアクセスするファイルサーバ的な使い方をするのは、それほど難しくなくなってきていると思います。いつでも必要なファイルを取り出せる環境は、仕事のやり方をも変えます。なのでぜひチャレンジしてもらいたいと思います。

●MacBook Proで仕事をするならこれだけは用意したい

MacBook Proをより快適に使用するために用意しておきたい環境、手に入れて欲しいグッズなどを紹介します。

◎MacBook Pro本体の環境
HDD、メモリは予算の許す限り大きなものを積んでください。HDDの容量が少なくなるとシステムも不安定になりますし、メモリに関してはアプリケーションの同時起動や作業速度の安定、向上にも役に立ちます。HDDはSSDへの換装という選択肢もありますが、金額が跳ね上がりますので...その辺はバランスを見ていただければと思います。

◎キーボード、マウス
アップル Apple Keyboard (テンキー付き) -JIS MB110J/Aこれは好みなんですが、デュアルモニタや外部ディスプレイでは、本体のキーボードを使っての作業は大変やりにくいので、自分の使いやすいものを別途購入した方がいいかと思います。ちなみに、私はワイヤードのアップル純正キーボードを使っています。持ち運びをする場合は、ワイヤレスのキーボードの方が使い勝手はいいかもしれません。ただ、アップル純正のワイヤレスキーボードはテンキーがありませんので、別途テンキーを購入する必要があります。

iPhoneをお持ちの方であれば、テンキーアプリを使うのも手です。アップル純正でなくてもよければ、サードパーティー製のBluetoothキーボードも出ていますので、実際に触ってみて検討してみてはいかがでしょうか。

ロジクール MX レボリューション MX-R外部モニタにつないで作業するのであれば、やはりマウスがあった方が作業はしやすいです。個人的にはApple純正のMagic Mouseではなく、2ボタンマウスの方が使い勝手はいいと思っています。ちなみに私が使っているマウスは、「MX-Revolution」という、ボタンだらけのマウスです(笑)

サンワサプライ NT-M5UH2BK
< http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=NT-M5UH2BK
>
テンキーアプリ NumberKey
< http://www.balmuda.com/jp/laboratory/numberkey/
>
アップル Magic Mouse
< http://www.apple.com/jp/magicmouse/
>
MX-Revolution
< http://www.logicool.co.jp/index.cfm/mice_pointers/mice/devices/130&cl=jp,ja
>

◎ACアダプタ、VGA-DAV変換コネクタ
これは両方あわせて一万円ぐらいです。出先で忘れることがないよう、いつも持ち運ぶパソコン用のカバンに常時入れておくために、できれば購入することをオススメします。モデルによってAC、変換コネクタも違いますので、よく確認の上にて購入を。

ノートブック関連
< http://store.apple.com/jp/browse/home/shop_mac/mac_accessories/portable_gear
>

◎USBハブ、巻き取り式ケーブル各種、LANケーブル
USBハブは、周辺機器が多い時に重宝します。電源供給型であれば、電力が必要な周辺機器をつないだときも安心です。巻き取り式ケーブルは、USBケーブルタイプ、iPhone接続用、ガジェット接続用を持っておけば、急なバッテリー切れの時、充電するのにも役に立ちます。LANケーブルは有線にてネットワークを利用できるときに使います。ネットワークが使用できるときに、MacBook Proをルータとして使えば、安定してほかのパソコンやiPhoneをネットにつなげることもできます。

【SANWASUPPLY】iPod・iPod nano用USBケーブル(巻き取り式)  KB-IPUSB08サンワサプライ KB-IPUSB08(iPod巻取りケーブル)
< http://go.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=KB-IPUSB08
>
SANWA SUPPLY KU20-M08MB5BK モバイルUSBケーブル 0.8mサンワサプライ KU20-M08MB5(巻取りケーブル(0.8m))
< http://go.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=KU20-M08MB5
>

◎ポータブルHDD
WesternDigital My Passport Mac Edition 500GB WDBAAB5000ACH-JESN出先でネットワーク環境がつながらないこともあります。そんな時に、最低限必要なデータが入っているHDDがあれば保険になります。

ポータブルHDD | BUFFALO バッファロー
< http://buffalo.jp/products/catalog/storage/hd_portable.html
>
Western Digital 500GB My Passport for Mac
< http://store.apple.com/jp/product/TX407J/A?fnode=MTY1NDA0Nw
>

◎衝撃クッション付きのカバン
自分の用途にあったモバイル用バックを探してみてください。必ず確認してもらいたいのは、衝撃吸収が可能な素材を使っているかどうかです。今持っているカバンを使いたいという方には、インナータイプのカバーをお勧めします。私は後者です。

ケース&バッグ
< http://store.apple.com/jp/browse/home/shop_mac/mac_accessories/notebook_cases
>
PCキャリングバッグ/インナーバッグ ELECOM
< http://www2.elecom.co.jp/accessory/bag/index.asp#page03
>

以上、4つの条件と自分の仕事に対する考え方、MacBook Proを導入する際に必要と思うモノをお伝えしました。これ以外にもMacBook Proで使えば便利なアプリケーションもあるのですが...機会があれば、改めて紹介させていただきたいと思います。

この先にどうなっていくのかは分かりませんが、現時点でのメインマシンは、MacBook Proに落ち着いています。今後、iPadなどのデバイスの登場、電子書籍や新しいメディアの登場により、PCの使い方や仕事のやり方も変わって来るかと思います。大事なことは目の前にある現状に対して「その都度ワクワク面白く考え、いろいろ試してみて、結果を見守る」気持ちを常に持ち続けてチャレンジしていくことではないでしょうか? もしノートパソコンで仕事をしてみたいと思う方は、ぜひご検討してみてください。違った視点で見ることができて、きっと仕事が楽しくなると思いますよ。

【あんじゅ】ask@happy-montblanc.com

東京都出身。デザイン事務所「studio H.M」代表。エディトリアルを中心にデザイン業を営んでます。愛車のSKYWAVE250にPSPのマップラスナビをつけていろんな所に出没しています。大手コンビニエンスストアと某家電量販店でオーディオビジュアル機器(カーナビ、衛星放送機器、テレコ)の販売経験を持つ、妙な経歴の持ち主のディレクター/デザイナー。

『みんなが幸せになれることはないか?』をモットーに、日々自分が気になることを追求し、業種、仕事にとどまらず多方面で物事を追求し、答えを求めている天国思考な人物です。最近はモチベーションを上げるためにはどうしたらいいか? という事もよく考えるようになったので自分で勝手に『モチベーションクリエイター』という肩書を作りました(笑)

機械モノ(パソコンとかガジェットとか。iPhoneは2台持ち)が大好きで、小学校低学年からの生粋ゲーマー、料理(食べ物)が大好物です。業種、仕事の内容、もちろん仕事でなくとも『ピンっ!』と何かを感じてくれましたら、いつでもコンタクトいただければ嬉しい限りです。

Design × Lifehack × CrossOver Lab:
< http://happy-montblanc.com/blog/
>
studio H.M作品集:< http://gallery.me.com/powerangix
>
Twitter:< http://twitter.com/powerangix
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■ショート・ストーリーのKUNI[77]
気持ちがわかる

ヤマシタクニコ
< https://bn.dgcr.com/archives/20100415140100.html
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「先輩、いてはりますか」
「なんやオオバヤシやないか。どないしたんや」
「実は折り入って相談したいことがありまして。ぼく、悩んでるんです」
「そうか。そら先輩としてほっとけんがな。どんな悩みや」

「実はぼく、係長になったんです。といっても、部下はヤマガミくんという若い社員ひとりだけなんですが」
「ひとりでもええがな。おまえもやっと管理職になったわけや」
「はい。それで張り切ってたんですが、なんかヤマガミくんが何考えてるのか、いまいちわからんのです」
「ほう」

「ぼくの言うことを聞いてるのか聞いてないのか、さっぱりわかりませんねん。ぼーっとひとの顔見てるかと思えば横向いたり。しやけど、怒ってばかりで『係長になったと思てえらそうにしてる』と思われたくないじゃないですか。ほんま最近の若いやつはやりにくうて困りますわ。どないしたらええと思います」
「心配するな。実はひそかに入手した薬がある」
「薬?」

「まだ実験段階で市販されてないが、なんと『相手の気持ちがわかる薬』。これがあればその、ヤマガミくんの気持ちもわかるはずや。相手が心に思ってるけども口にしていない言葉も、まるで実際にしゃべっているように感じ取れる薬や。どや。すごいやろ」
「へー...しやけど、実験段階って、ぼくで人体実験しようということですか。副作用とかないんですか」
「そんなもん、たぶんないにきまってると思う」
「力強く言うかあいまいに言うか、どっちかにしてください」

「とりあえず一日分あげるから使ってみたらどうや。ただ、言うとくけど、これをのんだからとゆうて、ただぼうっとしていては何もわからん。あくまでも自分が話しかけてる相手の気持ちがわかるようになってる。つまり、薬をのんだ人が話しかけた言葉は相手の心に直に届くので、それを手がかりとして相手の心の反応がわかると、そういう理屈やそうな。しやから、とにかく話しかけんと何もわからんぞ。わかったな」
「わかりました。早速使ってみます。さすが先輩や。ありがとうございます」

翌々日。

「先輩、いてはりますか」
「オオバヤシか。どうやった、あの薬」
「はい、もうばっちりでした。よう効きますねえあの薬。ところがぼく、先輩に言うのを忘れていました」
「なんや」
「ぼく、何にでも話しかけるくせがあるんです」

「そういえば学生時代から人なつっこいところがあったかもしれんな。それが何か」
「朝起きて薬をのんで会社に向かいました。いつも通る道にパグ犬を飼ってる家がありまして、いつものように『ジョン、元気か〜』と話しかけました。そしたら『元気かどうか見たらわかるやないの。見るからに顔色も悪うてしんどそうやと思えへんか。だいたい私の名前はジョンやのうてサユリやし。私はパグ犬やけど、あんたは間違うてばっかりでバグ人間やな』と、こない答えまして、びっくりしました」
「それそれ。薬の効果やな。まるで相手がしゃべってるように感じられるのや」

「はい。薬のおかげでジョンの性別までわかりました。えらいもんですわ。10年間オスやと思いこんでましたが...。そのあと、歩いていると道ばたにあったゴミ箱に蹴つまずきそうになりまして。思わず『なんでこんなとこにゴミ箱があるんじゃー』とゴミ箱に向かって言いました。そしたら『私はゴミ箱ではない私はゴミ箱ではない。そんなものであるはずがない』とぶつぶつつぶやく声が聞こえました。どこか思い詰めたような声でして、これはそっとしておいたほうがよさそうだと思い、その場を立ち去りました。

 ところが駅の改札を通るとき、ピタパカードをぱんっとくっつけながら思わず『今年の阪神、どう思う?!』と改札機に話しかけまして」
「ほんまに何にでも話しかけるやつやな」
「そしたらこの改札機が熱烈な阪神ファンでして」
「ほんまかいな」

「『今年は優勝間違いなしやがな! 昨日の試合見たやろ。巨人に連勝や。関本の先制ホームランがきいたなー』『その前はホームラン5本やし!』『まあ本気出したらあんなもんやな。今年はいけるで。城島がいてるし』『巨人に二連敗したときは心配したけどな!』『気にすんな。二連敗がこわくて三連敗ができるか!』『そらそやな! わはははは!』もう、話がはずみまして。はっと気づくとぼくのうしろに人がいっぱいで、駅員が飛び出してきそうになったので、あわててホームに行って電車に乗りました」
「おまえもはた迷惑なやつやな」

「それで会社の最寄り駅に着きまして、電車を降りて改札を通るときにまた『阪神、どない思う〜!』と話しかけましたら、この改札機は巨人ファンやったんですな。『ちっ』とひとこと言うとバーを閉めてしまいました。ピポンピポンピポンピポンと音が鳴り続け、飛び出してきた駅員にも原因不明でどうしようもできません。たぶん、まだ鳴ってると思います」
「いや、鳴ってないやろ」

「それから会社に向かって歩いていると川が流れていて、川面には桜の花びらが浮かんでいます。つい川の水に向かって『風流やなー』と話しかけましたんですが、なんせ川には水がいっぱいありますねん。先輩、知ってはりますか」
「知ってるがな」
「それでみんな、自分に話しかけられたのかどうかわからなくて、水が全員きょろきょろし始めまして。川面はばちゃばちゃ波立つし、ぼくを発見するとわれ先に答えようとするもので、ぼくの前で水が山盛りになりました」
「うそをつくな」
「それで駅員が飛び出してきまして」
「駅員は関係ないやろ」

「ぼくもこれは大変やと思って、川を離れました。しかし、こうなるとますます何にでも話しかけたくなるじゃないですか。それでしゃがみこんで道路に」
「話しかけたんか」
「話しかけようと思ったんですが、道路も大きすぎるのでまた玉突き事故でも起こって困ったことになってもと思い、たまたま落ちていたコンクリートのかけらに『おーい、六本木ヒルズと六本木ヒズルはどっちが正しいかわかるか〜』と話しかけました」
「ほかに話しかけることはないんか」

「するとコンクリートの組成要素であるセメントと砂と砂利がそれぞれ、これは一体自分に話しかけられたんだろうかどうかと悩み始めました。それで、ああ悪いことをした、コンクリートも忙しいのにと思い、そばにあった砂粒をつまみあげて『六本木ヒルズと六本木ヒズルはどっちが正しいかわかるか〜』と話しかけました。すると不思議なことに頭の上から『おまえはあほか』と声が降ってきました。通りかかったおっさんの声でした」
「おれでも言うと思う」

「それでやっと会社に出勤したんですが、どうもそこまでで薬の効き目を使い果たしたようで。肝心のヤマガミくんに話しかけてもいつもと同じでした。すいませんが、もう一日分、いただけませんか」
「難儀なやつやな。まあ仕方ない。ほれ、ここにある。言うとくけど、あんまり必要ないものには話しかけるな」
「はい、わかりました」

翌々日。

「先輩、いてはりますか」
「オオバヤシか。今度はどうやった」

「はい、今度は薬をあまり使わないようにしました。ジョン、やないサユリにも『元気出せよ〜』と声をかけるだけにしました。改札機には話しかけようとしたんですが、7台あるうちこないだの改札機がどれやったか忘れてしまいまして、どことなく面影の似ていた1台に『阪神応援しょうな!』と話しかけると『わしは朝青龍を応援してたんや...』と言われました。改札機違いでした。川にも道路にも、ぐっとこらえて話しかけませんでした。それで会社でヤマガミくんが席に着くなり『おはよう、調子はどうや!』と声をかけました。すると、驚きました」
「どないしたんや」

「ヤマガミくんは『おはようございます』と言いながら心の中で『まったく、顔に花が咲いてる人ってどうなんだろう』と思っていたんです。あわてて洗面所に行って鏡を見ると、なんとぼくの右の小鼻のわきになにか芽が出て葉が出て、そこにつぼみがついて花が咲きかけてるじゃないですか。ヤマガミくんは毎日、それが気になって気になって、ぼくの話を集中して聞けなかったんですよ」
「ああ、それかいな。おれもこないだから何やろと思てた」

「え、先輩も気づいてたんですか」
「あたりまえやろ。顔に花を植えてる人も珍しいからなあ」
「植えてませんって。こんな大事なこと、なんで早う言うてくれないんですか。そしたら、何も薬のまなくてもよかったのに...あ、そや。先輩。もう一回薬くれませんか」
「なんでやねん」
「この、ぼくの鼻のわきに生えてるけったいな花に、いったい何考えてぼくの顔に生えてきたのか聞いてみたいんです」

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://midtan.net/
>
< http://yamashitakuniko.posterous.com/
>

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■編集後記(4/15)

・4月半ばだというのに、真冬並の寒さがくりかえし来襲。天候不順で野菜が異常に高い。本当に地球は温暖化に向かっているのかね。第二氷河期に入っているとする学者もいる。ところで、人為的CO2排出が本当に地球温暖化の真犯人なのだろうか。いま興味深い裁判が始まっている。CO2が温暖化の犯人という"定説"支持派の東大が、『地球温暖化懐疑論批判』を出版し、政府の温暖化対策などに疑問を呈する槌田敦名城大元教授ら約20人の研究者("異端"派)を槍玉にあげ「科学の蓄積を無視し、独断的な結論に読者を導いている」と批判した。すごい迫害だなあ。背後になにがあるんだ。これに対し、異論者の社会的評価をおとしめる政治的な中傷だとして、槌田氏が損害賠償訴訟を起こした。法廷で論争に決着がつくとは思えないが、このことは"定説"に対する懐疑論や温暖化そのものへの疑問が、学会でも根強くあることを示す。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のデータ改ざん疑惑などもあって、最近の欧米ではCO2主犯説に深刻な疑義が出ているらしい。"定説"の科学的根拠が揺らげば、政府の温暖化対策も変わる。ずっと前に鳩山首相が世界に向けて、勝手に(国会で所信表明もしていないうえに、国民の誰もが寝耳に水だった)「温室効果ガス25%削減」と大見得を切った。結果として、世界一の環境エネルギー技術と膨大な資金が中国に流れることになる。CO2が"冤罪"だったらそれが止められる。政府の温暖化対策はしばらく放置したほうがいいのでは。(柴田)

・大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの「先端統合デザイン特論」を受講している。川崎和男先生の授業だ。数年前単発セミナーに行き、とても面白かったため、去年案内をいただいた時から気になっていて、今年こそはと申し込んだ。仕事の関係できっと全部は行けないだろうと思ってはいる。学生に混じっての受講、単発でなく期間、理論的で俯瞰的なもの、というのが受講理由。自分の職業って何なんだろうと思うことがあって、もう少し知ってみたいなぁと。一般的な「デザイナー」という肩書きをつけるにしては、することが多岐に渡っている。勉強しているつもりで勉強できていない。一人でやっているため視野が狭いように思う......など。初回を受講してみて、脳の普段使わない部分が疲弊していたのがわかる。閉まっていたタンスの引き出しを全開にして、隅々を探す感じ。知識や英語力を総動員。紹介された書籍の量にめげそうになるし、課題が今から怖い。学生ってこうだったような気がする。なんだろう、自分の思い込みを違う方向から叩かれているというか。数々のエピソードも興味深かった。学部・学科・大学生・院生・社会人問わず、去年は80代の方もいらしたそうな。来週からはUstreamでの配信もあるそうなのでどうぞ。(hammer.mule)
< http://cscd.osaka-u.ac.jp/education/2010/syllabus2010_17.pdf
>
概要
< http://www.design.frc.eng.osaka-u.ac.jp/information/lecture/2010pid_1/
>
講座のサイト